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我慢RPG没ネタ供養・2 

 ずっと以前にRPGツクールで作成しようとして頓挫した、「我慢系RPG」のイベント案を小説風にリメイクしたもの。
 一部つながりがあるもの以外、時系列などはバラバラで順不同。





■隣の家イベント
※隣の家の前でおばさんに話しかけると発生
※トイレ修理イベントに派生する

 家を閉め出された明日香が次に向かったのは、隣の家の玄関だった。
 隣家とはもう10年以上、家ぐるみでの近所づきあいがあり、登下校のときなどに挨拶をするような間柄である。困った時にお世話になることは、これまでも何度かあったことだ。
(……ちょっと恥ずかしいけど、知らない人に言う訳じゃないし……)
 わずかな躊躇いはあったものの、自分に言い聞かせるように頷いてインターホンを押すと、すぐに返事がありドアが開く。
「あら、明日香ちゃん? どうしたの?」
「こ、こんにちは……」
 顔をのぞかせた隣家のおばさんに、ぺこりと頭を下げる。
 明日香は出て来たのがご主人のおじさん――昨年定年を迎えたばかり――ではなかったことに少しだけ安堵して胸をなでおろす。余裕がないとはいえ、やはりこんなことは女の人でなければ話しにくいものだ。
 油断するともじついてしまいそうな脚をきゅっと寄せ合わせ、居住まいを正して、明日香は話を切り出した。
「その……ちょっとした行き違いで、家から閉め出されちゃって……お、お手洗い、借りても……いいですか……?」
 お手洗い、という単語を口に出した瞬間、わずかに足元がふらついてしまう。結果的にもじもじと腰を揺すり、我慢している様子を見せてしまって、明日香の頬は熱くなった。
 いい歳をしてはっきりと『トイレを我慢しています』と訴えるのには勇気がいる。まして、自分の家ではなく他の家のトイレを借りようというのだからなおさらだ。
(でも、このまま遠くまで行くのも……大変だし。ちょっとくらい甘えちゃってもいい……よね?)
 本当の本音は胸の内に隠して、明日香は軽く頬を赤くしながら、トイレを借りたい旨を訴えた。
 明日香の様子を見て状況を理解したのだろう。おばさんは、あらあら、と目を丸くしつつ、しかし頬に手を添えて困ったように眉を寄せる。
「……その、ごめんなさい? ちょっとねえ、朝から下水の調子が良くないのよ。……それで、さっき修理をお願いしたんだけど……」
(えっ!?)
 『いいわよ。どうぞ』そんな返事を期待していた明日香は、肩透かしを食らって目を丸くした。
 にわかに雲行きが怪しくなる。
「そのねぇ、工事の人がまだ来てくれないのよ。……午前中には間に合うって話だったんだけど……」
(ええっ!?)
 明日香の困惑は表情にも出ていたのだろう。おばさんは済まなそうに何度もうなずいて、御免なさいね、と決定的な一言を告げた。
「だから、今はうちのトイレも使えないのよねえ……」
(ええええーっ!?)
「御免なさいね。申し訳ないんだけど……」
 やんわりと、しかしはっきりした拒絶。
 故障中とはいえ、最悪使うことはできるんじゃないか――と、甘いことを考えていた明日香の期待は、完膚なきまでに打ち砕かれる。
「……そ、そんなぁ……」
 まさか断られるとは思っておらず、明日香はついに声を上げてしまう。
 またもトイレの直前で期待を裏切られたことに、明日香の排泄器官は抗議するようにきゅうっと収縮し、こぽりっと排泄欲求を湧きあがらせ。強まる尿意に乙女のダムの水面が波打つように揺れ、明日香は慌てて脚をぐっと交差させた。
 折角の解決策も全く役に立たず。明日香は回れ右を余儀なくされたのだった。





■ビルのトイレイベント
※大通りのビルのトイレ前で発生

『清掃中』

「うそっ……!!」
 明日香は呆然と、ビルのトイレの入り口で立ち尽くしていた。
 大きく遠回りをしてまでようやく辿り着いた婦人用トイレには、無情にもそんなプレートが設置されていたのだ。ご丁寧に、その横には『別のトイレをご利用ください』とまで注意書きが加えられている。
「………そんなぁ……」
 まっすぐデパートへ向かえばいいものを、わざわざ余計な苦労まで背負い込んでやってきただけに、失望感もひとしおだった。床に設置されたプレートの前で明日香はがっくりと肩を落としてしまう。
(ここまで我慢すれば大丈夫だと思ったのに……!!)
 明日香の身体はすっかりここでオシッコができるつもりで、準備を進めていたのだ。またも『お預け』を食らい、少女の下半身に、堪えていた分の尿意が一気に押し寄せてくる。下半身を飲み込みそうな強い波に、脚の付け根がじんっ、と痺れを走らせる。
 思わず明日香はスカートの裾を掴んでしまった。
 小さく足踏みをしながら、明日香はしばし、じっと入り口のプレートを睨みつけた。
(ううぅ……っ)
 清そのまましばらくトイレの前をうろうろと歩き、そっと、プレートの奥を覗き込む。
 トイレの中では、マスクに作業着姿のおばさん達が、何かの薬剤を撒いて床や壁の清掃を始めていた。ちょっと簡単な掃除、といった雰囲気ではなく、徹底的な洗浄・改修作業のようだった。
 ただの水洗いなら中に入ることは簡単なのだが、そんな様子でもないらしい。
「あのー……」
「はい?」
 それでも――一縷の望みにすがるように、きゅっ、と太腿を寄せ合いながら、明日香は掃除中のおばさんに声をかける。
「あ、あの、ここ……使えないんですか?」
「……使いたいの? うーん……ごめんなさいねぇ。いつもなら大丈夫なんだけど、今日はちょっと……無理かもねぇ」
 おばさんの説明によると、今日は半年に一度行われる本格的な清掃作業とのことで、いつもなら深夜におこわれるはずの作業が、テナントの事情で営業時間中にずれ込んでしまったらしい。
 先に婦人用のトイレ、そのあとに紳士用のトイレと、一日がかりの作業になるという説明を受けて、明日香は背筋を震わせてしまう。
「そ、その、あと……どれくらいかかりますか?」
「そうねえ、……まだ2時間くらいはかかっちゃうかしら」
「そんなにっ!?」
 たまらず声を上げてしまった明日香に、清掃のおばさんはすまなそうに眉を下げる。
「本当にごめんなさいねぇ。どうしても我慢できないなら、隣、使ってもらっちゃってもいいわよ。あっちはまだ作業してないから」
「隣? 隣って……」
「男子トイレよ」
 さらりと言われ、明日香はたちまち赤くなってしまった。……確かに、緊急避難としてはまあ、ありえない選択肢ではないが。
 ちらりと視線を向けた先、廊下の反対側にある青いマークの入り口に、タイミングを計ったように背広姿の男の人が入っていく。トイレの前で前かがみになっている自分を見られてしまった気がして、明日香は頬をますます赤くする。
「大丈夫よ、こっちが使えないんだから、説明すれば……。なんだったら……」
「あ、あはは、いいですいいです。すみません!! お仕事中に、お邪魔しましたーーっ!!」
 放っておくとおばさんが紳士用トイレまで案内付いてきそうな気配を感じ、明日香は慌てて踵を返していた。
 しばらく離れてから、ちらり、と背中越しに紳士用トイレのほうを眺め、明日香は苦笑した。
(いや……その、うん……確かにそうだけど、さあ……それはやっぱ、女の子として……どうかなぁ……)
 そんな事を考えている余裕が、まだあっただけ。この時の明日香はマシだったのだ。






■喫茶店&先輩コーヒーイベント
※アイテム:コーヒーの使用法について説明する
※強制尿意上昇イベント
※先輩はコーヒーを使用するまで解放してくれない

「あはは。そんなに汗かいちゃって。暑かったの? 遠慮しなくていいよぉ、明日香ちゃん」
「は、はい……」
 冷えたグラスは汗をかき、ストローが傾いてからんと小さく氷の音をたてる。秋とは言えまだまだ日差しは強く、外で運動すれば汗ばむくらいだ。考えてみればずっと歩き通しで、渇いた喉は確かに水分を欲している。
 けれど、目の前のアイスコーヒーには手をつけられないまま、明日香は曖昧に頷くばかりだった。
(……うぅ……っ)
 ウェイトレスの制服に身を包んだ先輩の“好意”の笑顔が、あまりにも心苦しい。
「どしたの? 飲まないの? 喉乾いてんじゃなかった?」
「そ、そうなんですけど……」
 後輩思いではあるが、良くも悪くも上下関係を強く重んじる先輩だ。あまり会いたくないタイプなのだが、まさかこんな場所でバイトをしてるなんて完全に予想外だった。
 困惑を隠しきれずに、明日香はじっと、コップになみなみと注がれたアイスコーヒーを見下ろした。
(こんなの飲んだら、もっと……トイレ、行きたくなっちゃう……!!)
 ただでさえ利尿効果の強いコーヒー、それがしっかりと冷えているのだ。恐らく、乾いた身体には効果覿面だろう。
 トイレを借りるために慣れない喫茶店に入ったところで、偶然部活の先輩に出くわしてしまったのは、不幸としか言いようがないことだった。決して嫌いな先輩ではないのだが、今日ばかりはそれが恨めしい。
 しかもこの喫茶店は集合店舗であるため店内にトイレはなく、いったん店を出てビルのトイレを使うことになっているのだという。それが最初からわかっていれば、明日香もわざわざ立ち寄ることもなかったはずだ。
 しかも具合の悪いことに、店内はがらがらで、カウンターの奥にいる店長はバイト中であるはずの先輩が明日香と話し込んでいるところを咎めようともしない。すぐ隣にじっと陣取られていては、席を立って『その前にトイレに』とも言い出しにくかった。
「……い、いただきます」 
 せっかくの好意を断ることもできず、誤魔化すこともできないまま、明日香は覚悟を決めてストローに口をつけた。喉が渇いていないと言えば嘘にはなる。我慢を続けているせいか口の中はカラカラで、舌がうまく動かないほどだ。
 吸い上げたアイスコーヒーは、きんと頭を冷やしながら喉を滑り、おなかの中へと流れ落ちてゆく。
「ん……っ」
 喉の奥へ流れ落ちてゆく冷たさは、おなかの奥まできんと響くようだった。同時に下腹部も敏感にそれを察知し、脚の付け根の痺れがじんと強さを増す。
 冷えた利尿作用の強いコーヒーは、まるで、そのまま膀胱の中へと注ぎ込まれていくようで、明日香は何度も座る位置をずさりながら、カウンターの下ではしたなく交差させた脚をしきりに組み換えてしまう。
(うぅ……タイミング、悪すぎだよ……)
 トイレを借りるつもりでやってきたのに、オシッコができないばかりかますますオシッコの素になるようなものを飲まされるなんてついていないにも程がある。
「どう? 結構いけてると思うんだけど、なんでかお客サン少ないんだよねー。場所も悪くないし、もっと流行ってもいいよねえ。明日香ちゃんもそう思わない?」
 がらがらの店内がよほど退屈だったのか、先輩はさっきから明日香の前を離れようとしない。
(と、とにかく、早く飲んで……外、出ようっ)
 緊張する喉を震わせ、再度ストローに口をつける明日香だが、きんきんに冷えたアイスコーヒーは、舌や喉を痺れさせるほどで、いくら飲んでも減る様子がない。
 時間をかければかけるほど氷が溶けて、飲む量も増えてしまうのだ。少しでもはやく飲み終えてしまいたい。そう思うのは当然の心理だった。
 目をつぶって、一息にストローを啜る。
(……っ)
 半分近く残っていたコーヒーが、一気に明日香のおなかの中へと消え、ストローがずずずっと音をたてた。おなかの奥が今飲んだ分だけ水位を増し、たぷんっと揺れるような錯覚を覚えながら、明日香は空になったグラスをテーブルに戻す。
「おー。いい飲みっぷり。さすがだねっ」
 嬉しそうな先輩はそう言うと、小さく拍手をして、
「おかわり、いる?」
 さらに嬉しそうにそんなことを言ってきた。





■茂みの奥で
※公園の少女イベントから派生
※河原に近づくと発生。
※以後、少女の居た位置は野ションスポットに変化する。

(あれ? あの子……)
 河沿いのサイクリングロードを急いでいた明日香が、落ち着かない足元を紛らわせようとふと視線をめぐらせた先に、見覚えのある色合いのリボンを見つける。
 河原に生えた茂みの中を、先ほど公園で見かけた女の子が小走りに走っていく。
「……さっきの子、だよね?」
 見間違いかとも思うが、公園で忙しそうにしていた少女に間違いない。
 どうしてこんな所という疑問を抱く明日香をよそに、少女は落ち付きなく周りを見回しながら、河原の隅、コンクリートでできた塀の方へと走り寄ってゆく。
 姿勢は背中を丸めて前かがみ。その左右の手のひらは、しっかりと重ねられ、デニムのスカートの上から脚の付け根に押し当てられていた。
(あ……!!)
 彼女が何をしようとしているのか、明日香はようやく理解する。
 公園のトイレは工事中だったのだ。立ち入ることができない以上、トイレを催したのなら、どこかほかの場所でオシッコを済ませなければいけなくなる。
 ぎゅうっと股間を握りしめた前押さえの恰好のまま、コンクリート塀の側に辿り着いた少女は、不安げに何度も周りを見回した。ちょうど明日香のいる位置はその真上であり、彼女もまさか、上から自分を見ている誰かがいるとは思っていないらしい。
 手のひらは脚の間に深くまで差し込まれ、ちょうど身体の前から股間部分を抱え込むようにそて前屈み。激しくバタバタと足踏みをしながら、ぎゅうぎゅうと腰をよじらせる。
 周囲に視線もないためか、少女の我慢の仕草はかなり大胆なものだった。それだけ尿意が切羽詰まっているのだろう。必死に我慢をしている姿につられて、明日香の下腹部もきゅんと切なく疼く。
 少女はもう一度回りを見回すと、デニムのスカートに手を突っ込んで勢いよく下着を下ろし、橋のたもとのコンクリートの壁に向かってしゃがみ込んだ。
「あっ……」
 小さな、鈴を鳴らすような可愛らしい声。同時に、少女の脚の付け根から凄まじい勢いで放たれた水流が、コンクリートの上を直撃した。
 サイクリングロードまで音が聞こえてきそうな、豪快なオシッコ。
 ずっと我慢していたのだろう。小さな身体とは不似合いなほどに勢いよく、まるでホースを使って水をまくような激しい水流が、コンクリートの地面に噴射されてゆく。
 噴き上がる水流はみるみる地面の色を変え、白い泡を立てながら傾いたコンクリートの上を滑り、河原の方へと流れてゆく。
「ふぁあああ……」
 放尿を続ける少女が、ゆっくりと安堵の溜息を吐いた。長い我慢から解放された少女の表情はふわふわに蕩け、目は潤み、唇はわずかに開いて甘い喘ぎをこぼす。
(い、いいな……あの子、……あんなに、気持ちよさそうに……)
 たまらず大きく揺れ動き、わたしも、わたしも、と。我慢の限界を訴える下半身。もちろん、あんなところでオシッコなんで、まだ小さな女の子だから許されることであって、明日香にはできるはずもないのだが――
(私も、はやくオシッコ……したいよぉ……っ)
 目の毒と分かっていながらも、明日香はしばし、その光景から目を離せずにいた。
 とてつもなく気持ちよさそうにおしっこをするその姿を見せつけられては、明日香の腰の揺れがおさまるわけもない。それどころか、今すぐあそこに駆け寄って、一緒にオシッコを済ませてしまいたいとまで考えてしまう。
(っ……ば、馬鹿!! 何考えてるのよわたしってば…っ)
 明日香は慌てて首を振る。あんな丸見えの場所でトイレなんて、あのくらい小さな子ならまだしも、明日香にできるはずがない。
 後ろ髪を引かれるのを無理やり振り切って、明日香は足早にサイクリングロードを走り去ってゆく。



 (初出:書き下ろし)

[ 2012/02/17 23:59 ] 永久我慢 | トラックバック(-) | コメント(-)

我慢RPG没ネタ供養・1 

 ずっと以前にRPGツクールで作成しようとして頓挫した、「我慢系RPG」のイベント案を小説風にリメイクしたもの。
 一部つながりがあるもの以外、時系列などはバラバラで順不同。




■OP/1 帰ってくる

 ――まさかこの歳になって『おうちまで我慢』する羽目なるなんて。

 木崎明日香は、焦りと共に帰途を急いでいた。
 固く張りつめた下腹部に急かされ、自然に早まってしまう歩みと共に、横断歩道を小走りに渡る。脚の付け根に膨らむ尿意はそろそろ無視できないものになっており、ふと気を抜くと、歩き方まで知らずに内股気味のおしとやかモードなってしまうほどだった。
(……もぉっ、これならさっきおトイレ行っておけばよかった……)
 トイレに行きそびれた時の定番の公開と共に、手のひらがそっとジーンズの上から下腹部を押さえる。
 少女の秘密のディーポットになみなみと注がれたホットレモンティが、スニーカーの靴底でも吸収しきれない振動に伴って、たぷっ、たぷんっ、と水面を揺らし続けていた。
 強弱を伴って寄せる尿意の波に、足の付け根がむず痒く痺れてゆく。しかし往来で前押さえなどできるはずもなく、明日香は小さく揺れ動く腰を隠すように、控えめな動作でそっとおなかを撫でるのが精いっぱいだ。
「……も、少し…っ」
 最後の横断歩道を渡る。家までは残すところ直線200m弱。わずかグラウンド一周の距離だ。
 ちょっと散歩のつもりで出かけた先、立ち寄った本屋で目にとめた小説をついつい立ち読みをしてしまい、気付けば1時間。
 店員さんの目が厳しくなっているのに気付いて、慌てて小説を手にレジに並んで会計を済ませようとしたところで、お財布を持っていないことに気付いたのが15分ほど前のことだ。
 その時、明日香は割と強めの尿意を――会計を済ませたらオシッコしていこう、と思うくらいには――感じていたのだが、流石にそのまま店員さんの視線を背中に浴びながら、小説をもとの売り場に戻してトイレを借りれるほど、明日香はずぶとい神経はしていない。
 赤くなった頬を擦りながら、気まずい雰囲気を誤魔化すようにして愛想笑いを浮かべ、明日香は一目散に書店を後にしていた。
 いまさらながらに自分のやらかしたドジを改めて思い返し、少女は背中の汗を感じ、軽く火照った気のする顔を小さく振る。
「ぅー……あれはたまたまで、別に買わないつもりだったわけじゃなくて、なんというか……運が悪かったというか……ああもう、あれじゃしばらくあの本屋さん行けないかな……」
 自分に言い訳しながらの呟きは、尿意を紛らわせるためのものでもあった。
 良く似た家の立ち並ぶ住宅地の中、ようやく我が家が見えてくる。明日香は残り50mの距離を、リレーの選手にでも選ばれそうなくらいの見事なスピードで走り抜け、玄関へと駆け寄った。
 ドアに手をかけると同時に声をあげ――
「ただいまー……って!?」
 重く、硬い手応えに思わずつんのめりそうになる。
「あ、あれ? 誰もいないの?」
 困惑と共に二度、三度。ドアノブを引いてみるものの、玄関は硬く施錠され、明日香の前に立ちはだかっていた。
 出かける時には母と妹が家にいたはずなのだ。数度インターホンを鳴らすも反応はなく、家が無人であることはますます疑いようがなくなってゆく。
「ママも京香も出掛けてるのかな……」
 この時間なら二人とも家にいるはずなのだが――そう思い、仕方なしにポケットを探り掛けて、明日香は気付く。
「あ……そうだ、鍵……」
 普段、明日香は家の鍵をお財布の中に入れている。その財布を、今日は持たないままに出かけてきてしまっていた。
 つまり。玄関を開けるための手段を、明日香は持っていない。
 それは取りも直さず、家のトイレに入れないことを意味していた。
「ぁ……ぅ……っ」
 『おうちまでの我慢』――そう思って帰ってきたのに、トイレに入れない。
 それを認識すると同時、ぞわぞわと下腹部で排泄欲求が活性化を始める。思わず小さく声を上げて身を揺すってしまい、明日香は小さく顔を赤くした。
「ね、ねえ、ホントに誰もいないの……?」
 ぽつりとつぶやき、二度、三度とインターホンを押し、ドアを強くノックする。
 しかし、やはり何も反応はない。誰かいるのならば物音くらいしていいはずなのだが、その気配すら感じられなかった。小刻みに玄関前で足を踏み鳴らし、明日香は戸惑うように視線をあたりに巡らせる。
 何度ポケットを探っても、鍵の入った財布は見つからない。締め出されてしまったことは明白だった。
「せっかく、戻ってきたのに――」
 少女の声に、わずかな焦りがにじむ。
 玄関を開け、靴を脱いだら真っ直ぐに飛び込む筈だった家のトイレ――オシッコのできる場所は、硬く施錠されたドアの向こうに隔離されてしまっていた。






■OP/2 開かない家の鍵
※玄関の鉢植えを調べるなどして発生。

「うー……参ったなあ……」
 脚の付け根の小さな出口を刺激するむず痒い尿意を覚えながら、明日香は玄関の前に立ち尽くす。
 まさかちょっと散歩するだけのつもりの外出で、締め出されるとは思っていなかったのだ。確かに、立ち読みでずいぶん時間を過ごしてしまったが……
 休日は大体、午前中に部活を終えた妹が部屋でごろごろしているか、昼のドラマかバラエティーを見ながら台所でお茶を飲んでいる母がいるかなので、すっかり鍵は空いているものだと思い込んでいたのだ。
 もっとも、いつまでに帰ると告げたわけでもなく、留守にしていたところで明日香がきちんと鍵を持って出ていれば済んだ話で、こればかりは二人を強く責めるわけにもいかないだろう。
 しかし、少女の下腹部の事情はそれを考慮してくれるはずもない。
「んっ……」
 こみ上げてくる尿意に脚を揃え、明日香は揃えた脚を擦り合わせるようにくねらせ、小さく息をこぼす。
 せっかくできる筈だったオシッコの、思いもよらぬ『おあずけ』に、明日香の排泄器官は強い不満を訴えていた。揺れる腰に合わせてたぷんっ、と音を立てる下腹部をかばうようにしながら、ひとまず強い尿意をやり過ごす。
「……えっと……確か、合鍵が……あった、よね……?」
 ずっと昔、母親から聞かされていたおぼろげな記憶を頼りに、明日香は玄関の脇へと回った。
 小さい頃――まだ、明日香や妹が家の鍵を持たせてもらえなかった頃に、もし家族が留守にしていても家に入れるようにと、合鍵が隠してあるのを教わった覚えがあったのだ。
 しかしなにしろ、聞いたのはまだ小学校に上がる前のことだ。遥か昔のあやふやな記憶は頼りなく、明日香は玄関のまわりを手当たりしだいに探しはじめる。
 植木鉢の下、玄関マットの裏、郵便受けの中と思いつくままに辺りを探し回り――しばし。
「ぅ……無い……?」
 覚え違いをしているのか、あるいは母親が置き場所を変えたのか。
 なんとなく、その後に別の場所を教えられたような覚えもあるのだが、どうせ普段はお財布持ってるし、どうでもいいや……とばかりにほとんど聞き流してしまったようで、記憶を探ろうにも曖昧極まりない。
「こっち……? でも、こんなとこにあるのかな……?」
 さらにその後、うろうろと玄関前を歩き回ってみたものの、求めるものは見つからず。
 結局10分ほどの時間を無駄にしただけで、捜索は徒労に終わった。
(……あ……やば……かなり、したくなってきちゃった……)
 時間の経過とともに、訴えを強める下腹部をそっと撫で、とんとんと庭の土の上にスニーカーの爪先を押し付けて、明日香は何度も周りを見回す。
 まだ肌寒い季節、日陰になっている庭を歩きまわって、身体はだいぶ冷えてしまっていた。
 ぶるる、と背筋を震わせ、同時に下腹部で波打つホットレモンティを、太腿の内側にきつく力をこめて押さえこみ、さらにその上から手のひらを押し当てる。
 通りからは見えない分、我慢の仕草も幾分大胆だ。
「やっぱ、ダメかな……」
 もぞもぞと呟きながら玄関に戻った明日香は、未練がましくもう一度だけ、植木鉢の下を覗く。
 そこで『さて、種も仕掛けもありません、ちちんぷいぷい……』と、さっきまで影も形も無かった鍵が現れる筈もなく、地面には相変わらず、ダンゴ虫が一匹這っているだけだった。
 まったくもって平和でのどかな日曜の午後。
 明日香は口の中に文句を飲み込みながら、ちらりと家を見上げるように視線をさまよわせる。
 固く閉ざされたドアは、無情にも少女の行く手を阻み続けていた。
(トイレ……)
 先程よりも幾分、切羽詰まった気配と共に。
 少女の切実な訴えは、声になることもなく、消えていった。






■OP/3 繋がらない電話
※OP/2以後、アイテムの携帯電はを使うと発生。

「……もー、はやく出てよ……」
 液晶画面の端で、オレンジに点滅を繰り返すバッテリーにやきもきしながら、明日香は愚痴をこぼした。
 ポケットに携帯だけは入れておいたのはせめてもの幸運だったと言えるだろう。しかし、締め出されたことに文句を言おうと母親に電話をかけているのだが、接続が悪いのかなかなかうまくいかない。
 繰り返されるコールと、すぐ留守番電話サービスに繋がろうとする通話の仕様に苛々しているうち、バッテリーの目盛りはみるみる心許なくなってゆく。
「あんまり電池ないんだから……はやく……!」
 次第に強まる足踏みは、苛立ちだけが原因ではない。いまのところ玄関前でうろつく少女を不審に思う者はいないようだが、このままじっとここで待っているわけにもいかないのだ。
 10回近い留守番電話サービスとの戦いの末、ようやく向こうにのんびりとした母親の声が聞こえてくる。
『あら、どうしたの、明日香』
「繋がった!! もしもしお母さんっ? ねえ、今どこ?」
『え、どこってデパートよ。新倉の』
 息急いて尋ねた明日香に、母が告げたのは郊外の大きなショッピングモールの名前だった。都市計画の再開発で先ごろオープンしたばかりで、テナントには大型量販店も多く名を連ねている。
 お洒落なカフェやレストランも多く、明日香も何度か友人たちと出掛けたことがあった。
 だが。今はそんなことよりも重要なことがあった。ショッピングモールは川を隔てた隣の市にあり、電車でも一駅の距離なのである。
 近所に買い物に行っているとばかり思っていた明日香は、母が思いのほか遠い場所にいることに驚きを隠せない。
「新倉って……なんでそんなとこにいるの!?」
『ええ? しょうがないじゃないの。買い物よ』
 母にしてみれば少し脚を伸ばしたくらいのつもりなのだろう――車でも急いで20分という距離は、明日香の現況に照らし合わせてみればゆゆしき問題であった。
「玄関、鍵かかっちゃってるんだけどっ」
『ええ? ヘンね、京香に留守番頼んでたんだけど……やあねえ、どこか行っちゃったのかしら、あの子まで。……え? あらやだぁ、そんなんじゃないわ、娘よぉ』
 突然会話が遠くなる。明日香は焦って、受話器に呼びかけた。
「お母さん? ねえ、お母さんってばっ!!」
『ああ、はいはい……ごめんなさいねえ、ちょっと……それで、なにか用事?』
「なにかって……だから家の鍵!! 入れないんだってばっ!!」
『なあに、明日香、あなた鍵持ってなかったの?』
「出てく時にすぐ帰るっていったじゃないっ。お母さんも家にいるって言ってたし……!! 勝手にでかけちゃったのそっちなのに……合鍵とかどこかにないの!?」
『やあねぇ……そんなのもう置いてないわよ。無用心じゃない』
 切実な明日香の訴えは、しかしあっさりと切り捨てられる。
 要するに。今すぐに玄関が開け放たれることはない、というのが確定しただけだった。
 まったくこちらの窮状を察してくれない母親に、明日香はとうとう声を荒げてしまった。
「だからーっ、そんな悠長なことじゃなくてさぁ……どうすればいいの?」
『どうすればって、しょうがないわねぇ、ちょっと表で時間潰しててよ。お母さんもすぐには帰れないもの』
「え、やだやだ待って!? お母さんっ、ねえ、そんな……」
『あらやだごめんなさいねえ。……うん。……じゃあね、お母さん夕飯までには戻るから』
「ちょっ……」
 何か抗弁を挟むよりも早く、通話が切れる。
 明日香はしばし呆然としてしまった。
「な、なによそれーーっ!!」
 さしもの忍耐ももう限界だった。怒りとともに再ダイヤルを試みるが、今度は通話が通じない。録音音声の『おかけになった電話は……』のフレーズに、明日香はしばし憤って足を踏み鳴らしたのち、がっくりと肩を落とす。
「うぅー……なによぉ……勝手すぎない?」
 恨めしげに玄関を見上げる明日香。
 電話の向こうの様子では、母は友達か同窓生とでも一緒に遊んでいるようだった。ああなると本当に夕ご飯までに帰ってくるかどうかも怪しい。母親を呼び戻して玄関を開けてもらう、というのはそもそも不可能に思われた。
「京香は……」
 妹の携帯を呼んでみるものの、こちらは最初からまるで応答なし。
「なによ……二人して勝手なんだからっ」
 明日香は苛立ちのまま、かつん、と玄関の塀を軽く蹴った。その衝撃はおなかの中に響いて、恥ずかしい液体の溜まった場所を揺する。たぷん、と揺れる下腹部の恥ずかしい液体の感覚に、否が応でも尿意を自覚させられ、少女は眉を下げる。
 徐々に高まる欲求は、少女の内側で少しずつ、膨らんでゆく。






■OP/4 庭に侵入
※OP/2以後、玄関から中庭に入ると発生。

「こっちのカギは、開いてたりしない……かなぁ……」
 こんなことをしている暇があるなら、早く他のトイレを探せと、下腹部が明日香を急き立てる。頭の冷静な部分ではその方が賢明だと理解品がらも、明日香は未練がましくいまだに家の前を歩きまわっていた。
 しかし、手近なトイレと言っても近くにコンビニやデパートは少なく、そこまで歩いていくのは気が進まない。
 まして、このドア一枚隔てた奥にはちゃんとしたトイレがあるのだから、尿意が強ければかえって、無駄と分かってはいても後ろ髪を引かれてしまうのは仕方がないだろう。
 そう自分に言い訳し、わずかな期待を込めて、明日香は玄関から庭の方へと回ってみることにした。
 どうにも話を聞いている限り、最後に家を出たのは妹の京香らしい。となれば、もしかしたら鍵をかけ忘れているかもしれないという一縷の望みだったのだが――
「……あぅ……」
 キッチン横の勝手口は、やはり重い手ごたえを返してきた。これで、家に入る方法はほぼ断たれたといっていい。
 こういうときだけは期待を裏切らない妹に、心の中で文句を付け加える。
(なによ、いつもは適当なくせに……こんな時だけしっかりしちゃって……ああもうっ)
 さして期待をしていたつもりもなかったのだが、改めて家の中に入れないということがわかると、下腹部を占める液体の重さがずん、と一回り大きくなったようにも感じられた。そわそわと太腿を擦り合わせながら、ズボンのおしりの側をそっと押さえ、明日香は小さく身をよじる。
 ジーンズのデニム地の奥で、少女の恥ずかしい液体がたぷっ、と音を立てる。
 明日香はそのままゆっくりと庭に回り、芝生と花壇に面した縁側のガラス戸も順に調べてみるが、残念なことにこちらにもしっかりと鍵がかかっていた。
 雨戸こそ閉まってはいないものの、レースのカーテンがしっかりと引かれ、家の中の様子はほとんど窺うことができない。
「……ねえ、ほんとに誰かいないの……?」
 こつこつ、とガラス戸を叩き、カーテンの隙間を覗き込む明日香。
 今家の中にいるとしたらせいぜい、水槽の中を泳いでいる熱帯魚ぐらいのものだが――もちろん彼らが水を這い出してきて窓を開けてくれることがないのは、さすがに明日香も理解している。
 だが、返事がないとわかってはいても、何かにすがりたいような心細い気持が膨らんでゆく。
 その原因は、下腹部で次第に強まってゆく尿意のせいだった。
 本音を言えば、もう我慢したくない。まっすぐにトイレに駆け込んでオシッコを済ませてしまいたい。その程度には、明日香の尿意は切迫していたのだ。
 もし、妹か誰かが家の中に残っていて、鍵を開けてくれれば――いや、この窓を破る方法があれば、すぐにでもトイレに駆け込むことができるのに。
 窓のカーテンの向こう。リビングの先にある廊下の突き当たり。鍵をかけた清潔な小さな個室の中で、白いトイレにまたがり、脚の付け根から思い切りオシッコをほとばしらせている自分の姿を、明日香はつい思い描いてしまい、たまらず腰を左右にくねらせてしまう。
 いっそ本気で、窓を割ってしまおうか。
 そんな乱暴な発想が、ちらりとでも頭をよぎるほど、明日香は余裕をなくしていたのだ。
「んぅ……っ」
 しかし、そんなものは夢想にすぎない。
 このままここに居ても、おしっこを済ませることは不可能だ。それははっきりとわかっていた。何度確かめてもドアも窓も硬く閉ざされ、鍵は一つも開いていない。
 家の鍵はお財布に納めたまま2階の部屋の机の上。いまや完全な密室なのだ。
(トイレ……、オシッコ、行きたいよぉ……っ)
 カーテンを重ねるガラス戸を恨めしげに見上げて、このままじっと見つめてたら穴があいたり、通り抜けたりできないかなどと夢のようなことを想像して。
 明日香は、どうしても諦めきれないまま、なおもしばらくそこに立ち尽くしていた。



 (初出:書き下ろし)
[ 2012/02/17 23:58 ] 永久我慢 | トラックバック(-) | コメント(-)

寮の中にトイレがない 

(トイレ、トイレ……っ)
 氷川朋絵は慣れない制服、慣れない寮の廊下を早足で急ぐ。
 転校生を出迎える、クラスメイト寮生総出での歓迎会は宴もたけなわ。アルコールこそなかったものの、差し入れのジュースやお菓子を食べすぎてしまったか、朋絵の下腹部、乙女の貯水タンクははやばやと満水の警告を訴えていた。
 歓迎会の主役が途中で席を立つのは少々抵抗があったが、まさかあのまま我慢し続けるわけにもいかない。朋絵は目下、寮のトイレを目指して一直線だ。
(早く戻らなきゃ……。でも、お嬢様学校だって聞いてたけど、みんな優しかったし……これならすぐに仲良くなれるかな)
 思わず、自然と口元に安堵の笑みが浮かぶ。
 厳しい寮生活で、幼稚舎から大学までの一貫教育を行っている学院での生活に、自他共に認める庶民派の自分が馴染めるかどうか。口に出しこそしてないかったが、朋絵にはそれが大きな懸案だったのだ。
 不安半分緊張半分で望んだ転校初日は、しかし朋絵の予想以上に穏やかなものだった。最初は緊張もしたもの、すぐにそれも採り越し苦労とわかり、今はすっかりクラスメイトとも打ち解けている。
 格式と伝統を重んじる校風は確かにその通りだったが、理不尽なほどに厳しいというわけでもなく、寮暮らしの先輩達も快く朋絵を歓迎してくれた。
(でも、ちょっと不便なのがねえ……)
 学院と同様、歴史のある寮には、各部屋にトイレ・洗面所が設けられてはおらず、それらは浴場込みで共同である。トイレの度に長い廊下を歩かねばならないのはそれなりに面倒なことでもあった。
「んっ……」
 節制を保つ校風らしく廊下にも暖房はないため、11月の寒風に背筋を震わせて、朋絵は込み上げてきた尿意にそっと腰を揺する。
(……急ご……)
 じん、と湧き上がるいけない感覚に、ぶる、と身体を揺すって。朋絵は縮みそうになる歩幅を早める。
 ほどなくして、廊下の突き当たりにあるトイレの入り口が見えてきた。
「わ……」
 3階建ての各階にひとつずつ、計3か所の寮生用のトイレの中には、すでに数名の先客がいた。他のクラスか、あるいは別学年の先輩たちだろう。寮での義務である体操服をしっかり着こなして、彼女達は4つある個室の前に、フォーク並びで一列に並んで、順番を待っている。
(うぇ……混んでるなあ……)
 思ってもみなかった光景に、朋絵は思わず眉を寄せてしまう。
 つい、まだ家に居る感覚でいたため、トイレに着いてからさらに待たねばならないという状況は想定していなかったのだ。
 トイレまで辿り着き、ドアをくぐればすぐに用が足せるつもりでいたせいか、身体の方はそのつもりで準備を始めている。
(ぅ……)
 予定を外されて、下腹部で尿意がむずがるように暴れる。
 しかし流石に人目のある中でそうそうはしたない格好ができるわけもなく、朋絵は膝を寄せながら、おとなしく列の後ろに並んだ。
(……がまん、がまん……)
 前に並んでいるのが4人と言うことは、個室が全部空いても朋絵の番は回ってこないということになる。一瞬、ほかのトイレに行くべきかと迷って、朋絵はすぐにそれを打ち消した。
 寮長からは各階のトイレを使用するようにと事前に説明を受けていたし、他のトイレもこんな風に混んでいるのかもしれない。慌てて駆け回るよりも、大人しく順番を待つ方がましだろうと判断したのだ。
 白いタイル張りのトイレの中は妙に寒々しく、朋絵の尿意はいっこうに和らぐ気配がない。少女は小さく踵を踏みならし、身体をわずかに揺すって、下腹部の切迫した事情を散らそうとする。
 そんなそわそわとした様子の朋絵に、生徒の一人がちらりと視線を向けて、わずかに眉を潜める。その態度に、すこしだけ朋絵の心はささくれ立つ。
(……なによ、我慢できないんだから……しょうがないじゃない)
 トイレの時くらいもう少し余裕があってもいいのに、などと考える朋絵をよそに、ゆっくりと列は進んでゆく。
 ほどなくして3人目の少女が空いた個室に入り、朋絵の前には1人を残すのみとなった。
(ん……あと、ちょっと……)
 心持ち前屈みとなってもじもじと腿を擦り合わせながら、朋絵は残る人数のカウントを続けていた。
 もうすぐ順番が回ってくる。ほんの数分と経っていないはずだが、思わぬ我慢の延長戦に焦らされた下腹部は、部屋を出た時よりも随分と激しく尿意を訴えていた。
 なにしろ、いい歳して我慢のしぐさを外に隠せないほどなのだ。開き直ったつもりでも朋絵だって年頃の乙女だ。恥ずかしくないわけがない。さっきから、すれ違う寮生たちの視線を感じ、朋絵も頬をわずかに赤くしていた。
(うー……恥ずかしいっ。今度はもっと早く来ないとだめだなぁ……)
 こんなにはっきりトイレの我慢をしてしまうのは、もう何年振りだろうか。寮生活の課題をひとつ心に積み上げ、朋絵が反省をしているうち、またひとつ、個室が空く。
 最後の一人となった朋絵の前の生徒が個室に入るのを見て、朋絵は大きく息を吐いて一歩、前に出た。いつの間にか行列は朋絵一人になり、ふさがった4つの個室を除けば、トイレの中には人影はない。
「うー……っ」
 人目がなくなったのをいいことに、もじもじと揺れる腰がさらに大胆になり、足踏みも激しさを増す。上履きがきゅきゅっとタイルを踏み、スカートの前を押さえる手がはしたない部分にまで届いてしまう。
 脚をすり合わせながら、朋絵は早く自分の番にならないかと、4つの個室のドアを見つめた。
 ……と。
(……あれ?)
 ふいにおぼえた妙な感覚に、朋絵は首をかしげた。何かの勘違いのような、間違い探しのような、形にできない違和感が頭の隅にひっかかっている。
 気のせい――というわけではない。それどころか、意識すればするほどますます引っかかりが強くなっていた。
 非常に重要な、重大な見落としをしているような、喉の奥に秘密を抱え込んだような。振り払えない不可解なイメージに、朋絵は眉をよじる。
「えっと……」
 思わず周りを見回すが、違和感の正体はつかめなかった。
 思考を巡らせようにも、次第に切羽詰まる尿意のせいではっきりと思考がまとまらない。訳のわからない不安感に急きたてられ、妙な焦りが朋絵の緊張を高めてゆく。
(な、なんだろ……?)
 実に落ち着かない気分で再度、朋絵がトイレの中を見回していた時。4つ並んだ個室の一番右から、用を済ませた少女が姿を見せる。
「あ」
 呆気なく訪れた解放の機会に、朋絵は思わず声を上げていた。洗面台へと向かう少女とすれ違いながら、朋絵はいそいそとドアに飛びついて個室へと駆け込み、後ろ手に鍵を閉める。
(……まあいいや、トイレ済ませてから……)
「え」
 しかし。そこで朋絵は身体を硬直させ、ぽかんと口を開けてその場に立ちつくしてしまっていた。
 その、トイレの中には。
 何も――なにも、なかったのだから。





 そこには。女子トイレの個室であれば、本来、当然、当たり前のように無ければならないはずの、用をたすための設備が、なにひとつ。そこには存在していなかった。
 ――便器も、水を流すためのレバーも、後始末のためのトイレットペーパーも、身づくろいのための汚物入れすらも。
 なにひとつ、個室の中には見当たらなかったのだ。
 ただ、平坦なタイル張りの床だけが、個室の四方を区切る壁と、内開きのドアだけを残して、ただ無情に広がっている。
(……え?)
 理解できない光景の中、朋絵は呆然と個室の中を見回し、数度瞬きを繰り返す。白昼夢でも(もう昼日中ではないけれど)見ているような気分だった。
 しかし、狸に化かされているわけでもなく、夢でも無く。目の前の空間は、ただそれだけの小さなタイル張りの床として、朋絵の前から消えてくれない。
「あ、あれ?」
 疑問を口にしながら、朋絵はもう一度、個室の中を見回した。
 やはり何も変わらない、ただのスペース。ただの灰色のタイルの目地の中には、隅に排水溝すら見当たらない。ただただ、まっさらな1平方メートル強の小さな部屋を眺め、最初に朋絵が考えたことは、
(……入るとこ、間違えた?)
 というものだった。
 朋絵は恐る恐るドアを開け、そっと個室の外に出る。
 無人のトイレの中には、いまだ誰の姿もなかった。自分の居た個室のドアを見るが、そこには何かの注意書きがあるでもない。そしてまた、朋絵の入った個室とは寸分たがわぬドアが三つ、隣に並んでいるばかりだ。
「え……っと」
 さらに、さまよわせた視線の先には、どう見ても間違えそうにない壁の反対側に、『清掃用具入れ』とパネルを付けたドアがあり、小さく開いたその奥にデッキブラシやホースなどを収納しているのが見て取れる。
「……なに、これ?」
 意味が分からず、朋絵はもう一度、自分の居た個室の中を覗く。
 しかしやはりそこにあるには、白いタイルの平坦な床。トイレのためにしゃがみ込むことも、座ることもできない、ただの床があるだけだった。
 いっそ間違いや勘違いであればよかっただろう。トイレトイレと焦って、つい個室と間違えて清掃用具入れに入ってしまったというのなら、恥を掻いたとは言えまあ、笑い話ですむ話だ。
 だが、ここはいったい『どこ』だと言うのか。――この何もないドアで区切られただけのスペースが、いったい何なのか、朋絵にはまったくわからない。
(えっと、……? え? なに? これ、トイレ? ……な、ワケないよね……? え、でも……え? あれ?)
 理解を超えた事態に、困惑する頭をぶるぶると振る。
 そもそも、このドアから他の生徒が出てきたのを、朋絵ははっきりとその目で見ているのだ。ココがトイレではないとしたら、何のために彼女が中に入っていたのか、意味が分からない。
 すっかり混乱している朋絵をよそに、朋絵の居た隣、右から2番目の個室のドアが開いた。
「……あ」
 そこから出てきた少女は、戸惑うばかりの朋絵にかるく会釈すると、流しへ向かい、手早く身づくろいを終えてトイレから出てゆく。
 朋絵は慌てて、いま少女が出てきたばかりの個室へと向かう。
(……、ま、まさか、ね……)
 嫌な予感と共に、一呼吸を挟んでから。朋絵はそっとドアを押しあけた。
「…………嘘……」
 するとそこには予想通り――と言うべきか。
 決して当たっては欲しくなかった予感通り、そこもまたトイレの面影すらない、平坦な床があるだけのスペースだったのだ。
(ど、どういうこと……なの、これ?)
 まったく意味が分からない。とうとう朋絵はトイレの入り口へと駆けもどり、そこの案内パネルを確認する。
 するとどうだろう。そこにははっきりと、『女子トイレ』と記されているのだ。
 どうみてもトイレであるはずの、部屋の、当たり前のようにトイレの構造をした部屋の中に、必然としてそうでなければならないはずのスペースに、けれど用を済ませるための設備が、ひとつもない。
 訳が解らなかった。
 キツネにつままれた気分で目を擦る朋絵を、せっつくように、忘れていた尿意が激しく押し寄せる。
「んぅ……っ」
 きゅうっ、と出口に迫る恥ずかしい熱水の気配に、朋絵はたまらず腰をよじり、スカートの前から手を押さえこんでしまう。
「ぁ……ふ…ぅ……っ」
 ぶるぶると内腿が震え、さらに増した尿意が少女の出口へとぶつかる。高まる水圧を押しとどめるため、股間をぎゅっと握りしめ、もじもじとつきだしたお尻を左右に振りながら、朋絵は高く足踏みを繰り返した。
(な、なんで? ここ、トイレでしょ…!? な、なんで何もないの……?!)
 まったく、理解が及ばない事態に、朋絵はぐるぐると渦巻く思考に困惑する。
 冷静に考えてみようとしても、波のように引いては返す激しい尿意のせいで、上手く思考がまとまらない。
 まさか、本当に妖怪とかに化かされたのではとか、そんな怪談みたいな馬鹿げた想像まで脳裏をよぎる。
「ぁ、あっ……」
 しかし、身体の方はそれを考慮してくれない。排泄孔のすぐそばまで押し寄せた熱い奔流が、じわ、とわずかに出口を押し開いて噴き出そうとする。
 それを必死になって押さえている朋絵の前で、さらに3つ目の個室がドアを開けた。
 今度もまた、同じように。中に入っていた少女は怪訝そうな顔で、もじもじと震えている朋絵を一瞥し、そのまますぐ傍を通り過ぎてゆく。
「あ……!!」
「…………?」
 思わず上げた声に、少女が足を止めるが。朋絵はそれ以上声を上げることはできなかった。我慢が精一杯でそれどころではなかったのと、そもそも何を聞いていいのか分からなかったのだ。

 ――ここ、本当にトイレなの?
 ――どうやってオシッコすればいいの!?

 あまりにも当たり前にここに出入りしている彼女達を見ていると、そんなことを聞いていいものかどうかも分からなくなってしまう。
 まさか、庶民の自分にはわからないような、お嬢様なりのトイレの使い方があったりとか、転校生の自分には見えないトイレがあったりするんだろうか――?
 すっかり不審な様子の朋絵をちらちらと見ながら、少女がトイレから出て行く。
 そして朋絵はまたもや、一人トイレの中に取り残されていた。勿論すぐに3つ目の個室の中を確認する朋絵だが、やはり、そこも前の二つとそっくり同じように、何もない床があるばかりだった。
 もう確実だ。
 ――まだもうひとり、空いていない個室の中も少女が居るはずだが、恐らくそこも同じなのではないかという想像は容易だった。
「こ、これ……えっと……っ、な、なんで……?」
 そうして。ようやく朋絵は、さっきから覚えていた違和感の正体に気付く。
 それは――トイレの中から一度も、水の流れる音がしなかったということだった。
 女の子のトイレと言えば、まず一般的なマナーとして音消しがつきものだが、それどころかこのトイレではさっきからあれだけの少女が出入りし、利用しているのにもかかわらず、用を済ませた後に水を流す音すら一度もしていなかったのだ。
(そ。それって……それって……!!)
 つまり。
 本当に、ここでは、誰も――中に入ってきた誰も、トイレをしていないということの証明だ。至ったその結論に、朋絵は慌てて首を振る。
「そっ、そんなことあるわけ――くうぅっ!?」
 激しい同様に、さらなる尿意が呼び起こされる。
 もはや余裕を失い、少女の下腹部は今すぐにでもと排泄の許可を訴えている。しかし、朋絵はどうすることもできなかった。
 目の前にはすでに3つの個室が空いているが、そのどれにもオシッコをするための設備がないのだ。それでオシッコができるわけがない。
 朋絵の身体は、今すぐにでもオシッコを噴き出させようとしている。だというのに、いくら床の上にしゃがみこんで、下着を下ろしてスカートをたくしあげたくても、このままでは床の上をびちゃびちゃにおしっこで汚してしまうだけだろう。
 そして少なくとも、これまでにトイレに入った少女達が、そんな事をしていた様子はないのだ。
(ど、どうしようっ……どう、なってるの、これ……っ!?)
 訳のわからない事態に、朋絵の混乱は拡大の一途をたどる。まるで裸の王様だ。この寮には朋絵には見えないトイレがあるとでもいうのだろうか。夢かと思って頬をつねってみる朋絵だが、そこに走る痛みはまごうことなき現実のものだった。
 そして下半身に押し寄せる女の子の切迫した事情は、そんな戸惑いすら許してくれない。
「あっ、あっああっ」
 トイレを求める下半身は、辛抱しきれずに、とうとうじわあっ、とわずかな先走りを滲みださせてしまう。
 押さえたスカートの奥、下着に広がる熱い感触に、朋絵は顔を赤くした。
(だ、だめええ……っ)
 いい歳してついにおチビりまではじめてしまった股間を思い切り握り締め、朋絵はもう一度、トイレの中を見つめる。最後の一つとなった『使用中』の個室。あれが空けば、朋絵の前にはフリーになった4つのトイレが出迎えてくれることになる。
 だが。仮にそうなったとしても、もはやあの奥にだけはきちんとしたトイレが――オシッコをするための設備が用意されているのだとは、とても思えなかった。
 一縷の望みをかけて、我慢を続ける朋絵の前で。
 がちゃり、と最後の個室が空く。
 もちろん今回も、水を流す音はなかった。





 3つも個室が空いているのに、突っ立ったままの朋絵はさぞ奇異に映っているのだろう。個室を出、洗面台に向かった少女は、首をかしげながら朋絵に声をかける。
「ねえ、空いたよ?」
「……あ、ぅ、……え、っと」
 答えられずにいる朋絵に、彼女は『ヘンな子』と呟いて、背中を向けた。そのままトイレの出口から廊下へと向かおうとする。
 立ち去ろうとした小さな背中に、朋絵はたまらず走り出していた。
「ま、っ、待ってっ!!」
「……なに?」
 朋絵に呼び止められた少女は、さっきよりもさらに不信感を露わにして視線を返してきた。その気配に尿意の他にもぶるりと背中を震わせながら、朋絵はこくりと唾を飲み込んでしまう。
「あ、あの……」
「なあに? 急いでるんだけど」
 もはや躊躇っている暇すらない。朋絵は覚悟を決めて、疑問を口にする。
「え、えっとっ、ここの、トイレのことなんだけど……」
「トイレ?」
 少女はさらに視線の温度を下げ、不審げに眉をひそめる。今お前が出てきたのはどこなんだ――と言わんばかりの表情だった。
「トイレがどうかしたの?」
「あ、あの……こ、ここのトイレって、みんな“こんな”なの……っ?!」
 もはや後戻りできず、質問を絞り出す朋絵に。
 少女は、――はあ? と不機嫌そうに眉を動かした。
「……何言ってんだか分かんないんだけど」
「だ、だからっ……、こ、ここ……」
「ああ。他にもあるけど。1階と3階にも」
「そ、そうじゃなくて……」
 まるで会話が噛み合わない。薄々予感はしていたことではあったが、実際にその事実を目の前に突きつけられて、朋絵の思考はますます混乱の度合いを深めてゆく。
「だからなによ? ……あのさ。はっきり言ってくれないと分かんないんだけど」
「っ……だ、だって、トイレって……ないじゃないっ」
「はあ?」
 本格的に、朋絵のことを馬鹿にしたような表情で。少女は口元を歪める。
 はっきりと侮蔑の感情――頭の可哀想な子だと見下すような視線で、少女は口早に先を続ける。関わり合いになりたくないと言わんばかりに。
「あのさ、良く分かんないけどそれ、私に聞かなきゃいけないこと? ……あなた2年でしょ。ルームメイトに聞けば? じゃあね」
「っ、あ、あの、待って――」
 追いかけようとした朋絵だが、もはや少女には取り合う気はないようだった。
 トイレがない――明らかに異常であるはずのその事実が、訴えても聞いてすら貰えない。
(お、おかしいわよっ、だ、だって……だってぇ……っ)
 オシッコができないのに。皆、ここに並んでいた子たちは、朋絵と同じように、トイレを使えていなかったはずなのに。
 取り残された朋絵は、もう一度だけトイレの入り口に視線を戻し……それから、よろよろと覚束ない足取りで、廊下を元来た道へと歩き始めた。





「あ、朋絵ちゃんお帰り」
「トイレ混んでたー?」
 長い廊下を歩ききり、ようやく歓迎会の開かれていた部屋まで戻った朋絵は、ふらふらと青い顔をしたまま輪の中へ迎え入れられる。クラスメイト達は皆にこやかで、トイレを済ませてこれなかったのだとは、誰も考えていなさそうな様子だった。
「ね、ねえっ……」
 テーブルに、机に、ベッドに。思い思いに座るクラスメイトの中。自分の位置に戻った朋絵は、隣の裕美にそっと耳打ちする。
「ん? どうかしたの? なんか飲む?」
「ぅ、ううんっ。ち、違くてっ」
 もう何も飲める気がしない。少しでも水分を採ったら、その分がすぐに下から出てきてしまいそうだ。ぱんぱんの膀胱をさすりながら、朋絵は慌てて首を振った。
「? なんか、顔青いけど……」
「あ、あのね……そ、その、こ、ここのトイレなんだけど……」
「? なに? だって朋絵ちゃん、行ってきたんじゃないの?」
「そ、そうなんだけど……っ」
 裕美はきょとんとしたように瞬きをする。お芝居や嘘の様子は無く、まったく朋絵の言っていることが不思議だというように。
「あ、見つけられなかったの? 普通に廊下の突き当たりにあるけど……」
「んぁっ……ち、違くてっ」
 不意に押し寄せてきた尿意の波。ぴくんと下腹部を伝播する感覚に思わずぎゅうっと身をよじりながら、朋絵は首を振り、早口にまくしたてた。
「そ、そうじゃなくてっ、こ、ここのトイレって、その、どうすれば……」
 あの。床板だけのトイレで、いったいどうすればいいのか。あやふやで伝わりにくいその質問はまさに、朋絵の混乱そのままを表していた。
「どうすればって……普通だよ?」
 裕美のその反応は、やはりトイレに居た少女と同じものだった。あれを、あの何もないトイレを、裕美も普通だという。今日一日、転校して来たばかりの朋絵の世話を焼いてくれた裕美ですら、そんな事を言う。
 まさか、違うものが見えているのは朋絵だけだというのだろうか? しかしそんな不条理あり得るはずがない。寮の全員が話を合わせて、朋絵をからかっているとでも考えた方がまだ筋は通るだろう。
 あるいは――イジメ、とか。
(んぁ……っ)
 辛い下腹部を懸命にさすり、正座の太腿をもじもじと擦り合わせながら、朋絵は小さく身悶えする。
 しかし、そもそも現実問題として、トイレのはずの場所、皆がオシッコのために並んで入って行った個室の中に、何もないことを、朋絵は確認してしまっているのだ。だからこそ、それらの想像は全て、あり得ない。
「こ、ここ、トイレ……その、ないよね?」
「……何言ってるの?」
 意を決して口にした朋絵に、しかしきょとんと裕美は瞬きをするばかり。
「え? ……なに、ギャグかなにか?」
「だ、だって……、個室の中、なんにも……なかった、のに」
「……えっと…………」
 裕美は困惑に言葉に詰まり、眉をハの字に寄せる。そんな裕美には、朋絵を騙している気配など微塵も感じられない。不自然さのかけらも見つけることはできず、もしこれが嘘なのだとしたら、裕美もさっきのトイレに居た子たちも、揃って天才的な演技力の持ち主であろう。
「お手洗い、出来なかったの? ひょっとして朋絵ちゃんって、……和式とか使えない?」
「っ……!!」
 和式? 朋絵は思わず叫びそうになる。
 そんなものありもしなかった。
 4つの個室を隅から隅まで確かめて、腰を下ろす便座など、跨ぐ便器などひとつもないことを確認している。あれが全部幻だったとでもいうのだろうか?
 それとも。寮の中のトイレは、朋絵の知らない特別な使い方でもあるというのだろうか? 世間ではそれが当たり前で、和式というのも全然別のトイレのことを指していて、朋絵がそれを知らないだけとでもいうのだろうか?
(な、なんなの、これ? わ、私がおかしいの? ち、違うよね?)
 朋絵の知る限り、女の子のトイレというのは、洋式と和式のどちらか――下着を下ろし、スカートを脱いで、しゃがみ込んで便器にまたがるか、便座に腰をおろして済ませるものだ。男の子の方には別の、立ったままするやりかたがあることも知ってはいるが、だからと言って、個室の中に何も、オシッコをするための装置がないことなんてありえないはずだった。
 けれど、この寮の中ではそれが普通であるらしい。最後の望みだったクラスメイトにまで答えられてしまい、もはや朋絵に縋りつく相手は残されていなかった。
(う、嘘、こんなの嘘だよっ……。だ、だって、だって……っ)
 みんなはオシッコしたくならないの?
 みんなはトイレに行かないの?
「ヘンな朋絵ちゃん……」
 結局、裕美は朋絵の質問を、何かの冗談だと解釈したらしい。そのまま皆のお喋りの輪の中に戻ってゆく。
(あ、あっ、あ……)
 尿意と共に溢れそうになる混乱が、ぐるぐると思考の中で渦を巻く。しばらく怪訝な顔をしていた裕美だが、ふたたびお喋りの輪の中に戻ってゆく。その時、さりげなく、わずかに朋絵との間に距離を取ったのを、朋絵は見逃さなかった。
(へ、へんな子だって、思われちゃったの……?! 今の、で? ……そんな、だって、おかしいのって、みんなの方じゃないの? ど、どうやってあんな所でオシッコするの……!?)
 あんなトイレ、朋絵の常識には絶対にありえない。精々思いつくのは、例えば検尿カップみたいなものを持ちこんで、それに済ませてからどこかで処理するとか。あるいは、オムツみたいなものを使うとか。それくらいが関の山だ。
 仮に、もしも、万が一。年頃の女の子が使うには余りにも抵抗のある、そんな無茶苦茶なシステムなのだとしても。その痕跡すら、あのトイレには見当たらなかったのだ。
(……なんなの、よ……っ)
 もし。このまま、この寮のトイレの使い方が分からないのだと、正直に白状したとして。
 皆が、『え? 普通だよ?』と、答えられてしまったら。
 そのあと、どうすればいいというのだろうか。一緒に個室に入って、どういうふうにオシッコをするのか教えて欲しいとでも言えばいいのか? 目の前で、オシッコして見せてとでも? 二年生にもなって?

 ――そんなこと、できるわけがない。

「あ、あっあっ」
 混乱と共に押し寄せる尿意の波は、ますます激しく、朋絵の防波堤を突き崩そうと高くうねりを上げる。
(ど、どうしようっ、トイレ、トイレ、トイレぇ……っ、オシッコ、オシッコ出ちゃう、オシッコ我慢できなくなっちゃう……っ!!)
 寮のトイレは使えない――それだけは間違いなく、確固たる事実だった。
 朋絵はもじもじを腰をクネらせながら、必死に考えを巡らせる。
 ……他のトイレなら使えるのだろうか? 1階や3階や、あるいは事務員さんとか、職員用のトイレなら? それとも、もう一度誰かにトイレの使い方を聞いてみる?
 でも、もしそこで、『何言ってんの?』みたいに返されたら?
「……そ、そうだ、が、学校っ……!!」
 追い詰められた朋絵は、咄嗟にそのことを思い出して腰を上げた。
 そう、今日、転校してきたばかりの校舎――これから通うことになった学校には、ちゃんと、普通のトイレがあったのだ。朋絵は昼間のうちにそこを何回も使っているし、間違いなく、寮のトイレとは違って、ごくごく普通の、当たり前のトイレだった。
 あそこなら普通にオシッコできる。――救いの糸が朋絵の目の前をよぎった。
「え? 学校?」
「う、うん……、そ、そのっ」
 今から学校に行くなんて、かなりの不自然さがある。懸命に腰を揺らしながら、なんとか言い訳を探す朋絵。
 しかし、皆はああ、と頷いて首を小さく横に振る。
「忘れものか何か? ……でもダメだよ? もう6時過ぎてる。門限厳しいんだから」
「そだね、明日取りに行くしかないかも。宿題なら見せてあげるからさ」
「えっ、えええっ!? そ、そんなっ……」
「そんなーって言われても、規則だから。しょうがないよ。言っとくけど破ったら罰もあるんだよ? ルームメイトも連帯責任とか取らされちゃうし。本人もみつかったら停学なんだから」
「厳しいけど、しょうがないよねー」
 切羽詰まった悲鳴を上げてしまう朋絵に、優しく諭すように。無慈悲なまでの現実が救いの道を断ち切ってゆく。まるで朋絵一人を包囲するように。
 この寮では8時を過ぎると玄関は施錠され、事務室を通らないと外に出ることはできない。チェックは厳重を極め、事前の許可がなければドアをくぐることすら許されず、厳しく理由を問いただされるという。
 つまり。朋絵は学校のトイレどころか、寮の外へ出て、近くの茂みでオシッコをすることすら禁止されてしまっているのだ。
(あ、あっあ……っ)
 最後の最後のはずの手段、女の子にとって禁忌中の禁忌である、野外排泄という禁断の手段すら封じられて。
 間近に迫ったタイムリミットの前に、朋絵はただ、困惑の中、腰をゆすり、懸命に脚の付け根を握り締めるばかりだった。
「あ、っあ、あっあ……っ」
 トイレがない。トイレと言われている場所では、朋絵はオシッコができない。
 ……それならば他の場所でオシッコをするしかないが、寮の建物からは一切出ることができない。
 そして、寮の中にはトイレがない。
 見事な三段論法で、もはや朋絵の逃げ道はどこにも残っていない。こっそりオシッコをすることすら許されないという、完璧な八方塞がりだ。
(ど、どうしようっ、どうしようっ……!!)
 トイレの個室の中は排水溝すらないタイル張りなため、勿論そこに済ませるというわけにもいかなかった。個室の外には排水溝の蓋があったが、まさかあんなトコロでしゃがみ込んでオシッコをできるとでも?
 あと、濡らしてもいい場所と言えば精々、洗面台かお風呂場くらいだが――
(でっ、できるわけ、ないよぉ………っ!! み、皆も一緒に入ってるのにっ……!!)
 しつけは厳しかった朋絵は、お風呂でのオシッコなど一度も経験がない。
 しかも、お風呂の利用方法だって厳しく時間が定められている。一人きりでならともかくも、これから学校だけではなく、三食の食事に寝ている間、生活までも共にするクラスメイト達が一緒にいて、身体を洗い、湯船につかるすぐその隣で――オシッコをする? 溜まりに溜まったおしっこを、全部、ありったけ、排水溝の上で?
(うぁ、あっああ、あ……) 
 寮という密室の中、もはや逃げ場を失った朋絵の、おなかのなか。
 際限なく詰め込まれてゆく黄色の熱湯が、出口のない膀胱の中をぱんぱんに膨らませてゆく。遺された最後の二択は、オモラシか、おねしょか――あるいは、朝まで我慢する。そのどれかなのだ。





 (初出:書き下ろし)


[ 2011/05/29 20:42 ] 永久我慢 | トラックバック(-) | コメント(-)

シュレーディンガーのトイレ 

 実験開始から4時間が過ぎ、いよいよ全員の我慢は限界に近づいていた。
 かなり広い――バスケットボールのコートほどもある部屋。板張りの上にパイプ椅子と、簡素なテーブルだけが並んだそこには、10人ほどの少女達の姿がある。
 軽食や飲み物なども備えられており、テーブルの上には雑誌など、時間を潰すための品物も散見される。
 しかし、少女達はほとんどそれらに手を付けることなく、大きな動きも無いまま、部屋のあちこちにじっとしていた。
「んぁっ………」
「はぁ……はっ、……っ」
「ふぅうぁぅ……っ!!」
 少女達のほとんどは、苦しげに息を切らせ、身をよじっては小さく声を上げている。
 椅子に腰かけ、壁に手をついて、うずくまって、しゃがみ込んで、小さく飛び跳ねながら――懸命に脚の付け根を押さえ、腰を揺すり続ける。
 さながら『オシッコ我慢』の見本市のような有様だった。
「っ……!!」
 何人かの少女は、憤りすら感じさせる鋭い視線で、じっと部屋の壁を睨んでいる。
 そこには大きな電飾板があり、点滅を繰り返しながら数字を表示していた。数字が示すのは、現在の時刻と、実験の残り時間。
 一秒に1回、点滅しながら刻々と減じてゆく残り時間は、しかしまだ8時間近くを示している。
 それはもはや一刻の猶予もない少女達にとっては永遠に等しいものだった。
「ぁ、……っ、あっ……」
 俯いた少女の一人が、スカートの上から腿の間に挟んだ手のひらを前後にねじる。切羽詰った喘ぎ声と共に、パイプ椅子が腰の揺れに伴ってギシギシと音をたてた。それにつられたように、少女たちの何人かが激しく身悶えを始める。
 少女たちを襲う尿意の波が、波打ちうねる姿が目に見えるかのようだった。
「くぅ……ぅぅう……っ」
 少女達はそれぞれの我慢のポーズで、顔を真っ赤にして、きつく唇を噛む。
 下腹部の中に膨らみきった尿意の圧迫に、小さな排泄孔がひくんひくんと小刻みに痙攣する。いまにも緩み、開きそうになる羞恥の出口を押さえこみ、少しでも楽な姿勢、楽な呼吸を探して、少女たちは思い思いの姿勢で我慢を続けている。
「ぉ……」
 かすれたような声は、誰の唇を震わせたものだったか。
「おトイレ……っ、!! ……おしっこでちゃう……っ!!」
 それが、この部屋にいる少女達全員の、なにものにも代えがたい切実なる訴えだった。少女達は必死に身体をクネらせ、我慢に我慢を重ねながらじっとじっと、電飾板を睨みつける。
 その視線の先には、もうひとつ、別のものがあった。
 ちょうど残り時間を刻む電飾板の真下。ごくありふれた白いプレートの付いた、ドアが一つ。
 ……そこには、赤い女性を模したピクトグラムで、『女子トイレ』を示すマークがあった。
「っ………」
「…ぁん……だ、ダメぇ……」
 もはや限界、一刻の猶予も無いほどの尿意に、執拗に下半身をなぶられながら。目の前にこれ以上ないほどはっきりと、『オシッコをするための場所』を突き付けられて、なお少女達は誰も動こうとはしない。
 熱く疼く下腹部を、懸命に握り締め、太腿をひっきりなしに擦り合わせ。
 ひり付くほどに、その奥にある大切な場所に焦がれながらも、少女達の誰もそのドアを開けようとはしなかった。



 ――少女達にこの不可解な行動を取らせているのは、今から4時間と少し前、実験の開始時に彼女達に伝えられたある条件によるものである。
 この実験の対象となった少女達は、不特定多数の母集団から無作為に抽出された24名。
 部屋に集められた彼女達は、12時間を閉鎖されたこの密室の中ですごさなければならないことがまず告げられた。
 次に、少女達が先ほど口にした飲料には、強い利尿作用をもつ成分が含まれていること。
 そして、少女達は厳正なくじ引きで12名ずつの二つのグループに分けられ、それぞれ別々の部屋に閉じ込められていること。
 ふたつの部屋は行き来も不可能で、片方の部屋からもう片方の片方の部屋の状況を知ることはできないよう対策が施されていた。連絡を取り合うことも、そもそも説明されたとおり、本当にもう一つの部屋があるのかも、少女達は知ることができない。
 このふたつの部屋は設備、構造、状態、あらゆるものが同一だが、たったひとつだけ違う部分がある。
 それが、この小さなドアの奥。そこにあるトイレの有無だった。
 片方の部屋のドアの奥にはトイレがあり、もう片方の部屋は、ドアの向こうはただの小部屋である。むろん、トイレでないほうの部屋はオシッコの場所――トイレとして使うことなどできず、一回開けたら最後、ドアを閉じて視線を遮ることすら許されない。
 その違いは、外からうかがい知ることはできず、ドアを開けてみるまで分からないのだ。
 仮にドアを開けてみたとして、そこがトイレならば、それは全く問題ない。次に誰が使うかの順番争いなどでもめることはあるだろうが、全員が心ゆくまでオシッコを済ませ(間に合えば、だが)、最高の解放感と共に、残る8時間を快適な時間として過ごすことができるだろう。
 しかし。そこがもし、トイレではなかったのなら。
 残る8時間という、途方もなく長いく苦行の時間を、少女達は救いのない完全な密室の中ですごさなければならない。
 実験時間の三分の一、わずか4時間を過ごしただけですでに少女達の膀胱はぱんぱんにい張り詰め、膨らんで、もはやほとんど猶予がない。この状態でさらに8時間の我慢など、貫き通せるわけがなかった。
 そして、――最後の条件がもうひとつ。
 どちらかの部屋のドアが開かれた時点で、両方の部屋にそのことが知らされ、もう一つ部屋のドアは使用不能となるということ。この場合、もともとのトイレの有無に関わらず、開けられなかった方のドアは開閉不能となり、中を確かめることも、使用することも不可能となる。
 これらの説明が終わると共に、少女達の我慢実験はスタートとなった。
 利尿剤の効き目は十分で、実験開始から30分もしないうちに、トイレを済ませていなかった数名が落ち着きをなくしはじめ、二時間も過ぎた頃には少女達の9割が尿意を覚えだしていた。
 そして4時間が過ぎた現在、少女達はもはや形振り構わず、人目をはばからずに我慢のしぐさをとらねばならないほどに追いつめられている。
 同性ばかりの密室環境とはいえ、顔見知りでもない集団の中で、子供のようにトイレを我慢する様子を見られるのは思春期の少女達にとってこの上もない恥辱だった。
 そして――さらに。こうして我慢できているうちは問題ないのだが、もし少女達が我慢しきれずに、オモラシ、あるいはトイレではない場所、部屋のどこかでしゃがみ込んで自主的な放尿に至った場合、その少女達の氏名、プロフィールと共にその様子が、プライバシーなど無視した超法規的措置で全世界に動画付きで公開されることになっているというのだ。
 例え服を汚さなくとも、トイレではない場所で、本来オシッコを許可されていない場所での排泄は、オモラシと何も変わらない。汚してはいけない場所を汚し、してはいけない場所でオシッコをしてしまったことにはなんの変りも無いということだ。
 それが本当かは確かめるすべはない。ただの出鱈目かもしれない。
 しかし、実験の主催者を名乗る人物から、スピーカーを通じて淡々と抑揚なく告げられる説明は、無視するには強すぎる印象を少女達に与えていた。
「はぁ、はぁっ、はーっ……」
「、ん、んっ……んっ!! ……ふぅ……」
 下腹部をさすり、前屈み。もじもじとお尻を振り、かかとを脚の付け根に押し付けるようにしてぐりぐりとねじり。断続的に寄せては返す尿意の波をやりすごす。
「……っ……よかった……おさまったよ……」
 ちょっとだけ楽になったと、表情を緩めたのもつかの間。瞬く間に次の波がやってくる。
 あ、あっと声を上げながら、また少女たちが脚を擦り合わせ、膝を何度も組み替えて、身体の前後から手を股間に押し当てる。
 着々と効果を発揮し続ける利尿剤。そして長い時間。健康な少女達の循環器と利尿作用の相乗効果でつくられた恥ずかしい液体は、すでにぱんぱんに膨らんだ膀胱の中に、音を立てんばかりに注ぎ込まれてゆく。1分におよそ10回の尿管蠕動と共に、少女達の下腹部の液体は増量されてゆくのだ。水門を閉じるための括約筋は酷使され、いまにも焼き切れんばかり。
 水圧に負けてぷくりと膨らみそうになる排泄孔を、気力だけで抑え込んで。ヒビの入ってゆくダムの底を、指でふさぎ続ける。
 だが。
 ここまで追い込まれ、それでもなお少女達は、そのドアに近づこうとしなかった。
 さっきから何度となく、気分を紛らわせるようにわずかな会話を挟み、俯いて苦悶の呻きを上げながらも、少女達は頑なにドアを開けようとはしない。
 石のように硬く強張った下腹部の内側、尿意は限界まで膨らみ、身体の中に溜まった水は、たぷたぷと揺れるごくたびに猛烈な大波になって出口のすぐ上まで押し寄せてくる。それを懸命に押しとどめて、少女達は耐え続けている。
 それはひとえに、ある理屈のためだ。
 理屈とも言えない、ただの屁理屈。無茶苦茶な暴論。それが少女たちを支えている。

 そう、これはいわば不確定の、シュレディンガーのトイレ。
 
 部屋の真ん中にあるあのドアを開けてしまえば、そこにトイレがあるかどうかを知ることができる。そのこと自体はあまりにも簡単で、ほんの数メートル近づいて、ノブを握ってみればいい。確かに我慢に切羽詰ってはいるけれど、もう一歩も動けないほどギリギリの少女は、辛うじてまだ出ていない。
 問題はその先なのだ。
 ……もしそこにトイレがあるのなら、それでいい。
 けれど、けれど、もし。
 そこがトイレでもなんでもなく、オシッコすら許されないただの部屋だったとしたら。
 少女達は縋っている希望すらもすべて失って、トイレのない部屋の中であと8時間にも及ぶ我慢を過ごさなければならないのだ。そんなことは絶対に、絶対に不可能だと、部屋の中の誰もがはっきりと悟っている。
 ほんのわずかな観察で、あのドアの向こうにあるものが希望か絶望かが、決まってしまうのだ。

 ドアを開けなければ、50%。
 ドアを開ければ、0%か100%。

 だと、するなら。
 すべてから救われる可能性と共に、2分の1で、希望が絶無のトイレのない世界が待つかもしれない未来よりも。
 確かめることも、実際に見ることも、使うことすらも許されなかったとしても。
 そこに50%の確率で、トイレがあるかもしれない――そんな不確定な現状の維持こそが、今の少女達の心の支えになりうるのだった。

 ドアを開ければその不確定のトイレも、すべて消し飛び、0か1かの、明確な結果だけが残されてしまう。ならばドアを開けて確かめるのは、本当の本当に限界になって、いざとなってからでも遅くはない。
 どうせ確かめてしまえば、それですべてが決まるのだ。……むしろ、それまでは少しでも長くその希望を繋ぐことこそが、少女達の心の支えになる。少しでも長く、我慢を続けられる。そういう理屈なのだ。
「ぁ……っ、はあぅ……っ」
「トイレ、……行きたいよぉ……っ」
 存在の有無も不確定な、未確定のトイレ。
 けれど、有るも無いも決まっていないそのトイレを、わずかな心の支えにして。少女達は懸命に時間が過ぎ去るのを待つ。
 半数ずつ二つの部屋に隔てられた、24人の彼女達にとって最もいい結果と言うのは、お互いにこのドアを開けることなく、最後の最後まで、我慢を貫き通した時なのだ。理不尽な理屈であっても、それに縋ることを少女達は選んでいた。

 ……片方の部屋で、少女達の誰かがドアを開けたとしよう。
 そこがトイレだった場合、その部屋の少女達はトイレに行くことができる。しかし、もう一つの部屋のにいる、残る半数の少女達はすべての希望を奪われ、残り時間を耐え抜くことは不可能に近い。つまり、残る半数、12人の少女達はオモラシを強いられる結果となる。
 そしてもし、先にドアをあけ中を確かめた少女達の部屋に、トイレがなければ。
 それならば、途方もなく低い確率だが、我慢をしとおすことができるかもしれないのだ。
 そのことが、皆分かっていないわけではない。
 だが――理屈で割り切れても、熱く打ち震える下半身は、そんなものを吹き飛ばさんばかりの猛烈な熱量を伴って、無力な少女達に原始的な生命の摂理を思い知らせようとしている。熱く渦巻くはしたない奔流の誘惑が、少女達を執拗に追いつめてゆく。

 そして――

「もうヤダぁ……っ!! 最後までなんて無理、絶対無理だよぉ……!!」
「っ、ダメ!! 開けちゃダメっ!!」
「離して!! こんなっことしてたって、みんな間に合わなくなっちゃうに決まってるよ!! そ、それでもいいのッ!?」
 癇癪を起した少女の一人が、辛抱できずにドアに突撃しようとするのを、とっさに周囲の少女が押しとどめる。しかし、限界を迎えた少女はなおも無理やり、ドアへと向かおうとしていた。
 大事なところを押さえておくのに一生懸命な手を離していなければならず、周りの少女達もたちまち足元の落ち着きを失ってゆく。
 揉み合っているうちにお腹を押されたり、せっかく波と波の合間の『安定期』となって落ち着いていた尿意が暴れ始めるのに耐えらえず、少女たちは次々股間押さえ込んでしゃがみ込んでしまう。
「だめ、だめだよ……そんなこと、しても……っ」
「でも!! もし私達がこんなことしてるうちに、向こうの子たちが先にドア開けちゃったら……!!」
 悲痛な叫びに、部屋の中が波を打ったように静まりかえってゆく。
 それはここにいる全員が、これ以上ないくらいにはっきりと理解していながらも、敢えてずっと目をそらし続けていることでもあった。
「みんなも、わかってるよよね!? このままだと……っ!! 向こうの子たちがドアを開けちゃったら、私達、絶対にここ、使えないんだよ!? ここに、……本当にトイレがあっても!!」
 少女達が心の支えにしている50%の、不確定の幻想トイレ。
 だが。それは同時にもう一つのことも意味している。この閉ざされたドアの向こうに、トイレがあるかどうかを確定させることができるのは、ふたつの部屋のうち、先にドアを開けた少女達だけなのだ。
 もしこの部屋に、本当にトイレがあったとしても。
 こうして馬鹿正直に我慢を続けている間に、もう一つの部屋でドアが開けられてしまえば。その瞬間にこの部屋のトイレは使用不能となってしまう。トイレの有無は確定し、この部屋の少女達は自動的にすべての希望を失ってしまうだろう。
「みんな、もう、限界でしょ!? ホントにいいの!? 我慢できるの!?」
「やめ、て……よっ、そんな事言ったって……!!」
 今こうしている間にも、向こうの部屋ではドアが開けられようとしているかもしれない。
 50%の不確定トイレを、100%の本物のオシッコできる場所に確定できる権利は、迷いを捨てて先にドアを開けることを決心した少女達にだけ与えられる。
「ねえ、っ、!! ……まだ、8時間もあるんだよ……!?」
 絞り出される声はかすれ、悲鳴のようになっていた。
 耐えがたい誘惑と、疑念と、困惑と。お互いの状況を知ることができない二つの密室に隔てられて、少女たちを包む熱の渦は過熱してゆく。


 残る時間は、点滅するデジタル数字と共に、
 7時間50分を切っていた……。



 (初出:ある趣味@JBBS 永久我慢の円舞曲206-222 2010/07/18)
[ 2010/10/29 20:31 ] 永久我慢 | トラックバック(-) | コメント(-)

永久我慢の狂想曲 CASE:浅川静菜11 


 いまは3時間目の授業だろうか。もう、ほとんど何も聞こえていない。
 膨らんだ尿意が静菜の体の全部を占領して、頭の中まで膨らみきってしまったかのようで、まともな思考能力は追い出されてしまっている。耳元でちゃぷちゃぷと揺れる水音の幻聴すら響く。
 懸命の努力のせいか休み時間よりはいくらか落ち着いていたが、もはや安定期とはいいがたい。もはや静菜の排泄は限界のカウントダウンの最中にあり、いつまた、あの大津波がやってくるのかはわからなかった。
(と、トイレ、オシッコ、オシッコしたい、オシッコ出したいっ……)
 あんなに緩めたベルトは、いまはきつく静菜のおなかに食い込んでいる。それはつまりお腹の内側に膨らみきった膀胱が、少女の身体におさまりきらずに外側にせり出してきていることを意味している。
 膨らみきった体内の水風船に胃が持ち上げられる気持ち悪さも感じられる一方で、張り詰めた尿意のむず痒さは股間のすぐ上にくすぶり続けている。『おトイレ』が意味をなくし、身体の中に尿意を『飲み込む』ことができなくなって、その証拠がどんどんと身体の外へあふれ出しているのだった。
(オシッコ……オシッコ、オシッコ、っ……したいよぉ、オシッコ出したい、オシッコしたいぃっ……)
 下腹部を中心に広がる重苦しい感覚は、腰裏まで響くほどに辛い。そっと触れてみると、比喩を抜きにしてまるでタイヤのような感触。鍛えられた腹筋に力を込めてもここまで硬くなることはないかもしれない。
 そっと撫でながら確かめてみれば、みぞおち近くまで尿意が膀胱に連動している。こんなになるまで我慢をしてしまう自分の身体に、あらためて自分の異常度合いを自覚してしまい、静菜は言いようのない苦悶に奥歯を噛む。
 いまも一見程度では分からないだろうが、じっと観察すれば我慢し続けのオシッコでみっともなくお腹を膨らませているのに気付かれてしまうだろう。そもそも、オシッコを我慢したくらいでここまではっきりと身体に異状が見えることそのものがあり得ないのだ。
(トイレ行きたいっ、と、トイレしたいっ……も、もうおなか、空っぽにしたいよぉ……っ)
 ぱんぱんの下腹部をさすりながら、静菜は思う。
 この時静菜が思い浮かべていたのは、昨夜の公園での出来事。何年ぶりかにチャレンジした公衆トイレの個室のことだった。覚悟を決めたものの結局、自分は家の外ではオシッコを済ませられないことを改めて自覚させられた、新しくも苦い記憶だが――それでもなお、静菜はそのトイレを求めざるを得ない。
 そう、ここでいう“トイレ”とは『おトイレ』ではなく、本当のトイレ。今は世界中のどこにもない、つまりは静菜がオシッコを済ませられる場所のことだった。
 ふだん静菜が学校で考えたり、行きたいなと思うトイレとは、まず間違いなく当たり前のように『おトイレ』のことを指す。場所としては同じものを指すわけだが、静菜にとって他の生徒が使う女子トイレは、我慢に疲れた括約筋をほぐし、おなかをマッサージして更なる我慢を可能にするための一時休憩の『おトイレ』でしかない。
 けれど。
(トイレ……トイレしたいっ……も、もう『おトイレ』じゃだめ……ホントに、限界っ……)
 この時静菜は確かに、学校のトイレを、家と同じ本当のトイレとして欲していた。
 家のトイレ以外でオシッコのできない静菜にとって、クラスメイトが言う他の“トイレ”はすべて、ニセモノと同じ意味。『おトイレ』のための場所にしかなりえない。
 静菜にとって学校で“オシッコをする”ということは、たとえば裸になってところ構わず走り回るような、そもそも“そうしたい”と考えることからしてありえないことなのだった。
(な、なんで、私、ちゃんとお外の“トイレ”使えないんだろ……っ。ほ、他の子はみんな、ちゃんとオシッコできるのに……わたしだけ……っ)
 静菜の『おトイレ』はもう限界を迎えて久しい。
 朝から時間さえあれば皆の視線を逃れて必死に『おトイレ』を繰り返してきた。
 前にも述べたとおり、そもそもがこのオシッコをより我慢できるようにする『おトイレ』自体も、静菜にとって普通の女の子がトイレで排尿をするのと同じ意味だ。すくなくとも静菜は、学校に通うようになってから今日まで、そういう意識でいる。
 だから、そもそも『おトイレ』は、ちゃんと女子トイレの個室に入ってするべきものだ。教室であそこを抑え、身をよじり、声を潜ませて『おトイレ』をするのは、静菜にしてみれば教室の中で放尿しているのと似たようなものである。
 だとすれば、今日、静菜はこの教室で何回、いや何十回オモラシをしたことになるだろう。
 十年近くも守ってきた決まりを破りつづけ、静菜の羞恥心は極限に達しつつある。前押さえなんて普通の女の子でも見られたらたまったものではないが、静菜にはそれで受けるショックの桁が違うのだ。
(うぅっ、ま、また!? また来ちゃうっ!! また、オシッコしたいのが来ちゃうっ……!! だ、……ダメぇ、がまんっ、がまんしなきゃ……っ!!)
 暴れ続ける膀胱を必死に撫でさすり、なだめはするものの、その効き目はほとんどない。不要な水分を身体の外にはじき出そうとする生理現象のまま、ひきつるほどに鋭い尿意が脚の内側に滑り降りてゆく。
 わずかな身じろぎで椅子の上で脚をすり寄せ、んんっ、と小さな吐息がをこぼす。『おトイレ』の始まるギリギリの、反則スレスレの我慢。
 だがそれも空しく、スカートの下できゅっとくっついた脚の付け根に、堪えようもないほどのむず痒い感覚が蓄積されてゆく。湿った砂のように感じる下腹部の中身が、驚くほどスムースに脚の内側に集まる。
(っ、み、みんないるのに、ここ、教室なのにっ……!! こ、こんなトコロで『おトイレ』なんか、ぜったいに、しちゃいけないのにっ……!!)
 それは、静菜にとって教室の真ん中で、スカートをたくし上げぱんつを足元までおろして深くしゃがみ込み、湯気の立つ暖かな液体を床上にじょぼじょぼと注ぎ撒き散らすのと同じこと。
 だから。せめて休憩時間のように、教室で『おトイレ』し続けるのだけは避けたかった。必死に自分に言い聞かせながら、静菜は表情を強張らせ、挫けそうになる心を励まし続ける。
 だが――
「っん……っ!!」
 それも限界があった。今にも熱い潮を吹き上げそうになった股間を、静菜の手のひらがぎゅうっと圧迫する。教師や周囲の目を気にする暇もない。スカートに手を突っ込んで直接下着を押さえ、オシッコの出口にフタをする。そうした直接的な方法でなければ、もう迸るオシッコを塞き止められなかった。
「んぅ、んっ、、んぅっ……ゅっ」
 またも小さなうめきが断続的に始まる。顔から吹き出した湯気が、かあっと少女の頬を曇らせ、俯いた静菜の目元に涙が滲む。
 さっきの休憩時間から、静菜の心の中で“何か”の箍が外れてしまっていた。攻勢をかけてきた尿意に耐え切れず、これまでどうにか保たれてきた均衡は崩れ去る。
「ゅ、んっ、んぅ、~~……っッ!!」
 今度は休み時間ですらない。クラスメイトが真剣に授業を受けている授業中だというのに、静菜の理性はまたも徐々に尿意に侵略されつつあった。静寂の中、響く静菜の声に、何人かの生徒が首を傾げる。
 オシッコの大攻勢に負けて始まった『おトイレ』は、両手で必死におなかを押さえ、背中を丸め息を殺して呻く静菜を、いつしか教室内から際立たせていた。





「――さん。――わさん」
「んく、ゅっ、んぅ……っ!!」
 あと少し。あとちょっと。『おトイレ』のクライマックスとばかり、ようやく弱まってきた猛烈な水圧をなんとか下腹部の奥に押し込もうと、静菜が股間に重ね当てた両手に懸命に力を入れて下着をねじりあげていた――まさにその時。
「浅川さんっ!! 聞いてるの!?」
 俯いて机に身体を押し付けていた静菜を、するどい声が叱りつける。
(え……)
 気付けば、周囲のクラスメイトの視線は輪を描くように、静菜に注がれて。腰に手を当てた教師が、教科書片手に呆れたように机のすぐ前で、静菜を見下ろしていた。
「もう……さっきから何をしているの、あなたは?」
「え、あ……」
 ようやく、静菜は自分が、授業中の教室の真ん中で、あろうことか一心不乱に『おトイレ』に夢中になっていたことに気付く。そして、その全て、一部始終を、クラスじゅうに見られてしまっていたことを。
「あ、あ……ッ」
(わ、私……な。なに、して……ッ!?)
 静菜とクラスメイトたちの『おトイレ』の意味の違いを抜きにしても、静菜がスカートの中に手を突っ込んで、押し殺した声を上げていたことには違いがない。
 みるみるうちに少女の顔が朱に染まり、呆気に取られていた少女の表情に猛烈な火が灯る。怪訝そうなクラスメイトの視線が、ますます静菜を孤立させ、繊細な思春期の少女の心をえぐってゆく。
「――あ、あのっ、ち、違うんです、その、っ」
 歯の根が合わないほどに顎が震え、ぞぉっとした冷たさが背筋を這い上がる。
「違うじゃないわ。……もう、授業中でしょう」
「え、あ、あの、だからっ」
 はあ、と教師は大きく息を吐いて、教科書で廊下を示す。
「そんなになるまで我慢してないで、ちゃんとお手洗いに行ってきなさい。もう……幼稚園じゃないんだから」
 教師の声に、周囲からちいさく笑い声が上がる。
 静菜は口を『え』の形にしたまま、ぽかんと教師を見上げた。
「早く行ってらっしゃい。今度からは、休憩時間中に済ましておきなさい。いいわね?」
 溜息とともに、念を押す教師――
 それで、この件はおしまい、ということらしかった。
「え……っと……」
 まったく、ぜんぜん、これっぽっちもわけも分からずにいるままに。
 静菜はそのまま、見えない腕につかまれたようにして教室の外に引きずり出されてしまう。もう立ち上がれないくらいの我慢の最中だったはずだが、それも良くわからない。教師が手を貸したのかもしれないし、クラスメイトが手伝ってくれたのかもしれないし、羞恥に逃げるようにして静菜自身が逃げ出したのかもしれなかった。
 いずれにせよ。
(……あ……)
 教室から放り出された静菜を、授業中の、静まりかえった無人の廊下が出迎えた。どこか薄ら寒いその通路で、静菜はまた――ぶるるっ、と身体を震わせる。

 ――早く済ませてきなさい。

 ふらふらと歩き出した静菜の脳裏に蘇る、教師の言葉。
 けれど。
 けれど、だけれど。
 たとえ、こうして教室から外に出ることができても。そのまま女子トイレに行ったとしても。
 そこは、静菜がオシッコを済ませられる場所ではないのだ。
 綺麗な、女の子が秘密の行為をするための、特別な個室を前にしても。静菜はなにもできない。いや、何をすればいいというのだろうか。
「嫌ぁ……っ」
 またもぶり返した尿意に、必死に脚をくねらせて、
 静菜の喉が悲痛な声を絞り出した。
[ 2009/06/13 23:27 ] 永久我慢 | トラックバック(-) | コメント(-)