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第10夜 ピーター・パン 

「よぉーしウェンディ、今日は何をして遊ぼうか。かくれんぼはこのまえやったし、鬼ごっこも飽きたなぁ。またフック船長でもからかってこようか?」
 満天輝く星空の下、今日もピーターはご機嫌でした。今日は一体どんな楽しい遊びをしてやろうかと、いたずら心をわくわくさせながら考えこんでいます。
 ここは子供の国ネバーランド。たとえどんなに夜更かししても、どんなにたくさん悪戯をしてみても、叱る大人はいないのです。いっぱい遊んで、食べたいものだけを食べていればいいのです。
 よく冷えた木苺のジュースをぐいっと飲み干して、ピーターは向かいのウェンディに訪ねます。
「ねえウェンディ、どうしようか? ウェンディ? ……うん? どうしたんだいウェンディ、さっきから全然飲んでないじゃないか。君の大好きな木苺ジュースだよ?」
「え、ええ……」
 うきうきと心を躍らせるピーターは、やけにおとなしいウェンディに首を傾げます。今夜のウェンディはなんだか妙にヘンなのでした。とっても美味しいジュースを前にしても、ほとんど口もつけないままです。
「じゃあ、アイスクリーム食べるかい? これも美味しいよ?」
「い、いらないわ……」
「遠慮なんからしくないよウェンディ。ほら」
「っ……」
 それどころか、ピーターとっておきのチョコレートアイスまで溶かしてしまう始末。
 しきりに様子を気にするピーターですが、ウェンディは俯いて、もごもごと小さくつぶやくばかり。心なしか顔も赤いようでした。何度もパジャマの裾を気にしては、椅子の上で座る位置を直し、小さく溜息を繰り返しています。
「ウェンディ、一体どうしたのさ? ヘンだよ?」
「…………、っ」
「ウェンディが食べないなら、ボクが貰っちゃうよ。あーんっ」
 ぱくぱくとアイスクリームにかぶりつくピーターを前にしても、ウェンディはじっと黙っていました。くちびるを噛んでぐっと膝をくっつけたかと思えば、今度は一転、スリッパの爪先をテーブルの下でせわしなくばたつかせます。左右の手はお行儀悪く、ぎゅうっとパジャマの上から脚の付け根に押し付けられていました。
(だ、だめ……おトイレ……っ、でちゃうぅ……っ)
 それもそのはず。ウェンディは、いまにもオシッコを漏らしてしまいそうだったのです。
(っ……やっぱり、出発する前にちゃんとおトイレに行っておけばよかったよぉ……)
 ウェンディはゆうべ、ご飯の時に何杯もジュースを飲んでいて、お母さんに『そんなにいっぱい飲むとオネショしちゃうわよ』と叱られていたのでした。でも、ちっちゃな弟ならともかく、おねえさんの自分がオネショなんかするわけないと思ったウェンディは、トイレに行かないまま寝てしまったのです。
 もし、ピーターとティンカーベルがやって来ず、あのまま朝まで眠っていたら、ウェンディは間違いなく何年かぶりにシーツにとくべつ大きな世界地図を作ってしまっていたでしょう。
 お母さんに叱られたのでむしゃくしゃしていたウェンディははそのまま窓から空を飛んでネバーランドにやってきましたが――気付けば猛烈にオシッコがしたくなっていたのでした。
「病気かい? でも変だな。ネバーランドで風邪なんかひくわけないし。ねえウェンディ?」
「そ、そうね……」
「まあいいや。そろそろ行こうよ。とりあえず今日は向こうの山まで探検だ!!」
 けれど、ピーターはそんなウェンディのことなんかまったく気にしてくれません。ピーターときたら自分のことしか喋らず、今日の遊びの算段ばかりしているのです。
(もぉ、ピーターってばデリカシーないんだからっ……気付いてくれたっていいじゃないっ)
 ウェンディも年頃の女の子です、できればはっきりトイレに行きたいなんていいたくはありません。でも、我慢しようとしても、もうそう長く持ちそうにありません。もともとベッドの中でも朝まで我慢できそうになかったのですから、このままピクニックに出かけようものなら、間違いなく途中でオモラシをしてしまいます。
(っ……)
「よし、いこうウェンディ!!」
「ピーター、お願い、ちょっと待って!!」
 おやつを食べ終えて飛び上がろうとしたピーターを、とうとう声に出してウェンディは呼び止めました。
「どうかしたのかいウェンディ? ピクニックは嫌?」
「そうじゃないわ、その、えっと……その前に、ね、ちょっと――」
 上手く言うことができず、ウェンディはかぁっと顔を赤くして俯いてしまいます。
 両手はパジャマの前に重ねて当てられたまま、もじもじそわそわと脚をくねらせるのをやめることもできませんでした。
「もう、いったいなんなんだい、ウェンディ。さっきからさ、おっかしいよ、キミってば」
 顔をハテナマークでいっぱいにして、ピーターは首を捻るばかりです。ネバーランドの永遠の子供であるピーターは、そもそも誰かのことを考えたり案じたりというのがとても苦手なのでした。だから、そんな自分の振る舞いがますますウェンディを恥ずかしがらせていることにも気付けません。
「ね、ねえピーター、その……」
 ピーターにじっと見つめられ、ますますウェンディは言葉に詰まってしまいます。ぎゅうっとパジャマの股間を握り締めて、途切れ途切れに言いました。
「あの……お、お手洗いは……どこ?」
「お手洗い? なんだいそれ」
「と、トイレ……おトイレよ!! わ、わたし、おトイレに行きたいのっ」
 きょとんと目を丸くするピーターに、ウェンディはとうとう怒鳴ってしまいました。お手洗いなんて、男の子のピーターには、そんな洒落た言い方は通じないのです。
(も、もぉっ!! ピーターのバカっ……!!)
 こんな風にもじもじと腰を震わせてトイレの場所を聞けば、自分がオシッコを我慢していることなんか一発でバレてしまうでしょう。ハズカシさにウェンディは耳まで赤くなりながら、ピーターの答えを待ちます。
 けれど、あろうことか、ピーターははんっ、と呆れたように鼻を鳴らして笑います。馬鹿なことを言っているのは、ウェンディだと言わんばかりでした。
「何言ってるんだいウェンディ? ここは夢の国ネバーランドだよ? ボクたち子供の、子供たちのための国。怖いことや嫌なことなんてなんにもない場所なんだ。だからトイレなんかもないに決まってるじゃないか! あんな暗くて狭い場所、罰で閉じ込められる牢屋みたいなものだよ!!」
 ネバーランドで暮らすようになる前の、まだ普通の子供だった頃のピーターにとっては、トイレなんてものは大切でもなんでもない場所でした。
 悪いことをしたとき、ピーターはいつも家から離れたトイレに閉じ込められました。薄暗くて狭くて、寒くて、なんにもない場所。牢獄と同じように、外からかんぬきをかけられ、許してもらうまで外に出ることを許されない場所だったのです。
 だからピーターはネバーランドにやってきた時、トイレを無くしてしまったのでした。幸いなことにピーターパンは男の子でしたし、女の子の友達もいなかったので、トイレのことなんてさして気にしていなかったのです。
 けれど、ウェンディには一大事でした。女の子にとって、トイレがないなんて死活問題です。
「牢屋って――そんな、困るじゃないっ!!」
「困らないさ!! あんなの、なくたって全然困らないね!!」
「困るわよ、バカっ!!」
(――おトイレがないなんて、じゃ、じゃあ、わたしはどこでオシッコすればいいのよ!?)
 ウェンディのおトイレの我慢の限界は着々と迫っています。おなかの中のオシッコの入れ物は、さっきから悲痛に叫びをあげていました。
 ちょっとでも気を抜けば、下着にじゅわあっと熱いシズクが染み出してしまいそうです。ぷるぷると必死になって我慢を続け、出口を締め付ける『女の子』も、いつ集中が途切れてしまうかわかりません。
 脚を交差させ、膝を重ねる切羽詰った姿勢で、ウェンディはピーターを問い詰めます。
「じゃあ、ピーターは、……その、……オシッコ、したくなったとき、どうするの?」
「オシッコ? べつにどうもしないよ、その辺で適当に済ませればいいじゃないか」
 なんでもないというように答えるピーター。それはそうです。男の子のピーターには、オシッコするのなんて簡単なことです。その気になればどこでだってオシッコができるのですから。
 けれど、ウェンディはそうはいきません。なにしろ彼女は、女の子なのです。女の子がオシッコをするためにはさまざまな準備が必要でした。なによりも、ピーターのように、女の子はオシッコをするところを見られて平気なわけがないのです。
「ははあん、ウェンディ、さては一人じゃ寂しいんだね? ちょうどいいや、ボクもしたかったんだ。一緒に済ませちゃおうか」
「っ……ば、バカっ!! 何言ってんのよぉっ!!」
「ぶっ!? ウェンディ、い、痛いってば!? なにするのさ!!」
「バカっ、ヘンタイ!! ピーターのバカっ!!!」
 とんでもない提案に、ウェンディは反射的にジュースのグラスを掴んでピーターに投げつけました。まさか、ピーターと並んでいっしょにオシッコができるはずもありません。
「バカ…、そんな、勝手にっ、だ、大体ね……ん、…んんぅ…っ!!」
 けれどそうやって興奮したせいか、ますますウェンディはオシッコに行きたくなってしまいます。
「くぅっ……はぁ、はぁっ……」
 ぎゅっと身体をよじりながら、ウェンディは一生懸命ガマンをしました。オモラシをしてしまわないように、ありったけの力でオシッコの出口を押さえつけます。
 ウェンディの攻撃がやんだのを見て、ピーターはようやく閉じていた目を開け、呆れたように肩をすくめました。
「なにするんだよ、まったく――もういいや、ウェンディ、キミのことなんかしらないからね。今日はボクひとりで遊びにいくから!!」
 ティンカーベルの魔法の粉を浴びて、ピーターはふわりと空に飛び上がりました。
 そのまま空中で逆立ちして、ウェンディにあかんべーをします。
「混ぜてくれって言っても、一緒に遊んでなんかやらないからねっ!!」
 そう言い残して、ピーターはひゅうんと夜空に飛んでいきました。ウェンディが『待って!』という間もありませんでした。
 ひとり取り残されたウェンディは、途方にくれてしまいます。
「……っ、ど、どうしようっ……」
 ぐるりと周りを見回してみますが、テーブルと椅子のほかには何も見当たりません。木苺のジュースとアイスクリームも、もうすっかり空っぽです。
「ああもうっ……と、とにかく――おトイレ、はやく……っ」
 ピーターには腹は立ちましたが、ここでじっとしていてもはじまりません。一刻も早くトイレにいかなければなりませんでした。パジャマのお尻をふりふりともじつかせながら、ウェンディは席を立ってトイレを探すことにしました。
 けれど、ピーターの言葉どおり、どこにもトイレらしき場所は見付かりません。
「もうっ……おトイレがないなんて、そんなむちゃくちゃなことあっていいの!? ……ぁうぅっ……」
 ネバーランドの支配者であるピーターが“ない”というのですから、本当にトイレはないのでしょう。ですが、それではウェンディはいつまで経ってもオシッコができないことになります。
 弟たちならともかくも、まさか、おねえさんであるウェンディが、トイレ以外の場所で――たとえばその辺の物陰や、草むらの茂みでオシッコできるはずもありません。
 考えただけで、頭が煙を吹きそうです。
(んっ……ピーターは男の子だからわかってないんだわ……女の子にとって、おトイレがどれだけ大切な場所なのか……!!)
 ピーターが子供であることにこんなにも苛立ちを覚えたのは、ウェンディにはこれが初めてでした。たしかにワガママでいうことを聞かない男の子ですが、それがこんなにも腹が立つなんて。
 せめて大人の人なら、トイレをなくすなんてバカなことを考えることはないのでしょうが……
「……っ、そ、そうよ、そうだわ!!」
 思わずしゃがみ込みそうになりながら、やってきた激しいオシッコの突撃をなんとか凌いだウェンディは、はっと思いついて顔を上げます。
 そうです。このネバーランドにも、大人の人がいるではありませんか。
 ピーターパンの宿命の敵、海賊フック船長。
 確か前に、ウェンディがフック船長にさらわれた時のことでした。ウェンディを人質にして海賊船で酒盛りをしていた海賊の子分が、お酒を飲みすぎて、我慢できずにトイレに駆け込んでいったのを思い出したのです。
(フック船長に頼るなんて、普段なら考えられないことだけど……オモラシするよりはマシよ!!)
 ウェンディは走り出しました。ティンカーベルがいればひとっ飛びなのでしょうが、あいにく今日はウェンディはひとりでした。
 いつもフック船長とその海賊団が根城にしている西の入り江に、あの海賊船も停泊しているはずです。
「はぅんっ……くぅうっ……」
(がまんよ……ガマンするの。船までの辛抱なんだからっ……!!)
 もじもじと突き出したお尻を揺すり、よちよちとアヒルのように内股になりながら、ウェンディはくじけそうになる心を振るいたたせて、できる限りの全速力で急ぎます。
 このネバーランドで、たったひとつだけのトイレを目指して。





「なぁにぃ? 誰かと思えば小娘、ピーターの仲間じゃねえか」
「う……ウェンディよ」
 ただでさえ恐ろしい髭もじゃ片目の船長にギロリと睨みつけられて、ウェンディはすっかり震え上がってしまいました。眼帯からはみ出した大きな傷跡がうねり、鉤爪の片腕がぎらぎらと輝いてウェンディの顔の前に押し付けられます。
 ここまで走ってくるのだけでふらふらになってしまった脚がすくみ、揺れる船の上ではうまく立っていられなくなって、ただでさえ限界の『女の子』がひっきりなしに悲鳴を上げます。もはや海賊たちの前だというのに隠すこともできず、ぎゅうううーーーっ、とパジャマの上から脚の付け根を握り締め、ウェンディは泣き出しそういなってしまいます。そしてウェンディの『女の子』もいつ泣き出してもおかしくありませんでした。
「ふん、名前なんざどうでもいい。それより小娘、ピーターの小僧はどこだぁ?」
「い、いないわ。わたし一人よ」
「……ほう、ひとりで乗り込んでくるたぁいい度胸じゃねえか。いったい俺様に何のようだ?」
「え、えっと……それは、その、……だから……っ」
 女の子が大人たちの前でトイレを貸して欲しいなんていうことを口に出すだけでも恥ずかしいのに、海賊船にいるのはどいつもこいつも恐ろしい風貌の荒くれ者の海賊たちばかりなのです。子分の海賊たちからじろじろと見られて、ウェンディはますます行き場をなくしてしまいます。
 たとえ正直に言ったとしても、素直にトイレを貸してくれるとは思えませんでした。けれど、もう他に方法がないのです。
「――……れ……て」
「なんだ?! 声がちっちぇぞ!! 聞こえねえ!!」
「……ぃれ、…して……って言ってるのっ。……お、……っこ……、なのっ……!!」
「はあ? 全っ然聞こえねえぞ。小娘!! このフック船長様を呼びつけておいて、まともにしゃべれねえのか?!」
 フック船長に大きな声で怒鳴られ、ウェンディももうやけくそでした。顔を真っ赤にして、叫びます。
「っ、うるさいわねオシッコよ!! オシッコ漏れそうなの!! トイレ貸してよって言ってるのよっ!!」
「と、トイレ? トイレって、あのトイレか?」
 衝撃の告白に、海賊の子分たちがどよめきながら顔を見合わせます。
 それはそうでしょう、そんなことのためにウェンディが単身海賊船に乗り込んでくるなど思ってもいなかったのですから。なんだかんだ言っても、彼ら海賊たちも夢の国ネバーランドの住人です。彼らは生まれた時からずっと大人で、わがままで無鉄砲なピーターパンを困らせるために、理不尽な大人として悪さを続けているのです。大悪党の海賊フック船長以下、海賊の子分たちが律儀にきちんとトイレを使っているのも、子供達のオネショやオモラシをからかい、叱るためなのでした。
 彼らにとって子供というのは、トイレのしつけがなっていなくて当然なのです。
 だから、彼らはいまウェンディが顔を真っ赤にして、トイレでオシッコをしたがっている理由も、その訳も、気持ちも、よくわかっていないのでした。
「ふん、くだらねえ。ピーターと一緒にそこらですりゃあいいじゃねえか」
「で、できるわけないでしょ!? わたし、女の子なんだから!!」
 あろうことか、仮にも大人のはずの海賊たちにピーターと同じことを言われて、ウェンディは驚きました。常日頃、女の子なんだからおしとやかにしなさい、と言われ続けているウェンディには、大人から男の子と同じようにしなさいなんて言われたことはありません。
 けれど、海賊たちネバーランドの大人にとっては、ピーターもウェンディもおなじ子供なのです。だから女の子のウェンディにも男の子のピーターと同じようにすればいいとしか言えないのでした。
「ね、ねえお願いっ、はやくオシッコさせてぇっ!! ん、ぅ、…も、もう漏れちゃうのっ!! おねがい……くぅっ…お、おトイレ、はやくぅ……!!」
 足踏みをしながら必死に訴えるウェンディに、フック船長はふん、と鼻を鳴らします。
「ふん……まあいい。ただし、ここは俺様の船だ。当然、トイレだって俺様のものだ。俺様のものを使うんだから、使用料を払ってもうらうぞ。一回金貨百枚だ」
「な、なによそれ!? そ、そんなにお金なんか持ってないわ、わたし……!! ぁうっ……ね、ねえ、意地悪しないでよっ!! ……ほんのちょっとオシッコするだけじゃないっ!!」
「なあに、払えないんならいいんだぜ?」
 困惑するウェンディを見て、フック船長をはじめ、海賊たちがニヤニヤと笑いました。
 大人というのは、子供にはよくわからない理由で子供を困らせ、怒り、どなりつけ、理不尽な理由をくっつけて叱るものです。ネバーランドの大人であるフック船長が、素直にウェンディの言うことを聞くはずもありませんでした。
「なあに、使っちまったら汚れるからな、掃除代みたいなもんだ」
「そ、そんな……ぁ、あっ……わ、わたしそんなに汚くしたりなんか、し、しないわよっ!! っ、ちゃんと、じょ、上手におトイレ……使えるんだからっ!!」
「いーや、ガキの言うことなんか信用できねえな。ガキはトイレのしつけがなってねえ。ションベンの始末もできねえもんなんだ」
「や、やめてよっ……あたし、ちゃんとオシッコできるもんっ!! ねえ、いいでしょ、お願いっ!! すこしだけ、ちょっとだけでもいいから、お、オシッコさせてよぉっ……」
「はぁん、だめだな。なあ手前ぇら?」
「おう、船長のいうとおりだぜ!!」
「ダメだダメだ!!」
「使わせらんねえな!!」
「そんな……お、おねがいっ、おねがいします……オシッコさせて…ぇ……!! もう、もう本当に出ちゃうのっ、オシッコでちゃうのっ!! ちょっとだけ、トイレ、おトイレ貸してくださいっ。おねがい、は、半分だけでもいいからっ、お、おしっこ、オシッコ……オシッコぉ…っ!!」
「半分? じゃあ金貨50枚にまけてやらぁ」
 がはははは、と海賊たちが一斉に笑いました。とうとう動けなくなってしまったウェンディが、ぺたんとその場にしゃがみ込んでしまいます。 
 その時でした。
「フック船長!! ウェンディをいじめるな!!」
 勇ましい声と共に、颯爽と風を切ってピーター・パンが現れたのです。ピーターは華麗に空中でくるくると回ると、海賊船のマストに飛び乗ります。その手にはすでに剣が握られていました。
「ぬう、現れやがったなピーター・パンの小僧め!! 手前ぇら、なにをぼーっとしてやがる、やっちまえ!!」
 フック船長が叫びました。海賊たちが口々に戦いの声を上げ、一斉にマストに群がります。
 けれど、身軽なピーターはマストを登ってくる海賊たちをふんづけ、けとばし、ひらりひらりと身をかわして、たちまちのうちにフック船長のいる甲板までやってきます。
「ウェンディ、もう大丈夫だよ!! すぐに助けてあげるからね!!」
「あ……や、あの、ち、違うの、ピーター……だめ……」
 いつもなら、ピーターに駆け寄るところです。けれど今のウェンディは、それすらもできません。いいえむしろ、今ピーターに来られてはとても困るのです。
 けれど、ピーターはもちろん聞いていません。
「フック船長め、油断もすきもない!! ウェンディに酷いことをしたな!!」
「ふん、なんだか知らねえがちょうどいい、今日こそ決着をつけてやるぞピーター・パン!! ふんじばって海に投げ込んでやる!!」
 ぎらりと鉤爪を掲げ、剣を抜くフック船長。ピーターも剣を構えて、やぁっとばかりに斬りかかります。
 きん、きぃん、かきぃんっ!!
 ――この二人が戦うのは、もう一体何百回目になるのでしょう。けれど、いかな大海賊フック船長といえども、ネバーランドの永遠の少年、ピーター・パンにかなうはずがないのです。ひょいとフック船長の剣を受け止めたピーターは、そのままひょいと空に飛び上がり、船長の背中を思い切り蹴飛ばしました。
 どうと音を立てて、船長は甲板に突っ伏し、のびてしまいます。
「せ、船長がやられた!!」
「逃げろっ!!」
 旗色が悪いと見るや、海賊の子分たちはいちもくさんに船を逃げ出してゆきます。情けない大人たちの背中をふふんと胸を張って見送り、ピーターはウェンディに駆け寄りました。
「大丈夫だったかいウェンディ、怪我はない?」
「あ……あの、まってピーター、あ、あのね、あのっ」
「戻ってみたらいなくなってたから心配したんだよ。もう平気だ、フック船長はやっつけた。帰ろうウェンディ、ネバーランドに」
「あ、やだ、ま、待ってっ、待ってぇっ」
 ウェンディはピーターの手を振り払おうとしましたが、うまくいきません。好き勝手にオシッコの準備を始めようとする下半身を押さえ込むので精一杯です。きつく締め付けていたはずのオシッコの出口が自然に緩み出し、パンツの中にぷしゅっぷしゅっとオシッコを吹き出します。
 じわじわと脚の間に広がる熱い感触に、ウェンディは背中を震わせました。
「さあ、捕まって、ウェンディ」
 ティンカーベルの魔法の粉で、空を飛べるようになっているピーターに手を掴まれ、ウェンディの身体が甲板の上からふわりと浮かび上がります。同時にぞわぁっとイケナイ感覚がウェンディの背中を這い登りました。
(や、やだっ……っ、トイレ――っ)
 宙に浮かぶウェンディの前から、海賊船が見る見る遠ざかってゆきます。支えを失ったウェンディの脚ががくがくと震えだしました。
 また、あのトイレのない国に帰らなければならない――。
 ウェンディの顔がすうっと青ざめてゆきます。
 すっかり海賊がいなくなったいまこそが、千載一遇のチャンスのはずでした。ネバーランドでたったひとつのトイレは、すぐそこにあるのです。それなのに――
「は、離してっ、ピーターっ、だめ、だめぇえ!!」
「うわぁ!? ウェンディ、暴れら危ないよっ」
 これから帰る先にはトイレはありません。つまり、ウェンディは、お外の物陰や草むらの茂みでオシッコをしなければなりません。
(そ、そんなのイヤぁっ……!!)
「と、トイレっ、ちゃんとしたおトイレでっ、ぉ、オシッコ、オシッコさせてぇええ……っ!!!」
 とうとうウェンディは叫んでしまいました。
 遠ざかるトイレに戻ろうともがくウェンディを、しかしピーターは離しません。それどころか、暴れ出したウェンディが落ちてしまわないようにもっとしっかりと、ぎゅうっと手を握り締めます。
「ウェンディっ!?」
「――、ぁ、……、ぁ、…あっ、あ。あっ、…あ、ああっあ、っ……」
 ウェンディが丸く口をあけて『あっ』と言うたびに、じゅわっ、じゅじゅわっとオシッコが吹き出し、下着に熱い染みが広がってゆきます。ぷくっと膨らんだオシッコの出口が立て続けに音を立て、断続的にほとばしる熱い水流が閉じ合わせた腿の内側を溢れ、パジャマを水浸しにしてゆきました。
 ウェンディは形振り構わずに自由になる片手で、必死に前を押さえますが、もはやオシッコは止まりません。もともと両手を重ね押さえて、ぎりぎりなんとか我慢できていたのですから、片手だけでは吹き出すオシッコを押さえきれないのでした。
 パジャマのズボンを濡らし、足元まで滴るオシッコが、ぽたぽたぱちゃぱちゃと海賊船の甲板に飛び散ります。
 じわぁ、とウェンディの目元にも涙が浮かびました。
「……あ、あの、ウェンディ……?」
「バカっ、見るな、見ないでよぉっ……」
 ひくっとしゃくりあげながら、ウェンディは叫びます。顔は涙でぐしゃぐしゃで、尖った八重歯を見せて大声でピーターを怒鳴りつけました。 
 まるで蛇口が壊れたように、ウェンディのオシッコはじゅじゅじゅじゅうううと激しく勢い良く吹き出し、まったく衰える様子がありません。
 下着にぶつかって跳ね返り、おしりをじわじわと満たしてゆく熱い液体。我慢を続けていたオシッコは、足元へと激しく流れ落ちてゆきます。パジャマに広がる染みは足の間ばかりかお尻のほう、さらにはおなかの下まで広がっていました。
 じょろじょろとはしたない音を響かせ、ますます激しく出続けるウェンディのオシッコに、ピーターは息をするのも忘れて見入っていました。女の子のオモラシがこんなにも素敵なものだなんて、ピーターはまったく考えたこともなかったのです。
 それは、ピーターがはじめて、“女の子”を意識した瞬間でもありました。
「バカァっ……見るなって、言ってるじゃないっ……」
 オシッコが止まってもなお、じいっと濡れたパジャマを見つめつづけるピーターの頭を、泣きじゃくりながら、ウェンディはぽかぽかと殴り続けるのでした。



 ――めでたし、めでたし。



(初出:おもらし特区 SS図書館 2008/12/01)

[ 2008/12/31 01:55 ] WetMarchen | トラックバック(-) | コメント(-)

霧沢学院・3 


 『オシッコをしない女の子』――ノーションの楽園である霧沢学院の3年生が活気付き始めるのは、夏休みも過ぎた9月半ば。暑い盛りが過ぎて空が澄み渡り、夕焼けが空に映える秋口の頃だ。
 夏季休暇を終え、学期末試験の終わった学院では、中等部の3年間を通じてもっとも盛大なイベント、修学旅行に向けての準備が始まる。この時期に設定されているのは、中高一貫教育のため受験の心配がない学院ならではのことだろう。
 字面では“学を修むる”とはなっているものの、昨今の学校では修学旅行本来の堅苦しい史跡観光などの意味合いは薄れ、純粋に観光旅行としての側面が強い。霧沢学院でもそれは例外ではなく、生徒達にとっても学院を離れ、仲の良いクラスメイトと揃って過ごす修学旅行は一大イベントである。
 しかし、世の女の子の理想であるノーションをはぐくみ育てる霧沢学院では、この旅行こそがノーションの英才教育の成果を示す、文字通りの“修学”旅行なのだ。


 年度にもよるが、霧沢学院の修学旅行は概ね4泊5日の行程で、行き先は京都、沖縄、北海道、北九州などが選ばれる。目的地に海外を望む声も一部にはあるが、安全性の問題などから今のところ実現していない。
 安全性――つまり“オシッコをしない女の子”=ノーションが実存するという神話が崩壊しかねない危険性を完全に払拭することが、海外では完全に担保できないためである。
 この旅行の間、学院生徒達は完全なるノーションとして振舞うことが要求されるのだ。
 つまり、旅行の間中、生徒達はいついかなる場合でも、排泄をするという意味でトイレに入ることを許可されないのである。
 ノーションの楽園である霧沢学院の生徒として、彼女達は5日もの間、トイレに行くことのない女の子という理想の偶像を務めるのである。


 彼女達が滞在するホテルは、格式高く伝統のある施設で、学院の出資者や卒業生が多く関わる場所ばかりだ。普段はその至れり尽せりのサービスで客を出迎えるホテルは、修学旅行で学院の生徒を迎える時だけ、たったひとつ――トイレについてのみ、恐ろしく厳格で理不尽な対応を取る。
 学院生徒達が宿泊する棟のトイレの入り口を塞ぎ、壁紙などで封鎖してその存在すら抹消するのである。
 学院に属する少女たちは、ノーションであるのだから――オシッコをする設備など不要というわけだ。
 トイレの不在――それは、決して彼女たちにとっても珍しい光景ではない。そもそも霧沢学院には来賓用、職員用のものを除けば、トイレは存在してない。生徒達が利用できるのは、文字通り手を洗い清めるための“お手洗い”のみである。
 だが、これは彼女たちがオシッコをしないことを示しているわけではなく、オシッコをするための設備が存在していないというわけではない。彼女達は自分専用の秘密のトイレを持っており、そこで誰にも気付かれないようにオシッコを済ませることによって、そもそもその存在が物理的、生物学的に不可能なノーションとして振舞うことを可能にしている。
 が。この修学旅行中はワケが違う。
 滞在先の旅館やホテルはあくまでも一般の人々に向けられた施設であり、学院にあるような秘密の隠しトイレなど、無論のことながら存在していない。つまり、トイレの封鎖されたホテルには本当の意味でどこにもトイレなどなく、少女たちは4泊5日の無限にも思える時間をオシッコのできないままに過ごすことを強制されるのである。


 厳格な躾と多くの淑女を排出する霧沢学院には、その名に恥じぬ多くの財閥、名家のご令嬢も名を連ね、在籍している。このような伝統ある学院ではその卒業生が社会で大きな権力を持つことも多く、時にその権力によって不正が起こることも懸念される。残念なことに生徒の中にも、在学中そうした血縁の立場を振りかざし無茶を通そうとする者はいるのである。その関係が明るみに出るのならばともかくも、寮生活や友人、先輩後輩の人間関係に及べば生徒の自治の間でそれらを摘発することは困難を極める。
 本来、決して口外無用の秘密のトイレについても、信頼できる親友や先輩、そして時にいじめなどによって、その場所や使用方法を教え合ったり、聞き出されたりという言語道断なことが、厳粛な規律に律された学院内にも事実として存在しているのである。
 無論ながら、学院の生活において多くの秘密トイレの存在を知っている生徒は、それだけ自然にノーションとして振舞うことができる。誰にも秘密にこっそりとオシッコのできる場所が人よりも多ければ、同じ学院の生徒にすらまるで本当にトイレに行かないようにも思わせることができる。時に学院執行部によって、24時間以上秘密トイレの使用を禁じられる場合でも、他のトイレを使うことができれば万が一の危機はぐっと少なくなる。
 科学的な見地によって冷静に外部から見ればあまりにも無茶な存在であるノーションという存在が、毎年、学院の生徒達の間でもまことしやかに信じられてしまうのは、こうして学院のシステムを逆手に取り、“狡賢く”行動する生徒達がいるためでもあるのだ。
 事実、彼女達の行いは学院を卒業し社会に出た後、実際にあるトイレには行かずに本当のノーションとして振舞うためには欠かすことのできない技術であることも確かと言える。


 が、学院は修学旅行中のトイレについては、なによりもかたくなな態度を一貫させている。
 たとえどんなに有名な財閥や政治家の関係者であったとしても、学院は決してトイレの使用を許可しない。一般には知られていないが、数年前には某民自党総裁であった大物政治家のご息女が、事前に修学旅行で滞在予定の旅館を訴え、トイレの使用を求めたこともあったが――学院はそれを突っぱねている。
 また、旅行中の生徒達は班行動を徹底され、引率先でも徹底して行動を管理されるのだ。
 この徹底管理が行き届かないとして、海外での修学旅行はこれまで行われていない。しかし、現在学院では卒業生を中心に欧州と北米で受け入れ態勢を構築中であり、数年後には学院初の海外旅行も計画されていると言う。


 しかし、過酷な入試選抜を潜り抜け、学院での厳格な教えに従って中等部3年間のノーション教育を受けてきた学院の生徒たちとは言え、4泊5日間もの行程の間中、一回もオシッコをせずにトイレを完全に我慢しきることなど、まずもって不可能であるのは確かだ。
 では、彼女達はどうやって、その小さな下腹部をなみなみと満たすオシッコを処分するのか。
 みんなが寝静まった深夜に、ひっそりとホテルを抜け出してコンビニへ?
 あるいはお風呂の時に、排水溝でこっそりと?
 はたまた、観光の時の自由時間でちゃっかりと公衆トイレへ?
 これまでこのシリーズをお読みの方々には、彼女達がそんな愚を犯さない事は先刻ご承知のことだろう。彼女達はノーションだ。少なくとも、この旅行の間はそう振舞わなければならない。であるならば――オシッコをしないのだから、そもそもトイレに入る姿すら見られてはならないのだ。そんな危ない橋を渡ってオシッコをしてしまうような女の子は、学院生活を送る事などできない。
 そして、ホテルのトイレは絶対に使用できない事は既に述べた。
 では、トイレが絶無のこの旅行の最中に、彼女達はどうやってオシッコを済ませるのか?
 その秘密は、彼女たちが持つ小さな“袋”に隠されている。


 修学旅行の初日、生徒達にはひとつずつこの『エチケット袋』なるものが渡される。
 通常の意味では、このようなものはバスなどに酔い、気分を悪くした生徒が使うものだが――霧沢学院の修学旅行にあっては、まったく違う意味を持つ。そもそも、本来のエチケット袋はそれぞれ、新幹線の車両、飛行機の機内、はたまた現地での移動手段であるバスにも完備されているのだ。
 この『エチケット袋』は、彼女達に与えられた恩情であり、枷でもある。
 ノーションとしてのエチケット――人前でトイレに行かず。ひいては決してオシッコをしない女の子であるという、『エチケット』のための『袋』。つまりこの場合のエチケットとは、トイレを我慢すると言う意味であり、『袋』はとりもなおさずオシッコを溜めておくための場所、bladder(膀胱)のことだ。
 『エチケット袋』はこの修学旅行中の間のみ、例外的にノーションの身体の一部、つまり膀胱の延長として扱われる。この『エチケット袋』の中にある限り、オシッコは身体の外に出たことにならないのだ。
 我慢に我慢を重ねた限界の果て、学院の生徒達がどうしても我慢できなくなり、自分を苦しめる悪魔の液体を処分せなければならくなったときがこの『エチケット袋』の出番だ。少女たちはさりげなく部屋や移動車両の隅へ移動し、この『エチケット袋』にオシッコを済ませる。
 無論ながら誰にもそのことを悟られてはならない――しかしこれはもはや建前上のことではある。なにしろ、『エチケット袋』は少女たちの体の一部なのだから、オシッコをしていることにはならないのである。
 もっとも、そもそもこんな袋にオシッコを出しているところを、クラスメイトとは言え見られるなんて、普通の女の子でもありえないほどに恥ずかしいことであるのだが。
 この『エチケット袋』は本来の用途同様、防臭、防菌加工の高分子吸収帯を用意したものであるが、性能そのものは段違いに良い。4泊5日の行程中、まったく問題なく少女たちのオシッコを……ノーションとして人並みはずれて鍛えられたオシッコの我慢が可能な少女たちのトイレを余すところなく受け止めるのにふさわしい構造をもっているのである。
 修学旅行中、学院の生徒たちはなんどもこの『エチケット袋』のお世話になりながら、ノーションとして振舞うのだ。


 面白いことに、これは、たとえノーション候補生である学院の生徒といえども、3日間もの間丸々とトイレを済ませずにいられるはずがないことを示している。たとえどれだけ括約筋を鍛え、オシッコを我慢する訓練をつんだとしても、普通に食事をし、水分を採り、日常生活を送りながら女の子がオシッコを我慢し続けられるのはせいぜいが丸24時間――たとえ奇跡のように我慢が可能だとしても、一日強の30時間が限界であるのだ。
 読者のみなさんはこれを短いとお思いになるだろうか? 激しい選抜試験を勝ち抜き、全国から選りすぐられた我慢のエリートである少女達が、たかだか一日程度しか我慢ができないという事実を?
 だがもう一度、これまでのコラムを踏まえ、ノーションという存在の大きな矛盾を考えて欲しい。
 確かに水分を全く採らないような生活ならば、あるいはもっと長期間のトイレ我慢も不可能ではないかもしれない。しかし、ノーションとは普通の女の子と同じように生活をしながら、トイレと無縁でありオシッコに行かないことを旨とする理想の偶像である。
 よって、トイレに行かなくても平気なように工夫をすることは、そもそもノーションとしてまったく見当違い、酷く言えば失格であると言って過言ではない。
 たとえ長距離のバスや電車の移動であっても、それを理由にオシッコの心配をし、水分を控えたりすることはノーションとしては全くありえないことだし、夜トイレに起きることを考慮して寝る前のお茶を控えたりすることは、ノーションには許されないのだ。
 ノーションはオシッコとは無縁の存在なのだから、そもそもオシッコの心配をすること事態が筋違いなのだ。むしろオシッコに悩まされる心配がないからこそ、生徒達は普通の少女以上に多く水分を採り、飲み物を口にすることが推奨されている。
 いや、それどころか彼女達はトイレを我慢する事すら許されていないのだ。


 霧沢学院は、表向きトイレの一切存在しない、ノーションのための学院である。
 しかし、そこで暮らす生徒たちが、実際にはオシッコからは自由にならないごく普通の女の子であるように、学院にはこっそりと隠された秘密のトイレが数多く用意されている。このような秘密のトイレでひそかに、つつましやかにオシッコを済ませて、けれどそれを全く悟られないようにすることが、ノーションを目指す少女たちの学院生活の基本事項である。
 誤解のあることも多いが、別段、学院の生徒全員が常日頃から限界に汗を流し身体をよじって我慢を続けているわけではない(一時的にそういう時期にある生徒がいることも確かだが)。
 ……なにしろ、『オシッコをしない女の子』である以上、我慢することすらノーションにとってはタブーであるのだから。そのような無様な状況を晒すことなく、生徒達は死にそうなほどにトイレに行きたい時も、そうでないときも、全く同じように過ごしているのだ。
 それは優雅に湖上を舞いながら、その実水面下で激しく水を掻き分けている白鳥のように。
 血と汗と、文字通りオシッコの滲んだ涙ぐましいほどの努力の上で、生徒達はオシッコをひそやかに我慢し、ひとたび機会があれば可能な限り素早くきちんと(そしてこっそりと)トイレを済ませておくのが鉄則なのである。


 繰り返し述べてきたように霧沢学院には、生徒一人につきひとつの秘密のトイレが用意されているが、学院をを卒業し、名実共にノーションとなって社会に羽ばたいてゆく少女たちはそうもいかない。
 学院の中でならばともかくも、大多数がノーションではない女性の生活する実社会において、トイレというのは基本的に、その場所がわからなければ困るものだ。探せば見付かるようになっていなければ非常に大変なことになるため、どうしても目立つようになっている。
 だからそこに近づけば自然、その姿は目に付いてしまうものだし、衛生上複数の人間が利用する場所であるため、一緒に立ち入ればそこを使っていることは公知の事実である。
 当然ながら人目のあるところでノーションがトイレに立つことが許されるわけもない。実社会で卒業生たちがノーションであることを貫くのは、想像を絶するほどに難易度の上がる行為なのである。
 学院の中でならば、まさかそんな場所で? というようなところにひっそりと個人用の秘密トイレが用意してあったりするため、彼女たちはさりげなくそこで用を済ませ、同じ学院の友人たちに対しても思う存分ノーションであることを競うことができる。
 しかし、一歩学院を出たその先では、当たり前のことだがオシッコのできる場所はトイレしかないのだ。そこに立ち寄ることはノーションとしてやってはならないことだし、不可能である。
 つまり、学院の生徒は、学院の外では絶対にトイレに行くことができない。
 この修学旅行は、彼女たちにとって日頃磨いてきたノーションとして振舞うための技能を社会の中で試す、テスト期間でもあるのだ。


 修学旅行の最終日。帰途に着いた生徒達は、学院の大規模検査室で――ここは入学審査や身体測定が行われる場所だが――『エチケット袋』の測定を行われる。彼女たちが修学旅行期間中、一体どれほどオシッコを猛烈に『ガマン』してきたのかを知らしめるためのものだ。4泊5日にもおよぶ長期間にわたる行程で、溜め込まれたオシッコは凄まじいことになっており、ほとんどの『エチケット袋』は見るも無残な凄まじい『ガマン』を強いられている。中にはそんな状況の『エチケット袋』を抱えてなお、言葉すくなに息を荒げ頬を赤くし、股間を握り締めてしまう、ノーションとしてはイエローカードな生徒も見られる。
 そして、多くの生徒達がでずっしりと重く、ぱんぱんに膨らんだ『エチケット袋』を前に、俯いて顔を赤らめている中、一度も『エチケット袋』を使用した形跡のない生徒が必ず数人、現れるのだ。
 まったく焦る風もなく、乾いた喉を、健康に良いと評判の利尿作用たっぷりなお茶で潤して。少女たちはぺたんこ、空っぽの『エチケット袋』をこともなげに返却する。
 そう、まるで本当のノーションであるかのように、だ。
 彼女達は一体どこでトイレを済ませたのだろう。彼女たちが一回もトイレに入っていないのは、同道したクラスメイトたちにははっきり解っているし、オシッコをする姿も勿論誰も見ていない。
 しかし、果たして我慢のエリートである他の生徒達が激しい苦悶の中、必死に耐え抜いてなお『エチケット袋』をぱんぱんに膨らませているというのに、そんな状況の中で全く条件の同じ彼女たちだけが悠々とオシッコを我慢し続けているというのだろうか?


 その答えは、実は誰にも解らない。
 それこそが、生きてゆくための自然の摂理としてどうしても排泄という行為をしなければならない少女達が、オシッコをしない理想の女の子、ノーションとなるための最大の秘密である。たとえどんな苦しみを味わっても、彼女達は隠されたその秘密を口にする事はないだろう。
 そして、彼女達こそが未来に羽ばたく、本物のノーションのタマゴたちなのである。
 彼女達は、『エチケット袋』など不要である。我慢のための、第二の膀胱――そんな無理矢理で無茶苦茶な誤魔化しの救済措置などなくとも、4泊5日の行程を、完全無欠のノーションとして過ごすことができるのを証明してみせたのだ。
 いかがだろう。
 この修学旅行における“学を修むる”意味がお分かりいただけただろうか?


 そして、――実は、彼女達が旅行にゆくそのずっと前から、試練は幕をあげている。
 3年生になる生徒達は、すでに日常的にほとんど自然にノーションとして振舞うことを当たり前にしていて、たとえば丸1日、学院でたった1ヶ所の自分専用のトイレが使えなくなっているような突然のトラブルは日常となっている。
 しかし彼女達は口に出すことはない。修学旅行の前日、あるいは前々日、ひょっとするともっと前から、自分の秘密トイレでオシッコができないことを。
 そのとき、彼女たちがオシッコを済ませるためにどうしているのか――たとえば、誰かにこっそり教えてもらった別の秘密トイレを使っているのか? じっと我慢を続けているのか? あるいは、もっと他の方法でオシッコを済ませているのか?
 もうお分かりだろう。学院における最大の秘密とされる、生徒一人一人の秘密トイレの存在すら、学院生活の執行においては実は何の意味も成さないのだ。
 学院でたった一つの、自分専用の秘密トイレが使えないとき。生徒達はいったいどのようにノーションであることを貫けばよいのか。それを見つけることこそが霧沢学院の本当の教育である。
 単に他人の秘密トイレをこっそり使って、限界になるたびに場当たり的にオシッコを済ませ、尿意の解放を満足させているだけでは、決してたどりつけない領域がある。あるいはそこで学院の真意に気付けた少女こそが、偉大なるノーションの道の第一歩を踏みだせるのである。


 あなたがこの季節、どこかの観光地で行列のできている婦人用トイレの前を、談笑しながら横切る、紺色の制服の少女達を目にしたら。
 あるいは、大急ぎでトイレに駆けこんできておきながら、洗面台で手を洗い髪を整えただけで外に出てゆく、青いスカーフの少女達を目にしたら。
 それは、霧沢学院の生徒たちかもしれない。
 彼女たちの生活は想像以上に過酷である。旅行のはるか以前から、すでに限界近いオシッコ禁止を強いられ、さらにそこから生活環境も全く異なる4泊5日にもおよぶ長期間の旅行を強いられ、どうにか学院に帰りついても、さらに過酷なことにまたもや自分のトイレが封印されている――そんなことすらあるのだ。
 だが、彼女達はくじけない。
 自分達が真にオシッコをしないノーションであるならば、そんなことはまるで関係がないからだ。
 そう、もしかしたら彼女達は、本当に丸何日もオシッコを我慢しているのかもしれない。
 彼女達はそのちいさなおなかを溢れんばかりのオシッコではちきれそうに膨らませながら、そんなことをおくびにも出さずに旅行を愉しんでいるのかもしれない。いまにも漏れそうな股間を抱えながらも平然と、ずかでも緊張を緩めればたちまち決壊してしまうであろう恥骨の上のダムを閉ざす偉大なる意志の力と、常日頃鍛えられたオシッコ我慢の成果をもって。
 そうして、学院の少女たちは本当の意味での淑女の嗜み、“エチケット袋”を身につけてゆくのだ。

 
 ――霧雨澪の世界探訪
 『ノーションの楽園・霧沢学院を尋ねて』より



(初出:リレー小説:永久我慢の円舞曲 902-913 2008/11/16)
[ 2008/12/31 01:52 ] ノーション | トラックバック(-) | コメント(-)

サンタクロースの話。 


「っ、つ、次は……っ」
 白くて大きな袋が、雪の積もった煙突からにゅいっと突き出した。深い夜空の下に、白い息がほうっと吐き出され、続いてほんのり赤く染まったほっぺたの少女が屋根の上に姿を現す。
 屋根の上の新雪を踏みながら、赤と白の衣装をまとった金髪の少女は額に浮かんだ汗を拭う。
「ああもう、急いでサニー!! だいぶ遅れてるよぉ、はやくはしなきゃ朝になっちゃうってば!!」
「わ、わかってるわよぉ!!」
 急かす声に答えて、サニーは足元の大きな荷物をえいやっと背負う。一抱えではすまない大きな白い袋は、いまなお詰め込まれたプレゼントでぱんぱんに膨らんでいた。小柄なサニーでは、まるでいまにも荷物に押し潰されそうな有様だ。
「ほら早くってば、サニー!!」
 屋根の端では、ソリを引く赤鼻のトナカイのニコが蹄を鳴らしてサニーを急かす。荒い息をつきながら、あぶなっかしい足取りでふらふらと屋根を伝って、サニーはどうにかそこまでたどり着くと、背中の荷物をどずん、とそりに載せた。
「はぁっ……」
 膝に手を乗せて大きく意気を吐くサニーに、ニコはぶるぶると角を振って言う。
「ひと休みしてる暇なんかないよサニー!! まだまだたくさん回る家が残ってるんだから!! ほら、次の家は4丁目の角だ!!」
「あ、ちょ、ちょっと待ってよっ!!」
 主人の了解も待たずにいきなり走り出したニコに、サニーはびっくりしてソリにしがみ付く。サニーが腰を下ろすと同時、魔法のソリはしゃんしゃんと鈴を鳴らし、光の尾を引いてふわりと夜空に舞い上がった。
「もぉ、いったいどうしたのさ。他の子はみんなとっくにここらの家にはプレゼント配り終えるよ。サニーだけそんなに遅れちゃって……」
 真っ赤な鼻で行く手を照らしながら、ソリをびゅんびゅんと加速させるニコ。金の鈴もうるさいくらいに鳴り響く安全運転とはいいがたい速度に、ソリはがだごとと揺れ大きく跳ねた。サニーは慌てて脚に力を込め、ソリの手摺にしがみ付いた。
「ニコ、ちょっと……は、早すぎるってば!! スピード違反だよっ」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!? 見てみなよその袋、あとどれだけプレゼント残ってるかわかってるの!?」
 ただでさえ遅れているスケジュールに加え、屋根の上で延々と待たされ続けたニコはだいぶいらいらしているようだった。それに関しては全くサニーのせいなので、文句の言いようはない。
(でもっ……)
 口にできないもどかしさに、サニーは唇を噛んでそっとスカートを握り締める。
 ニコの苛立ちもしかたのないことだ。サニーのプレゼントの袋はまだ見上げるほどに大きく、配るべきプレゼントはぎっしりと中に詰まっている。予定の半分どころか4分の1も終わっていないのだ。
「もう12時も過ぎてるんだよ? もっと急がなきゃ今夜じゅうに終わらないよ!! サンタクロースがクリスマスにプレゼントを配りきれないなんて、前代未聞じゃないか!!」
「う、うん……」
 まくし立てるニコに曖昧に頷きながら、サニーは冷たいソリの上でもぞもぞとおしりの位置を直した。サンタクロースの正装と決まっている赤白の制服は、この時期には防寒対策をしても少々寒さを感じるもので、スカートとタイツの布地を通して天板の冷たさがじんわりとおしりに染み込んでくるのだ。
 女の子のサニーには少々どころか、かなり辛い。
 まして――いまのサニーは、それよりもさらに切迫した理由がある。
「とにかく、僕もできる限り急ぐから、サニーもぐずぐずしないでぱぱっと配っちゃってね!! ここが終わったら次の街もこれから回らなきゃいけないんだから!!」
「ね、ねえ、ニコ、あのさ」
「なに? ……お喋りなら後にしてよ。ほら、次の子のところについた。行ってきて!!」
 言いかけたサニーの言葉は、ブレーキをかけたソリによって掻き消されてしまう。次の家の屋根の上に到着したのだ。
 座っていたサニーはスカートを握っていた手を離し、ソリから立ち上がった。
「プレゼントは持った? ここの子はクマのぬいぐるみだから、間違いないでね!?」
「う、うん」
 サニーはソリの荷台から、プレゼントの入った袋を持ち上げる。サニーの小さな身体の倍もあるような袋は、もちろん魔法の袋で、サンタクロースが世界中の子供たちに一晩で配るプレゼントを詰め込んだものだ。
 子供達の寝ている部屋に行って、サンタクロースがこの袋の中に手を入れると、子供たちがお願いしているプレゼントが自動的に出てくるようになっているのだ。
 クリスマスの魔法で小柄なサニーにもどうにか持てるようになってはいるが、それでも世界中の子供たちのためのプレゼントがぎっしり入っているのである。大きな袋を両手で背負い、サニーはふらふらと倒れそうになるのを頑張って堪えるので精一杯だ。
(ぁう……っ)
 しかし、サニーの足元がおぼつかないのは、単に屋根の上に積もった雪やプレゼントの重さだけが理由ではない。
「ほら、サニー早く!!」
「――ああもうっ!! わかってるってば、ニコっ!!」
 意を決してサニーは煙突から家の中に飛び込んだ。煤だらけの煙突はとても人が通れるほどに広くもないのだが、サンタクロースのサニーはもちろんそんなことで汚れたりしないし、大きなプレゼントの袋がひっかかることもない。
 するんと煙突を通り抜け、すとんと暖炉の中に着地したサニーはまだ暖かい薪の間から顔を出して、ゆっくりと立ち上がる。
(んぅっ……)
 暖炉のある部屋はかなり広く、パーティーの後のようで、片付け切れていないクラッカーのリボンや七面鳥の食べ残し、グラスに半分だけ残ったワインなんかも並んでいた。
 ソファーの上では、子供たちが眠ったあともおおはしゃぎだったらしい大人たちが三角帽子を被ったまま毛布に包まって、思い思いのかっこうですうすうと寝息を立てている。中にはワインの瓶を抱きしめて眠っている赤ら顔のおじいさんの姿まであった。
(ぁ……ぅ……)
 部屋の中の全員が深く眠りに落ち、誰も見ているものがいないことを確認すると、サニーは袋を下ろし、小さく胸を撫で下ろした。
 同時に、彼女の爪先が小刻みにステップを踏み始める。
 ぴったりと寄せ合わされたタイツの膝。ぐっと前屈みの前傾姿勢。それが今のサニーの一番楽な格好だ。
(――……っ、と、トイレ……っ)
 きゅうんっ、と少女のおなかのなかを占領している熱い液体が、切なく下腹部を疼かせる。
 サニーがさっきから落ち着きがないのも、いつもはサンタクロースたちの中でも一番のスピードを誇るサニーが、今日に限ってえらくもたもたしている理由も、全てはこれが理由だった。
 身体をあっためようとして、みんなに隠れてこっそりと拝借したホットワインをついつい飲みすぎたのが原因だったのだろう。ホワイトクリスマスの街を彩る雪に、真冬の夜風はソリの上のサニーの身体を冷やし、あっという間に飲んだ分をそっくりそのままオシッコに変えてしまった。
 サニーはずっと、トイレに行きたいのを必死に我慢したままプレゼントを配り続けているのだった。
(やだ、もうだめ、でちゃうっ……オシッコしたいよぉ……っ)
 間断なくこみ上げてくる尿意の波は休まることなくサニーを苦しめ続け、少女は今にも音を上げそうになってしまう。
 サニーのおなかの中はプレゼントの袋なんか問題じゃないくらいにぱんぱんで、今すぐにトイレに駆け込まなければならないほどに切羽詰っている。
 しかし、サニーはサンタクロースなのだ。普通の家でトイレを借りるわけにはいかないのである。そんな事をすれば、クリスマスの魔法が解けてしまい、世界中のサンタクロース全員にも迷惑がかかってしまうのだ。
 “サンタクロースはいる”そう信じている子供たちが起こす聖なる夜の魔法は、サニーたちを一晩だけ、絵本の中の本物のサンタクロースにしてくれる。ニコのソリが空を飛べるのも、サニーが煙突から出入りできるのも、何もしなくても枕元に靴下の用意された部屋の場所がわかるのも、全部クリスマスの魔法のおかげなのだ。
(もぉ……やだぁ……っ と、トイレぇ……)
 泣き出しそうになったサニーのぷるぷるとタイツの膝が震える。
 クリスマスの魔法によって、サンタクロースのいる家では子供たちは絶対に目を覚まさない。誰もいないのをいいことに、サニーは人前ではとてもできないような恥ずかしい格好で我慢をしてしまう。
 スカートの上から脚の間をぎゅうぎゅうと押さえる片方の手は、はっきりと下着のうえからあそこを握り締めてしまうほど。脚の付け根にぐっと力を込めて、ちょこんとお尻を後ろに突き出したアヒルみたいな格好で、サニーはそろそろとダイニングを出てゆく。 
(すぐそこに、トイレ……あるのにぃっ……!!)
 小さなドアを目の前にして、一層股間を握り締める手のひらに力が篭ってしまう。待望のトイレを目の前にしながら、サニーはそこに駆け込むことを許されなかった。
 クリスマスの魔法が効いているのは、サンタクロースたちがちゃんと仕事をしている間だけなのだ。それ以外のことをすれば、魔法はすぐに解けてしまう。
 だって、サンタクロースが家にオシッコがしたくてトイレを借りに来るなんて思っている子供は誰もいないからだ。
(ふぅんんっ……っ)
 きゅきゅっと脚を踏み鳴らし、もじもじとお尻を揺する。重い足を引きずってトイレの誘惑を振り切り、廊下の反対側の階段を登り始めるサニー。目指す子供部屋はこの上にある。
(や、やぁ、やだっ……)
 が、立て続けに押し寄せるオシッコの猛威に、サニーは階段の踊り場でとうとう動けなくなってしまった。
「サニー!? ねえ、どうしたのさ!! 早くしてよ!! さっきから急いでって言ってるじゃないか!!」
 いつまでも戻ってこないサニーを見かねて、ニコが煙突の上から叫ぶ。
「っ、わ、わかってるってばぁ……っ」
「ぐずぐずしないで!! まだ沢山プレゼント、あるんだよ!?」
(ば、馬鹿ぁ……そんなのほっぽって、早く帰りたいわよぉっ……そ、それで、はやく、オシッコ……トイレぇ……っ!!)
 今この瞬間、サニーが願えるものなら、ありったけの一生のお願いを使ってクリスマスのプレゼントにトイレをお願いしたいくらいだ。
 サニーの身体はすっかり冷え、おなかの中ででたぷたぷと揺れるオシッコを堪えるので精一杯だった。ぎゅっと脚の付け根を押さえる手は磁石でそこに張り付いたように、ぴったりとくっついて離れない。片方の手はプレゼントの袋で塞がり、もう片方の手はスカートの前を押さえるので精一杯。もうこれ以上、オシッコを我慢するためにできることはないのである。
 不恰好なアヒルの姿勢とおぼつかない足取りでは、階段を登りきるのに何分もかかってしまう有様だった。
「サニー!?」
「う、うるさいっ、ちゃんとやってるからぁ!!」
 ニコに怒鳴られながら、ようやく到着した二階の子供部屋では、長い髪の女の子がすうすうと寝息を立てていた。あまり寝相はよろしくなく、ふかふかの羽根布団は跳ね除けられて、薄い綿毛布だけが辛うじておなかを覆っている。このままでは風邪を引いてしまうのではないかと心配になる格好だった。
 ベッドの枕元には紅白ストライプの靴下と、サンタさんに宛てたらしき手紙もある。
 けれど、サニーはそんなものを他所に、プレゼントの袋も放り出して、両手でぎゅううっ、とタイツの上から直接脚の間を押さえはじめてしまった。
 焦る視線がきょろきょろと部屋の中をさまよう。
(お、オシッコ……っ)
 しかし、子供部屋のどこを探してもトイレなんかがあるはずもない。
 サニーにできる一番の方法は、
 この子のプレゼントを配ったら、全速力の大急ぎで階段を駆け下り、ダイニングをまっすぐに突っ切って、できるだけ早く煙突を登って、死にたいほど恥ずかしいのを我慢しながら、ニコにオシッコが我慢できないことを説明して、トイレに行きたいとお願いをして、どこか近くの茂みか森の中に降りてもらって、タイツと下着を足首まで下ろし、お尻を丸出しにしてしゃがみ込んで、そこでこっそりとオシッコを済ませることだった。
 だが。
(む、無理っ……!! ムリムリ、ぜったいそんなの無理っ……!! ま、間に合うわけないよぉ……っ!! ま、またお外に出て我慢なんて、ぜったいにオモラシしちゃうっ……!!)
 くじけそうになった心が呼び水になったのか、サニーが押さえる指の下で、勝手に水門が開き出してしまう。
 タイツの上から脚の付け根を握り締めた指の隙間で、じゅわっという熱い感触と水音が響く。
「ぁ、や、あぁあっ」
 じょわ、じゅわっ、じゅぅうっ。
 ダムを乗り越えた熱い雫が、下着にじわじわとあふれ出してゆく。タイツの上まで一気に染み出したオシッコが、サニーの脚の間に滲んだ。
「や、やだっ、止まって、止まってぇ……っ!!」
 こんなトコロでオモラシなんて。
 なんとか両手を使っておチビリを止めようとするサニーだが、もう身体のほうは勝手にオシッコの準備を完了し、どんどん水門を開いてしまっている。タイツの腿にひとすじふたすじと水流が流れ、サンタクロースの衣装の下半身に濃い染みが広がってゆく。
「サニーっ!!」
「ひぅっ!?」
 唐突に、ニコが怒る声がさっきよりもずっと強く大きく響いた。いい加減に待ちくたびれたニコは、ソリと一緒に子供部屋のベランダに回りこんでいたのだ。
 驚いたサニーは反射的にあそこを押さえる手を離し、床の袋を掴んで女の子のベッドの側に駆け寄ってしまった。
 両手の助けまで借りてやっと押さえ込んでいた放水を、疲れきった括約筋の力だけでは押しとどめられるわけもない。必死の締め付けも空しく、とうとうサニーのお股の間のところ、オシッコの出口のすぐ下でしゅる、しゅるうっ、じゅわぁああっ、とイケナイ音が立て続けに響く。
(だ、だめえ――っ!!)
 声にならない叫びをあげ、タイツの上から下着を掴んで引っ張り上げるサニーだが、もう遅い。
 下着の股布に広がる熱い感触はあっという間に広がり、湯気を立てるほどの熱水が脚の間からおしりへと広がってゆく。閉ざされるべき小さな孔がぷくりとふくらみ、じゅう、じゅうとパンツに飛沫を吹き付けるのがはっきりと感じられてしまう。
 同時にサニーの脚から力が抜け、腰がふわりと軽くなった。
「きゃぁっ……!?」
 サニーはそのままころんとベッドの上に倒れこんでしまった。めくれあがった羽毛布団が上半身を受け止めてくれたものの、女の子の上にどしんと圧し掛かってしまった格好である。
「あ、や、……~~っ!!」
 衝突の衝撃がぱんぱんの下腹部を圧迫し、限界の出口を突き破る。まるで水風船が破裂するように、サニーの太腿に大量の水流がはじけた。ぐしょ濡れで肌に張り付いた布地の中を、噴出す水流が蛇のようにのたうつ。
 狭い布地の隙間をいっぱいに浸し、そのままあふれ出したオシッコはタイツの大半を淡い黄色に染めて、めくれたスカートの下からしょろしょろと流れ出た。雪の積もった寒さの中、しんと冷え切った部屋の中でも、サニーのオシッコは湯気を立てるほどに熱い。
「やだ、だめぇ、だめぇえっ……」
 見知らぬ少女のベッドを汚してしまうという最悪の事態に、サニーはすっかりパニックだった。
 両膝を突いた姿勢で腰を振りたてオシッコを止めようとするが、我慢に我慢を重ねたオモラシは途方もない威力で、おなかのなかをすっかり空っぽにするまではおさまるとも思えなかった。
 じんわりとおしりや股間に広がってゆく熱い雫の感覚と共に、身体からはすっかり熱が抜け落ちてゆく。崩壊のショックと我慢からの解放感で、サニーはそこからベッドの上で動けなくなってしまっていた。
 すうすうと寝息を立てたままの女の子のちょうど腰の上。ベッドどころか直接、女の子の下半身をサニーのオシッコが濡らしてゆく。
「ぁ、は……ふぅっ……」
 じぃーんと腰に響く甘い感触に、サニーは目を閉じて、ぶるりと背中を震わせた。

 じゅじゅじゅっ、じゅううう、じょわあぁああ……

 すうすうと寝息を立てる女の子の真上で、サニーの漏らしたオシッコがタイツの太腿を伝い、激しく飛び散り、こぼれ落ちてゆく。いまやベッドの上は大洪水、世界地図どころか七つの海が出来上がっているほどだ。
 なんとたっぷり1分以上も、サニーのオモラシは続いた。
 おなかをぱんぱんに膨らませ占領していた熱がごっそりと抜け落ち、ぐしゃぐしゃに濡れぼそったスカートと下着が股間に張り付く。
 だんだんと冷たくなってゆく下半身に、ようやくサニーの頭が晴れてゆく。
(っ……!!)
 べちゃっ、と脚に張り付いたスカートは、オモラシの最中も身体の前のほうでぎゅうっと握り締められていため、大きくおしりのほうでまくれ上がり、可愛い下着をのぞかせていた。
 そのパンツも水浸しになって、タイツの上から半分透け、サニーのまるくてちっちゃな白いおしりを覗かせていた。
 そして足元には大きなオシッコの湖ができあがり、その上でパジャマのままの女の子は相変わらずすうすうと眠っている。暢気なものだとも思うが、サンタクロースがいる間はこの子は目を覚まさないのだから、しょうがないといえばしょうがない。
(や、やだ……やっちゃったぁ……)
 ようやく戻ってきた現実感と共に、オモラシのショックがサニーを襲った。
(ひ、人の家なのに……ううん、こ、この子の上でっ……お、オシッコ……オモラシ……しちゃったっ…!! ……わ、私、サンタクロース、なのにっ……!!)
 あろうことか、サニーはプレゼントを配る相手の真上で、残らずオシッコを漏らしてしまったのだ。まるで女の子自身が盛大にオネショをやらかしたかのように、ベッドは惨憺たる有様になっている。
 この一年、がんばっていい子にしていたはずのアカリに対して、プレゼントを届けるはずのサニーが、あまりにも酷い仕打ちをしてしまったのである。
(っ……)
「ぅん…?」
 サニー同様下半身をずぶぬれにして、ころん、と寝返りをうつ少女に、サニーは口元まで出そうになった悲鳴を飲み込んで飛び上がった。
 少し考えれば、サンタクロースの前で子供が目を覚ますわけはないのだが、オモラシのショックで動揺しているサニーがそのことに思い至るわけもない。
 サニーは汚れたままの手でプレゼントの袋を掴むと、女の子の分のプレゼントを配るのも忘れたまま、一目散に子供部屋を飛び出していた。全速力で階段を駆け下り、逃げるように暖炉に飛び込む。
 その間にも、サニーのびしょぬれのタイツはびちゃびちゃと音を立て、廊下や絨毯にたくさんのオシッコの痕を残してしまう。
「――もお、遅いってば!! サニーってばなにやってたのさ……」
「っ……!!」
 煙突を駆け上がったその先の屋根上で、待ちぼうけをくわされたニコが文句を言おうと口を尖らせる。
「あ、あれ? サニー? そ、それどうしたの……?」
「ぅ、ぁ、っッ……!!」
 しかし――下半身をあきれるくらいずぶ濡れにし、涙を浮かべ、真っ赤になって戻ってきたサニーを見て、ニコもおもわず言葉を失ってしまった。
 ニコの視線が再度濡れた足元とスカートへ向かうのを見て、サニーの頬へとうとう堪えていたものがあふれ出した。
「っ……えぐっ……ひうっ……ぅわぁーーーんんっ……」
 夜空に響く大きな泣き声。屋根の上で泣き崩れてしまうサニーを前に、ニコはどうしていいかわからずに、ただうろたえるばかりだった。





 ――翌朝。
 クリスマスの朝にアカリを起こしにきたアカリのお母さんは、アカリがいつもよりもさらに盛大におしりの下と脚の間に、特大の世界地図を描いてしまっていることを知って、大きく眉を吊り上げた。
『なんですか、アカリ!! いい歳して、またオネショしちゃったの!?』
 3年生にもなってオネショが直らないアカリは、よくそうやってお母さんに怒られてしまう。けれどその日のアカリは『ごめんなさい』の代わりに小さく首を振って、訳を話すことにした。
『あのねママ、ちっちゃな女の子のサンタさんが来てたの。それで、その子、ずっとプレゼント配る間もいっしょうけんめいオシッコをガマンしてて、でも我慢できなくて、オモラシしちゃったの。だから……』
 アカリのたどたどしい説明を聞くと、お母さんは呆れたようにしながらも言い訳しないのという言葉を飲み込んで、それ以上怒るのをやめてくれた。
『はぁ……もういいわ。クリスマスだもの、特別よ。……そのサンタさんにお礼を言いなさいね。オモラシしちゃくらいいっしょうけんめいプレゼント、配ってたんだものね』
 早くお風呂に入るように言うお母さんにうなずいて、濡れたパジャマを着替えながら、アカリは窓の外を見て心の中で三回、ありがとうとごめんなさいを言いました。
『……だいじょうぶだったかな、サンタさん。……サンタさんのママに怒られたりしてないかな……』
 アカリの一番欲しかったプレゼントは、実はお父さんにお願いしていたクマのぬいぐるみではない。いまだに直らないオモラシを直す方法だった。
 アカリのオネショは正確にはオネショではない。夜になるとどうしてもオシッコに行きたくなるのに、なぜだかはっきり目が覚めないで、そのままウトウトしているうちに、身体が勝手にオシッコを出し始めてしまうのである。

 ――プレゼントはいりませんから、どうかそれを直してください。

 アカリはそうサンタクロースにお願いしていた。
 そして迎えたクリスマスイブの昨日も、トイレに行きたいのにどうしてもベッドから出ることができずにいたところに――あの可愛いサンタさんがやってきたのだ。
 サンタさんがとうとうガマンできなくて、アカリのベッドの上で顔を真っ赤にしてオモラシを始めてしまったとき、アカリの身体も一瞬だけ遅れてオシッコを出しはじめてしまっていた。
 あのサンタさんのおかげで、アカリのオネショはお母さんには気付かれなかったのである。
 サニーは知る由もないが、あの場でサニーがオモラシをはじめてしまったのも当然だったのだ。アカリが一番欲しかったのは、自分のオモラシをごまかしてくれる誰かだったのだから。
 だから――サニーのおなかをぱんぱんに膨らませていたあのオシッコは、部アカリへのクリスマスプレゼントだったのだ。



(初出:書き下ろし 2008/12/25  2008/12/301改訂)
 
[ 2008/12/31 01:48 ] 小説 | トラックバック(-) | コメント(-)

みんなのお手洗い:バケツ編 

「……っ、その、ごめん、私、……トイレっ!!」
 少女の小さな、けれど我慢の限界をまざまざと知らせる切羽詰った叫びは、締めきられたバスの中に響く。
 足元を庇うようなふらふらとおぼつかない足取りで、バスの後部座席を覆うカーテンへと向かう彼女を、いくつもの視線が追う。羨望、あるいは軽い非難。小さな背中に注視を浴びたまま、少女は顔を赤くしながらカーテンの奥に消えた。
 やがて、かすかな衣擦れの音と、それに続いて椅子を軋ませるぎしっという音。
 まるで、座席の上に座りこむような体重を乗せたその音に続いて、我慢に我慢を重ねた激しい水音が響く。

 ぶしゅっ、じょぼぼぼぼぼぼぉ……

 雪道に閉ざされ身動きのできなくなった、修学旅行帰りのバスの中。
 6-C、30人の少女は、それぞれにその繊細で可憐な下腹部の秘密のティーポットを、恥ずかしいホットレモンティでいっぱいにして、座席にうずくまっていた。 

 ちょろろろ……ぴちょ、ちょぽっ……

 雪の中に包まれた密室では、そのささいな雫の音すらもはっきりと響く。再び衣擦れの音を挟んでからカーテンを押し開けて姿をみせた少女は、車内に満ちる不穏な空気のなか、深く俯いたまま早足に自分の席へと戻ってゆく。
 その様子には、トイレを済ませたことへの安堵よりも、むしろこんな場所で排泄をしてしまったことの嫌悪感、罪悪感が見て取れた。
 むろん、年頃の少女達だ。本来排泄をするような場所ではない車内に設けられた臨時トイレを使うのは、たとえ限界まで切羽詰っていても激しい抵抗があるのだろう。
 だが、そんなことすら、今の彼女達にとっては些細なことだった。
「…………っ」
「……ちょっと、沢村さん、また?」
「だ、だって……寒くて、おなか冷えちゃうんだもんっ」
「もう、ちゃんと我慢しなさいよ……っ」
 入れ替わりに席を立とうとした少女に対し、先ほどにも増して重くなったクラスメイト達の視線がはっきりと集中する。席を立った少女、沢村詩穂は、針の筵のような空気に身を縮こまらせながら、後部座席へと急ぐ。
(し、仕方ないじゃないっ……我慢できないんだから!!)
 重い沈黙に耐え切れず、言い訳のように胸中で叫ぶ。俯いているクラスメイトたちの間を足早に通り抜け、遠慮がちに後部座席のカーテンを押し開けた。
 バスの窓を覆っていたカーテンで仕切られた、最後部の座席。床に青いポリバケツを置いただけの、トイレと呼ぶにはあまりにもお粗末なシロモノ。布一枚によって隔てられたこのスペースが、いまの6-C全員に与えられた排泄の自由であった。
(うそ……もう、こんなに、いっぱい……!?)
 詩穂はそっと悲鳴を上げる。床上のポリバケツの中には、すでに8割を超えてなみなみと、黄色く濁った水が溜まっていた。
 これらはすべて、6-Cのみんなが我慢しきれずに済ませたオシッコだ。
 少女が我慢できるオシッコの量を、膀胱容積から逆算すると一人あたり平均おそよ300ml。それが1クラス30人分強で9000ml、つまりは9リットル。
 雪に埋もれたバスが、路肩に停車してからもう6時間近くが過ぎている。少女達がこのトイレを使った回数は1回にとどまらない。現に詩穂は、これで3回目となるオシッコのためにここに訪れていた。
 これまた、回数も平均すればおよそ2回弱。18リットルのバケツがいっぱいになってしまうのも時間の問題というわけだ。
(だ、大丈夫よね……わ、私があと一回使ったくらいじゃ、溢れたりしないわよね……?)
 予想外の事態に、流石の詩穂もここでオシッコをするのには躊躇いを覚えた。すでに2回もしてしまったあとだ、トイレではない場所を使うことへの嫌悪感や羞恥はもう残っていないが、残り少ないバケツの容積を自分のオシッコがさらに埋めてしまうのはまずいという思いがあった。
 しかし、少女を責め立てる尿意はそんな感傷など許さない。
「んぅっ……」
 ぎゅうっと押さえた股間は切ない疼きと共に苦痛からの解放を訴えている。詩穂は恐る恐る、バケツを倒さないように脚の間から下着を抜き取り、スカートをたくし上げてバケツの上にしゃがみ込んだ。
 またもひとり、少女がバスのなかの仮設臨時トイレで、膨らんだ下腹部の中身を勢い良く噴出させる。

 じょぼぼぼぼぉおおおおお……

 3度目だと言うのにまったく節操のない激しい水音は、一枚布に隔てられたバスの中にも大きく響き、詩穂自身とクラスメイトの苦痛をなおも高めてゆく。いまや『誰かがオシッコをしている』という事実自体が、バスの中で苦しむ少女たちには拷問に等しい。ましてその証である水音や匂いまではっきりと伝わってくれば、それだけで“誘われて”しまうことまでありえた。
「す、すごい音……してるね……」
「沢村、もう3回目でしょ……? もう少しおとなしくさせてよ……っ」
「んぅっ……だ、だめッ…そんなにすっきりする音、させないでっ……」
「な、なんでそんなにいっぱい出しちゃうのよ…!! ……み、みんな我慢してるのにっ」
 特に、トイレに近い後部座席の少女たちには、その誘惑は激しい。そもそもトイレの限界が近く、これ以上オシッコをすることすら躊躇われる状況だというのに、いまや順番が回ってくるのを待つのさえ難しいほどだ。少女たちは座席の上で切なく身をよじり、息を詰めて耐えていた。
(だ、だって、したいんだもんっ。出ちゃうんだもんっ……しょ、しょうがないじゃないっ)
 詩穂は用を足したまま、俯いて、ひたすらに心の中で謝り続けるしかない。
 呪うべきはトイレの近い身体と、すぐに一杯になってしまうおなかの中の水風船だった。ただでさえオシッコの『近い』詩穂だが、雪の中に埋もれて冷え切ったバスの中、眠ることもできずにすごす長い時間は、緊張のためにますます自律神経を活性化させ、精製される恥ずかしい熱湯はいつもの倍近い速度で小さな詩穂の水風船を膨らませてゆく。
(は、早く、終わってよぉっ……)
 響く水音は、静寂に沈むバスの中に大きく反響する。カーテンの向こうではクラスメイト全員がこの音や、詩穂の身じろぎする様、吐息、唇を噛み腕をさする様子を聞いているのだ。自分のオシッコを聞かれるという羞恥に、思春期を迎えたばかりの少女は反論することもできず、ただ俯くばかりだ。
 少しでも早く終わって欲しいのに、おなかの中の入れ物はなかなか空っぽになってくれない。わずか数時間の間にいっぱいになったオシッコは、1クラス30人分のオシッコが溜まったバケツの上に飛沫をあげて注がれ、その上にしゃがみ込んだ少女の目元までをも恥辱で濡らしてゆく。





「っ……だめ、もうだめっ」
 後部座席に座っていた矢野茜が辛抱しきれずに立ち上がった。
 彼女は、『トイレ』のすぐ前に座っていた一人だ。カーテン一枚の向こうで、安堵の溜息や身づくろいの衣擦れ、そして延々とバケツの水面を打ち響く解放の水音を聞かされ続けていたため、少女の下腹部ではすでに吹きこぼれんばかりに尿意が煮え立っている。たとえるならば限界まで水を詰め込んだ風船をガスバーナーの火で炙られているようなものだ。
 震える脚で通路に出た茜は、大股に、後部座席のカーテンの前に並び、引けた腰をくねらせながらスカート上から股間に手を挟み、もじもじと膝を擦り合わせはじめた。
「ちょ、ちょっと……やめてよっ、こっちまで辛くなっちゃうじゃないっ」
「だ、だって……」
 すでに我慢の限界であることを隠そうともしない茜に非難の声が飛ぶ。しかし、猛烈な排泄衝動を堪えながら自分以外の誰かがオシッコを済ませるのをただじっと見ていることの辛さは、車内の誰もが理解している。茜を咎める少女たちもまた、同じように限界なのである。
 それでも、6-Cの少女たちの間には、後部座席の『トイレ』に立つのは、あくまでもそこが空いてから――という暗黙の了解のようなものがあった。茜の行為はそれを無視したものなのである。
 はっきりと『次』を待つ姿勢は、もうトイレを我慢できないことの表れ。車内の全員がそれぞれに苦しみながらも、大人しく耐えているという現状の均衡を破綻させ、あっという間にバケツをいっぱいにしてトイレを使用不能にする事態に繋がりかねない行いなのだ。
「も、もう次じゃなきゃ間に合わない……ほ、他の誰かに入られちゃったら、我慢できないもんっ」
 茜は頑なにカーテン前の『出待ち』を譲らない。
 その態度につられたのか、さらに数人の少女達がぱらぱらと立ち上がり、茜のあとに続いた。
 辛うじて静寂を保っていた車内に、静かなざわめきが起こる。とうとうなし崩し的に、車内でただひとつのトイレの前で『順番待ち』がはじまってしまったのだ。
「っ……」
「ご、ごめんね……でも、その、もう……だめなのっ」
「…………」
「仕方ないじゃないっ、が、我慢できないんだから……そんな目で見ないでよぉっ」
 しかし、トイレに行きたくて仕方ないのは彼女たちだけではないのである。いまだ席に着いたままの少女たちも、順番待ちの列に並ぶ少女たちに負けず劣らず激しい尿意に苦しんでいた。
 苦しいのはみな同じ。にもかかわらず、早々にギブアップを宣言した少女たちに、我慢を続けているクラスメイトたちの非難の視線が集中する。
 まるで針の筵のようなありさまで、茜たちは俯くことしかできない。無言の非難に堪えかね、列の一番後ろに並んでいた少女は苦渋の表情で自分の席に戻る。いまや車内はトイレに並ぶだけで責められねばならないという異常事態に至っていた。





(っ、我慢、我慢よ、ガマンガマンがまんっ……出ないの、オシッコなんか出ない、おしっこなんてしたくないっ……!!)
 バスのなかほどに座る和田麻美は、そうやってずっと意地を張り続けていた。眼鏡に三つ編みという校則を一分の隙もなく守った表情は、普段の落ち着いた佇まいをかなぐり捨てて、下腹部を絶え間なく焦がす猛烈な衝動に対抗を続けている。眉は寄せられて眉間に深いは皺、噛み締められた歯がかちかちと震え、視線はたよりなくあちこちをさまよう。ぐっと動き出さぬよう床に押し付けられた脚の間には、スカートを大きく押し込むように手のひらが挟まれ、かすかな痙攣を繰り返す。
 麻美は今にも突き破られそうなオシッコの出口を直接、指で塞いでいる。もし可能なら、指先を突っ込んですら我慢してやろうというかのような必死の形相だ。
 品行方正で通る風紀委員の彼女は、やや病的なまでに潔癖だった。そのこと自体は思春期の少女にはけっして珍しいことではない。本来は当然の自分の身体の生理を嫌うのは、彼女のような年代の少女にはままあることだ。
(ぜったい、こんなところのトイレなんか、使うもんですかッ……)
 女の子は、きちんとトイレでオシッコを済ませるもの。
 今の時代には珍しく、やや潔癖すぎるきらいのあるほどの貞操観念を堅く守り続けてきた麻美には、まさかこんなバスの中で、しかもバケツにおしっこするなど、天地がひっくり返っても到底許容できないものだったのである。
 だから、麻美はまだ一度もこのバスの後部座席には行っていなかった。彼女にとってみんながオシッコをしているポリバケツなど、トイレの代替にはなりえなかったのである。
 この大雪の中での立ち往生が始まってからの7時間、羞恥やプライドも尿意に負け、多くのクラスメイトたちは次々とトイレ立っていた。しかし彼女たちは麻美にとってはトイレのガマンもできないだらしない子、としか映っていない。
(お、女の子なんだから、ちゃんとトイレまで我慢するのよ……あの子たちみたいな、みっともないことはしないのっ。……お手洗いのしつけくらい、ちゃんと幼稚園の時にすませておかなきゃいけないんだからっ……)
 クラスメイトを蔑むに近いことを考えながら、無謀な努力を続ける麻美は、形振り構わず我慢を続けることで通常の何倍もオシッコをおなかの中に溜め続け、その結果、確かに少女ひとり、2回分のオシッコの余裕を作っていた。
 だからこそ、詩穂のようなトイレの近い子が、他の子よりも多く何回もオシッコをしてもまだバケツは溢れずにいたのもまた、事実といえよう。
(ふぅぅっ、うぅぅっ、ぁあ……が、我慢するのよっ……こんなトコロでなんか、絶対にダメっ…!! だ、だいじょうぶ、できるわ、朝まであと5時間として、60分だから300分、18000秒よ……ひゃ、百数えるのを180回すればいいのよっ……簡単よっ)
 ……しかし、5時間どころかこの30分後。熾烈な我慢の果てに、ぼうっと澱んだ頭で結局100を3回も数えられないうちに、麻美は限界を迎えてしまった。
 身体をよじり腰をねじりつけ、我慢の果ての我慢、限界も限界になったところでオモラシとバケツでのオシッコ、どちらがいいのかという二者択一の選択肢を付きつけられ、とうとう麻美は泣きじゃくりながら水色のポリバケツを股間に押し当て、臨時トイレを使ってしまう羽目になった。
 意地を張って我慢し続けた分、オシッコの量も桁外れとなる。麻美はたった1回のオシッコで、一気に800ml近くもバケツの残り容量を減らしてしまったのだった。




「ねえ、ヒロちゃん、サキちゃん、マナちゃん、大丈夫?」
「う、うん。まだ平気」
「あたしも、結衣こそいって来たら?」
「そうだよ、我慢してるとつらいよ、あたしたちのことなら気にしないで」
「わ、私も大丈夫だよ……」
 運転席に近い前座席に、輪になって座り、互いの手をぎゅっと繋ぎあっているのは、結衣、裕菜、早紀、真奈香の4人だ。
 由衣たちは、みんな形だけの笑顔を作りながら虎視眈々と“そのとき”を待っていた。
 世間的には仲良しグループでとおっている由衣たちだが、実際はそれほど仲がいい訳でもなく、クラスの流行に遅れまいと寄り集まっている集団であった。少なくとも、いじめられる事がないようにと表向きの笑顔を取り繕って、付和雷同をしているだけだ。
(……ああもう、みんな意地張ってないで先に行けばいいのに、もうヒロもサキもみっともないくらい我慢してるじゃないっ。マナなんかさっきからチビってるくせに……!!)
 だから、由衣たちは打算的に、まるで爆弾ゲームのようにその瞬間を狙っていた。
 彼女たちは輪になって座っている友達が、皆同じように我慢しているのははっきりとわかっている。勿論、彼女達は自分も我慢していることは承知しているが、同時にあんなみっともない格好だけはしてないはずと確信していた。端から見れば五十歩百歩の有様なのだが、誰一人としてそれに気付いていないのだ。
「無理しなくていいよ? もうつらいでしょ?」
「う、ううん、いいからヒロ、先に行ってきなよ」
「マナこそ、いいよ。我慢してるんでしょ、遠慮しないで?」
 この人数が一斉にトイレに並べば、おそらくポリバケツは途中で溢れてしまう。しかし、乙女としてその最後の一人――自分の番のときに、ポリバケツを溢れさせる羽目になるなんて死んでも嫌だ。
 そして勿論、バケツが一杯になったあと、もうオシッコができない状態のままずっと我慢していることも間違いなく不可能だ。
 だから由衣たちの目論見は、タイミングを見計らって、一番最後にオシッコのできた女の子になることだった。一番最後にすっきりできていれば、そのあとバスが動かないまま長い長い時間がかかっても、一番最後まで我慢できることになる。少なくとも明日の朝まで我慢し続けることができるだろう。
 他の子が漏らしたりしちゃったところで知ったことじゃないし、6年生にもなってオモラシなんでもちろん軽蔑するけどそれは心の中だけにして、大丈夫だよ、仕方ないよ、我慢できなかったんだよね、と優しく声をかけてあげれば、その子は一生自分に頭があがらなくなるはずだ。
「あたしたち、親友だよね……」
 互いが抜け駆けしないよう、ぎゅっと手を繋ぎあったまま、虚飾の笑顔が並ぶ。
 この意地っ張りな我慢がますます自分たちの下腹部を占領する水風船の容積を大きくしていることを知りながら、由衣たちのチキンレースは続いている。





「も、もぅだめェ……っ」
 がたんと補助席を跳ね飛ばして立ち上がるなり、氷室佐奈は床を蹴立てて後部座席へと奔った。すでにその両手はしっかりと下腹部をホールドし、一部の隙もなく固定している。辛抱のきかない両の手のひらは、そうあるのが正しいのだと言わんばかりに隙間なく股間に重ね当てられていた。
「で、出ちゃうッ、オシッコ漏れちゃうゥッ……」
 繊細な少女にはやすやすと口にできない言葉をはっきり声にして、唇を震わせ訴える佐奈。もはや隠すこともできないほどに限界なのははっきりと解った。
 しかし、後部座席に続く列には5人を越える順番待ちができている。佐奈は今にも駆け込みたいカーテンの向こうまでの距離は絶望的なまでに遠かった。
「か、変わってェ、変わってよォ、ねえ、先、入れてェ……お願いぃ、早くゥッ!!」
「ひぅッ……!? ば、バカやめてっ、引っ張らないでっ」
 列の一番後ろにいた藤堂歩は、いきなり背後から袖を引っ張られて悲鳴を上げる。背中を回してお尻のほうから大事なところに押し当てていた両手が引き剥がされそうになったのだ。満杯のダムは辛うじて両の手のひらに支えられて形を保っており、それを失えばたちまち崩壊してしまうのは想像に難くない。
 たたらを踏んだ脚で必死にバランスを保ち、ぎゅうっとお尻を押さえながら、歩はきっ、と無法を働いた佐奈を睨む。
「な、なにするの、やめてよっ」
「っ、お、お願いだからァ、先に、トイレさせてェ……っ」
「む、無理よ、わたしだってしたいんだからっ!! み、みんな我慢してるのよっ」
「そんな、意地悪しないでェ……あ、あァっ……」
 無碍に手を振り払われ、佐奈はがくがくと腰を震わせながら通路の隅に座り込んでしまった。どうやら立っていることもできないようだ。
 気遣わしげに佐奈を窺うクラスメイトも何人かいたが、彼女がそのまま身動きせずじっとしているのを見て、それ以上なにかを言うのをやめる。
「っ……ゥ、ァ……あァ……っ」
 小刻みに震える肩は、佐奈が『立ったら、出ちゃう』状態にあることを知らせていた。
 しかし、そんな危機的状況にある彼女を助けようとする者は誰もいなかった。
 順番を譲れという佐奈のわがままは通るわけがなかったのだ。誰もが佐奈と同じことを訴えたいのを、必至になって押さえ込んでいるのに、それを崩すことはもはや現状に対する反逆と変わらない。きちんと順番を待てばトイレに入れるということだけが、辛うじてこの熱狂に浮かされた雪の中の密室の秩序を保っているのである。
 最後の一線を守り通そう、形振り構わずにもがき、惨めに俯いてしゃがみ込んでしまう佐奈の姿は、同情を誘うと同時に、ああはなるまいという反骨を呼び、少女たちを奮い立たせるのだった。





「や、八重ちゃん、へいき?」
「ん……い、いいよ、いいから行ってきて」
 そう答える五十嵐八重の表情は硬い。椅子から半分落ちかけているほどに浅く腰掛け、青ざめて前傾になって。どうみても自分のほうが余裕のないはずの八重は、友達のトイレを見送る。
(がまんするんだとにかく絶対にしないのおしっこしないガマンガマン絶対ダメおしっこ我慢がまんガマンっ!!)
 バスの後部座席につくられた臨時仮設トイレの、限られたおしっこの回数は、いよいよ残りわずかとなっていた。バスの中のクラスメイトの半分以上が今すぐにも使いたいのに、ポリバケツの中はこれまでのおしっこで一杯になりつつあって、みんなが順番に使うなんてとてもありえない。
 そんな中、八重はただ懸命に、自分の我慢を保っていた。
(我慢、我慢、我慢がまんっ……!!)
 八重はバスが止まってあの『トイレ』ができた直後にオシッコをして以来、一度もトイレに立っていない。
 あれからすでに8時間。八重はじっと尿意をおなかの奥に飲み込んでいた。いつもなら形振り構わずトイレに突撃しているであろう”限界”の尿意にすらも、もう2時間前に達している。
 腹部を焦がしている激しい欲求は、もはや鈍い痛みに近かった。
 八重がここまでして耐え続けているのは、大切な親友の美佐や由紀のため。
 4年生まで、八重はイジメられっ子だった。そんな彼女に手を差し伸べて、助けてくれたのが美佐と由紀なのである。
(大丈夫、これくらい平気っ……イジメられてた時にも、何度もやられたもんっ……)
 クラスの女子の半数以上によって続いた執拗なイジメはまる半年近くも続いた。中でもとりわけ辛かったのがトイレに行かせてくれないこと。だからこそ八重は、限界を超えたガマンを身につけた。
 いまはその恩返しの時なのだ。親友の二人のため、八重は自分の分だけではなく、ふたりの分まで一緒にガマンしているのだ。美佐と由紀が安心してトイレができるように、八重はできるかぎりの平静を装ってふたりにその『権利』を譲っている。
 美佐と由紀が、八重を案じながらも限界になってカーテンの向こうに消えるたび、八重の尿意はびくんと激しくなる。ふたりがトイレを済ませた分だけ、八重のおなかの中にはどんどんとオシッコが追加されてゆくのだ。小柄な下腹部にはおさまりきらないオシッコで、張り裂けそうな膀胱をぱんぱんに膨らませ、八重はぐるぐると渦を巻いて泡立つ黄色い濁流を、必死におなかの中に閉じ込めていた。
(へいき、へいき、我慢、ガマン、がまんっ……)
 ぞくぞくぞくっ、とイケナイ感覚が背中を這いあがる。
 股間に響く甘い痺れのとてつもない誘惑を振りきって、八重はぎゅうぎゅうと下着を掴んで引っ張りあげる。
「はぁ、はぁっ、はぁーっ」
 息を荒げ、身をよじって、おしっこをひたすらにガマンする。そうやってもたらされる苦痛が、美佐と由紀への恩返しなのだ。ふたりぶんのオシッコを一身に受け止め、八重は歯を食いしばってあそこを閉ざし続けた。
 




 いつしか、バスの中ではじまった奇妙なチキンレースは、大きな熱を持って少女たちを支配していた。目の前にトイレがあるのに、それを使うことが許容されない。……それはなんと奇矯なことであるのだろう。
 カーテンで仕切られたその向こうにある車内の臨時仮説トイレで、みんなの膀胱の代わりにオシッコを我慢してくれているポリバケツは、誰かがそこに入るたびに中身を増やし、いつしかいっぱいにになってしまう。その時がタイムリミットだ。
 バケツの容量の8割がたが黄色く濁った液体に満たされつつある今、その限界が近いことを悟り、いまや車内の皆が少しでもバケツに負担をかけまいと、必死になっておなかの中にオシッコを溜め込んでいた。
 誰も彼もがトイレに行きたくて仕方ないのに、それを素直に口にすることができないのである。
 なにしろ、バケツを占領した総量18リットルにもおよぶオシッコは、この一晩で6-C全員が一致協力して作りだした恥ずかしい液体であり、クラス全員がきちんと我慢できなかった証なのだ。
 誰も、最後の一人にだけはなりたくなかった。自分のオシッコでバケツを溢れさせてしまうのだけは、なんとしても避けねばならなかった。
 もしそうなってしまえばその瞬間――自分がクラスで一番我慢のできなかった子として、バケツを満たす1クラス30人分のオシッコ全部を、自分の責任として押し付けられてしまうという不思議な空気が、雪に埋もれたバスの中に出来上がっていた。

 だから、と少女たちは妄想する。トイレに行くなら最後から2番目だと。

 ほんの少しでもいい。ちょっとだけでも出せればそれだけ楽になるはずだと思ってバケツを跨いだ河原絵麻は、3回ちょろろっ、ちょろろっ、とオシッコをこぼし、とうとうガマンしきれずに残り全部をバケツの中に注いでしまった。
 しばらく我慢していれば蒸発するだろうから、ちょっとだけ出してしまおうと思って下着にわざとおチビリした天野未央は、そのままじょわじょわとスカートとタイツまで汚してしまい、泣きながらカーテンの後ろに駆け込み、激しい水音を響かせることになった。
 まるでバケツを自分の膀胱のように心配し、少しでも自分が我慢することでみんながオシッコできるようにと思っていた坂崎志保里は、そうやってじっと我慢している間、どんどんバケツの水位が上がり、それといっしょにおなかの中の膀胱が膨らんでいく想像に耐え切れなくなり、自分の我慢をバケツの中に押し付けてしまった。
 我慢の限界と共にカーテンの奥に入った飯塚里美は、バケツの縁ギリギリまで迫っている黄色い濁流の水位を目の当たりにして愕然とした。平均と比べて明らかにトイレの『多い』自分が用を足せば、おそらくバケツが溢れてしまうことに気付いたからだ。驚異的な精神力でオシッコを『途中で止め』て、一旦は脱ぎかけた下着を、腰をもじつかせながら穿き直して、席に戻った里美は我慢の延長戦に突入する。

 そして、無常にも、カウントダウンは進む。
 最後の順番になったのは、クラス全員の非難を浴びながら4度目のトイレに立った沢村詩穂だった。
 そのとき詩穂の目の前にあったバケツは、もはやどこにも新しいオシッコを受け止める余裕などなく、汚れた水が表面張力で溢れ出さんばかりになっている有様だった。
 一体この一晩で何人の子が、何回ここにオシッコをしたのだろう。少女たちが股間から迸らせる液体に度重なる陵辱を繰り返され、バケツはもはやその中身の重みに耐えかね、限界のように軋んでいる。
 後部座席のトイレは、いつ崩壊してもおかしくなかった。
「ねえ、まだッ!?」
「か、変わって、はやくっ」
「詩穂、ねえ、いつまでしてるのよぉっ……!!」
 次々に詩穂をせかす声が響く。その声音はもはや罵声に近い。
 無言のままの詩穂に、クラスメイトたちの声が激しさを増す。一刻も早く次を待っている少女たちがいるというのに、トイレに閉じこもり、占領し続けようとする詩穂に次々と怒声が飛ぶ。
「ね、ねえ、沢村っ!? 怒るわよっ、はやく、はやくっ……してよぉ!!!」
 しかし――
(し、したいけどっ、したいけどっ……できないの、もうオシッコできないのっ……!! あ、溢れちゃうっ、もう、これ以上、無理なのっ……)
 目の前のバケツは、もはや詩穂同様、どこにもオシッコを受け入れる余裕などなかった。
 もし、今すぐに目の前に公衆トイレが出現したら、恐らくクラスの8割以上が先を争って列に並ぶだろう。順番を巡って掴み合いのけんかすら始まるかもしれない。……それができる余裕がありさえすればだが。
 いや、もう公衆トイレなんて上等なものでなくてもいい。もうひとつ、空っぽのバケツでもあれば、6-Cの皆は全員、心ゆくまでオシッコを済ませ、すっきりして楽になることができるのだ。
 だが、それは叶わない。車内にこれひとつしかトイレはない。これたったひとつしか、オシッコのできる場所がない。
 ――だからこそ、少女たちの我慢は終わらない。
「…………~~っっ……!!」
 沢村詩穂は動けなかった。
 もはやここではオシッコはできない。それでも、車内にはまだたくさんの子がオシッコを我慢している。もしこのトイレが限界なのを詩穂が黙っていて、このままオシッコを我慢したまま次の子に順番を譲ったとする。けれど、それでなにが変わるわけでもないのだ。
 詩穂に変わってトイレに入った次の子が、またもバケツがいっぱいになっていることを知るだろう。その子もそれを黙っていたとしても、いずれは順番に中に入ったクラスメイトたちが順にそれを知ることになる。
 いま、この瞬間だけが――詩穂がここにいて、トイレを占領している間だけが、バスの中の6-C全員にとって、『トイレ』が残された最後の一瞬なのだ。
 激しく次を急かす声を聞きながら、詩穂はいつまでも、我慢を続けるしかなかった。



 (初出:書き下ろし 2008/12/12)

[ 2008/12/12 23:38 ] 小説 | トラックバック(-) | コメント(-)
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