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特別編 『不思議の国のアリス』 

※我慢シーンのみ。注意。
 元ネタは山形浩生版(ttp://www.genpaku.org/alice01/alice01j.html)の翻訳。
 この調子で全編にわたりアリスがおしっこを我慢している展開を書いてはみたものの、途中でデータが破損してやる気をなくしたので、残っていた部分だけ。




7. おかしなお茶会


 アリスがたどり着いた広場には一軒の赤い屋根のお家があり、その前の木の下では大きなテーブルを広げた奇妙な顔ぶれがお茶会を開いていました。
 ふんふんと鼻を鳴らし、血走った眼をあちこちに向けながら耳をぴこぴこと揺らしている三月ウサギが椅子に座り、その隣では、ティーカップを前に、たくさんの帽子をかぶっては脱ぎかぶっては脱ぎしている帽子屋さん。その二人の間にはくうくうと可愛らしいいびきをかきながら、ヤマネが眠っていました。
 三月ウサギと帽子屋はその眠りヤマネをまるでクッションのようにして、ひじを乗せておしゃべりをしているのです。
(かわいそう、ヤマネさん……痛くないのかな? でも、眠ってるから気にしないのかしら?)
 そんなことを思ったアリスでしたが、さっきから暗い森の中をあるきづめですっかり冷えてしまった身体がぶるりと震え、たまらずもじもじと腰を揺すってしまいます。
「あんっ……」
 アリスが小さく声を上げると、エプロンドレスのスカートがふわふわと揺れ、足元ではトイレを我慢する小さな足がもじもじとせっかちなダンスを踊っているのでした。
 アリスが声を上げたもので、テーブルにいた3人は揃って顔をあげ、口々に言います。
「なんだい、もうテーブルは満員だよ」
「……お呼びじゃないさ。ふわぁ……」
「うふふぅ、どこから来たんだい、お嬢ちゃん」
 テーブルはとっても大きくて、たくさんお茶の用意がしてあるのに、3人はその隅っこに固まって座っていました。その上で帽子屋たちがいきなり意地悪なことを言うものですから、アリスもむっとしてしまいます。
「どこが満員なのよ。いっぱい空いてるじゃない!!」
 お茶会だからお行儀よくしないといけない、ということは、アリスの頭の中からすっぽり抜け落ちてしまっていました。ずかずかとテーブルのそばに近寄ったアリスは、帽子屋たちの座る席の向かいにある、大きな肘掛け付きの椅子に腰かけます。
「……まったく、礼儀のなってないお嬢さんだ」
「お嬢さんじゃないわ。アリスっていうのよ。帽子屋さん」
「アリス、アリスねえ」
 帽子屋は何事か考えているように、つばのついた山高帽をくるくると回し始めます。
「そんなことより!」
 アリスはじれったくなって、もじもじとテーブルの下で膝を擦り合せながら、言いました。
「ねえ、あなたたちはずっとここにいるの? 尋ねたいがあるんだけど」
「うふふう。ねえ、ワインはいるかい?」
 いきなり三月ウサギに言葉を遮られて、アリスはさらにむっとしましたが――お茶会でどなり声をそう何度もあげるなんて、さすがに無作法なことです。じっと我慢してアリスはテーブルを見回しました。けれど、大きなテーブルの端から端までを確かめても、そこにはお茶しか載っていません。
「……ワインなんか、見当たりませんけど」
 お行儀よくしなければいけないというのを思い出して、できるだけ礼儀正しくアリスが答えると、三月ウサギはうふふぅ、といやらしく鼻を鳴らして目を細めます。
「だって、そんなの用意してないもん。うふっふぅ」
「だったら、ありもしないものを勧めるなんて失礼だ――失礼じゃありませんこと?」
「うふふう。勝手に来たのは君じゃないか。招待状もないくせに」
「そんなものが必要だってわかったらこなかったわ」
 アリスは早くも、このやり取りがいやになってしまいました。ぜんたい、この馬鹿げた国のどこにもかしこにも、まともに話のできる相手がいないのですから。特にこの三月ウサギは、いやらしい目でじろじろとアリスを品定めするように見てくるので、アリスはもじもじと椅子の上で体を揺すり動かすこともできません。
 エプロンドレスのスカートの下では、いまもアリスの女の子がせわしなくおトイレを訴えているというのに。
「それに、あなたたち3人よりずっと大勢の人のお茶が用意してあるじゃない!」
「うふふぅ。そんなに飲みたかったら飲めばいいじゃないか」
 三月ウサギがそういうと、テーブルの上のティーセットがひとりでに動いて、アリスの前のティーカップに熱い紅茶をなみなみと注いでいきます。
 実際のところ、アリスはもうここに来るまでにも何倍も水やお茶をおかわりしていて、すっかりおなかがたぽたぽになってしまっていたのですが――三月ウサギにこれ以上無礼なやつだと思われるほうがしゃくだったので、アリスはぐっと我慢してお茶を頂くことにします。
「……ふう……っ」
 大きなカップは普段、アリスが使っているものよりもふた回りも立派でした。こくりこくりと冷えた喉がお茶を飲み干すたび、アリスのおなかの中にはこぽこぽ、こぽこぽ、と我慢し続けているおしっこが音をたてているようです。ギュッと目を閉じて、最後の一滴までを飲み干して、アリスはぶるりと背中を震わせました。
(あんっ……はやく、お手洗いにいかなきゃ……)
「ねえ、それよりも教えて。ここに時計をもったウサギさんが来なかったかしら? あなたじゃなくて」
 アリスは三月ウサギのほうを指差して、言います。
「私、あのウサギさんを探しているのよ」
 ほんとうのところはごまかして、アリスはそう言いました。それにそれは、あながち嘘というわけでもありません。もじもじとバニースーツの脚の付け根を押さえながら、ぴょんぴょんと何度も跳ねておしっこを我慢していた白ウサギさん。彼女を追いかけていけば、きっとおトイレに辿りつけるはずなのです。
「アリスといったかね、君、もう少し落ち着いたらどうだい」
 急に、これまで黙っていた帽子屋が――ヤマネも同じように何も言いませんでしたが、こちらはまたくうくうと眠っていたので別問題です――ずっとめずらしそうにアリスを見ていた帽子屋がそう言ったので、アリスはびっくりしました。
 まさか、おトイレに行きたいのを我慢しているのに気付かれてしまったのかも、そう思って、アリスはぴんと背をのばします。でも、いくらそうしても、椅子の上では太腿がすりすりと擦りあわされてしまうのでした。ごまかしきれないと思ったアリスは、帽子屋が何かを言う前に、声を上げます。
「あなた、学校で習ったでしょ? そんな風に、レディのことをあれこれ言っちゃいけないのよ」
 厳しい先生が、お作法の時間のときに眉を吊り上げていった言葉を思い出しながら、アリスは続けます。
「そういうの、すっごくぶさほうなのよ」
 帽子屋は、これをきいて目だまをぎょろりとむきました。怒らせちゃったかも、とアリスは思いましたが、結局帽子屋はそれ以上何も言ってきませんでした。
 すると突然、三月ウサギが言います。
「うふふう。じゃあ問題。上はびちゃびちゃ、下もびちゃびちゃ。これなーんだ?」
 いつものアリスなら、なぞなぞが始まってとても嬉しいなと思ったことでしょう。これでやっとこのわけのわからないお茶会も楽しくなるに違いないのです。
 けれど、今のアリスはそれどころではありません。今さっき飲んだ紅茶がきいてきたのか、どんどんおしっこがしたくなってきてしまっていました。これまでももちろんおトイレには行きたかったのですが、今度のはじっとしているだけでは我慢できないくらいになってしまったのです。身体を左右に揺すり、ぎしぎしと椅子を軋ませながら、アリスはあたりを見回し始めます。
「うふふう。どうしたのアリス」
「え、ええ、なんでもないわ。……その、わかると思うわ」
「ボクのなぞなぞが? じゃあ答えてみてよ。うふふふぅ」
 三月ウサギは落ち着きなく腰を揺するアリスを見ながら、にやにやと、いやらしく目を細めます。
「ええと……」
 上がびちゃびちゃ。下もびちゃびちゃ。アリスは思わず、おトイレに間に合わなくて、足元に水たまりをつくって濡らしてしまい――大泣きしている女の子の姿を思い浮かべてしまいます。もちろん、それはアリス自身のことなんかではないはずだと――もう立派なレディであるアリスは、おトイレまでおしっこが我慢できないなんてことはないはずだと――考えましたが、そうしている間にもアリスの太腿はさらにきつく閉じ合わされ、前後にすりすりと擦り合わされるばかりです。
「うふふぅ。ほらあ、どうしたの? 答えてよ。それともわからないのかい、アリス?」
「その、わかるわ。わかるわよ。すくなくとも――すくなくとも、それが私のよく知ってるなぞなぞじゃないっていうのはわかるわ。ふつうは上は大火事、下は洪水、なんでしょう? っていうのよ」
 その答えはお風呂です。ですが、それを聞いて帽子屋が言いました。
「全然わかってないじゃないか。そりゃあ、『傘は傘でも雨の日に差す傘は?』ってのと、『雨は雨でも傘をさせない雨は?』ってのとが違う答えだって言ってるようなもんだ」
「そうそう」
 と、三月ウサギ。
「『お茶を飲むとのどが渇く』と『のどが渇いたからお茶を飲む』がおんなじことだって言ってるみたい」
「ふわぁ……『眠るときにおねしょをする』と『トイレをする時に眠ってる』が同じ……みたいな」
「お前さんの場合は同じだろうよ、ヤマネ」
 あくび交じりのヤマネにそういうと、帽子屋はまた黙ってしまいました。
 アリスはなにか面白いなぞなぞを思い出して、気分を紛らわせようとしたのですが、今日はどういう具合かまるっきりなにも思い出せません。
 それどころか少しでも気を抜くと、おしっこのほうが出ちゃいそうになるばかりで、きっとこれを我慢し続けてるから考えもどこかで詰まってしまってうまくいかないんだわ、とアリスは思います。
「ふぅっ……」
 考えながら、アリスはまた紅茶をティーカップに2杯も空にしてしまいました。空いたカップには、すかさず三月ウサギが新しい紅茶をついでくれるのです。


 しばらくして、いちばん最初に沈黙を破ったのも帽子屋でした。
 ポケットから時計を取り出して、しかめっつらでそれを見ながら耳に当てたり、振ったりしてアリスに聞いてきます。
「ところで、今日は何日だかわかるかい、お嬢ちゃん?」
 アリスはすぐには答えられませんでした。わけの分からないことが立て続けですっかり参っていたのもありますが、ちょうどおしっこが出てしまいそうになっていた時で、それが話せるようになるまで我慢するのに精一杯だったからです。
「……んっ……四日だと、思うわ……」
「四日だって? なんてこった。二日も狂ってるじゃないか」
 もじもじと腰を動かしながら、アリスが片目を閉じてそう言うと、帽子屋は溜息のあと、怒ったように三月ウサギを睨みつけます。
「だからバターじゃ良くないって言っただろう」
「うふふぅ。そんなことないさ、最高のバターを使ったんだよ?」
「パン屑が一緒に入ったんだろうな」
 帽子屋から時計を受け取った三月ウサギは、それを自分のお茶に浸してみてから、また眺めました。けれどどうも具合は良くなっていないらしく、三月ウサギはもう一度つぶやくのです。
「バターは良かったんだけどねぇ。うふふぅ」
 アリスはそのとんちんかんなやり取りを見ていました。帽子屋の時計はへんてこで、時間を指す針の代わりに日にちを指す針しかついていないのです。
「ヘンな時計ね」
 あんまりおトイレのことばかり考えてちゃ良くないわと思い、アリスは続けます。
「今日が何日かはわかるのに、何時かが分からないなんて」
「そんな事が分かってどうなるんだい? ねえアリス。君の時計は、今が何年かわかるのかい?」
「そんなの、もちろんわからないわよ」
 一体、アリスがあの白ウサギを追いかけて、もう何時間経つのでしょう。あれからずっとアリスはおしっこを我慢し続けているのです。早くお家に帰るか、あるいはあの綺麗なお庭――変なキノコで大きくなったり小さくなったりした廊下のドアから見えたあのお庭の、お手洗いに行きたくて仕方がありません。
「でも、それは、年っていうのがなかなか変わらないからよ」
「……そうだ、まさにそれと同じことさ」
 アリスがぎゅっとエプロンドレスの布地をつかみながら言うと、帽子屋は当たり前のようにそう答えるのでした。アリスはだんだん頭がこんがらかってきました。
 帽子屋の言うことはちゃんと言葉になっているのに、まるで意味が分からないのです。これでは白ウサギの事を聞いてもちゃんと答えてくれるかどうかあやしいものでした。
「あのう……あなたのいってること、どうもよく分からないみたいなの」
 できるだけ丁寧にアリスがそう言うと、帽子屋はきゅうに隣を向いて、眠りこけているヤマネの鼻先に熱いお茶を垂らします。
「ほら、何を寝てるんだい、君は」
「ふわぁ……うん、そうだねぇ。ほんとほんと」
 ヤマネの適当なあいづちを聞き流して、帽子屋はまた別の帽子を取り出してかぶります。
「さて、お嬢さん。なぞなぞの答えはわかったのかね」
 さっきのクイズのことだと気付くのに、アリスには少し時間が必要でした。
「……ううん。ぜんぜん。ねえ、答えはなんなの?」
「私にもさっぱりわからない」
 アリスが三月ウサギのほうを見ると、三月ウサギはいやらしげに目を細めて言うのです。
「うふふ。ボクにだってわからないねぇ。うふふぅ」
 じろじろとアリスのほうを見ながら、三月ウサギは言います。
 ひょっとしたら、三月ウサギはもうアリスが落ち着かない様子を知っているのかもしれませんでした。アリスは思わず、いすの上に姿勢を正しました。なにしろずっとスカートを押さえながらおしっこを我慢していたので、いつの間にかテーブルの上に顔を載せるくらいに上半身が傾いていたのです。
「あなた、もう少しマシな時間の使いかたをしたほうがいいわ」
 急に恥ずかしくなって、アリスはそれをごまかすように怒ってみせます。でも、テーブルの下で足をもじもじとこすり合わせるのをやめていられたのはほんの少しの間だけでした。
「こたえのないなぞなぞなんて、つまらないじゃない!」
 すると横から帽子屋が口を挟んできます。
「そんなことはないさ。私くらいに時間と仲が良ければ、付き合い方を無駄にするなんてことはないものさ」
 アリスが何のことやらわからずにいると、帽子屋はさっきのバターまみれの時計を三月ウサギの手元から取り上げて、言います。
「君には分からないかもしれないね。おそらく、時間と口を利いたこともないんだろうから」
 その言い方が、ちょっと馬鹿にされたように聞こえたので、アリスは慎重に答えることにします。
「それは、ないかもしれないけど。……でも、音楽の時間にはこうやって時間を刻むわ」
「それが良くないのさ。いいかいお嬢さん、時間たちだって刻まれたくはないものさ。君は誰かに切り刻まれたいのかい?」
 もちろん痛いのは嫌ですから、アリスは首を横に振ります。
「彼らと上手くやっていくことさえできるなら、時計がらみのことは何だって、ほとんどが上手い具合に運ぶのさ。たとえば、朝の9時というのはちょうど授業が始まる時間だが――そこでちょいと時間にお願いをしてみればね、一瞬で針はぐるぐる巡る。そら、もう午後の一時半。晩御飯の時間だ――というような具合にね」
 時計の文字盤をぐるぐる指で回して、帽子屋はいいました。午後一時に晩御飯なんて変だとアリスは思いましたが、黙っていることにしました。なぜなら、本当にそうできたら、それは結構すごいことに思えたからです。
(それなら、午後一時半に晩御飯なんてささいなことだわ)
 ふと、アリスは先々週の木曜日に、算数の授業中におトイレにいきたくなってしまったのを思い出してしまいました。あの時も机の下で何度もひざを交差させながら、授業が早く終わらないかと、やけにのろのろとしか進まない時計の針にやきもきしてすごしたものでしたが――帽子屋のいうとおりなら、あっという間に授業を終わらせてしまうこともできるのです。
「うふふぅ、今がそうならいいのにねぇ」
 小声でつぶやいて、三月ウサギも鼻を鳴らします。またいやらしいウサギの視線に目が合ってしまって、アリスは小さく身震いしました。
「でも、そしたら――あたしはまだ、お腹が空いてないわけよね?」
「もちろん最初のうちはそうだろうね。しかし、いつでも好きなだけ一時半にしておくこともできる」
 時計の針を進めたり戻したりしながら、帽子屋は答えます。
 時間がいったり来たりしているのをみながら、アリスはそっと、スカートの上からぱんぱんに張り詰めたおなかを撫でます。
 そういえばこのお茶会に来てからもうずいぶん経つような気がしているのですが、いっこうにお手洗いの話は進んでいません。
「あなた、そんなことができるのね?」
 はやくこのお茶会を終わらせてしまえばいいと思って、アリスは帽子屋に尋ねます。しかし帽子屋は、悲しそうに頭を振るのでした。
「残念ながら、私は違うのだよ。私と時間は、こないだの三月に口論をしてしまってね。ちょうど……彼が狂ってしまうちょっと前だったのだがね」
 帽子屋は三月ウサギを茶さじの先で示して、続けました。
「――ハートの女王様が主催の大コンサートがあったのは知っているかね。私たちもそれに招待されて、歌を披露することになったのだが。
“きらきらコウモリ おそらで謀る!” ――君は知っているかい、この歌を?」
「どうかしら……そんなようなのは、聞いたことがあるかも」
 とアリス。帽子屋は小本と咳払いをしてつづけます。
「“世界の上を お盆を飛ぶよ、きらきら――”」
 ここで突然、眠っていたヤマネが身震いして、眠りながら歌いはじめました。
「ふわぁ……“きらきら、きらきら、きらきら――”」
 ところがヤマネは半分眠っているものですから、そこから先に進みません。ほうっておくといつまでも続けそうだったので、帽子屋と三月ウサギはヤマネのおしりをきゅっとつねってやめさせます。 
「まあ、それでこの歌をだ。私が一番も歌い終わらないうちに、女王様が飛び上がって言い出したのさ。『こやつめ、拍子の時間をバラバラに刻んでおるではないか! 首をちょん切るのじゃ!』――とね」
「ひどいわ、残酷よ!」
 それは本当にそう思ったので、アリスは叫びます。帽子屋はうつむいて、顔の前で手を組みます。
「そういう訳さ。それ以来ずっと、時間達はバラバラにされたことを根にもってしまってね。もう私の頼みなど聞いてくれないのだよ。それどころか普通に動くこともしなくなってね、だから今ではずっと6時のままというわけさ」
「じゃあそれで、お茶のお道具がこんなに出てるのね?」
 アリスが手を打って言います。そうさ、と帽子屋は力なくため息をつきます。
「そうだ。ずっと6時のままだからあと片付けの暇すらない。いつでもお茶の時間だからね」
「だから、こんなところにいるのね。ようやくわかったわ!」
 アリスはようやく、この広いテーブルいっぱいのティーセットと、その隅っこに座っていた奇妙な3人のなぞにたどり付けて、少し嬉しくなってしまいました。
「ご名答だ。使い終わるごとに隣の席へ。だんだんずれてゆくのさ」
「でも、最初のところにもどってきたらどうなるの?」
 アリスはふと疑問に思ったので、聞いてみることにします。しかしそれに三月ウサギが割り込んできました、。
「うふふぅ。もうこの話はここでおしまい。飽きちゃったし別の話にしよう。……ねえお嬢ちゃん。なにか面白いお話をしてよ。今したいこととかさぁ。うふふぅ」
 にんまりと口先をゆがめて、三月ウサギ。アリスはぞっとしながら、ぷいと顔を背けます。
「悪いんですけど、なにも知らないんですの!」
 やっぱり三月ウサギは、アリスがさっきからおトイレを我慢しているのを知っているのだとしか思えません。アリスはだんだん、三月ウサギのことが怖くなってきました。
「うふふぅ。じゃあ、ヤマネ、君がお話をしたらどうだい!」
 三月ウサギはひょいと手を伸ばして、眠っていたヤマネのおしりをつねり上げます。かなり痛そうに見えましたが、ヤマネは悲鳴を上げるでもなく、ゆっくり目を開けるだけでした。
「ふわぁ……ねてないよぉ……」
 くしくしと顔をこすりながら、ヤマネはしわがれた小さな声で言います。
「ぼく、今のお話、ぜんぶきいてたよぉ……」
「うふふぅ。別にいいさ。それよりもなにか、面白いお話をしてよ」
「ええ、お願い!」
 三月ウサギと話さなくていいのだと思えば、アリスもいっしょになってお話をせがみます。
 それを見て帽子屋も、また新しいハンチング帽を被りながらいいました。
「始めるのならあまりゆっくりとしないでくれ。お茶の時間はいくらでもあるが、あんまりのんびりしていると、君は眠ってしまうだろう?」
「ふわぁ……ええと……むかし、むかし……」
 そういわれて、ヤマネは話し始めました。
「……むかしむかし、三人の姉妹がいなかに住んでおりました。なまえは、上からエルシー、レイシー、ティリー。……そして、このいなか姉妹は、井戸のそこに、住んでいまして――」
 アリスからしてみればじれったいくらいに間をとったしゃべり方でしたが、これまでうつらうつらと眠ってばかりのヤマネにしてみれば、慌てているくらいなのでしょう。
「井戸の底がおうちなんて変よ。なにを食べてたの?」
 じれったくなって、ついアリスは聞いてしまいます。
「ふわあ……糖蜜だよ」
 しかし、ヤマネはそれにも一分かそこら、考えてこんでから答えました。ぜんぜん進まないお話に、アリスはまたもじもじと腰を動かしてしまいます。
「そんな生活、うまくいくはずないわ。だって病気になっちゃうもの!」
「まさにそのとおり」
 とヤマネは、あくまでマイペースです。
「とっても病気でした」
 アリスは、その姉妹たちのとんでもない生き方がいったいどんなものか、想像してみようとしました。でもあまりにもなぞが多すぎたので、ついにあきらめてもう一度質問します。
「ねえ、その子たち、なんだって井戸のそこになんかに住んでたの?」
「うふふぅ。ねえアリス。のどは渇かないかい? お茶、もっと飲むといいよ」
 突然三月ウサギが、熱心にアリスに勧めてきます。
 しかし、もうアリスは何倍もティーカップを空にしていて、おなかがたぽたぽになっていました。加えてずっとお茶会のテーブルから離れられないものですから、すっかりおトイレにいきたい気分が強くなっていたのです。
「いいえ、結構よ。もうたくさんいただきました! だからもっとなんて飲めないわ!」
「それは違うな。“もっと飲めない”じゃなくて“ちょこっとも飲めない”だろう? “ちょこっと”よりも“もっと”のほうが少ないなんてことはない」
 帽子屋がいきなりそんなことを言い出したので、アリスは慌てて叫びます。
「誰もあなたになんかきいてないわ!」
 このままだとまた紅茶を飲まされそうで、アリスも必死でした。しかし帽子屋は、不満そうにあごを撫でながらカウボーイハットをかぶります。
「ふむ。……人のことをあれこれと詮索するなと言ったのは君だったのではないかね?」
 そう言われて、アリスは何とか言い返そうとしましたが――なんと答えていいかわかりませんでした。だからしぶしぶ、お茶とバターパンをちょっとだけ口に運びます。
(んぅ……っ)
 これまでに飲んだお茶でもういっぱいのおなかに、さらに紅茶が注ぎ込まれて、アリスはぞわあっと足の付け根を振るわせる甘い痺れに声を上げてしまいそうになります。
 アリスは気づかれないようにぎゅっとスカートの付け根を握り締め、それからヤマネにむかって質問をくりかえしました。
「ね、ねえ。その子たち、なんで井戸のそこに住んでたの?」
 そうすると、ヤマネはまた押し黙ると、それについて考えてだしてしまうのでした。のろのろとしたやりとりに、アリスは気がまぎれるどころか、どんどん我慢が辛くなってしまい、とうとうもじもじと腰を揺すり、テーブルの下にぐりぐりと地面に靴の爪先を擦りつけ始めてしまいます。
 そうして、また何分もたってから、ヤマネが言いました。
「糖蜜の湧いてくる井戸だったのです」
「そんなのあるわけないじゃないっ!!」
 えんえん待たされてそんな風に続けられ、いらいらとしていたアリスはとうとう声を上げてしまいます。けれど帽子屋と三月ウサギは、さもアリスがマナー違反をしたのだというように、口の前に人差し指を立てて、しいーーっ!! と言ってくるのです。
 さらに、ヤマネまでむうっと頬を膨らませ、細く目を開けてアリスを睨みます。
「……ふわぁ……ねえ、礼儀正しくできないんなら、話の続きは君がしてくれよ。そんな格好で、みっともない」
 3人に見つめられ、アリスはぴたり、足踏みを止めて慌てて姿勢を正します。
「い、いえ!! ごめんなさい、お話を続けてください!!」
 懸命におしっこを我慢しているところを見られてしまって、アリスはすっかり気が動転していました。真っ赤になって、ヤマネに頭を下げます。
「もう邪魔しませんから、お願いします。……その、糖蜜の井戸も、探してみればひとつくらいあるかもしれないわ」
 アリスはできるだけつつましく言ったつもりでしたが、ヤマネはまだ面白くなさそうでした。
「ひとつくらい? ひとつくらいだって? ふわぁ……まったく……」
 けれど、ヤマネはどうにか、それ以上腹を立てるのはやめてくれたようでした。またたっぷりと間を取って、お話を続けます。
「そこで……この、いなか3姉妹は……お絵かきを習っていたのです」
「お絵かき? 何をかいたのかしら?」
 約束をしたばかりなのに、つい気になってアリスは聞いてしまいます。何かほかのことを考えていないと、頭の中がお手洗いに行きたいことでいっぱいになってしまいそうなのでした。
 ヤマネはまた、ふわあと大きなあくびをして、こんどは全然考え込まずに答えました。
「糖蜜だよ」
「あー、ところで諸君、そろそろ綺麗なティーカップが欲しくはないかい」
 アリスがまた、『そんなことないわ!!』と言いそうになったところで、先に帽子屋が割り込みました。
「一つずつ隣に席をずらそう。それ、ヤマネ、君もだ」
 言うなり帽子屋は勝手に席を立ち、隣にいたヤマネものろのろと続きます。
 三月ウサギがそれまでいたヤマネの席に動き、アリスはいやいやながら席を立ち――おしっこを我慢しながら立ち上がるのが大変だったからです――さっきまで三月ウサギが居た席に座りました。
 つまり、新しい席に座れて得をしたのは帽子屋だけだったのです。
 アリスはと言えばそれまでよりずっと悪い席でした。目の前にはなみなみと紅茶を注いがれたばかりのティーカップがあり、まわりはミルク浸しになっていました。
 ちょうど席を立つとき、三月ウサギが肘でミルク壺をひっくり返していったのです。こんなところには座っていたくもありませんでしたが、3人が何も言わないので、アリスは渋々、そっと椅子に浅く腰かけます。不安定な座り位置は、ますますアリスの我慢を辛くさせました。
 アリスはもう二度とヤマネの機嫌をそこねたくなかったので、とても用心してきりだしました。
「ええと、良くわからないんだけど、その“いなか”姉妹って、どこから糖蜜をかいたの?」
「それは決まっているだろう、自明だ。水の井戸から水を掻きだすのと同じことさ。……糖蜜の井戸だから、糖蜜を掻い出すことは簡単だ。この程度のことはわかっていただかないと困るね」
 馬鹿にするような口調に、アリスはむっとしながらもヤマネにたずねます。
「でも、そのいなか姉妹たちって、井戸の中にいたんでしょ?」
「そうそう。ふわぁ……だから井中(いなか)姉妹」
 その答えに、アリスはすっかり意味が分からなくなってしまいました。アリスが黙り込んでしまったのをみて、ヤマネはあくびをしながら、目を擦ってお話を続けようとします。
「この子たちはお絵かきを習っていて……いろんなものをかきました――“まみむめもで”はじまるものならなんでも――」
「あの、どうしてまみむめもなの?」
「ふわぁ……んぅ。いけないかい?」
「いけなくは、ないけど……」
 アリスはどんどんおトイレに行きたくなってしまい、考えているのがだんだん億劫になってしまっていました。椅子から半分、身体を乗り出すようにして、しきりに腰をよじり、お尻をもぞもぞと動かして、いっときもじっとしていられません。
 時折、ぎゅっとスカートの上から脚の間を押さえてしまい、ありすは小さくはぁ、はあ、と息を荒くします。
 けれど――ヤマネはと言えば、まるで今にも眠り込んでしまいそうに、両目を閉じてかくりかくりと舟をこぎ始めていました。帽子屋にお尻をつねられて一度は飛び起き、目を開けたヤマネですが、またすぐにうつらうつらと顔を揺らし始めます。
「――ふああぁ……“まみむめも”で始まるものならなんでも――。たとえば『まんじゅう』とか『みらい』とか。……『むずかし』とか『めんどう』とか。ふわぁ……『もう』とか――ほら、『もうたくさん』って言うよね」
 アリスのほうを見るように、顔を上げて。ヤマネが言います。
「ねえ君、『もう』の絵なんて見たことある?」
「ええっと……? その、そんなこと言われても……わたしだって、そんなこと……」
 アリスは、いつのまにかヤマネのお話を聞き漏らしていたのかと疑いましたが――じっさい、ヤマネのお話はあまりにもめちゃくちゃで、アリスはすっかり頭をこんがらかせてしまっていました。
「そんなの、いままで考えたこともないし――」
「ふむ、では黙っていることかね」
 と、帽子屋が偉そうに胸を張ります。
 この無礼さ加減には、さすがにもうアリスはがまんできませんでした。
「もう、いいわよっ!! お話もお茶会ももうたくさん!!」
 アリスは目の前のティーカップを掴むと、腹立ち紛れにぐいと飲み干し、空になったカップをがちゃんとテーブルに叩きつけます。一気に飲みすぎたものですからアリスはたまらずに顔をしかめ、けれどしっかりと、3人のほうを見て言います。
「道も教えてくれないで、わけのわからないことばっかり!! 付き合ってられないわ!!」
 そういいと、アリスはぷいと3人に背を向けて、大股で歩き出しました。
 3人は、最初ぽかんとアリスを見つめていたのですが、ヤマネはすぐに眠り始めてしまい、残る帽子屋も、三月ウサギもまるきりアリスのことは気にしないふうにお茶会を再開しようとします。
 アリスのほうは、こっそり後ろを振り向いて、誰かが戻ってこいと言わないかなと思っていたのでしたが――三月ウサギがいやらしそうにアリスのお尻を見ていたのに気づいて、アリスは慌ててその場を走り出します。
 さて、帽子屋はと言えば、さっきまでの態度もどこへやら、ヤマネをお茶のポットにおしこもうとするのに一生懸命でした。
「はあ……もう知らないわよ、二度とあんな所にはいかないわ!!」
 アリスは、森の中の道を進みながらひとりで言います。
 せっかく、道を教えてもらおうとおもって、せいいっぱい礼儀正しくしたのに、彼らときたらまるでアリスのことなんて気にしていないようでしたから。
「これまでの人生の中で、いちばんばかばかしいお茶会だったわ!」
 けれど。しばらく進むうち、憤慨していたのがだんだんおさまってくると、アリスは少しずつ姿勢を前屈みに、脚も内股に、ぎゅうっとスカートの前を押さえる恥ずかしい格好になってしまいます。
「……うぅ……もぉ、っ……?」
 そうです。そもそも、アリスは白ウサギの走って行ったほうを教えてもらおうとしたのも、おしっこに行きたいからなのです。それなのにまるで当てをなくしてしまい、アリスはいよいよ弱ってしまいます。
 けれどその時。アリスは森の木の中にひとつ、中に入れるような扉が付いているの気がつきました。
「ヘンなの……ううん、でも今日って、なにもかもヘンよね。だからこれもきっと、なんとかなるわ。入っちゃいましょう」
 アリスはそっとおなかを押さえながら、ドアを開けます。
 ふと目の前がくらりと揺れる気がして――気がつくと、アリスはまたもやあの長い白黒の廊下にいました。近くにはあの小さなガラスのテーブルもあります。
 どうやら、最初の場所に戻ってきたようでした。
「ほら見なさい。なんとかなるものよ。……じゃあ、こんどはもっとうまくやらなくちゃ!!」
 アリスはそうつぶやくと、まず小さな金色の鍵を手にとって、お庭につづくとびらの鍵をあけました。それからポケットに入れておいたキノコのかけらをちょっとずつかじり、身長が三〇センチくらいになるまで慎重に調整をしました。
 そうして、とうとうアリスは、あの金色のカギの扉の奥に見えた、あの噴水と花壇のあるお庭の、一番奥にあったおトイレの前にやってきたのでした――。




 (初出:書き下ろし)
[ 2010/09/23 18:43 ] WetMarchen | トラックバック(-) | コメント(-)

第14夜 人魚姫 

 おもらし特区の「今日の童話」に触発されて書いたもの。というかほぼそのまま。
 人魚姫はどうしてもうまく展開が作れなかったので諦めかけていた時、読んでその秀逸さに衝撃を受けた。
 しかし、延々長くなった割に明らかに劣化している気がする。




 空には大きな三日月が昇り、美しく輝く星々が、きらきらと夜の中を照らしていました。緩やかな海からの風が、かすかな潮の香りを運んできます。
 たくさんの船が並ぶ、大きな港町をもつ海辺の王国には、耳を澄ませば国のどこからでも遠く、穏やかな潮騒の音が聞こえます。
 きらびやかな王宮の一室でも、それは同じでした。
 警備の衛兵や、今日一日の仕事をようやく終えた従者、はたまた明日の下ごしらえをする料理番を除けば、ほとんどが寝静まった、お城の中。
 その部屋だけは、まだぽつんと枕もとに明かりを灯しているのが、窓の外からもうかがえます。
 大切な客人を迎える部屋は、高価ではあれど決して下品にならないよう、吟味された装飾で整えられており、そこに滞在している者がどれだけ丁重に扱われているかを知らせているようです。
 そんな部屋のベッドの上に横になる、一人の少女の姿がありました。
 まだ小柄な肢体や、あどけない表情にはだいぶん幼さも残っていますが、その姿ははっと見つめるものの心を釘付けにするような、この世のものとも思えない美しさを備えていました。
 深い海の色を思わせる髪は、穏やかな水面のように滑らかに波打ち、真珠のような淡い肌は、そばかす一つなく白く、けれど決して冷たい様子はなく、どこかほんのりと、血の通った温かみも備えています。
 伏し目がちな瞳は思わず見蕩れるほどのマリンブルー。整った目鼻立ちの下には、小さくやわらかなくちびるが、まるでほんのりと桜貝のように引き結ばれています。
 ベッドに横になっているのは、そんな、誰もが思わず目を奪われ、身分の貴賎など関係なく優しく微笑み、膝をついて敬愛したくなるほどの、愛らしく美しい少女でした。
 そんな少女は、けれど額にうっすらと汗を浮かべ、形の良い眉をきゅうっと寄せながら、落ち着かない様子で寝返りを繰り返していました。
「…………っ」
 けして、悪夢にうなされているわけではありません。少女は眠りにおちているのではないのです。ベッドの上でなんども、懸命に何かをこらえるように、身を揺すり、けれどどうしても耐え切れないというように、押し殺した荒い息を繰り返します。
「…………ぁ、っ」
 少女の喉が、かすれた声を立てます。
 そんなにも苦しいのであれば、声を上げて誰かを呼ぶか、そうでなければ枕もとの呼び鈴を鳴らせばすぐに誰かが駆けつけてくるでしょう。少女の纏う夜着は装飾こそ控え目でありましたが、とても上等なもので、部屋の中の調度と考え合わせても、使用人の一人や二人を呼びつけることになんの問題もないはずでした。
 たとえ、そうしたことが出来ないとしても、ベッドから身を起こし、ここを離れることは可能であるはずです。
 けれど――少女は頑なに、それをしようとはしませんでした。
 びくり。少女は不意に、ベッドの上で硬く身をすくませます。
 まるで、襲い来る見えないなにかと闘うように、きつく身体を強張らせ、ぎゅっとまつ毛の長い眼を懸命につぶって、シーツの下で小さくなんどもなんども小刻みに身体を揺すって――その可憐な表情を、耐えがたいほどの苦痛で曇らせてゆきます。
「っ………」
 けれど、あどけなくもやわらかい桜色の唇は、それでも助けを求める声を発することはありませんでした。荒い息遣いと、必死に唇を噛み締めるかすかな喘ぎだけが、たった一人きりの部屋にわずかに響くばかりです。
 膝を突いてうつ伏せになり、枕に顔を押し付けて。あげくシーツを、その小さな口でぎゅうっとかみしめて。
 長い長い時間、まるで永遠にそうしているかのように、硬く硬く身をすくませてから。
 なんとか窮地を脱した少女――シレネッタは、はあっ、と詰めていた息を吐いて、わずかな安堵と共に全身の力をゆるめました。
「…………」
 白い喉がこくりと音を立て、はあ、はあ、と荒い息が、その桜色のくちびるを震わせます。
 ほんの少しだけ取り戻した余裕の中で、シレネはそっと、窓の外に視線を向けました。レースのカーテンの隙間から、遠く見える海を、まるでこいねがうように見つめ、切なげな表情をのぞかせます。
 遠く、静かに響く海風と潮騒の音に、まるで郷愁のようにその美しくも愛らしい顔を曇らせて、シレネは、そっと、かすかに唇を震わせます。

『おしっこ、漏れちゃう……!』

 およそ、王宮の一室に休む、可憐な少女には似つかわしくないほどに、はしたなくもみっともない言葉。誰も聞くものがないとはいえ、そんな事はたとえ幼くとも、淑女の口にしていい言葉ではありません。
 けれど、シレネはまるで熱に浮かされたように、切なげに唇を震わせて、必死に訴えるように何度もその言葉を繰り返します。
『おしっこ漏れちゃう……おしっこ、漏れちゃう……っ!!』
 シレネの美しい顔がくしゃりとゆがみ、ぽろぽろと涙がその頬を伝っていきます。あまりにも懸命な求めは、けれど誰にも届きません。
 いいえ、届いていいはずがないのです。
 たとえどんなことがあろうとも、ベッドの隅でぎゅうぎゅうと夜着の股間を握りしめ、もじもじとオシッコを我慢する自分の姿など、決して見られてはならないのです。
 そして、シレネはベッドから身を起こすこともありませんでした。
 猛烈な尿意に晒されながらも、シレネは身を起こし、その欲求を果たすのにふさわしい場所――お手洗いへと立つことをしようとしません。
 ただ、きつくシーツを噛み、シレネは閉じ合わせた脚の付け根から込み上げてくる衝動を必死になだめていました。すでに両の手はシーツの下にもぐりこみ、はしたなくも夜着の上からきつく脚の付け根を握り締め、休むことなく下腹部を撫で回しています。
『おしっこ漏れちゃうぅ……!!』
 ベッドの上では収まることなく下半身がよじりあわされ、はあはあと悩ましい吐息が繰り返されます。
 けれど、身体の中の奥底から、止まることなく湧き上がってくるはしたない衝動は、いっときも休まる様子がありません。
 それもそのはず、シレネの小さな身体のほっそりとしたおなかを大きく膨らませるほどに、ぱんぱんになって硬く張り詰めた下腹部は、ずしりと重く少女にのしかかっていたのです。
 荒れ狂う海の大波をもたやすく乗り切ることのできる海の王国の王女、人魚の末姫シレネッタも、身体の奥深くから押し寄せてくる恥ずかしい衝動の大波にはあまりにも無力でした。
 女の子の恥ずかしい場所をなんども握り締め、シレネはそこに荒れ狂う嵐を鎮めようと、懸命に我慢を続けます。
 そんなシレネの努力はしかし、あまりにも無謀なものでした。





 シレネは、海の底の王国に住む人魚のお姫様であり、たくさんの姉を持つ一番下の妹でした。多くの姉妹たちの中でも、シレネの美しさはひときわであり、まだ小さなころからその可憐さ、愛らしさで王国中の噂になるほどでした。
 ですから、シレネの父である海の王様は、他の姉妹たちには15歳で与えていた、海の上に浮かび上がってもいいという許可を出すことを、シレネにだけは渋っていたほどでした。
 けれど、シレネだけを特別にする訳にもいきません。めでたくその許可を与えられたシレネは、初めて見た空の下で、ある出会いを果たします。
 あいにくと、その日は大きな嵐の夜でした。海は大きく荒れ狂い、そのなかにはまるで木の葉のように揺れる船がありました。
 大きな宮殿のような船は、しかし猛烈な嵐の中でとうとう帆柱を失い、海の中に難破してしまっていたのです。
 ひときわ大きな波が来て、船がぐらりと揺れたかと思うと、シレネはその船から投げ出された、ひとりの青年を見つけました。
 実はこの船は、とある人間の国の船であり、この青年はその国の王子だったのです。船の上では航海のさなか、嵐で姿の見えなくなった王子を探し、大変な騒ぎとなっていました。
 けれど、水の中にはそんなものは聞こえません。それでなくとも王子様は気を失っていましたし、仮に誰かがそれに気づいたとしても、どんなに泳ぎ自慢の船乗りたちでも、この荒れ狂う嵐の中、深く黒々とした海に飛び込んで王子様を助け出すことはかなわなかったでしょう。
 王子は、そのまま誰にも気づかれずに、海の底深くに沈んでしまうかに思えました。
 けれど、人魚のシレネならば話は別です。心優しい人魚の末姫は、見る見るうちに水底へ落ちてゆく王子様に追い付いて、その身体をもう沈んでしまわぬよう、そっと抱き締めました。
 なんということでしょう。シレネは一目見るなり王子様に恋をしてしまっていたのでした。


 シレネは懸命に王子様を抱え、海の上へと運びあげました。降りつける雨と吹き付ける風の中、遠く波に翻弄される船へ、あらん限りの声を振り絞って叫びましたが、船からの応答はありません。
 いえ、もし美しいシレネの声が届いたとしても、帆柱を失った船が王子の元へと戻ることはかなわなかったでしょう。
 シレネは王子を助けたい一心で、彼のぐったりとした身体を抱きかかえたまま、まる一晩をかけて嵐の海を泳ぎきり、とうとう朝方には、近くの岸辺まで運びあげました。
 酷い嵐でしたが、幸いなことに朝になる頃には海は落ち着いており、王子は浜辺で、雲間からの陽射しに目を覚ましました。
 そして王子は、自分が海岸に打ち上げられていることに気付くと、がばと身を起こしました。聡明な王子は、自分がいた船の航路が海の真ん中にいた
ことを知っており、あそこで海に投げ出されれば、まず助かりはしないことを知っていたのです。
 ですから、王子は自分がひとりでにこの海岸に流れ着いたのではなく、誰かに助けられたのだということにすぐに思い当りました。そうして、そっと岩陰から様子をうかがっていたシレネに気付いたのです。
 声をかけようとした王子ですが、シレネは慌てて背中を向け、海の中に身を躍らせました。人間と顔を合わせてはならないというのが、海の王国の掟でしたし、なによりも人間と違う人魚の姿では、王子様を恐れさせてしまうかもしれなかったからです。
 王子様に一目で恋をしたシレネは、万が一にも嫌われるようなことはしたくなかったのでした。海に飛び込んだシレネのすがたを、ちらとでしたが確かに見た王子は、しばらく、じっとそこに残って、シレネの消えた海のほうと見つめていました。


 さて。それからしばらく時がたっても、シレネは王子様のことが忘れられません。もう会えないとわかってはいても……いえ、むしろそうと分かっているからこそ、シレネの恋心は募るばかりです。
 悩みに悩み、その小さな胸を痛め、ままならない人間と人魚の恋に何度も涙をこぼしながら、シレネはとうとう決意します。
 人魚の姿を捨て、人間の脚を得て、王子様にもう一度会いに行こう、と。
 シレネはひとりこっそりと、海の王様や姉たちに珊瑚の手紙を残し、海の深くに住む魔女のもとへと向かいました。
 ずっとずっと昔から海の一番深い場所に住む、年経た魔女は、誰も知らない魔法や呪いをたくさん知っていると噂され、恐れられていました。
 そんな恐ろしい魔女でしたから、海の王国の住人達は怖がって誰も近寄ろうとはしなかったのですが、この魔女に頼めば、魚の尻尾の代わりに、人間の脚をもらうことができると、シレネは考えたのです。
 ですが、この魔女というのが、長い時間を海の底で誰にも合わずに過ごし、何百歳と老いて歳をとったためか、すっかり性格が悪くなってしまっていて、普通にシレネの願いを叶えてなどくれなかったのです。
 おっかなびっくり挨拶をして、シレネから願いを聞いた魔女は、いひひひといやらしい笑みを浮かべながら、目の前の美しく幼い人魚姫をじろじろと睨みました。
 皺だらけのよぼよぼに老いた魔女は、もう取り戻せない若さを、ことに美しく可愛らしさを備えた愛くるしい姫君を、ひどく妬ましく思っていたのです。
「いいだろう、そんなに欲しけりゃ人間のあんよをくれてやってもいいさ。……代わりに、お前さんの大事なものを頂くがね。ひっひっひ」
 魔女はそう言って、一本の魔法の薬の瓶を取り出しました。
 魔女が人間の脚の代価として求めたのは、王国中で評判の、その美しい声だったのです。とんでもないものを払えと言われて驚くシレネに、しわがれた不快な声で笑いながら、魔女は迫ります。
「魔法ってのはね、何かを得るためには何かを支払うもんさ。あたしがこんなにおいぼれたのだって、お前さんに脚をくれてやることができるようになるには仕方なかったんだよ?」
 そんな事を言われてしまえば、シレネも黙るしかありません。
 どうしても王子様に逢いたいシレネは、悩んだ末に、自分の声を魔女に払うことにしました。
 けれど、後でわかることですが、魔女がシレネに渡した魔法の薬は、とてもそれに見合うものではなかったのです。
 けれど、とにかくこれで、シレネは人間になったのです。もうすぐ王子様に会える。そのことだけを心の支えに、シレネは海の上を目指しました。
 なれない人間の脚で苦労して海の上に浮かび上がり、生えたばかりで痛むつま先をこらえてなんとか陸地に上がったシレネでしたが、それを見送りに来た魔女は、さらにシレネにとんでもないことを言い出したのです。
「そうそう、ひとつ言い忘れていたねえ。ひっひっひ。その薬の効果が切れちまう時のことさ」
 あろうことか、シレネから魔法の薬の代価としてその美しい声を奪っておきながら、魔女がシレネに与えた魔法の薬には、まだとんでもない秘密がありました。
 それはなんと、陸の上でおしっこをしてしまうと魔法が解け、人魚姫は泡を残し、王子様の前から姿を消さねばならないという、とてつもなく意地の悪いものだったのです。
「なあに、なにも延々我慢しなってことじゃないさ。ちょいと海までもどってきて、そこらの岩の上にでもしゃがんでシャアアアっと済ませりゃいいだけさ、なんてこたぁないだろう? ひっひっひ」
 あまりにも下品なことを言われて、シレネは思わず真っ赤になってしまいます。
 魔女の言うことには、あくまで陸の上でおしっこをしてしまうことがいけないのであって、海までもどってに波に向けてすれば、おしっこができるということでした。
 けれど、そうでなければずっとずっと、おしっこを我慢し続けねばなりません。これから陸の上の人間の国で暮らして行こうというシレネには、あまりにも酷な話でした。
「いーひっひっひ!! なにを不思議がることがあるんかね。あたしの魔法の薬で姿を変えようと、お前さんはもとが人魚だからねぇ。海から離れて生きることはできないのさ。わかるね? それが魔法ってものなのさ。ひっひっひ!!」
 そのことを知って愕然となるシレネが面白くてたまらないというように、魔女はにやにやと意地悪な笑顔で、そんな理屈を言ってのけました。
 本当にそんな魔法の仕組みがあるのかシレネにはわかりませんでした。けれど、どうしても王子様に逢いたかったシレネは魔女の言葉にうなずくしかありません。
 そもそも、そんなの無茶苦茶ですっ!と叫ぼうとしても、声は魔女に奪われいるのですから、どうしようもありません。シレネは魔女に深く頭を下げ、感謝を示しすしかありませんでした。
 この偏屈な魔女の機嫌を損ねては、人間の脚をもらうことはできなかったのですから。
 ……けれど、この性根の悪い魔女のする悪だくみといったら、シレネの想像をはるかに超えていたのです。
「いっひひひ。とは言っても、いい歳をした娘が、まさか人前で我慢できずに粗相なんてみっともない真似は嫌だろう? ひっひっひ。お前さんの声を、ひとつだけ残してやるとしようか。感謝しな」





 幸運なことに。……あるいは不幸にも。
 魔女が姿を消してすぐ、シレネはあてもなく街道をさまよっていたところを、たまたまやってきた王子様と再会することができました。
 なんと王子様もあの日、出会ったシレネのことを覚えてくれていたのです。あの嵐の夜の命の恩人を捜して、王子様は国中に使いを出していたのでした。
 そのことを王子様から伝えられ、シレネは感動と喜びで胸がいっぱいになってしまいました。思わずシレネは『王子様!!』叫びそうになってしまいました。
 けれど、シレネの口から飛び出したのは、

『お、おしっこ……!!』

 という、女の子には決して口に出せないような言葉だったのです。
 あまりのことにシレネは頭から血の気が引いてゆくのをはっきりと感じました。王子様は一瞬キョトンとしてから、たぶん何かの聞き違いだろうと、シレネをまじまじと見つめます。
 シレネは慌てて、もう一度『ち、違います! 今のは!!』と叫ぼうとしました。けれど、またもシレネの口から飛び出したのは――

『も、もれ、漏れちゃうぅう!!』

 もう、隠しようもないほどにはしたなくはっきりと、オシッコしたい、おトイレに行きたい!! ということを叫ぶ、どうしようもない言葉だったのです。
 そう、魔女はなんとシレネの声のうちから、『おしっこ漏れちゃう』という言葉だけを返したのでした。
 どうしても我慢が出来なくなったとき、シレネがそう叫べるように、そんな建前だったのかもしれません。でも、その裏には魔女の性根の悪さがはっきりと潜んでいるのがわかる、あまりにもひどい仕打ちでした。
 考えてもみてください。いくら我慢ができなくなっても、仮にも海のお姫様である女の子が、ずっと慕っていた大好きな王子様の前で、『おしっこ漏れちゃう!』なんて言えるわけがありません。
 まして、魔女のこの仕打ちで何よりも残酷なのは、たとえシレネがそれ以外の何を言おうとしても、口にできるのは『おしっこ漏れちゃう』という言葉だけだ、ということにありました。
 王子様がシレネに優しい言葉をかけてくれたとしても、シレネが返せるのは『おしっこ漏れちゃう!』という恥ずかしくてはしたない言葉だけなのですから。
 これならば、何も話せないほうがまだマシかもしれません。
 あまりのことにしばらくぽかんと呆気にとられていた王子様ですが、シレネがあまりに驚き、唇をまっさおにしているのに気付き、とりあえず細かいことは考えるのをやめて、シレネを迎えるための馬車を用意させました。
 さりげなく、馬車には遠出をする時のための、ご婦人用のお手洗いも用意させました。王子様はひょっとしたらシレネが、もう本当に、なりふり構わないほど我慢の限界なのかもしれないと思ったのです。
 王子様は聡明で、そして一国の後継ぎとして寛容でもありました。初対面のシレネがあまりにも無礼な、慎みの足りないことを叫んだことにも腹を立てず、人間、追いつめられてどうしようもない時には、とても考えもつかないことを口走ってしまうこともあるのだというふうに自分を落ちつかせたのです。
 また、王子様はひょっとしたらシレネは、自分の良く知らない国の言葉を喋っていて、それがたまたま、偶然そういうふうに聞こえるのだろうと、そんなふうにも思いました。
 結局、シレネがそれから一言も喋らなくなってしまい、さらにあとでさりげなく王子様が馬車の様子を確認させたところ、シレネが馬車の中のお手洗いを使っていなかったことがわかったので、王子様はたぶんそれが正しいのだろうと思うようにしたのです。


 こうして王子様の命の恩人として、お城に招かれたシレネでしたが、陸の人間の国は見るものすべてが珍しく、しばらくは勝手も分からずにあれこれとお城の使用人たちを困らせることになりました。
 けれど、そうして距離があったのも最初だけ。美しく可愛らしいシレネは、まもなく王子様の大切なお客様として迎えられました。
 王子様が突然連れ帰った、言葉を話せない女の子に、いったいどこの誰だろうと不審に思う声がなかったわけではありませんが、お行儀よく礼儀正しいシレネの洗練されたたち振る舞いや、なによりも美しいその姿に、皆はきっとどこかの名のある家のご令嬢だろう、と噂し合いました。
 なにしろ、シレネはもともと海の王国の王女様ですから、それも当然のことです。けれど――いつまで経っても口をきかないことについてだけは、城の者たちもみなそろって首をかしげました。
 少し話していればわかったことですが、シレネは時折、まるでなにかを言いかけ、それを無理やり飲み込むように、小さく開けた唇を噤むのです。
 そうしてあとは俯いて真っ赤になり、黙りこんでしまうものですから、きっと生まれつき口がきけないのではないだろう、何か理由があって言葉を話さないのだと、お城の人たちは囁き交わし合いました。


 困っていたのはシレネッタもでした。
 せっかく王子様とお城で暮らせるようにはなったものの、魔女にたったひとつをのぞいて声を奪われたせいで、どれだけ王子様に優しく声をかけてもらっても、ありがとうと伝えることもできないのです。
 王子様に優しく手を握られ、話しかけられるたび、シレネは思わず口を開きそうになり――思わず飛び出しそうになる『おしっこ漏れちゃう!』という、みっともない叫びを、泣きそうになりながら必死になって飲み込まねばなりませんでした。
 たったひとこと、『王子様、大好きです』と伝えられればどんなにいいことでしょう。でも、シレネには人間の字は書けません。
 大好きな王子様が、すぐ傍にいてくれるのに、黙ったままでいなければならないことは、シレネにとってとてもとても辛いものでした。
 生まれた国や、家族のこと、なぜ自分を助けてくれたのか。どうしてまた会うことができたのか。王子様はシレネのことを思いやってか、あれこれと話をしてくれました。でも、シレネは何を聞かれても、答えることができないのです。
「遠い国の、むずかしい言葉でも構わない、知らなければ学ぼう。君のことを聞かせておくれ」
「どんな言葉でもいい。僕は君の声が聞きたいのだ」
「それに、僕はまだ君の名前すら知らない。いったい、君は誰なんだい?」
 王子様は、シレネが言葉を話せることを(たとえ、あんなにはしたない台詞だったとはいえ)知っています。ですからなんとか、シレネのことを知ろうとそう言ってくれるのですが、シレネは何を言われても、困ってうつむくばかりでした。
 大好きな相手に自分の名前すら口にできないことは、あまりにも歯がゆいことでした。


 王子様も、シレネがあまりにも何も話そうとしないので、時々、少し不安になることもありました。まさか実は、自分がとんでもない勘違いをしていて、まったく関係のないどこかの国のご令嬢を、命の恩人と間違えて連れてきてしまったのではないか――と。
 無礼とは思いつつもそう聞いてみると、シレネは涙を浮かべて首を振るばかりです。
 いったいどうしたことだろう、と王子様も四六時中、シレネのことを心配していました。
 シレネが言葉を話せないこともそうでしたが、どれだけ優しい、あたたかな言葉であっても、黙ったまま俯いて、その美しいマリンブルーの瞳に涙を浮かべ、心をかきむしらんばかりの悲しい顔をするばかりのシレネに、王子様はふしぎと心惹かれていたのです。
 きっとなにか、悲しいことがあるのだろうと、聡明で思い遣り深い王子様は、シレネのことを案じていました。





 さて。聡明で寛容で、さらには立派な志もある、とても素晴らしい王子様ですが、ひとつだけ良くないところもありました。
 王子様はあの遭難事故で溺れかけてからというもの、すっかり海が大嫌いになってしまい、いまでは海に近付こうともしなかったのです。海沿いの国だというのに、港のことはすっかり大臣にまかせきりでした。
 結婚して王様になったならまず、お城を海から離れた場所に移すのだと言い出して、大臣たちはその準備に大忙しなのです。
 一歩間違えば死んでしまっていたのですから、それも仕方のないことと言えばしょうがないかもしれません。
 とはいえ王子様がそんな様子ですから、シレネッタはもう大変でした。
 なにしろ、陸の上でオシッコをしてしまったら、シレネの魔法は解けてしまうどころか、泡になって消えてしまうというのです。魔女の言葉を信じたくはありませんでしたが、もし本当だとするなら、どれだけオシッコがしたくなっても、おトイレなんか使えるわけがありません。
 ただでさえ大好きな王子様の前では言い出しにくいことなのに、お城の中は警備の衛兵や使用人など、たくさんの人目があり、とてもではありませんがこっそりと昼のうちにお城を抜け出して海まで行ってくるという訳にもいきません。
 シレネは王子樣が自分の部屋に戻ってゆく夜中まで、じっと息を潜めておしっこを我慢し続けるしかありませんでした。
 王子様と一緒にいるときも、珍しい果物やお菓子を口にしている時も、気づかれないように何度もドレスのおなかをぎゅっとさすっては、耐えがたいほどに高まる尿意をこらえ、オシッコを我慢するしかなかったのです。


 そうして、お城の皆がすっかり寝静まる真夜中にこっそりお城を抜け出して、海まで向かっては、顔を真っ赤にして、恥ずかしさに死んでしまいそうになりながらも、波打ち際めがけてたまりにたまったオシッコをほとばしらせるという日々を送っていたのでした。
 その勢いと言ったらもう、すさまじいもので、魔女が言ったようなささやなかものとは比べ物になりません。シレネの小さな身体のいったいどこにこんなに溜まっていたのかと思えるほどに、勢いよく噴き出す黄金色のオシッコは、飛沫を立て太い水流をまるで海蛇のようにのたうたせながら、じょごぉおおおおーーーーっ、と海面の波を泡立てるのです。
 こんなはしたない姿を万一誰かに見られたら、と思うと、シレネは気が気ではありませんでした。


 そうやって、真夜中に一回だけ許されたオシッコの機会を除いては、一度もおトイレに立つこともできず、一日じゅうオシッコを我慢していなければならないのですから、シレネの苦しさといったらなみたいていのものではありません。
 折角のきれいな脚はドレスの下でくねくねとすりすりもじもじと擦りあわされるばかりで、内股の引けた腰ではまっすぐ立つことすら難しいほどでした。
 人の多いところではこっそりおなかをさすったり、腰を揺すったり前を押さえて我慢することもできませんから、どうしても部屋に閉じこもりがちになります。
 もしほんのちょっとでもおチビリでもしたなら、そのまま泡になって消えてしまうかもしれませんから、シレネも必死なのでした。
 そんな毎日がうまくいくはずもありません。雨の日などは出掛けるのも一苦労で、濡れたドレスをどうやってごまかそうか、シレネは本当に困ってしまいました。海までオシッコしに行っていたなどと言えるわけもありませんし、仮に説明するにしても、シレネが口にできるのはあの恥ずかしい言葉だけなのです。
 だんだんと元気をなくしてゆくシレネを励まそうと、王子様は足しげくシレネのもとをおとずれました。
 少しでも元気が出るようにと、王子様は毎日珍しいお茶や異国のお菓子などを持ってきてくれるのですが――お昼を回り、いよいよおなかにオシッコがたぽたぽと揺れるくらいに我慢がきつくなってきた時に、暖かいお茶を何杯も飲みながら、気づかれないように必死に我慢して王子のお話をじっと聞いているのは、気絶しそうに辛いことでした。
 本当ならドレスの上からぎゅううっ、と脚の付け根を握り締めたいのを必死に堪えながら、笑顔をつくって王子のお話に相槌を打つ――シレネはそんな辛さを押し隠して、懸命に王子様の傍にいようとしました。
 だいすきな王子の前では、わずかに腰をよじって、もじもじと我慢することもできないというのに、です。


 そうやってシレネがいつまでも喋れない上、名前すらも教えてくれないものですから、王子様はそのうちだんだんと、本当にシレネが自分の命の恩人であるのか疑問に思うようになっていました。
 けれどこれは、王子様を責めるのは酷というものでしょう。
 なにしろ、最近ではシレネは王子様と一緒にいるときでも、どこか辛そうな表情をするのです。本当は嫌々、自分のわがままに付き合ってくれているのではないかと思ってしまっても仕方のないことでしょう。
 それに、あの嵐の晩は王子様は溺れて気を失っていましたし、去り際にちらとみたシレネの姿だけでは、一度芽生えかけてしまった不安はどうしてもぬぐえなかったのです。
 もしかしたら、やっぱりシレネは人違いではないか。そう思いながらあの朝別れた少女の顔を思い出そうとすればするほど、王子様はわけがわからなくなってしまうのでした。
 まして、いつもおぼつかない足取りで、椅子から満足に立つこともできないくらいにか弱く見えるシレネが、あの大波をかき分けて自分を救ってくれたのだとは思いづらく、やはり考えれば考えるほど王子様はわからなくなってしまいます。
 そして、そんな折、王子様の耳にどうにも気になるうわさが飛び込んできたのでした。





 いつものようにシレネッタを訪ねてきた王子様は、ひとしきりお茶を楽しんだ後に(そして、いつものようにシレネは一生懸命、気づかれないようにオシッコを我慢しながらいたときに)、いつになく真剣な顔で王子様は切り出しました。
「――ところで、君にひとつ聞きたいことがあるんだ」
 いいかい? と念を押して、王子様は話し始めました。
「このところ、城の衛兵が、夜な夜な城から抜け出して行く不審な影を目撃している。……誰も寝ているような真夜中に、だ」
「…………!!!!」
 シレネは、口から心臓が飛び出してしまいそうに驚きました。
 おもわず『じわっ』と緩みかけた脚の付け根に危険な兆候を感じ取り、必死になってすりすりと内腿をすり合わせ始めてしまいます。
 スカートの前をぎゅううっと握り締めてしまいそうになるのをこらえ、緊張に桜色のくちびるを引き結んで、衝撃を押さえ込もうとします。
「それだけではないんだ。僕が直接見たわけではないが、港のほうでも不審な姿を見たというものがいるらしい。海の岸辺に座り込んで、なにやら水音を立てていたとか――」
「っっ……!!!」
 あまりのことにシレネは、思わず口を『おしっこ』の『お……』の形に開きかけてしまいます。
 さらに動揺に身体が言うことをきかず、不自然に身体に力が入ったせいか、まだ昼過ぎだというのに、シレネはたまらなくオシッコがしたくなってしまったのです。とうとう王子様の前で小刻みに足踏みをはじめ、さすさすとおなかをさすり出しながら、シレネはなんとか、悲鳴を上げるのをこらえました。
 きっと、その悲鳴ですらもあの、恥ずかしい言葉になってしまうに違いないのですから。そしてまた、その言葉は、今のシレネが一番したいことからあながち外れているわけでもないのです。
「君の事を疑いたくはない。が……城の中にも、不敬なことに君を疑っているものがいる。僕をたぶらかしている魔女ではないか、と。もちろん、僕はそんな事を信じてはいない。……けれど、できれば君の口からそれを聞きたい。もしなにか、どうしようもない事情があるならば、それも教えて欲しいんだ。……約束しよう、決して君を見捨てるようなことはしない」
 真摯な王子様の言葉に、シレネは少なからず、心を揺り動かされます。
 お城に来てからもうずいぶん経つというのに、いまだになにも話せない自分を、こんなにも大切に想い、信じてくれているなんて。
 シレネはけれど、やはりその思いを口にはできず、顔を赤くし、ぽろぽろと真珠のような涙をこぼすばかりでした。
 シレネがどれほど請い願っても、その喉から出る美しい声は、あのはしたないことばひとつだけなのです。そしてまた、シレネは今なお夜まで我慢し続けねばならないほどに、恥ずかしいおしっこでおなかをぱんぱんに膨らませ、それに耐えかねてスカートを握りしめ、もじもじと腰を揺すっているのです。
 『おしっこが、漏れちゃう!!』
 そんなことを、口にできるわけが、ありません。
「そうか……では、これだけは聞いてくれ。
 何があっても、僕は君を信じよう。だから、僕のことを君も信じて欲しい」
 そういうと、王子様は席を立ちました。
 シレネは思わずそれを呼びとめようとし――
『ぁ…………ッ!!』
 そこまで、でした。
 口を『お』の格好に開いて、でもそれ以上は口にできないシレネを、優しげに見つめて。王子様は部屋を出てゆきました。


 そうして。シレネは、それからずっと、この部屋にいます。
 可哀そうなシレネッタは、王子様への想いから、悲壮な覚悟で、一晩中オシッコを我慢することを決めたのでした。
 昨晩から数えてももう丸一日トイレに行っていない人魚の末姫のおなかは、石のようにぱんぱんに硬く張り詰めています。脚はきゅうっと寄せあわされ、いっときも休まずにシーツをかき乱し、ぷるぷると震えていました。
 いつもならとっくにお城を抜け出しているこの時間。普段ならもう、海で盛大に、たっぷりと、オシッコを済ませて、足早にお城へと戻っている頃でしょう。けれど、シレネはベッドの上で、ぎゅうぎゅうと細い指で懸命に脚の付け根を揉みしだきながら、なんどもなんども、楽な姿勢を探して寝返りを繰り返すばかりです。
 これまで、一日に一度だけ、お城を抜け出して海にオシッコをすることが許された毎日でさえ、シレネは何十回、何百回ももうだめだと思うことがありました。
 けれど今は、たった一度の海へのオシッコすら、許されていないのです。
 硬く張り詰めたおなかを何度もさすり、交互に膝を組み替えて、もぞもぞと揺れる腰が、よじられる背中が、細い脚がシーツをかき乱してゆきます。
『おしっこ、漏れちゃう……!!』
 かすかに震える桜色の唇は、ぎゅっと引き結ばれたその隙間から、誰にも届かない小さな悲鳴を、なんども繰り返します。
 真珠色のうなじには湿った亜麻色の髪が張り付き、薄赤く火照った頬にも汗が浮かび、ははあはあと荒い吐息を繰り返します。
 シレネが懸命にさする手の隙間のすぐ奥では、きゅんきゅんとおなかの内側から、恥ずかしい刺激が一番かよわい、敏感な部分を責めなぶっていました。荒れ狂う嵐のように激しく波打つ身体の中の大きな海が、ざぱんざぱんと立て続けに押し寄せ、黄色く渦巻くはしたない熱々のオシッコが、いまにもシレネの我慢を打ち破ろうとしています。
 きつく閉じ合わされた脚の奥、人魚の末姫のオシッコの出口は、恥ずかしい水の悪戯の前に、無防備にさらされ続けていました。
 このままでは、いつか我慢の限界が来て、シレネははしたなくも、ベッドの上で、ギュっと押さえた手のひらの下から盛大におしっこを溢れさせてしまうでしょう。
 股間の先端、脚の付け根から噴き出し迸る熱い奔流は、股間を握り締める手のひらの隙間からでさえも高々とシーツの上に水柱を噴き上げ、津波のように何もかもを押し流しながら、とめどもなくいつまでも溢れ、シーツを汚してしまうに違いありません。
『おしっこ……、漏れちゃうぅ……っ!!』
 小さな肩を震わせて、その瞬間の恐怖に必死に抗いながら、挫けそうな心と緩みそうな脚の付け根の水門を励まして、ぐりぐりと股間をシーツにねじりつけ。
 シレネは、いつまでもいつまでも、熱のこもった部屋の中、ベッドの上で身もだえを続けていました。


 いつ終わるともしれない、長い長い夜を越えて――
 次の日、王子様がシレネの部屋を訪れた時には。そこにはもう、美しき人魚の姫君、シレネッタの姿はどこにもなく。開け放たれた窓だけがカーテンを揺らしていました。
「君……!?」
 王子様は、思わず窓へと駆け寄り、外を見まわしましたが、そこには誰の姿もありません。
 けれど王子様が掴んでしまった窓枠と、カーテンの裾、そして足元のふかふかの絨毯は、まるで大雨が叩きつけられたように、ぐっしょりと温かく湿っていました。
 よく見れば、窓の外のお城の庭にも、同じように何か、水を零したような跡が点々と続いていたのです。
 シレネが消えてしまったことに愕然としながらも、振り向いた王子様は、ベッドを見てさらに言葉を失いました。
 そう。なんとベッドの上には深く乱れた毛布と、可愛らしい唇の噛み痕を残した枕。シーツの上にはまるで海のように、黄色いおしっこ一面に広がっていたのです。
 いったいどれほど、シレネはあの小さな身体を丸めて、必死に脚の付け根を握り締めて、孤独な戦いを続けていたのでしょう。
 あんなにも苦しいおしっこ我慢を続けながら。
 ついには、こんなはしたないオネショの跡すらを、王子様に見せてしまう結果になっても。シレネは、王子様の側にいたかったのです。
 ――けれど、『おしっこ漏れちゃう!』以外に声をもたない人魚姫には、ついにその想いを伝えることはかなわなかったのでした。
 シレネが流したであろう、多くの悲しみの涙は。
 すべて、このはしたなく恥ずかしいオシッコの跡に飲み込まれ、消えてしまっていました。
 ベッドの上、ほかほかと湯気を立て、少しばかり泡を立ててちゃぷちゃぷとゆれる黄色い水たまりを呆然と見つめ、王子様はいつまでも呆気にとられていました。



 ……めでたし、めでたし。


 (初出:書き下ろし)

[ 2010/04/29 15:58 ] WetMarchen | トラックバック(-) | コメント(-)

第13夜 白雪姫 

「――大変だ、スノウの様子がおかしいよ!」
「どうしたんだいスノウ、息も荒いし、顔も真っ赤じゃないか!!」
 小人たちの声が、森の中に響き渡ります。
 ここは、お城からも離れた森の奥深く。七人の小人と白雪姫が仲良く暮らす、小さな小さな一軒家です。
「ねえスノウ、大丈夫かい? いったいなにがあったんだい!?」
「スノウ、苦しいの? ねえ、返事をしておくれよ!!」
「ねえ、スノウ、スノウったら!! ああ、しっかりしてくれ、スノウ!!」
 俯いたまま座り込み、いくら呼びかけても答えてくれず、じっと動かなくなってしまった白雪姫の周りで、小人たちはおろおろと慌て、右往左往してめったやたらにあたりを走り回ります。

 『――鏡よ鏡、この世で一番うつくしい女の子はだあれ?』
 『それは魔女様、あなたさまにございます』

 だれよりも高慢で、尊大で、ことあるごとに自分の美しさを誇っていた悪い魔女は、当然のようにこの国のお姫様には自分がなるべきだと思っていました。
 魔法と謀略によってお城を乗っ取り、女王となった後も、魔女は毎日のように魔法の鏡に“この世で一番うつくしい女の子”は誰なのかを訪ねては、返ってくる答えに悦に入っていたのです。
 けれど、白雪姫が12歳の誕生日を迎え、立派なお姫様の仲間入りをしたことで、魔法の鏡は魔女の問いかけに白雪姫の名前を挙げるようになりました。
 嘘をつかない魔法の鏡の答えに激怒した魔女は、狩人に命じて白雪姫を森の中に連れ込み、殺すように言いつけたのです。

 『――鏡よ鏡、この世で一番うつくしい女の子はだあれ?』
 『それは、白雪姫様にございます』

 悪い魔女の企みによってお城を追われた白雪姫ですが、狩人の情けで命までは奪われず、森をさまよっていたところを運良く七人の小人たちに助けらることになりました。白雪姫は、それ以来この一軒家で、賑やかな小人たちと慎ましくもささやかな暮らしをしていたのでした。
 けれど、魔女は、いつまで経っても魔法の鏡の答えが変わらないことに、白雪姫が生きていることに気付いてしまったのでした。
 お城から追放されてなお、優しく、うつくしく、気品あるお姫様でいつづける白雪姫に激しい嫉妬を抱いた魔女は、リンゴ売りのおばあさんに化け、白雪姫の前に現れたのでした。
「スノウ、ねえスノウったら、どうしたんだい!! どこか苦しいのかい!? ねえお願いだ、返事をしてスノウ!!」
「熱があるのかい? 寒いのかい? そんなに汗をびっしょりかいて……震えているじゃないか!!」
「スノウ、だれかがきたのかい? あの狩人かい? ほんとうになにがあったんだい……!!」
 小人たちの住む一軒家の近くの広場で、うずくまり、動かなくなってしまった白雪姫を囲んで、七人の小人たちは必死に彼女を案じていました。
 くちぐちに声を上げ、せわしなく飛び回っては白雪姫のドレスの裾や腕をひっぱって名前を呼ぶ小人たちですが、白雪姫はそれに答えてやることはできませんでした。ただただ、か細くも荒い息を繰り返しながら、手足を小さく丸めて震えるばかりです。
 すべては、魔女が盛った秘薬のせいなのです。
「ん……? なあみんな、ちょっと見てくれ、こいつをどう思う!!」
 小人の一人が、白雪姫の足元に転がっていた空のコップを見つけて叫びました。そのコップは、小人たちが食事に使っている木のコップとはまるで違う、美しい銀細工のほどこされた高価そうな品でした。
 まるで、お城の食卓に並ぶのがふさわしい見たこともないコップに、小人たちは揃って首を傾げます。
「おかしいじゃないか!! ぼくたちが見たこともない、こんな立派なものがなんでここに落ちているんだい? 誰か知っているのはいないか?」
 小人たちのなかに、それに答えられるものは居ませんでした。
 それもそのはず、このコップはもともとお城にあったもので、魔女が持ち出してきたものなのです。
 小人たちの一人が言いました。
「……なあ、これはひょっとして、あの魔女がやってきたんじゃないのか?」
「そうか、スノウをねらってきたんだな?」
「ああそうだ、きっとこれは魔女の仕業だよ。この前の脱げない下帯みたいに、スノウに悪さをしたに違いない!!」
 ぐるっと輪になって空のコップを抱え、小人たちはもったいぶって中を覗き込みます。
「そうだ、きっとこのコップに毒が入っていたんだ。そのせいでスノウは動けなくなってしまったんだ!!」
「そんな。それっておおごとじゃないか!!」
「どうしよう、スノウは死んでしまうのかい!?」
「なんてこった、こんな森まで魔女が来ることなんてないと思ってたのに!!」
 小人たちは口々に不安がり、いまなお動かない白雪姫の周りで騒ぎ続けます。
 そんな中、白雪姫はただじっと、白い頬を赤く染め、深く俯いてぎゅっと歯を噛み締めて、はあ、ふぅ、と荒い息をついていました。
「スノウ、ねえスノウったら!! しっかりするんだ!!」
(あぁ……っ)
 忙しく周りを走り回る小人たちの真ん中で、白雪姫は小さく身を縮こまらせます。形の良い桜色のくちびるはきゅっ、と閉じられ、長いまつげの青い瞳は伏せられ、美しい黒髪は汗の浮かぶうなじに張り付いています。
「スノウ、毒なんかに負けるんじゃない!! 気をしっかり持つんだ!!」
(っ、だ、だめ!! ゆ、揺すらないでっ……)
 身を案じ、肩を掴んで強く揺する小人たちを、白雪姫は肩を振ってはね退けようとしてしまいます。
 小人たちが心配してくれることは嬉しいのですが、いまの白雪姫にはそうやって騒がれること自体が、あまりにありがた迷惑でした。
(お、お願いですから、放っておいて……ください……ぃっ)
「スノウ、ああスノウ……くそう魔女め、本当にひどいことをするもんだ!!」
「まったくだよ、ああスノウ、死んじゃあだめだ、答えておくれスノウ!!」
 騒ぎ回る小人たちに、白雪姫はやはり答えられません。
 口を開くこともできないほど真っ赤になって、白雪姫は小さく身をよじります。
 ドレスの手袋に包まれたちいさな手のひらはぎゅうっとスカートの間に挟まれ、寄せ合わされた膝の奥、脚の付け根を押さえこんでいます。荒い息とともにその手のひらにはぎゅうっ、ぎゅうっと力が篭められ、地面の上でもじもじと擦り合わされる膝が、ぴくんぴくんと硬直を繰り返します。
 ただでさえお姫様失格の恥ずかしい格好をしているのに、その上さらに周りを囲まれてはしゃぎたてられては、声をあげることも難しいほどでした。
「スノウ、死んだりしちゃだめだ!! ねえ、スノウったら!!」
 白雪姫が毒のせいで息もできなくなっていると信じ込んでいる小人たちは、涙ながらに訴えます。けれど小人たちがそうすればするほど、白雪姫はますます小さく縮こまるばかりでした。
(ち、違うの……っ、違うんですっ……)
 ぎゅっと脚を閉じあわせ、ぷるぷると俯いたまま、白雪姫は一歩も動けません。すこしでも身じろぎしようものなら、なんとか保たれている均衡がたちまち破れ、身体の内側からの圧力に屈しててしまいそうなのです。
 そう、白雪姫のおなかの中の秘密のティーポットには、まるで音を立てんばかりにこぽこぽと、後から後から激しい勢いで恥ずかしいホット・レモンティーが注ぎ込まれているのでした。
(ぅ、あぅ……っ、だ、だめ……お、お手洗いにっ……はやくっ……)
 すでにティーポットをいっぱいにして、なお溢れんばかりに湧き上がってくるホット・レモンティーは、白雪姫の下腹部にずっしりと重くのしかかり、いまやドレスの上からでも分かるほどに小さなおなかを膨らませています。
 もうとっくに限界を超えていると言うのに、いまなおどんどんとその量を増しているのでした。
 これもすべて、魔女が差し出した特製のリンゴジュースの効き目によるものでした。魔女が大釜で三日三晩煮込んでつくった秘薬は、ほんの一口で何度もトイレに往復しなければならないほどの、恐ろしいまでのもの効果を持っていたのです。
(あ、あ、ぁ、あっ)
 ぎゅうぅ、と握り締めたスカートの奥で、いけないところがじわ、じわと緩み、白い下着に黄色い染みがひろがっていきます。同時にじぃんと響く甘い痺れに、白雪姫は目の前が真っ白になってしまいます。
 脚の付け根にじんわり広がる熱い感触。下着の布地をたっぷりと濡らし、おしりの方へと広がるほどにおチビリはもう何度も繰り返されており、白雪姫のドレスの下はすっかりお姫様失格のぐしゃぐしゃに濡れていました。

 『――鏡よ鏡、この世で一番うつくしい女の子はだあれ?』

 そうです。魔女が思いついたのは、白雪姫にオモラシをさせ、女の子失格にしてしまうことなのでした。きちんとお手洗いにもいけないようなみっともない女の子が、この世で一番うつくしい女の子であるはずがない、というわけでした。
 魔女の特性リンゴジュースの効き目はすさまじく、必死の我慢にもかかわらず、白雪姫の身体は、もう何度も何度もおチビリを繰り返し、勝手にこのままおしっこを出し始めようとしています。
 それでもなんとか、白雪姫は、人前でのオモラシという最大の辱めを避けるため、最後の最後で懸命に押し寄せるおしっこを押しとどめていました。
(は、はやく……お手洗いに……っ)
 ふつうの村娘ならばともかく、お姫様がこんなお外で、気軽におしっこを済ませてしまうというわけには、もちろんいきません。一刻も早くトイレに駆け込んで用を済ませなければなりませんでした。
(お願い……ちょっとだけ、ちょっとだけでいいんです、お、おさまって……ください……っ!!)
 もはや白雪姫には、そうやって祈るほかありません。
 けれど、押し寄せる尿意の波はすさまじく、一時たりとておさまる様子もありません。震える脚はうずくまって身体を支えているのが精一杯で、歩くことはおろか立つことすらとても無理なのです。
「スノウ!! 苦しいのかい、辛いのかい!? しっかりするんだスノウっ!!」
(っ……だ、だめっ、離して、お願いですからぁ……っ)
 白雪姫は、自分の身を案じてすがりつく小人たちが、いまは邪魔で邪魔で、鬱陶しくて仕方がありません。
 本当は思う存分腰を揺すっておしりをモジ付かせ、ありったけの力でぎゅうぎゅうと脚の付け根、おしっこの出口を握り締めてしまいたいのです。
 そうしなければ我慢できないほどの熱い液体が、今もおなかの中で渦巻いてるのですが、白雪姫にはそれを訴えて小人たちを追い払うこともできませんでした。我慢のための意識を抜いて、少しでも余計なことをすれば、そのままおしっこが出始めてしまいそうです。
(いやぁ……っ!!)
 また、閉じ合わせた脚の奥に、じわ、じわ、と熱い滴が広がる気配を感じ、白雪姫は小さくしゃくりあげました。
 もはや下着だけに留まらず、染みはドレスのスカートまであふれ出していました。押さえ込んだ手のひらの下、足の間に挟みこんだ部分から、ゆっくりと黄色い染みが濡れ広がりだしています。
 スカートをびちゃびちゃに汚し、脚に濡れ透けて張り付かせる、恥ずかしい熱水の奔流が、じゅん、じゅぅん、しゅるるっ、と音を響かせるたび、ぎゅうっと押さえ込んだ場所がぷくりと熱く膨らみ、手のひらに熱い湿り気が溢れてこぼれてゆきます。
 繊細なこころをずたずたにされてしまいながら、白雪姫はぎゅっと閉じていた目を小さく開け、そっと辺りを窺います。
「うぅ、スノウ……スノウ……っ」
 あまりにも深い絶望の中、唯一の救いは、騒ぎ疲れたのか、いくらやっても白雪姫が答えないことに諦めてしまったのか、小人たちはみな下を向いてしくしくと泣いていたことでしょうか。
 まだ、白雪姫の様子に気付いている小人はいないようでした。
 千載一遇のチャンスです。
(い、っ、今のうちに、お、お手洗い……っ!!)
 トイレは小人たちのすむ一軒家にしかないのですが、困ったことに、もともと小人たちが暮らすために建てられたものです。小人たちの身体に合わせて何もかもが小さく、それはトイレも例外ではありませんでした。いくら身体の小さな白雪姫でも、周りを汚さずに使うのはとても苦労するのです。
 けれど、贅沢は言っていられません。
 下を向いて肩を抱き、おいおいと泣いている小人たちに気付かれないよう、白雪姫は形振り構わずの我慢でなんとかおしっこをせき止めながら、そっと腰を持ち上げました。
(っ、は、っ、……んんぅうっ……っ!!)
 とたん、隙間なく、びりびりと猛烈な衝撃が下腹部に襲い掛かります。圧迫されたおなかが激しく震え、せり出したおしっこの容れ物が大きく膨らんで出口へと殺到しそうになります。ぐらぐらと沸き立つ秘密のティーポットが吹きこぼれそうに揺れ、またじゅぅ、じゅじゅっ、と脚の付け根にいけない水音が響きます。
 顔を赤くし、歯を食いしばり、荒い息で小鼻を膨らませ、白雪姫は猛烈なおしっこを必死に食い止めます。勝手にその場足踏みがはじまり、内腿はぎゅぎゅうっと交差をして、おしっこを塞き止めようとしました。
(っあ、ま、待ってっ、だ、だめ。出ちゃダメっ、だめえ!!)
 へっぴり腰の前傾姿勢、おまけにぎゅうっと両手で深くおしっこの出口を押さえ込んで、脚を広げたがに股。その姿は、両手で必死にぱんぱんに膨らんだおしっこの水風船を抱え込んでいるようなものです。
 それはとても人前に見せられるようなものではない、恥も外聞もないみっともない格好でした。足を上げることもままならず、ずずっ、ずずっとすり足で、白雪姫はどうにか小人たちの家に近付こうとします。
(うぁ、あっ、あ、あとちょっと、っちょっとだけっ!!)
 すり足になって内腿をびくびくと痙攣させ、おしりをくねくねと振りながら、白雪姫はまっすぐに小人たちの家を目指しました。
 耳まで赤くなりながら、激しく股間を握り締め揉みしだくその姿といったら、とてもではありませんが魔法の鏡が言ったようなこの世で一番うつくしい女の子のものとは思えません。
(っあ、あっあ、でるっ、でちゃう、オシッコでるぅううっ!!)
 またも押し寄せるおしっこの波が白雪姫を襲います。たまらず硬直する白雪姫は、じゅううぅ、と立ったままおチビリをしてしまいました。
 立ち尽くす白雪姫の脚を、つうぅ、つうっ、と黄色い水流が伝い、さらに地面にはぽたぽたと雫が飛び散ります。すでにすっかりお尻まで拡がる大きな染みを作っていた下着の奥では、小さなオシッコの出口がぷしゅ、ぷしゅと先走りを滲ませていました。
「……一体なんの騒ぎだい、これは」
 ふいに、聞き覚えのない声が、白雪姫の耳に聞こえたのは、まさにその時でした。
 どこからか現れた、白馬にまたがった立派な服の少年が、目を泣き腫らした小人の一人に話しかけていたのでした。
「ぐすっ……そういう、あんたは誰だい?」
「ああ、ボクは隣の国の王子さ。君たちは森の小人たちかい?」
「そうだとも。ぼくたちは七人の小人さ。……はっ、ねえ王子様、そんなことよりも聞いておくれよ! スノウが、白雪姫が大変なんだ!!」
「……白雪姫だって?」
 小人たちに促され、隣の国の王子は怪訝そうに声を上げて、辺りを見回します。
 白雪姫は、あまりのことに全身をかたく強張らせ、硬直させたままでいました。そう、まさに両脚の付け根を硬く握り締め、おしりを突き出し、まるで見せ付けるように王子様に背中を向けながら、じわ、じゅわ、とオモラシを始めているその格好のままで。
 首だけを震わせた白雪姫と、隣の国の王子様の、ぽかんとして丸くなった目が、ばっちりと合ってしまいます。
「し、白雪姫……?」
 まだ幼いながら、雪のようにうつくしいと評判の、この国のお姫様。女王の不敬をかって行方知れずになっているという、その白雪姫の、あられもない姿を目の当たりにして、隣の国の王子は、ぽかーんと口を明けてしまいます。
 なにしろ、ドレスのスカートの大半をオシッコで汚し、いまなおその場にしゃがみ込んでオモラシの続きをしようとしている、まさにその瞬間の格好なのです。
「っっ……!?!?」
 一方の白雪姫は、心臓が口から飛び出しそうになるほど驚いていました。
(な、なんでこんなところにっ……お、王子様がっ!?)
 顔は知らなくても、名前は知っています。男の子の目の前で、絶対にしてはならない格好でいる自分に気付くや否や、白雪姫はほとんど反射的に、下着をぐいぃぃっ、と結び紐が伸びきれてはちきれそうになるまで引っ張り上げ、あわてて気を付けをするように立ち上がります。
 けれど、出かけたおしっこはそんなことで止まるわけもありません。出口のすぐそこまでやってきていた熱い雫は、そのままじゅわ、じゅわわぁと、溢れだしてしまいます。
(ぁ、あっあ、あぁっ、いやぁ!!)
 脚の間を伝う熱い雫が水流となり、ひとすじふたすじと増え、下着を湿らせてあふれ出し、身をよじらせる白雪姫の足元にぱちゃぱちゃじゃばじゃばと音を立て始めます。
 白雪姫が身をよじって、たまらず駆け出そうとしたときでした。
 そのスカートが、脚が、肩が。小人たちに掴まれます。
 泣きはらしてぼやけた目のせいでそんな有様の白雪姫には気付けずに、小人たちは白雪姫を取り囲むようにして、王子様に訴えようとしたのでした。
「王子様、みてやっておくれ!! スノウは悪い魔女にジュースに混ぜた毒を飲まされて、動けなくなっちゃったんだ!!」
「ぼく達じゃどうやっても目を覚ましてくれなかったんだ!!」
「ねえお願いだよ、王子様!! スノウを助けておくれ!!」
 すっかり白雪姫が毒で動けなくなっているのだと信じ込んでいる小人たちは、中腰になってくねくねと我慢のダンスをはじめてしまったオモラシ寸前の白雪姫にはまるで気付かす、王子様のほうを見て、口々に叫びます。
「……え、ええと……」
 けれど王子様の目には、白雪姫はそんな小人たちの真ん中で、とうとう間に合わず、おしっこを漏らし始めてしまった女の子としか映りません。
「や、やぁあ……っみ、見ないでっ、ち、違うの、違うんですっ……」
 赤くなった目に涙を滲ませ、必死に首を振って身体をよじり、少しでも王子の視線から逃れようとして叫ぶ儚い少女。白雪姫は今にも消え入ってしまいそうに、白い肌を朱く染めて、か細い叫びを漏らします。
「ちょ、ちょっと、君!!」
「い、嫌っ、来ないでぇ!!」
 思わず一歩前に踏み出しかけた王子様に、白雪姫は声を張り上げます。
 そんなことをしたものですから、白雪姫の我慢の糸はぷつりと途切れてしまいました。
 白雪姫のドレスの内側から大きく広がった染みが、あっというまにスカートを重そうに濡れ湿らせて裾をぐしゅりと垂れさせ、足元に大きな水溜りが広がってゆきます。
 たっぷりとおしっこを吸って白い脚に張り付いたドレスのスカートのその奥。脚の付け根から吹き出した激しい水流が、たちまちのうちに白雪姫の下半身をずぶぬれにしてゆきました。
「ああ!! スノウっ!!」
「やった!! スノウが目を覚ましたぞ!!」
「すごい、すごいよ王子様!! ほら見てごらん、スノウの身体からどんどん毒が出て行くじゃないか!!」
 白雪姫の叫びを聞いて、小人たちは舞い上がって叫びました。小人たちは王子様がなにかをして、白雪姫が目を覚ましたと思ったのです。
 白雪姫のおしっこにひっかかり、身体がびちゃびちゃと濡れるのにもかかわらず、小人たちはくちぐちに喜びをあらわに、白雪姫を取り囲みます。
「はっ、離してっ、お願い小人さんっ、離してぇ……!!」
「スノウ、我慢しちゃダメだ、それは悪い毒なんだよ!! 残らず全部出してしまわなきゃ!!」
「そうだそうだ、身体に残っていると悪いことがあるかもしれないよ!!」
「魔女の飲ました毒なんて、全部絞り出してしまわなけりゃ!!」
「や、やぁあ!! だめ、やめてぇ!! っ、さ、触っちゃダメえ、ぜ、全部出ちゃう、ほんとに全部、でちゃうぅ!!」
 小人たちは大喜びしながら、白雪姫の身体に飛びついて、そこらじゅうをぐいぐいと押します。おなかを圧迫され、本当の勢いで始まったオシッコは、たちまちの内に白雪姫の下半身をドレスごとずぶ濡れに変え、さらに足元の地面を色濃く変えてゆきます。
「え、ええと……」
 王子様はすっかり置いてきぼりにされながら、この世で一番綺麗な女の子のオモラシから、ずっと目を離せずに居たのでした。



 この後、泣き出す白雪姫をなぐさめ、手を取り合って隣の国のお城へと戻った王子様は、悪い魔女をお仕置きするためにいろいろと奔走することになるのですが、それはまた別のお話。



 ……とりあえずは、めでたし、めでたし。



 (初出:おもらし特区 2009/08/01)
[ 2009/10/03 12:58 ] WetMarchen | トラックバック(-) | コメント(-)

第12夜 ウサギとカメ 


 むかしむかし、あるところにウサギが住んでいました。
 ウサギはとても足が速いのが自慢でした。力じまんのクマも、気難しくて嫌われ者のオオカミも、立派な王様のライオンでさえも、かけっこで勝負をすればウサギにはかなわなかったのです。
 今日もウサギはゴールの丘の上、ぴんと立った耳を揺らし。丘の上の木陰で、ゆうゆうと大好きなニンジンのジュースを飲んでいました。
「ぷは……勝利の味はまた格別ねっ♪」
 見下ろしてみれば、今日のかけっこ勝負の相手であるキツネは、まだ丘のふもとにさしかかったばかりです。いつもはずる賢くクマやライオンにくっついて威張っているキツネも、まさかウサギがここまですばしこいとは思っていなかったのでしょう。
 すっかりへばって汗だくのあの有様では、ここまで登ってくる前に日が暮れてしまうかもしれません。
「それにしたって、どいつもこいつも遅いわねぇ。まーたあたしの勝ちじゃない」
 ごくごくとジュースを飲み干して、ふぅとウサギは息をつきます。
 軽く湿った短い髪を払い、スパッツのしっぽをふわりと逆立たせて、退屈そうに欠伸をひとつ。
「ふわぁああ……ほーんと、相手にならない奴ばっかりでつまんないわねー……」
 とうとう丘のふもとで倒れてしまったキツネに、慌てて駆け寄ってゆくツバメやリスを見下ろして、ウサギはすっかり興味をなくしてしまいました。
「もーいいわ、帰っちゃお」
 このままキツネがゴールするのを待っているのも馬鹿らしくなったウサギは、とっとと丘を後にすることにします。
 自慢の脚でぴょんぴょんと、まるで風のように丘を駆け下りたウサギは、道すがらにふと見覚えのある姿に出くわしました。
「あら~……ウサギさん~……ご機嫌よう~……」
 間延びした声は、三叉路のずっと向こう側。
 大きな甲羅を背負ったのんびり屋のカメが、長い髪を揺らし、ずれた眼鏡を直そうともせずにほわんとした笑顔で手を振っていました。
「今日はぁ~……どうしたんですかぁ~……」
「どうも何も、見てわかんないかしら?」
 カメのじれったいほどの間延びした声に、ウサギはちょっとイライラしながら答えます。
「ええとぉ~……すみません~……ワタシ、トロいもので~……」
「……ぁあもう、うっとうしいわねアンタの喋り方!! 勝負よ勝負。かけっこ勝負で勝ったのよ!! あのキツネのやつにねっ!!」
「そうなんですかぁ~……」
「ふふん。これで99戦99勝、負けなしなんだから。あたしなら、もしライオンに追いかけられたってかるーくぶっちぎってやるわよ」
「へぇ~……すごいですねぇ~……」
 カメは相変わらずのほわんとした表情のまま、こくこく頷きます。本当にすごいと思っているのか、いまいちはっきりわかりません。
 なんとなく馬鹿にされているような気がして、ウサギはカメに言います。
「ねえ、わかってんの? この森で一番速いのってあたしなの。あたしがこの森で一番すごいのよ?」
「えぇ~……そうですねぇ~……」
 しかし、カメの様子は変わりません。眼鏡の奥のニコニコ笑顔のほわんとした糸目はまったく動かず、なんだか寝惚けているようにも見えます。
 せっかちなウサギは、カメのこのとろとろした性格が大嫌いでした。
(いいわ、相手にしてるだけで疲れるし。無視よ無視っ)
 いい加減、話しているのも嫌になって、ウサギはカメを放ってそのまま家に帰ろうとしました。いつもならこれで会話は終わり、立ち去るウサギに置いてきぼりにされ、カメはのたのたとゆっくりどこかへ歩いてゆくのです。
 けれど、今日のカメは違いました。
「……? でも~……でしたらぁ~……どうして~……こんなところに~……?」
「は? 何が?」
 意味が分からず、ウサギは怪訝な顔をして耳を揺らします。
「たしか~……かけっこ勝負のぉ~……ゴールはぁ~……丘の上じゃぁ~……ありませんでしたっけ~……?」
「良く知ってるじゃない。のろまのくせに」
「有名ですよぉ~……」
「ふん、だってアイツが来るの待ってたら日が暮れちゃうもの。そこまで付きあってあげる義理なんかないじゃない。あたしが勝ったんだからさ、負けた奴のこと気にする必要ないわね」
「……でもぉ~……それはぁ~……キツネさんに~……失礼だと思いますよぉ~……」
「失礼? なんでよ?」
 カメの言うことがわからず、ウサギは口を尖らせます。
「正々堂々の~……勝負なんですからぁ~……、相手のことも~……待っていてあげないと~……。キツネさん~……ひとりぼっちでぇ~……かわいそうです~……」
「かわいそうなことないわよ。アイツの足が遅いのが悪いだけよ」
「足が遅いのは~……別にぃ~……悪くないと思いますよぉ~……」
 やけにキツネの肩を持つカメに、ウサギはとうとうカチンときてしまいました。
 話し始めてもうずいぶん経つのに、さっきから全然前に進んでいないカメを見て、ウサギは意地悪くへぇ、と笑みを見せました。
「悪いわよ。とろとろして、うっとうしいもん。アンタなんか一番そうじゃない」
「そうですかぁ~……? ワタシは~……別に~……気にしませんけどぉ~……」
「そうかしら。家から湖まで行くのにも半日がかりなんでしょ? あー、やだやだ。そんなゆっくり生きてたら退屈で死んじゃうわ。アンタみたいな風に生まれなくて、ホント良かったわ、あたし」
「…………」
「なによ?」
 じぃっとこちらを見つめる(とは言ってもカメの目は相変わらず開いてるのかどうかも分からない糸目なのですが)カメに、ウサギは聞き返します。
 なにごとか思案していたカメは、しばらく返事をしませんでした。
 ウサギがいいかげんじれったくなってまた文句を言おうとした頃に、ようやくカメはまたのんびりと言います。
「じゃあ~……ワタシと~……勝負~……してくれませんかぁ~……?」
「勝負? たいした度胸じゃない。……いいわよ、なにするの?」
「かけっこ~……です~……」
「はぁ?」
「ですから~……かけっこ勝負です~……ウサギさん、得意ですよね~……?」
 のんびりと見上げながらボケた提案をしてくるカメに、ウサギはとうとう吹き出してしまいました。
「ぷっ、あっはははは!! ねえ、ちょっと本気? あはははっ、あ、アンタみたいなとろいのがあたしとかけっこ? 勝てるワケないじゃないのっ!! あははっ、おっかしーいっ!!」
「……本気ですよぉ~……負けたら~……ウサギさんの言う事は~……なんでも聞きますからぁ~……」
 カメは相変わらずの笑顔で、のんびりとウサギに言います。
「そのかわり~……もしワタシが勝ったらぁ~……もう、他のひとのことを~……悪く言っちゃダメですよぉ~……?」
 カメがどうやら本気らしいということを知り、ウサギは自信たっぷりに腕組みをしました。
「ふん、いいわよ。後悔したってしらないから。……いつにするの?」
「ワタシはぁ~……いつでもいいですよぉ~……」
「じゃあ明日の朝、お日様が登ってきたら一本杉の根元の切り株からスタートよ。ゴールはいつもどおり丘の上。先に着いたほうの勝ち。いいわね?」
「はい~……わかりましたぁ~……」
「遅刻するんじゃないわよ? まあアンタのことだから、今から一本杉まで歩いていっても朝までに着けないんじゃない? あっはははは!! じゃあね、のろまのカメさんっ♪」
「では~……また明日~……」
 うなずくカメを馬鹿にしながら、ウサギは走り出します。
 しばらく経ってからちらりと後ろを振り返ってみれば、カメはまだのろのろと三叉路のちかくを歩いていました。
 それを見て、ウサギはもう一度あははは、と笑ってしまいます。
「あー、もう、おっかしい。……本気であたしに勝てると思ってるのかしら、カメの奴。天地がひっくり返ったってあたしが負けるなんてありえないわよ。口だけは生意気なんだから。……思い知らせてやるわ♪」
 含み笑いをして、上機嫌に耳をぴこぴこと左右に揺らしながら、ウサギは家へと帰ることにしました。





 カメなんてまったく相手にならないとたかをくくったウサギは、その夜、すっかり夜遅くまで夜更かししてしまいました。
 お気に入りのマンガにおやつのにんじんチップスに、特製の果物ジュース。
 さんざん遅くまで起きて、ウサギがベッドに入ったのは、お月様が沈んで、もうそろそろ東の空が明るくなって来た頃でした。
「むにゃ……?」
 そんな有様ですから、ウサギはすっかり寝坊してしまったのです。
 じりりりり、とけたたましく鳴り響く目覚まし時計が、毛布の中でばたばたと暴れ続けています。
「なによ、もう朝……?」
 寝ぼけ眼で起き上がったウサギは、ベッドの上にさんさんとお日様が照っているのに気付いて青くなりました。
「って……あぁっ!!」
 慌てて見上げた窓の外では、もうすっかりお日様は空の上にありました。
 もう朝というよりは、お昼のほうが近いかもしれません。
「や、やばっ……!!」
 ウサギはとるものもとりあえず、シャツとスパッツに着替えると、とりあえずジュースを一杯だけ飲んで、顔も洗わずに一本杉まで駆け出しました。
 途中、森の動物たちが何人か、ウサギに挨拶をしたのですが、そんなものに答えている暇はありません。
「っはあ、はあっ、はあっ」
 息を荒くして、ほどなくスタート地点にたどりついたウサギですが、そこにはもうカメの姿はありませんでした。
 まさか、という思いと、ひょっとしたら、という期待を込めて、ウサギは一本杉のすぐ近くの木に家を持っているリスに声をかけます。
「ねえ、あなた、ちょっと!!」
「ん? なんだ、ウサギちゃんか。どしたの?」
「今朝ここでカメの奴見なかった?」
 リスはクルミを抱えながら、コクンと首を傾げて答えます。
「ああ、カメさんか。……えっとね、朝はやくに見たなぁ。なんか夜のうちからこの辺でキャンプしてて、お日様が出た頃に体操服に着替えてた。んで、なんか『じゃあ~……スタートです~……』なんつってどこかに歩いてったけど?」
「そ、そう。ありがとう」
 ひょっとしたら、のろーいカメはまだここまで来ていないのではないか――とちょっぴり期待していたウサギですが、さすがにそんなことはなかったようです。
 それどころかカメがきちんと時間を守ってスタートしていたカメに、ウサギはちょっと焦りました。
「ちょ、ちょっと寝坊しちゃったわね……で、でもいいわ。カメ相手ならこれくらいでちょうどいいハンデよ。うん」
 胸の中の不安をかき消すように、ウサギはあわてて首を振ると、スタートラインにつきます。
 丘の上まで続く道は、結構な距離があります。かなり時間は経ってしまっていますが、カメの脚ならまだ到着してはいないでしょう。けれど、それでも油断はできません。なにしろちょっとどころの寝坊ではないのですから。
「……カメ相手に本気出さなきゃいけないなんてっ……」
 文句を言いながら、ウサギは大きく跳ねるように走り出しました。





 ウサギが“そのこと”に気付いたのは、走り出してすぐのことでした。
(んぅ……っ、)
 ぴくん、と立った耳が、不規則に左右に揺れます。
 いつものような、風のようなスピードは出ていませんでした。スパッツの脚は、遠慮がちにきゅうっと寄せ合わされてなんとなく内股で、姿勢もやや前かがみ。
 地面が足を蹴るたびに、ウサギの表情はかたく強張ってゆきます。
「っはあ、はあっ、はあっ……」
 気ばかりが急いて、息まで上がってきていました。いつもはたったこれくらいのことで疲れたりなんてするわけないのですが、すでにウサギの首筋にはうっすらと汗まで浮かんでいます。
「んっ……」
 不意に、ぴくんとウサギは背筋をひきつらせ、その場に立ち止まってしまいました。
 ぎゅうっとシャツの前を足元に向けて引っ張り、爪先立ちになって道の真ん中に立ち尽くします。左右の耳もふらふらと落ち着きなく揺れ、スパッツからちょこんと飛び出した丸い尻尾は、ふわりと逆立って大きく膨らんでいました。
(や、やだ……っ、……と、トイレ……したくなってきちゃった……)
 寝坊していたウサギは、起きてすぐ家を飛び出したばっかりに、朝一番のトイレも済ませずにでてきてしまったのです。その上、起きてすぐに走り回って激しい運動をしたものですから、おなかのなかにたっぷり溜まっていたおしっこを、激しく刺激してしまったのでした。
「んんっ……ぅ…」
 右に左に、体重を預ける足を組み替えて、ウサギはふらふらと身体を揺すります。
(と、トイレ……っ。……ど、どうしよう、っ、か、かけっこの、途中なのにっ)
 そんな場合ではないというのに、ウサギの頭の中はあっというまにトイレのことでいっぱいになってしまいます。このまま我慢して走っていくのをためらわせるほどに、ぴくん、ぴくんとウサギのおなかの中でおしっこのいれものが暴れています。
 たまらずにもじもじと腰を揺すって、ウサギはきょろきょろと周りを見回しました。
 けれど、かけっこのコースにはトイレはありません。どうしてもおしっこがしたいなら、もう一度お家に戻るしかありませんでした。
「…………っ」
 ウサギは小さく唇を噛んで、遠く丘へ続く道を見つめます。いまだに先を進んでいるはずのカメの姿はありません。
 いくらなんでも、ここから家のトイレまで戻ってオシッコをしている暇はありませんでした。あれだけ寝坊した上にそんなことまでしていたら、さしものカメもとっくにゴールに着いてしまうでしょう。
 そうなれば、明日からウサギはカメに負けた、森で一番ののろまにされてしまいます。
(そんなの、絶対にごめんよっ……!!)
 ぷるぷると頭を振って、ウサギはお家のトイレへと回れ右しそうになる両脚をぐっと押さえつけます。
「……だ、だいじょうぶよ、これくらいっ。なんでもないわ!」
 自分に言い聞かせるように、ウサギは言葉にして心を奮い立たせます。
 ざわざわと落ち着かない下腹部をなだめるようにそっと手を寄せて、ごくっと口の中のつばを飲み込みました。
「そ、そうよ。急いでゴールしてからでも、じゅうぶん間に合うわよっ! な、なんたってあたし、かけっこチャンピオンなんだからっ…‥!!」
 覚悟を決めて、ウサギはこのままゴールまで走ることにしました。
 とん、とんと爪先で地面を叩き、感覚を掴むと、勢い良く地面を蹴って前に出ます。本気を出せば、すぐにカメなんか追い抜いてしまうでしょう。

 たったった、たったった、たったった……

 けれど、ウサギはどうしても思うようにスピードが出せませんでした。
 いつものような、風を裂いて森を突っ切る爽快な足取りとはまったく似ても似つかない、ふらふらと頼りない爪先立ちの歩みです。
「……ぁ、あっ、あんっ……っくうぅっ……」
 いくら集中していつものように走ろうとしても、オシッコの重みでたぷたぷと揺れるおなかがその邪魔をします。
 ウサギの足は自然にくっつき、歩幅も大きく広げることはできませんでした。
 おしりを突き出して、よたよたと左右に腰を振りながら、きゅうっきゅうっと膝を擦り付け合うのは、颯爽とは程遠い格好でした。
「ん、んっ、くぅ……はあっ、はあっ……」
 ですが、これが今のウサギの精一杯なのです。ふだんならひととびに飛び越してしまうようなちっちゃな小川の丸木橋も、内股のままのよちよち歩きでは、落っこちないように慎重に一歩一歩あるいて渡らなければなりませんでした。
「はぅんっ……」
 とん、と小さな段差を飛び降りるだけで、じんっ、びりりっ、とイケナイ感覚が背中を突き抜けて、腰が崩れ落ちそうになります。脚の付け根にじわじわと広がる感覚は、女の子としてなんとしても忌避すべきものなのです。
(うぅ、や、やっぱりトイレ……っ)
 ついさっきしたばかりの決心が、すぐに揺らぎだしてしまいました。まっすぐ走ることにも集中できず、ウサギの視線はあっちへふらふら、こっちへふらふらと、森の中にトイレを探してしまいます。
 ですが、やっぱり森の中にそうそう都合よくトイレなどあるわけがありません。
 ちらり、とウサギは木々の間に生えた背の高い草むらを振り返ります。本当にいざとなれば、あそこを使うしかないのでしょうが……ウサギは後始末のためのティッシュも持っていませんでした。
「だ、だから、そもそも今はそんなことやってる場合じゃ……っ」
 いまは一分一秒を争うかけっこ勝負の最中なのです。仮に、もしも、万が一、あの茂みでオシッコをすませることにしたとしても、それでどれくらい時間を無駄にしてしまうのでしょうか。
 昨日から溜まり続けたオシッコは、そう簡単に終わってくれそうもありません。
(あ、あくまで、もしもの話よっ、か、考えてみてるだけなんだからっ……)
 けれど、そうやってウサギが自分に言い聞かせるための声もどこか弱々しいものでした。だめ、だめと繰り返す思考とはべつに、ウサギの脚はふらふらとコースを外れ、茂みのほうに近づいてしまいます。
「ぅ……はぁああ……っ」
(トイレ、トイレしたいぃ……っ、は、はやく、はやくっ……)
 引いては押し返す尿意の波に翻弄され、ウサギの背中にはすでにじっとりと汗が浮かんでいました。シャツの前を引っ張った上から、スパッツの前を押さえて前屈みのウサギには、風のような自慢のスピードは見る影もなく、まるで歩くのに疲れてむずがる小さな女の子の歩みと変わりません。
 いつもの勝負でならほんの一瞬でたどり着けるはずのゴールの丘は、遠く遠く道の先にあって、いくら急いでいるつもりでも少しも近づいてこないようにも思えました。





「……ん? ……ぁあっ!!」
 どれくらい経ったのでしょうか。よちよちと小股で歩き続けていた(走る、とはとても言えないスピードでしたウサギは、ふと道の向こうを進む、小柄な姿を見つけます。
 そう、先を行っていたカメに、ウサギはようやく追いついたのです。
 カメはいつもの格好ではなく、重そうな甲羅も下ろして、体操服に臙脂色のジャージを着ていました。髪も後ろに縛り上げて、ハチマキまで巻いてやる気満々です。
 けれどやはりカメはカメ。低い背でとことこといっしょうけんめい前に進もうとしているのですが、どう見ても走るというよりは早歩きと言った方が正しそうでした。眼鏡を曇らせて頬を赤くしているカメを見て、ウサギは自分の様子も棚に上げ、思わずくすりと吹き出してしまいます。
(な、なによあれ……ぜんぜんトロいじゃないっ。あんなんでホントに私に勝つつもりなの、カメの奴?)
 確かに目的地の丘はもうかなり近くに見えますが、それでもまだ先です。あと少し油断していたら本当にカメのほうが先にゴールしてしまったかもしれませんが、追いつきさえすればこっちのものでした。
 ウサギは急いでゆっくりと進むカメに並び、声をかけました。
「なによ、ま、まだゴールしてなかったの?」
「あら~……ウサギさん~……。追いつかれちゃいました~……」
 折角のリードを追いつかれたというのに、カメはまるで気にしていないようでした。くやしがるでもなく、黙々と歩みを止めません。拍子抜けしたウサギはあわててか目の前に回り込みます。
「ざ、残念だったわね。ちょっとハンデあげようと思ったのに、ぜんぜんダメじゃないっ」
「えぇ~……そうだったんですかぁ~……? ウサギさん~……遅刻じゃぁ~……なかったんですね~……」
「あ、当ったり前じゃないっ」
 とつぜん図星を指され、思わず嘘をついてまで意地を張ってしまうウサギでした。あれだけ馬鹿にしていたカメの前でみっともない姿をさらすわけにはいきません。本当はいますぐに脚をクロスさせ、腰をクネらせてしまいたいのをぐっとこらえ、胸を張って見下ろすようにカメに言います。
「な、なにやってんのよあんたこそ。そんなトロトロ走って。やる気あるのかしら?」
「はい~……いっしょうけんめいですよぉ~~……」
「ふ、ふんっ。ず、ずっとそうやってのろのろ歩いてればいいのよっ。勝つのはあたしなんだからねっ」
「まだ~……わかりませんよぉ~……? 勝負は~……最後の最後まで~……気を抜いちゃ~……ダメですからぁ~……」
「っ、か、勝手にしなさいよねっ。さ、先行くからっ!!」
 どうもまったく話になりません。ウサギはそう言い捨てると、全速力でカメを追い抜きました。ひとつさきのカーブを曲がって、さらにその先の曲がり角まで一気に走り抜けます。
 そのまま丘のふもとまでまっすぐに駆け抜け、坂を上りきってしまえばそこでウサギの勝ちでしたが――、
「はぅぅうぅ……っ!!」
 とりつくろった威勢のよさもそこまででした。急に動いたことでポンプのようにおしっこがおなかの中で圧迫され、ウサギに襲い掛かります。
 そうなると、もう脚は走る役には立ちません。こみ上げてくるおしっこを塞き止めるのには、ぎゅうっと脚を交差させて、腿をきつく閉じ合わせるしかないのです。
 我慢に精一杯になったウサギの脚は、ぴたりと地面に張り付いたように止まってしまいました。
(ぁ、あっ、だめ、も、漏れちゃ……うっ!!)
 じわぁ、とスパッツの内側でおしっこの出口がふくらみ、ちょうど脚の付け根の中心の部分に、ぷくりと熱い感触が染み出していきます。布地をほんの少しだけ膨らませた先走りが、紺色のスパッツの股間をさらに濃い色合いに染めていきます。
(っ、あ、や、ぁ……ウソっ、で、出ちゃ……たっ!?)
 ありえない事態に、ウサギは必死になっておしっこを食い止めようとします。ぎゅうっぎゅうっと引き伸ばされたシャツの上から手のひらがスパッツの脚の間に押し込まれ、きつく張りつめた脚の付け根をこねまわします。
 けれど、効果がないどころかじわじわとスパッツの染みは広がり続け、おしりのほう、丸い尻尾のすぐしたにまでじゅわぁあっと、熱い感触は広がっていきました。
「あ、あっ、ウソ……ち、ちびっちゃった……?」
 緩んでしまった出口から漏れ出すおしっこを、たっぷりとスパッツに染み込ませてしまったことを知り、ウサギは真っ赤になってしまいました。左右の耳は力なく倒れ、へにゃん、と意気地のない狼のように髪にしたがって垂れ落ちていきます。ついっと持ち上げられたおしりの上、尻尾はまるで逆立つようにぶわぁっと毛先を広げていました。
「あんっ、あ、あぅぅっ……」
 なおも続く強烈なおしっこの波に、ウサギは身もだえして足踏みを繰り返します。自慢の俊足を、じわじわと漏れ続けるおしっこをせきとめることだけに使って、ウサギは道の真ん中で立ち尽くしてしまいます。
 しかも、困ったことにかけっこ自慢のウサギの脚は、おしっこの我慢にはあまり役にたたないのです。押さえても押さえても、ウサギのスパッツの内側にはじわじわと湿り気が広がってゆくのでした。
「あ、あぅ、あぅんっ……ま、またぁっ……」
(だ、だめっまた出ちゃうっ……!? あ、いや、いやぁ……!!)
 もはやウサギは目の前のビッグウェーブを乗り切るので精いっぱい。頭にはかけっこ勝負のことも、ゴールのことなど残っていませんでした。
 その時です。
「ウサギさん~……負けないですよぉ~……」
 後ろから響いてきたカメの声に、ウサギは飛び上らんばかりに(いえ、本当に飛びあがっていたら全部出てしまっていたでしょうが)驚きました。ウサギがもたもたしている間に、カメが追いついてきていたのです。
 ウサギは大慌てで走り出そうとしましたが、足が言うことをききません。それどころか、がくがくと震える膝は勝手に曲がり、そのまま道の真ん中にしゃがみ込んでしまいそうになるのでした。
(っ、や、やだあ、こ、こんなの見られたらっ……は、はやくっ、隠れなきゃっ……!!)
 颯爽とカメを抜き去って行った自分が、こんなところでもたもたと立ち止まっておトイレのポーズなんかをしていたら、それこそカメに何を言われたものかわかったものではありません。
 そもそも、そんな格好をしてしまえばそのままおしっこが出てしまいそうなのです。
 ウサギはぎゅうっとスパッツの股間を抑え込んだガニ股のまま、道の脇の木陰へと向かいます。





 我慢を続けたままのひょこひょこ歩きで不格好ながら、どうにかカメが曲がり角から姿を見せる前に、ウサギは木陰に隠れることができました。息を殺し、じっとしてカメが通り過ぎるのを待ちます。
「もしもし~……? ウサギさん~……?」
 あらわれたカメがきょろきょろとあたりを見回します。
 けれど、物音のしていたはずの道にはウサギの姿がないので、カメは首をひねるばかりでした。
「あや~……もう見えません~……。ウサギさんはぁ~……ほんとうに~……速いんですねぇ~……」
 まさか、そのウサギがいま自分のすぐ隣で声をひそめ、ひっしに漏れそうなおしっこと闘っているなんて思いもしていないのでしょう。カメはのろのろと、けれど立ち止まることはせずに、道を歩いてゆきます。
「でも~……ワタシも~……負けませんよぉ~……。ふぁいと~……お~……!」
 気の抜ける掛け声とともに、カメはウサギの隠れている木のすぐそばを通り掛かります。カメもいっしょうけんめい急いでいるのでしょうが、いかんせんあまりにもゆっくりで、ウサギはじれったくてしかたがありません。
 もっとも、そんなカメに追いつかれてしまうほど、いまのウサギは大変なことになってしまっているのでしたが。
(っはあ、はあっ、んもぅっ!! は、早く行きなさいよぉっ!! ほ、ホントにとろくさいんだからっ、か、カメの奴っ!!)
 その間も、ウサギは身動き一つとれませんでした。見つかってしまうわけにはいかないのです。足をふみならしての我慢も、出てしまいそうになる悲鳴も喘ぎ声も飲み込んで、必死にぱんぱんのおなかともじつく腰をおさえこんでいました。
 耳を必死にそばだてて、カメの遠ざかる足音に耳をすませます。
「ふぅ~……はぁ~……。やっぱり~……大変ですねぇ~……かけっこは~……」
(お、お願いっ、はやく、はやくしてぇ……!!)
 ウサギはもはや拷問されているのに近い気分でした。体育座りのかっこうでスパッツの上に重ね当てられた両手は、いまにも力の抜けそうになる水門を精一杯抑え込み、ぎゅ、ぎゅっと断続的に力を込め続けます。
 けれど、その手のひらの中には、布地の内側から抑えきれない熱いしずくがじゅわぁ、しゅるるっと染み出してくるのです。
 恥ずかしさに涙を浮かべながら、ウサギはじっとじっと息をひそめて耐え続けました。
「んぅ、ふっ、ふぅっ、はあっ……ふぁ、あぅうんっ……!!」
 ようやくカメの足音が遠ざかっていったところで、ウサギは息をつきます。緊張がわずかにほぐれたせいで、またスパッツにじわぁっと新しいおしっこが吹き出してしまいました。黒い染みはとうとうふわふわのしっぽの根元まで広がり、ウサギのスパッツは遠目に見てもわかるほど、足の内側だけが別の色合いに変わってしまっています。
 ますます顔を赤くして、ウサギは息を荒げ、必死になっておしっこの出口を絞めつけました。
(だ、だめ、もうだめ……っ!!)
 けれどそれももう限界です。ギュッと目をつぶり、ウサギは唇をかみしめます。とてもではありませんが、このままトイレを我慢し続けながら、かけっこ勝負はできそうにありません。
 あたりを見回し、ウサギは近くにある大きな樫の木の根元に生えた、背の高い茂みに目をつけます。ちょうど、座り込んでしまえば周りの人の目をほどよくさえぎれそうな、具合のよい場所でした。
(っ、あ、あそこで、おしっこっ、出しちゃおうっ……)
 羞恥心と女の子のプライドを、迫りくるオモラシの危機が圧倒します。
 シャツをまくり、スパッツに手をかけながら、ウサギは膝を擦り合わせたままのよちよち歩きで、茂みの奥に駆け込もうとしました。
「っふ、…あっあ、…くぅうぅうっ…」
 手のひらの間から漏れるしずくが、スパッツを超えてウサギの足につうっと滴り落ちます。引けた腰のまま、つま先立ちの内股で、途中3度ほど立ち止まりながらも、ウサギはどうにか最後の一線だけは守り、茂みにたどり着きます。 
(あ、あとちょっとっ……!! あ、あと、五秒、五秒だけっ……)
 服の上からでもすでにおしっこの準備を万端に整えてしまった下腹部をさすり、もぢもぢとお尻を振りながら、ウサギは茂みのなかに踏み入りました。
 脚にびったりと張り付くスパッツを脱ごうと、ウサギがシャツをまくり、中腰のままスパッツに手をかけたときでした。
「……あれぇ? ウサギさん、どうしたのこんなところでっ」
「え……?」
 ぐいっと後ろにおしりを突き出したウサギの眼の前に、数人の行列がならんでいました。その中の一人、買い物かごを下げたタヌキが、目をまん丸くして声を上げます。
 茂みの草の高さは、足元は隠してくれても顔までは届きません。草むらの中でしゃがみこんでも、顔は丸出しなのです。
 ウサギはちょうど、ふわふわのしっぽまでぐっしょりとおしっこで濡らしてしまって、いままさにスパッツを下げたところまで、丸見えの姿勢なのでした。
「ひょっとして、ウサギさん……トイレ?」
 あまりにことに硬直してしまうウサギの眼の前で、ぽん、と大きな音を立てて手をたたいたタヌキが、そう言います。
「っっ――!?」
 ウサギはあわててがばあっ、と身を起こし、膝まで下がりかけていたスパッツを腰の上に引っ張り上げます。急激な動作でじゅわあっ、とまた足の付け根で水音が響きますが、それどころではありません。
 垂れた耳の先まで真っ赤になりながら、凍りついてしまった舌を動かして、ウサギはかろうじて弁解の言葉を絞りだそうとしました。
「ち、違うのっ、そ、そのっ、これはっ――」
 間に合わなかった。我慢できなかった。そう言おうとしたウサギでしたが、それより先に割り込んでくる声があります。
「ウサギさん~……? あのう~……ウサギさんも~……おんなのこなんですからぁ~……そんなところで~……おトイレなんて~…しちゃ~……だめだと思います~……」
 なんと、行列の一番後ろにはカメの姿があるではありませんか。ウサギは今度こそ、完全に言葉を失ってしまいました。
「お急ぎの途中でも~……ちゃんと~……お手洗いを~……使ったほうがぁ~……いいと思いますよぉ~……?」
 そう言うと、カメは進む行列の後に続きながら、真上の木の幹を指さします。
 そこには、真新しい大きな文字で『公衆トイレ』と書いてあるのでした。あんなに行きたかった場所がこんなところにあるなんて、ウサギにはまったくの初耳です。
 頭が真っ白になってしまったウサギの前で、ざあーっ、と流れる水の音が響きます。
 先に個室に入っていたタヌキが、ドアを開けて手を拭きながら外に出てきました。
「ふぅ~……さっぱりしたぁ♪」
 買い物かごを抱えたタヌキは、次の順番を待つカメを振り向いて、首をかしげます。
「ねえカメさん。なんか見慣れないかっこしてるけど、ひょっとしてウサギさんとなにかしてたの?」
「あぁ~……タヌキさん~……じつはですねぇ~……いま、ワタシはぁ~……ウサギさんとぉ~……かけっこ勝負の~……最中なんですよぉ~……」
「ええっ!? それ、ほんとう!?」
「はい~……勝ったほうがぁ~……負けたほうの~……いうことを聞くって~……勝負なんですよぉ~……」
 のんびりと答えるカメに、タヌキはぱあっと顔を輝かせ、またぽぉんっ、と大きく手を叩きました。
「うわぁ……こりゃすごいね、ビッグニュースだっ!! こりゃあおつかいなんてしてる場合じゃないねっ!! すぐにみんなに知らせなきゃっ」
 言うが早いか、タヌキは買い物かごを放り出し、風のような勢いで去っていってしまいました。取り残されたウサギは、呆然とその背中を見送ることしかできません。
 そうしている間に、トイレの順番待ちの列はまた一つ進んでゆきます。
「じゃあ~……ウサギさん~……お先にしつれいします~……」
 はっ、と気づいた時にはもう遅かったのです。
 ウサギが我に帰った時には、もうカメは空いた個室の中に入ってしまったところでした。
(えっ、あ、あっ、や、ま)
「ちょ、ちょっと待ってっ、待ってよぉっ!!」
 取り乱したウサギは、行列を突き飛ばしてカメの入ったトイレへと駆け寄ります。一歩前に進むごとに足元にはじょろぉ、じじょじょじょぉ、とおしっこが漏れ始めていました。
 汚れた手で、ウサギは激しくドアをノックします。
「や、やだぁ、変わってっ、あ、あたしもトイレ、トイレぇ!! も、漏れちゃうのっ、もう我慢できないのぉっ!!! はぅうっ……!!」
 ドアにしがみつくようにして、ウサギがさけぶと、堰を切ったようにスパッツの内側からあふれ出したおしっこが深く色を変えた紺色の布地を押し上げて、ばちゃばちゃばちゃっと地面に飛び散ります。たちまちウサギの足元には薄黄色の水たまりが広がりはじめました。
「うぁ、あっ、あ、お願いっ、おねがいはやくぅ!! トイレ、トイレっ、おしっこ出ちゃう!! もう出ちゃうぅ!!!」
「ええとぉ~……でもぉ~……ワタシのほうがぁ~……先に並びましたよぉ~……?」
「だ、だからそうじゃなくてぇっ……!!」
「……ワタシもぉ~……ずっとぉ~……ガマンしてましたからぁ~……ちょっと~……すぐには無理です~……」
 もうウサギは、一歩だって歩けませんでした。
 自慢の足も、手も、オシッコの出口を締めつける以外のなにもできません。すっかり垂れてしまった耳が、羞恥にふるふると震えています。細い腰と背中はびくびくと痙攣し、腰奥に溶けて広がるオモラシの開放感に打ちふるえます。
「あ、あたしのが先なんだからぁっ……お、お願いっ、お、おしっこ……先に、さきにおしっこさせてぇっ……!!」
 どんどんと激しいノックが、涙混じりの嗚咽にかき消されて次第に弱まり、同時にじじゅじゅぅ、じょろぉぉお……という水音はますます激しいものになっていました。片手だけで抑えたスパッツからあふれたおしっこは、びしょぬれになって見る影もない丸い尻尾からもぽたぽたと垂れ落ち、トイレの前に大きくひろがってゆきました。
 するとその時ようやく、ドアの奥から、ちょろ、ちょろろろぉ、というカメのおしっこの音がはじまります。
「すみません~……もうすこし~……かかります~……」
 カメのおしっこといったら、まったくもう嫌になるくらい長ったらしいものでした。いつまでたっても全く終わる気配のないカメのトイレに、焦らされ続けたウサギのガマンはもう限界でした。
「っ馬鹿ぁ、は、はやくしなさいよぉ、で、出ちゃう、おしっこ、ぜんぶ出ちゃうじゃないっ……!! ああぅっ、くぅぅ……!!」
 ウサギがとうとうありったけのおしっこを出してしまってからも、なおカメのトイレは延々と続きました。
 ドアの前でおしっこの湖にへたり込み、ぐすぐすと泣いているウサギに、ようやくドアの向こうから顔をのぞかせたカメが言います。
「あのぉ~……ウサギさん~……いくらかけっこ勝負だからって~……おしっこは~……ちゃんと~……お手洗いにいきましょうねぇ~……?」
「ぅぁっ、ひっく、ぐすっ……」
 馬鹿にしていたカメにそんなことまで言われてしまって、ウサギは、とうとう動けなくなってしまいます。
 その頃、タヌキに勝負の話を聞いてようやく駆けつけてきた動物たちは、いったいゴールでもないところで二人が何を話しているのだろうと、しきりに首をひねるばかりでした。




 ……結局、かけっこ勝負は途中でどこかにいってしまいましたが。
 とりあえず、めでたし。めでたし。


 (初出:おもらし特区 2009.07.03)

[ 2009/08/30 16:06 ] WetMarchen | トラックバック(-) | コメント(-)

第12.9夜 白雪姫 

 魔女の性格が突如ここで、千夜一夜の多倉見悦子シリーズをパクリインスパイア。
 ここまでのは原作に忠実に最初から書いてたらまとまりきらなかったので、適当に区切って特区用に新しいのを書き直した結果。




「うふふ……あっははははは!!」
 再びお城に帰ってきた魔女は、物売りの変装を脱ぎ捨て、肩を震わせて大笑いを始めました。
 白雪姫をだまして売りつけた魔法の下着は、ひとりでにぎゅうぎゅうと結び目を硬くして締め付ける魔法の紐です。それを思いっきり締め付けてきましたから、もう魔女にだってほどくことはできません。まして白雪姫が気付いた時にはもう遅いのです。
「うふふ、うふふふ……いい気味ですわ、白雪姫。これであなたは、どうやっても絶対にお手洗いにはいけませんわよ!?」
 なにしろトイレに入っても、下着をはいたままなのですから、おしっこができるわけがありません。
 とうとう白雪姫にオモラシをさせることに成功したことを確信し、魔女はこみ上げてくる笑いをこらえる事ができませんでした。
 今度こそお姫様失格な大惨事を繰り広げているであろう白雪姫のことを思い、魔女は秘密の部屋に戻るなり、魔法の鏡を呼びます。
「さあ、鏡よ鏡!! これでどうかしら!? 間違いなく白雪姫をオモラシさせてやったわよ!? お姫様失格の白雪姫と、このワタクシ、どちらが世界一可愛い女の子なのか、答えなさい!!」
『……お答えいたします』
 波立つ鏡に浮かび上がった魔法の鏡の顔は、いつものとおり厳かに、答えを告げました。
『やはり、それは白雪姫様にございます』
「―――っだぁああーーッッ!?」
 鏡の言葉を聞くが速いか、魔女はありったけの力で近くにあったテーブルを蹴飛ばしいてしまいました。
 ごん、と重い音がして、魔女の足が変な方向にひん曲がります。
「ひぎぃ!?」
 重い樫のテーブルの脚を思い切り蹴飛ばしてしまったせいで、痛む向うずねをさすりながらぴょこぴょこと跳ね、魔女は涙目になって鏡を怒鳴りました。
「ぁ痛つつ……うぅ。いったい、なんでそうなりますのっ!? あ、あなた本当に魔法の鏡ですのっ!?」
『お疑いなど滅相もない。私は魔女様にお仕えする魔法の鏡でございます。いついかなる時も、いつわりなど申しません』
「じゃ、じゃあどうして、そんなに白雪姫のかたを持ちますのっ!? おかしいじゃありませんの、どう見たってワタクシのほうが美しく綺麗でしょうっ!?」
『はい。その通りにございます。魔女様がお美しいことは間違いなく真実にございましょう』
 応じる魔法の鏡は、いつもどおり冷静に返事をします。
 その何事にも動じない口調が、かえって魔女をいらだたせるのでした。息がかかるほどに鏡に顔を近づけて、魔女はつばを飛ばしながら叫びます。
「だったら、ワタクシはきちんとお手洗いにもいけないようなオモラシ白雪姫にも劣ると言いますの!?」
『いえ。そうではございません。……白雪姫さまは変わらず、美しく気品に溢れ、穢れを知らぬまことのお姫様にございます』
「はぁ!? いったいどこに目をつけているのかしら!? ワタクシはたったいま、白雪姫に絶対に一人では脱げない魔法の下着を穿かせてきたところですのよっ!?」
『では、こちらをご覧くださいませ』
 鏡が言うと、また波間のように揺れた鏡の表面に、ぼんやりと光景が浮かび上がってきます。
 鏡に映し出された白雪姫は、またあの小さな小人たちの家にいました。
 白雪姫はどこかほっとした安堵をみせながらも、小さく俯いて、細く空いたおトイレのドアの向こうから、顔を半分だけ覗かせていました。
 ざああーっ、と威勢良くながれる水の音を背後に、ドアの前に並ぶ七人の小人たちに、何度も何度も目を伏せてお辞儀を繰り返しています。小人たちの手には縫い物に使う糸切りハサミが握られており、おトイレのドアの前には切られた下着の結び紐が落ちています。
 しゅんと俯く白雪姫を、小人たちはいいよいいよとなだめていました。それはおトイレに間に合わなかったことではなく、はしたなくも買ったばかりの下着の紐を切ってもらったことへのお礼でした。
『このように、白雪姫様は、魔女様のおっしゃるような、はしたない真似はいっさいなさっておりません』
「ま、またですのっ!? またあの連中が邪魔を――!!」
『ですから、今日も、世界で一番可愛い女の子は、白雪姫様にございます』
 猛烈な尿意に耐え抜いて、小人たちが帰ってくるまで我慢を貫いた白雪姫からは、お姫様として十分な高潔さと心の強さが窺えます。その美しさは、すこしも損なわれてはいませんでした。
 ちゃんとおトイレを堪えきったことの自信からか、白雪姫は昨日よりもいっそう綺麗にすら見えます。
「きぃーーーーっっ!?」
 だんだん、と足が痛いのも忘れて、魔女は床を踏み鳴らします。
『魔女様。本当のお姫様というものは、俗世とは違う、穢れを知らぬ高貴な血筋にあるものです。いかなる苦境にあろうとも、それを失うことのない、汚れなき心。それがまことのお姫様というものでございます』
「っ、ワタクシが卑しいというのですか!? 無礼なッ」
『いえ、決してっそのような――』
「ええいうるさい、うるさいですわよっ!!」
 ぴしゃりと言い返し、魔女は鏡に物売りの変装を投げつけ、ずかずかと大股で部屋を出てゆきます。
「もう勘弁なりませんわ白雪姫っ!! こうなったら、意地でもあなたに恥をかかせてさしあげますからねっ!! 覚悟なさいっ!!」
 高らかに叫ぶと、魔女は自分の部屋へと駆け戻り、沢山の本と、薬草と、得体の知れない薬を集めて、大きな鍋にくべて煮込み始めました。
「……ふふふ……見てらっしゃい、白雪姫っ!!」
 煮えたぎる大釜の中身をのぞきこんで、魔女は高らかに笑うのでした。




「……お綺麗なお嬢さん、喉は乾いていないかえ? とってもおいしいリンゴだよ。おひとつどうかね?」
 またもあれから一週間。魔女はリンゴ売りの老婆に姿を変え、森の中の小人たちと白雪姫の家を訪ねていました。ちょうど庭の掃除をしていた白雪姫に声をかけ、言葉巧みに、森の中へと誘いだしていたのです。
 幸いなことに、老婆の変装でつくったしわがれ声をのおかげで、白雪姫はまったく魔女に気づいていないようでした。
「わあ、とってきれいなリンゴですね……真っ赤で、とてもおいしそう」
「よければ、お嬢さんにひとつあげるとしようかね」
「ええっ、いいんですか?」
「なに、まだ小さいのに一生懸命おうちの仕事をして働いているからね。ご褒美だよ」
 と、魔女は下げたバスケットを探ってみせ、
「……おや、そう言えばこんなものがあったかね。リンゴよりこっちのほうがいい。お嬢さん、喉は乾いているだろう?」
 魔女の大釜で煮込んだ、特製の秘薬がたっぷりと入ったリンゴジュースを、魔女はバスケットから取り出してみせました。
 さっきから、白雪姫が庭のお掃除でたくさん汗をかいているのを、魔女はしっかりと観察していました。きっとよく冷えたジュースはさぞおいしそうに映ることでしょう。
 けれど、白雪姫は小さく首をかしげて言いました。
「あら? おばあさん、どこかでお会いしたことがありましたかしら?」
「ふえッ!? な、ななななな、なにを言うんだい、そんなことはないよッ」
「そうですか? でも、だったらどうしてわたしがここで暮らしているって知っているのかしら?」
 白雪姫のもっともな指摘に、魔女は口から飛び出しそうになった心臓をおさえようと、両手で口をふさぎました。
 あわてて言い訳をさがそうと、魔女はきょろきょろと周りを見回します。
「そ、そりゃあ……ほれ、そうだ!! 小人たちから聞いたのさ!! いつもいつも、一生懸命働いてくれて、白雪姫はとっても頑張り屋だってねぇ!!」
「あら、おばあさん、わたしの名前も御存じなのね?」
「あわわわ!? い、いやほら、小人たちがそうやって自慢するのさ!! あいつらはお調子者だからねえ!!」
 怪しまれまいと必死に言い訳をしながら、魔女はローブの下でだらだらと滝のように流れる汗をこっそりぬぐいます。
 人を疑うことを知らない白雪姫が、こんなにも慎重なのにはわけがありました。小人たちは、先日やってきた物売りの正体をひどく怪しんでいて、白雪姫にうかつに外を出歩かないほうがいいと助言していたのです。
 白雪姫はその言いつけを守って、小人たちが森に出かけている間も、しっかりとお留守番をしていたのでした。
 でも、どうやら考えすぎだったようだと思った白雪姫は、魔女に深々と頭を下げます。
「……ごめんなさい。おばあさん、わたし、なんだか変なことを言ってしまったみたいです。リンゴジュース、いただいてもいいですか?」
「あ、あああ、ああ。いいともいいとも。たっぷりお飲みなさい」
 ようやく白雪姫が警戒を解いてくれたので、魔女は慌ててさっきのジュースを差し出しました。
(ふふふ、忌々しい白雪姫。このワタクシ特製のおクスリ入りリンゴジュースで目にもの見せてあげますわ……!! 見ていらっしゃい、これさえあればあっという間ですわ……!!)
 胸のドキドキを押し隠し、魔女はじっとジュースのグラスを受け取った白雪姫を見つめます。
「とってもいい香り……それにすごく良く冷えてて、素敵ですね……どうやって作っているんですか?」
「え、ああ、そんなのは……いろいろさ。ねえ?」
(いいから早く飲みなさいってのに!! さあ、ほら、一息に――ぜんぶ、ごくごくっと!!)
 焦る魔女の気持ちを知ってか知らずか、白雪姫は目を閉じて、リンゴジュースのいい匂いをたっぷりと胸に吸い込みます。
「はあ……素敵ですね。おばあさんが一生懸命お世話してそだてたリンゴだから、こんなに素敵な香りがするんですね、きっと」
「そ、そうだとも。ほら、はやくおあがり。さあ早く!!」
「ええ……でも、なんだか飲むのが勿体ないみたい」
「そんなことないともさ!! ほれ、ぐずぐずしないて早く飲むんだよ!!」
 なかなかグラスを口にしない白雪姫に、魔女は焦る一方です。あと一息だというのにうまくいかず、魔女はじっとりといやな汗が背中に広がるのを感じていました。
(んもぅ、本当にじれったいっ……そんなくだらないことはどーでもいいんですのよっ!! 早く飲みなさいってのにっ……!! ほら、はやく、全部、ごくごくごくって――!!)
 小さな唇が、透明なグラスにちょんと当てられて、ゆっくりとその中身が傾き――
(ああ、さあほら、そのまま、全部、一気に!! ごくごくっ、ごくごくっ、ごくごくっ!!)
 けれど、リンゴジュースがちいさなあかい唇に触れるか触れないかの寸前で、不意にその手を止めて、白雪姫は言います。
「……でもおばあさん、こんなに良いものをお金も払わずにいただいてしまって、本当にいいんですか? やっぱり、お代を払わないとだめなんじゃ……」
「っ、んなことはいいから早く飲みなさいませこのうすのろ白雪ッ―――あわわわ!! じゃなかった、いいんだよ、あたしはほれ、お嬢さんの喜んでくれる笑顔さえあれば、それでいいんだよ……っ!!」
 思わず本音が飛び出しかけ、慌てて魔女は口をふさぎ、声色を使いなおします。
「……あのう、おばあさん?」
「な、何でもないよ、何でもっ。ちょ、ちょっとのどの調子がねえ……」
 わざとらしくごほごほと咳をして見せる魔女。もはやローブの下は汗でびっしょり。白雪姫とはもうまともに目も合わせられず、魔女は目深にローブのフードを引きおろしてそっぽを向いてしまいます。
 けれど、
「じゃあ、いただきますね」
 白雪姫は再度グラスを手に、ゆっくりとそれを――口に運びました。
 こく、こく、こく。
 白くて小さな喉がゆっくりと鳴り、グラスの中のリンゴジュースがみるみる白雪姫の喉をおちて、お腹の中へと流れ込んでいきます。
(やった!! やりましたわ――!! ついに、ついに飲ませましたわよっ!!)
 魔女は飛び上って喜びたいのを、必死に堪えていました。うきうきと足が動き、方が踊り、おばあさんの扮装はいまにも解けてしまいそうです。
 魔女の特製リンゴジュースには、ひとたび口にすればそれだけでたちまち猛烈におしっこがしたくなってしまう秘薬が入っていたのでした。
(うふふ、さあ、もっと、もっとお飲みなさいまし。ごくごくっ、ごくごくっ、うふふふふふ……!!)
 一口飲めばたちまちオシッコでおなかがたぷたぷと揺れて動けなくなり、二口でおチビリをしながら一目散にまっすぐトイレに駆け込み、三口も飲めばもうまる一日はトイレから出てこられなくなるほどの、特製のリンゴジュース。
 それを白い喉がこくこくと飲み干してゆくのを、魔女は胸の中で万歳しながら見つめていました。




 効き目は、たちまちあらわれました。
「ふぁ……っ!?」
 ドレスの腰がびくびくっと震え、甘い喘ぎ声が白雪姫の口を飛び出します。慌ててコップからさくら色の唇を離し、口に手をあてた白雪姫ですが、ぞわぞわと背中を這いあがる猛烈な感覚に、たちまちドレスのスカートの下で両脚をくねらせ始めてしまいます。
 どこからともなく身体の中にこぽこぽっと湧き出した恥ずかしいお湯が、際限なく白雪姫のおなかのティーポットに注ぎ込まれてゆくのをはっきりと感じ取り、白雪姫は震えあがりました。
「あら、どうしたんですの?」
 魔女は笑い出したいのをいっしょうけんめい堪え、なんでもない風を装って白雪姫に意地悪な質問をします。
「い、いえ、そのっ。あ、あの、これっ……」
「ああ、そんなに残してしまうんですの? やっぱりお姫様には、そんな貧しいものはお気に召さないのですかしらねぇ……?」
 お婆さんの喋りも忘れて、すっかりいつもの口調になっている魔女ですが、いまや白雪姫は完全にそれどころではなく、自分が騙されているのだ、と言うことにも気づけません。
「そ、そんなこと、ないですっ……と、とっても、美味しい、ですよっ」
(……の、残したりしたら、おばあさんに失礼よ……、の、飲まなきゃ……っ)
 今すぐにぎゅうぅっとスカートの前を握りしめ、『おひめさま』を抑え込みたいのを必死に我慢して、白雪姫は笑顔を作ります。
(だ、大丈夫よ……あとひとくちくらい……)
 恐る恐る、こくり、とジュースに口をつけると、たちまちお腹の奥底にこぽこぽこぽっと音を立てて恥ずかしいお湯が注ぎ込まれていきます。唇がコップに触れるたび、すさまじい勢いで尿意が高まり、白雪姫のおなかはぱんぱんに張り詰めていきます。
(うふふ、ごくごく、ごくごくっ。……ああ、いいですわよ白雪姫っ、もっともっと、はしたなくお飲みなさいまし!! ふふふ、そうすればそれだけ、あなたのおなかのなかは恥ずかしいオシッコでたぷたぷ、ぱんぱんですわ。……ごくごく、たぷたぷ、ごくごく、たぷたぷっ、うふふふふふふふ!!!!)
 魔女の視線に押されるように、とうとう白雪姫は悪魔のリンゴジュースをコップに一杯、ぜーんぶ飲み干してしまいます。
(あぁあああっ……だ、だめっ……)
 まるで、お腹の中にもうひとつ心臓ができてしまったみたいでした。こぽこぽと湧き出すおしっこで、みるみる下腹部が硬く石のように張りつめてゆきます。じんじんと痺れるように、『おひめさま』の出口へと響き渡るイケナイ感覚に、白雪姫は小さくくねくねと腰を振りだしてしまいました。
 スカートの下で膝がこつりこつりとぶつかりあい、お尻もちょこんと後ろに突き出されて、不安定にゆらゆらと揺れ動きます。
「うふふ、白雪姫さま? どうですかしら、もう一杯いかがですの?」
「えっ……」
 やっとのことで空にしたコップを手にしたまま魔女にそう聞かれて、白雪姫は凍りついてしまいます。
「とっても美味しいって誉めてくださるんですもの。ワタクシも嬉しいですわ。うふふ、ほぉら、遠慮せずにお代りをお上がりになってくださいませ? うふふ、うふふふふ……」
「え、あ、あのっ……で、でもっ……」
 白雪姫のおなかはおしっこでパンパンで、今すぐおトイレに全速力で駆けこんでしまいたくなるほどなのです。もうこれ以上一滴も口にできそうにありません。
「うふふ、さあ、どうぞ、白雪姫さま?」
「あ、ぁッ……だめえ……ッ!!」
 差し出された“おかわり”を前に、白雪姫の唇が、小さな小さな声で思わず拒絶の叫び声をあげてしまうのも、もちろん魔女は聞き逃しません。
 これまでのどんなものよりも、差し迫った危機を訴える白雪姫に、魔女は笑い出したい気分でいっぱいです。
「どうかなさいましたの?」
「い、いえ……っ い、いただき、ます……っ」
(……せ、せっかくの、おばあさんのご好意ですもの、む、無駄にしちゃいけないですっ……)
「んっ、んくっ……んぅ……」
「うふふふふ、うふうふふ、どうですの? 美味しいですかしら?」
「っは、はい……っ」
 白雪姫はけなげに、二杯目のジュースを口に運びます。
 あまりにも思い通りの展開に、魔女はもうこみ上げてくる笑いを抑えることができませんでした。
「うふふ、どうぞたんとお召し上がりなさいまし。まだまぁだいっぱいおかわりがありますわよ? うふふ、うふふふふふ!!」
「ぅあ……や、だっ、ぁ……」
 きゅんきゅんと疼く白雪姫の下半身は、たちまちのうちに猛烈な尿意に支配されてしまいます。もう、頭の中はおしっこと、おトイレのことでいっぱいです。
(だ、ダメ……も、もう飲めないぃ……っ)
 ジュースを半分ほど残したところで、白雪姫はとうとう音をあげてしまいます。
 コップをかたん、と取り落とした白雪姫は、不恰好にお尻を突き出し、両手をぎゅうっと脚の根本に押し当ててふらふらと後ずさります。
「ぁ、あっ、あ、あっ」
 白いドレスに皺がよるのにも構わずに、白雪姫はぐいぐいと身体をねじり、脚の間につっこんだ手のひらでぎゅうぎゅうと『おひめさま』を揉み始めてしまいました。
(うふふふふ、あーっはっはっは!! 思い知るがいいですわ。……御覧なさい、なんてみじめな格好ですかしら!! ワタクシの眼の前で、あんなにみっともなく、お手洗いを我慢して――!! うふふ、これでもうお姫様失格、間違い、ナシですわねっ!! あーんな姿、とても世界で一番素敵な女の子なんて言えませんわね!! ほほほ、おーっほっほっほ!!)
 とうとう、目の前でせわしなげに腰を揺すり始めてしまった白雪姫を見て、魔女は笑い出したいのを必死に堪え、胸の中で勝ち誇っていました。
(あっはははは!! どうですの、あんなにみっともなくハズカシイところを握りしめちゃって!! もじもじ、くねくね、はしたないったらありませんわ!! うふふ、あんなになってまでおしっこを我慢して……いい気味ですわね。でも、まだまぁだ辛くなりますわよ? だってあんなにごくごく飲んでしまったんですもの。もっともっと、お腹がたぷんたぷんのぱんぱんですわ。……さあ、もっとそのみっともない格好を見せてくださいませ? もじもじ、くねくね、たぷたぷ、たぷたぷ……うふふふふふ!!!)
「ふ、っ、あ、あぅ、あっ……ぁあっ……」
 汗に湿る指で、ぎゅうっとスカートの上から『おひめさま』を握り締め、白雪姫はなんとか平静を保とうとします。
 けれど、細くて白い脚は歩くこともできないほどにがくがくと震え、こみ上げる波を押しとどめるので精一杯です。まっすぐ立っているのも難しく、膝が勝手に動いて、足踏みまで始めてしまうほどでした。
「あぅぅううっ!?」
 靴の先がわずかに草にひっかかるわずかな振動すら、強烈な刺激になって白雪姫を襲います。押さえ込んだ手のひらの奥で、おしっこの出口がぷくんと膨らみ、今にも熱い水流をほとばしらせんばかりにひくつきます。
「うふふ、くすくす……あらあら。こぼしてしまって勿体ないですわ。……もう一杯いかがですの?」
「い、いえ、そのっ、も、もう十分ですからっ!!」
「あら、残念ですわ。……もっともぉっとお召し上がりになっていただきたかったのに。うふふ、うふふふ……」
「っ、あ、あの、っ」
「はい? なんですの?」
 ぎゅ、ぎゅ、と足踏みを繰り返す白雪姫に、魔女はしらじらしく答えます。
「す、すみません……っあ、あのっ、え、えっとっ」
「あら、どうなさいましたの? すごい汗……どこかお具合でも悪くなりましたかしら? うふふ、うふふふ」
「っっ……!?」
 意地悪な魔女に声をかけられて、白雪姫の顔はみるみる真っ赤に染まりました。
 まっすぐ立てないほどのおしっこの猛威に、がくがくと膝を震わせながら、白雪姫はどうにか言葉を押し出します。
「白雪姫さま? やはりまだとてもお喉が渇いてらっしゃるんじゃありませんかしら? 御遠慮なさらずに、もう一杯お飲みになってくださいまし」
「ッ、い、いいです!! もういいですっ!!」
 限界を訴える下腹部の衝動のまま、白雪姫は叫んでしまいます。魔女はわざと、大げさに傷ついたふりをして見せました。
「あら……そうですわね。……やはり、ワタクシのジュースなんて、高貴なお姫様のお口にはあわないのですわね……ごめんなさいまし、白雪姫さま?」
「っ、ち、ちが、違うんですっ!! そ、その、す、すいませんっ、きゅ、急にっ――」
「急に? 急に、どうなさいましたのかしら。うふふ? うふふふふ!!」
「あ、ぁっ、あっ……」
 まさか、いくら本当のことでも、人前で堂々とおしっこがしたくなったんです! なんて言えるわけもありません。ましていま口にしたばかりのジュースが原因だとは、純朴可憐な白雪姫にはまったく思いもよらないことでした。
 あくまで、白雪姫にしてみれば、お婆さんのジュースを飲んでいたら、突然猛烈におしっこがしたくなってしまった、ということでしかないのですから。
(そ、そんなことをしたら、お婆さんに失礼ですもの……っ、で、でも、も、もうダメ……は、はやく、はやくお手洗いに……っっ!!)
 お姫様のプライドと、尿意の板挟みになって言葉に詰まってしまう白雪姫の、ふぅ、ふぅーっ、という荒い息が、静かな森の中に響きます。
 そんな事をしている間にも、白雪姫の『おひめさま』には。次々と湧き出した恥ずかしい熱湯が溢れんばかりに流れ込んでいきます。もうとっくに女の子の秘密のティーポットはいっぱいになっているというのに、あとからあとから押し寄せてくるその量はとどまるところを知りません。
「ぁっあ、そ、そのっ、っ、あ、え、ええと……っ」
 うつむいた顔を真っ赤にしながら『おひめさま』を押さえ込んで、くねくねもじもじとおしっこ我慢のダンスをはじめてしまう白雪姫。
「ごっ、ごめんなさいっ、あ、あの、急に、ご、ご用事が、っ」
 精一杯のそんな言い訳も、ドレスのスカートを必死になって握りしめながらでは、説得力がありません。魔女はくすくす、と笑いながら、白雪姫にさらなる意地悪な言葉を投げつけます。
「うふふ、あらあら。白雪姫様はダンスもとぉってもお上手なんですのね? 舞踏会に備えていっぱい練習してらしたのかしら?」
「っ、あ、、ち、違いますっ、その、こ、これはっ……」
「謙遜なさらなくったっていいですわ。とってもお上手。1、2、3、1、2、3……うふふ、うふふふふ!!」
 左右の足踏みにあわせてくねくねと揺れる腰を、魔女は手拍子までしてはやし立てます。白雪姫はもう耳まで茹だったように真っ赤になって、必死に動いてしまう脚を止めようとするのですが、限界を超えてなおあふれ出てくるおしっこを堪えるのにはじっとしていられません。
(うふふふふ、そうですわ、もっともっと、もっともっと恥ずかしい格好をなさいませ。スカートをぎゅうぎゅう押さえて、おしりをもじもじ揺すって、脚をくねくね絡ませて!! うふふ、そして最後には、じわじわ、たぷたぷ、もっといっぱい、一杯に恥ずかしいおしっこを溜めこんで、じゅわじゅわ、びちゃびちゃ、じょぼじょぼぼ!! ありったけ、ぜーんぶオモラシしてしまうがいいですわ、白雪姫っ!!)
 そうしてとうとう、白雪姫がきつくきつく握りしめている白いドレスに、変化が訪れます。
「あ、あっあ、あっあ、ダメっ、ダメっ」
 ぱくぱくと、言葉にならない悲鳴を上げる白雪姫のくちびるの動きに合わせるように、白くなるくらいに握り重ねられた手のひらの周り、スカートの布地に、じわ、じわ、じわわぁ、と薄黄色い染みが広がってゆきます。
「嫌、いやぁ、あぁあ……っっ、で、出ないで、出ないでェ……っ」
 悲痛な叫びと共に、白雪姫はなんとか決壊を押さえ込もうとしますが、揺すり動かされる腰からはまるで入れ物のふちを乗り越えて溢れるように、『おひめさま』からはじゅわ、じゅわぁ、と熱い雫がこぼれ、引っ張り上げられた下着にぶつかって脚の付け根を濡らしてゆきます。
「ぁ、あっあ、あっ、あーっ……っ!!」

 じゅっ、じゅぅう、じゅるるぅ、ぷじょっ、
 じょわぁっ、ぷしゅるるっ、しゅううう……っ!!

 まるでおチビリの音の見本会のよう。白雪姫のダンスにあわせて、ドレスの下で熱い水流が次々とほとばしり、下着と内腿を大洪水にしてゆくのです。
 疑うことを知らない、汚れなき純真なお姫様の身体を、その内側から、特製リンゴジュースを介して魔女の悪意が塗り潰してゆきます。草むらのそばで始まってしまったオモラシは、もはやとどまることを知りません。
「だ、だめぇ、お、お手洗いっ、い、いかなくちゃだめなのに……っ、あ、あっ、あっ、で、っ、でちゃう、でちゃうぅ……ぅうっ」

 ぷじゅじゅじゅぅっ、じゅわ、ぴちゃじょぼっ、じょじょじょおぉおおっ、
 じゅじゅっ、じゅうぅぅぅぅ、ばちゃびちゃばちゃじょぼぼっ!!

 口にしたリンゴジュースよりもずっとずっと多いおしっこが、バニエで大きく膨らんだふわふわのスカートを、びちゃびちゃくしゃくしゃに濡らして脚に張り付かせ、そのまま脚元に飛び散ってゆきます。お腹から下だけが河にでもい落っこちたような有様でした。
 白雪姫の小さな身体じゅうから、ありったけの水分がを絞り取るように。魔女特製の秘薬は、いよいよ猛烈にその効果を発揮してゆきます。
「ああ……っ、やだ、っ、こんな、違います、違うんですっ、こんなの、っ……」
 ますます激しくなるオモラシの大洪水。
 井戸が壊れてしまったようにばちゃばちゃと音を立てて滴り落ち、泥を跳ねさせ泡立てる激しい激しい白雪姫のオモラシに、魔女は声をあげて笑い転げます。
「うふふ、うふふうふ、うふふふふ!! あらあら、オモラシですの? うふふ、お姫様なのに、こんなところで、お手洗いではないところで、オモラシなさって、うふふ!! あはは、おーっほっほっほ!!」
「っ、……っ!!」
 とうとう、白雪姫をお姫様の座から引きずり下ろしたことに、魔女はいつまでもいつまでも笑いながら、うつむき泣きじゃくる白雪姫をはやし立て続けるのでした。



 (初出:書き下ろし)
[ 2009/08/02 21:23 ] WetMarchen | トラックバック(-) | コメント(-)