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ビアホール?のお話 

 某特区の「今日の○○」の“おかわりのジョッキ3杯ぐらいならもう溜まってる”というフレーズに触発されて書いたもの。





「ねー、もうこっち空っぽだよー、はやく追加おねがーい」
 空になったジョッキを掲げて、8番テーブルから声が上がる。とはいえそれに答える声はない。大混雑中の店内に何度も響く声に、麻美はレジの客におつりを押し付け、殴り書きにした伝票を放り出して叫んだ。
「ただいまおうかがいします、少々お待ちくださいっ!!」
 テーブルを埋め尽くした大盛況の賑わいの中を、麻美はトレードマークのポニーテールを跳ねさせ、エプロンを押さえて走る。
 広いんだし、もう少しテーブル減らして余裕を持って配置すればいいのに、と愚痴っていた先輩に、別に平気ですよこれくらいと笑いながら答えていた3時間前の自分を叱り飛ばしてやりたかった。
 高々と手を上げる一団のテーブルまで、大きく迂回して15秒。注文票を片手にようやくたどり着いた麻美に、空のジョッキを押しやって、スーツ姿の女性たちが『おそーい』と口々に文句を言う。
「も、申し訳ありませんっ」
「……まあ、しょうがないけどさぁ。ナマ中みっつね? 急いでよ?」
「は、はいっ……」
 答える麻美に、今度は背中から別の声が注文をせかす。
「ねえ、こっちもビールまだー? 結構待ってるんだけどー!!」
「も、申し訳ありません、さ、サーバーの調子がよくなくて……すぐにお持ちいたします……!!」
「あーもぅ、ぬるくてもいいからはやくー!!」
 他にも次々あがる声に振り回され、麻美はめまぐるしく構内を走り回らされてゆく。
(くぅ……んっ)
 そんな麻美のおなかは、エプロンの上からでもなおはっきりと分かるほどの、『ビール腹』と化していた。走るたびにたぷんたぷんと揺れるほどにみっともなく出っ張った自分の下腹部を無意識に撫でさすり、麻美はぎゅっと口を引き結ぶ。
 エプロンの下ではさらに酷いことになっており、制服のズボンのウェストは大きく伸ばされ、不恰好なくらいにせり出している。ベルトの穴は苦しさに耐えかねてふたつ外側、ズボンのチャックまで半分緩めているほどだ。
「はぁ、はぁっ、はぁっ……」
 ホールを3周近く走り回った麻美は、汗だくになって何枚も注文票を抱え、なんとかカウンターの奥へと駆け戻った。ぎゅっとカウンターの縁を掴んで、奥に居る奈緒に叫ぶ。
「ナマ中みっつ、あと6番テーブルのポテトみっつがまだで、向こうのテーブルでもまだチキンもふたつ足りないって……!!」
「わ、わかってるってば!! もう、急かさないでよっ!!」
 カウンターの奥、顔を背けたくなるほどの熱気が篭った仮設調理場でも、奈緒がフライドポテトとチキンを両手に抱えながら走り回っていた。
 お約束程度に換気扇が回っているが、もともとは普通の部屋を仕切っただけのスペースなだけに、よっつも並んだ業務用コンロの火が篭って恐ろしいことになっている。蒸し暑さは頂点に達し、その傍では先輩の伝で借りたビールサーバーが、恐ろしいほどに大きく低い唸り声と共に震え、いまにも火を噴きそうな気配を見せていた。
「それより麻美、由紀にこっち手伝うように言ってちょうだいよ! 全然間に合わないんだってば……!!」
 いらいらと足を踏み鳴らし、奈緒が声を荒げる。
 彼女もまた、麻美と同じかそれ以上に、酷い『ビール腹』をしていた。調理用のエプロンを下から押し上げる下腹部の膨らみは、外から見てもはっきりと分かるほど。
 汗だくの麻美は、髪を鬱陶しげにかき上げながら、時折辛そうにそんなおなかを抱えなおす。
「聞いてる麻美? 由紀呼んでってば!! も、もう私……ッ」
「む、むりだよ、レジも凄い行列で……由紀ちゃんだって余裕ないよ。……そ、それにわたしだって……っ」
 ぎゅっと手を握り締め、続く言葉を飲み込みながら、麻美は強張った表情を浮かべている奈緒を見つめ返した。
 思うことは、麻美も奈緒も同じなのだ。なんとかしてこの『ビール腹』をすっきりさせたい。それ以上に切羽詰った欲求は、いまはありえない。せめて少しでも多く汗をかけばいいのだろうかとも思うが、そんな事をしても逆効果に思えてしまう。
「……おーいってば!! ねえ、ナマ中まだー!?」
 言葉を失っていたふたりの硬直を解いたのは、店内のざわめきの中から飛んだ催促の声だった。
「と、とにかく、ナマ中みっつ、追加……っ、冷えてなくても、いいからって……」
 麻美は苦しげな溜息と共に奈緒から顔を背けた。こんなところに居ても辛くなるだけだ。少しでも動き回っていたほうが、まだ気が紛れるかもしれない。
 だが――声を荒げて奈緒が言う。
「ま、待って麻美、ビールくらいあなたでもできるでしょ!? こっちも先の注文あるから、そっちで用意して!!」
「そ、そんな、ずるいよそんなのっ!!」
「ずるくない! 私、もう何回もやってるんだからね!!」
 ぴしゃりと言われ、麻美が思わず口を閉ざしてしまうと、奈緒はそのままぷいと顔を背け、まるで麻美をを無視するように調理場に戻っていった。
「……っ」
 そこまで強い調子で言われてしまえばもうそれ以上言い返す気力もなく、麻美は渋々、まだ乾いていないジョッキを抱えて、中古のビールサーバーに向かう。
(っ、や、やっぱ辛いよぉ……)
 小刻みに震える膝と、不自然に寄せ合わされた腿。
 気を抜くとよちよち歩きになってしまう下半身を庇いながら、麻美はサーバーを操作する。ジョッキに注がれるビールは、お世辞にも冷えているとは言いがたい。ガラスの容器に泡を立てて注がれて行く黄金色の液体が、麻美を怪しく誘惑する。
 片手に抱えた中身一杯のジョッキはずしりと重たく、ますます麻美を苦しめた。背中にも嫌な汗が浮かび、重苦しい下腹部がさらにずっしりと重くなる。
(っ、はやく、はやくしないと……マズいかもっ……)
 慣れない手つきでビールサーバーを操作しながら、麻美はその場でたんっ、たんっと激しく足を踏み鳴らし続けていた。ポニーテールが左右に揺れ、背中で毛先をひょこひょこと飛び跳ねさせる。
 奈緒がああまでして麻美に押し付けようとしたのもわかった。こんなに膨らんだ『ビール腹』を抱えてのこの作業は、まさに地獄に近い。
 容量500mlの中ジョッキに、サーバーの中身が泡:3、ビール:7の黄金比で注がれてゆく。この比率がビールの苦味を泡の中に閉じ込め、もっとも美味しい状態にするコツらしい。先輩はそう教えてくれたが、麻美にはそんなもの知ったことじゃなかった。
 泡立ち、中ジョッキに溢れんばかりのビール、3杯。
 実際には生ビールの中ジョッキには通常の350mlの缶ビールほどしか入っていない計算になる。つまりこの3杯で、およそ1リットルほどだ。
(……うぅ、たぶんそれくらい溜まってるよぉ、コレ……)
 身じろぎするだけでたぽんたぽんと揺れてつらいほどの『ビール腹』に、麻美は切なく身体をくねらせ腰をよじらせた。
 ただでさえフル回転を続けていてロクに冷えてないぬるいビールは、ジョッキの底にぶつかって立てる音はますます麻美の我慢を辛いものにしてゆく。
 おヘソの裏に感じるむず痒さは、時間と共にどんどんと下のほうに降りてきているような気がする。塞がった手の代わりに太腿をすり合わせて膨らんだ『ビール腹』を抱え上げながら、麻美はぐっと唇を噛んで、両手にジョッキを抱えてふたたび店内に走り出した。
(は、はやく、オシッコしたいっ……)
 トイレに行きたい、と思ってからもう3時間。
 それから一度も休む暇なく接客を続けている麻美の下腹部は、はちきれんばかりに溜まったオシッコで大きく膨らみ、つのる尿意はいよいよ我慢の限界に差しかかりつつあった。





 戦場のような忙しさの理由は、予定の半分しかいないスタッフのせいだ。文化祭の2日目となる今日、サークルの当番だったはずのメンバーのうち三人がそれぞれに適当な理由をくっつけて、模擬店に顔を出してすらいない。
 一言文句を言おうにも、携帯も留守電か録音メッセージばかりで、連絡すら取れない有様だった。
 そんな状況で、素人の麻美が20を超えるテーブルを受け持ってホール係を務められるわけもない。そもそもが、サークルの中に複数のバイト経験者がいるから、という理由で出店を決めたビアガーデンなのだ。
「先輩、あと中ジョッキで4つ追加ですっ!!」
「ま、またぁ? もぉ、そんな急がせないでってば……っ」
 どうにかレジを終え、追加の注文票を持って駆けてきた由紀に、奈緒が叫び返す。由紀も息が荒く、頬もいくらか上気していた。
 わざわざ用意した揃いのコスチュームであるエプロンの下で、由紀の右手は深く脚の付け根の間へと伸びている。人目を気にしてか、掴んでいるのはスカートの端だったが、本当なら今にも爆発しそうな下腹部の『ビール腹』をおもいっきり握り締めてしまいたいに違いない。
「ユキちゃん、平気……?」
「あ、あんまり平気じゃないかもです……さっきも、先輩につかまっちゃって、2杯も飲まされちゃって……」
 小さな身体に似合わず、由紀はとてもアルコールに強い。それを知っているからこそ先輩がたも、忙しい彼女にねぎらいのを『ごほうび』をあげているつもりなのだろうが、今はまったくの逆効果だ。
 アルコールは直接皮膚からも血管に吸収されるため、利尿作用は水などとは比べ物にならないのである。何倍も飲まされなくとも、てきめんに効果を発揮するものだ。
「こ、こーゆうのも、可愛がりっていうんでしょうか……んぅっ……」
 由紀が言葉を詰まらせてぎゅっと下を向いた。同時に激しく泡立つ黄金色の液体が、小柄な由紀の身体を内側から膨らませている光景を想像してしまい、麻美はぶるっと背中を震わせる。
(や、やばっ……)
 オシッコの誘惑というものは伝染するものだ。由紀の様子が引き金になって、麻美の身体でも下腹部に閉じ込められていたオシッコが激しく暴れ出した。
(は、……くぅうっ……!?)
 もはや容れ物のふちぎりぎりに迫りつつある水面が、ざわざわと波立ち濁流となって出口へと殺到する。ジョッキ3杯分、推定1リットル近い『ビール腹』の中身が、圧倒的な質量で麻美に襲い掛かった。
「ねえ麻美、悪いけどまたお願い!! こっち、手が離せないから――」
「うぅ……っ、ま、待って、ちょっとタイムっ……!! こっちもだめ!! い、今ちょうど来ちゃってるトコなのっ……!!」
 麻美は、別の意味であそこから手が離せなくなっていた。
 押し寄せる尿意の波を塞き止めるため、前屈みになって麻美は低く叫ぶ。お尻を突き出し、壁に上半身を持たれかけさせて、股間を握り締めてぐううっと脚を交差させる。
「せ、先輩……っ」
 ぁんっ、と短い喘ぎ声を断続的に上げながら、足先をねじり、ぎゅうっと下半身をよじり合わせる。麻美は膨らんでせり出した『ビール腹』を懸命に撫でさすり、容赦なく出口に叩き付けられる身体内部の水圧をおしとどめる。
(うぅ、恥かしいぃ……っ、ユキちゃんの前で、こんなカッコ……っ)
 いい歳をして二人の前で恥も外聞もなく、脚の付け根をぐぐぐぎゅううっと握り締めてしまう恥辱に、麻美の頬はかあっと赤くなる。しかしこうでもしないと、もういつ漏らしてもおかしくない状況なのだ。形振り構ってはいられなかった。
「ご、ごめん……、お、おさまんない……よ、余裕ないかも……っ」
「っ……」
「ゆ、ユキちゃん……」
 一瞬も気の抜けない我慢のタイトロープの上で、懇願するように、麻美は前屈みのまま由紀を見上げた。けれど、由紀もさっきからエプロンを両手でぎゅうぎゅうと掴み、見ているだけで辛そうなほどに脚がその場で足踏みを繰り返している。
 由紀も、麻美に負けず劣らずに限界が近いらしかった。
「――ああもうっ……わかったわよっ!!」
 ふたりを見かねたか、奈緒が半ば自棄になってビールサーバーに向かう。今度はジョッキで四つ。サーバーの調子はさらによろしくなくなっており、ほとんど冷えていないままのビールがジョッキに注がれて行く。
 冷えていないためか奈緒の注いだビールはやや泡の割合が多い。4:6程度で、ジョッキ四つで正味1200mlといったところだろう。
 大学サークルの模擬店ということで、電子レンジで暖めただけの料理の出来に文句を言う客がほとんどいないのが幸いしていたが、この様子ではさすがに苦情でもでかねない。
「ほら、はやく持ってって!! 麻美もこっち!!」
 どん、とジョッキをカウンターに並べ、奈緒は声を荒げた。忙しさで自分の尿意を誤魔化そうというのか、奈緒は一時も足を止めようとしない。
「まだ一杯注文あるんだから、急いで!!」
「う、うん」
「はいっ……」
 その迫力に圧倒されながら、麻美と由紀は反射的にジョッキと、フライドポテトの皿を抱えあげる。
「んぁっ……」
「ふぁぅぅう……っ」
 注文の料理を運んでいる間、手はそれで塞がってしまう。つまり、一歩ごとに大きく揺れ動くずっしり重い『ビール腹』を支えるものはなくなってしまうのだ。料理を手にしてしばし、麻美と由紀はロクに歩けず、小さな喘ぎ声を漏らすばかりだった。
「おーい、まだー!? 待ちくたびれたよーー!?」
「は、はい、ただいまおうかがいしますーっ!!」
 それでも、注文を急かす客の呼び声に答えずにはいられない。ふたりはちらりと視線を交わすと、そろそろと慎重に歩き出す。
 その様子は、慣れない新人店員が、緊張に身体を強張らせ無理して両手一杯にトレイを抱えている初々しさを、意図せずに演出していた。客の態度がさほどきついものにならないのも、ホールを行き来する麻美と由紀がそんな様子だからという理由もあるのだった。
 もっともながら、少しばかり緊張しすぎ、慎重すぎるのも確かだったが――アルコールの入った雰囲気の中で、それを客に察しろというのも無理なもの。
 麻美たちは、孤独に、しかも密かに襲い来る衝動との戦いを続けなければならなかった。





「お、おまたせしましたっ」
「あ、来た来たっ」
「遅いよぉ~」
 テーブルに座る大三人連れが、やってきたジョッキを見、3分の1ほど残ったグラスを掲げ、勢い良く乾杯をして中身を飲み干してゆく。
 さっき由紀が言っていた鬼門のテーブル、それがこの13番テーブルだ。サークルの大先輩である3人が、もう2時間も飲み続けている。すっかり出来上がった3人は由紀や麻美がやってくると、模擬店の混雑などそっちのけでいろいろ最近のサークルの様子を聞きたがった。
「ん、こっちも空にしちゃおう」
「飲める?」
「まだまだ、これくらいぜんぜん平気平気!!」
 先輩たちはもう何倍目になるのかも分からないグラスをぐいぐいと空けてゆく。
(はぁぁあ……っ)
 そんなものを目前で見せ付けられては、まるでそのまま、先輩たちが飲んだ分が麻美の膀胱に注ぎ込まれている気分にななってしまう。ずしんとオシッコがお腹を膨らませるような錯覚に、くねくねと揺すられる腰を押さえ込むこともできず、麻美の身体はふらふらと揺れ、その場でたん、たんと我慢のステップを刻み出してしまった。
「ねえ、あなたも飲む? おごるわよ?」
「えっ、で、でも、まだ仕事中ですしっ」
「いいからいいっから、ね? たまにはOBに気風のいいとこ見させてちょうだい?」
 ようやく注文を届けたテーブルの先で、スーツ姿の大先輩にそんな風に言われてしまえば、麻美には断れるわけもない。
 何年ぶりかの旧交をあたためて、盛り上がっている場に水をさすこともできず、麻美は喉奥に詰まった『い、嫌ですっ!!』という言葉を飲み込んでしまうのだった。
「はい、じゃあ乾杯ーっ」
「か、かんぱい……」
 麻美は震える下半身を必死に押し殺しながら、ジョッキのひとつを抱えて立ち尽くしてしまう。困惑は頂点に達し、頭の中は『どうしよう』でいっぱいだった。
(も、もうこれで3杯目……こんなお腹で、飲めるわけないよぅっ……)
 およそ350mlのビールを片手に硬直するも、先輩たちは楽しそうに次々ジョッキを空にしてゆく。アルコールを伴う水分吸収は非常に早く、飲んだ傍からオシッコに代わる。そしてますます、麻美たちの『ビール腹』を大きく膨らませるのに貢献するのだ。
 オシッコがしたくなってから3時間、その間だけでさらに1リットル以上のビールを飲まされている。麻美だって由紀ほどにはないにしろアルコールには強いほうだが、だからといって口にしたビールがどこかに消えてなくなるわけもないのだ。
 空にしたのと同じだけの水分が、遠からず全て下腹部の容れ物に注ぎ込まれるのは避けようのないことなのである。
「どうしたの?」
「い、いえ、なんでもないですっ」
 震える唇で答えて、麻美はそのままジョッキに口を付けた。ぬるいビールを無理矢理喉に流し込む。
(が、ガマン、ガマン、がまんっ……!! うぅぅぅぅ……ッ!!)
 ごく、と喉が動くたび、ぎゅっとくっついた太腿の間の奥、脚の根元のの小孔から、中身が吹き出しそうになる。
 水を1リットル飲むことは難しいが、仮に飲みきったとしても、オシッコになるのはそのごく一部、2~300mlほどだ。それに対して、ビールは飲んだ1リットルがそのまま全部オシッコに変わるとすら言われるのだ。
 ひとくちごとにエプロンの下で『ビール腹』がますます膨らんでゆくという錯覚もあながち間違いではない。下腹をぐっと押さえ込みながら、麻美はジョッキを傾けていった。
「っ、ぷは……あ、ありがとうございました……ッ」
 辛うじて礼だけは口にし、麻美はそのまま大先輩たちのテーブルから走り去る。もうあのテーブルには二度と近づきたくなかった。
「ふう……飲みすぎちゃったかなぁ……」
「あはは、もう限界ー? 歳じゃないの?」
「うるさいわねぇ。……あ、ちょっとトイレ行って来るね」
 小さな歩幅で、精一杯走ろうとする麻美の背中に、大先輩たちの談笑する声が届く。
(そ、そんな話、しないでよぅっ……お願いだからっ……!!)
 頭が沸騰したように熱い。アルコールのせいかもしれないし、ロクに冷房の効かない教室に篭った熱気が原因かもしれない。しかし、熱く真っ白になる思考に合わせて、下腹部では沸騰した尿意がますますその勢力を強めていた。身体の奥をじわじわと侵食し続ける、ぱんぱんに膨らんだ膀胱は、麻美のエプロンの下で、文字通りの『ビール腹』となっていた。
 中ジョッキ三杯分、推定、約1000mlと少し。……比喩や誇張などを抜きにして、麻美はそれに近いだけの量のオシッコを我慢し続けている。
「くぅぅ……ッ!!」
 じっとしていることが辛い。踏み台昇降のように脚を踏み鳴らし、麻美はビールサーバーの前で、ジョッキに4杯のビールを注ぐ。少しでも気分を紛らわそうと、口の中では先輩に教わったビール注ぎのマナーをつぶやき続ける。
 泡:3、ビール:7の黄金比。計4杯で、都合1.4リットル。
 洗ったばかりの生乾きのジョッキの底に叩き付けられる、黄金色の飛沫。迸る激しい水流が泡を立て、じょぼぼぼと爽快な水音を奏でながらガラスの容れ物をいっぱいにしてゆく。
(うぅ、と、トイレ。トイレぇっ……オシッコっ、オシッコしたいぃい……!!)
 いっそこれと同じように、麻美の身体の中に閉じ込められている熱い液体も一緒に、地面の上に激しく泡立たせながら叩きつけてしまいたい。ますます膨らむ『ビール腹』は、ただ立っているのもつらいほどに麻美の身体を圧迫している。
 すでに疲れも感じない。麻美はおなかにずっしりと溜まったオシッコを抱え続ける、いつまでもぬるいビールを溜め込んでばかりのサーバーと同じだ。
 ――いや。サーバーはちゃんとビールを外に出せている。もう何リットルも、ジョッキに何倍も、泡立つビールを注いでいる。
(ず、ずるぃっ……なんで、なんで私ばっかり……っ)
 それなのに、それなのに麻美は、あまりにも理不尽な我慢を続けているのだ。どうして機械にできるのに、自分にできないのか。そう揺れる思考が、ふと空のジョッキに落ちる。
 およそ、500ml――0.5リットルの容量をもつ、“容れ物”に。
(っ、こ、ここに、ここに出しちゃえば――全部は無理だけど、半分くらなら入るよね……っ、す、すぐに流して洗っちゃえば……っ)
 およそ、いい歳をして考えるようなことではない、まともに判断すればまずありえないような誘惑に、エプロンの下で麻美の小さな排泄孔が震える。
 ヒクンっ、と緩みかけた小さな孔は、まさにその禁忌の選択肢を麻美に選ばせようと、混乱の極みにある彼女の思考の隙を縫って麻美の理性を支配し、手に握る空のジョッキをぐうっと股間に寄せさせようとする。
 このままこの入れ物に股間を押し付けて、下着の股布を引っ張って横にずらせば、それで十分用は足せる。万が一のこともあるししゃがんだ方がいいかもしれない。ヒクつく腰に誘われるまま、麻美は場所も考えずに排泄の準備を始めてしまう。
 いっそ本当にこのまま――ジョッキを汗ばんだ手のひらで握り締め、麻美が本気でそう思いかけたその時だった。





 ――不意に。
「ねっねえ、麻美っ、由紀どこ行ったか知らないっ?!」
「っ!? わ、わわ!? っ、あ、な、なに!?」
 いつの間にか近くに居た奈緒に声をかけられ、麻美ははっと我に帰った。慌てて取り落としそうになったジョッキを、辛うじてつかんで近くのテーブルに置く。
「っだから由紀よ!! あの子、さっきからいないの!!」
「え……、し、知らないよぉ」
 言われてようやく麻美はその事実に気付く。店内を見回しても彼女の姿は見えず、レジには数名が行列を作っている。その行列で客が店員を呼ぶ声が自分を呼んでいるのだと気付き、麻美は慌てて飛び出そうとしたが――
「す、すみませんっ!!」
「ちょっと、待ったわよ?」
「も、申し訳ありませんでしたっ、お会計ですね――」
 ぴゅうっと教室の入り口から駆け込んできた由紀が、深く頭を下げてレジをさばき始めた。
「ね、ねえ、どこ行ってたんだろう、ユキちゃん……」
「どこって、そんなの……」
 わざわざ口にするまでもない。

 ――トイレ、だ。
 オシッコ、だ。

 忙しなく料金のやり取りをはじめる由紀を、麻美と奈緒はそろって恨めしげに見つめる。互いに言葉にはしなくとも、言いたいことは百も承知だった。
 このタイミングでいなくなっていたというなら、その目的はひとつしかない。
(い、いいなぁ……いいなぁっ、ユキちゃんっ。お、オシッコできたんだ……っ!!)
 自分と同じかそれ以上に我慢していたのだろうから、さぞかしすっきりしたことだろう。まったくすっきりできていない自分の『ビール腹』を抱え、麻美は羨望と嫉妬の混じった暗い視線で由紀を見詰めてしまう。
(わ、私だって、すっごくトイレ行きたいのにっ、オシッコ、もう出ちゃいそうなのにっ……!! 、ゆ、ユキちゃんだけ先にトイレしてきたなんて……!!)
 麻美の隣で、奈緒も同じようにモノ欲しそうな表情を露にして由紀を睨んでいた。奈緒も麻美も、我慢そのものは利く体質だ。けれど多分、由紀のほうがもっとその才能はあることを、何度かのサークルの飲み会で二人は知っている。
「な、なんで……勝手にっ……。はぁ……っ、せ、せめて一言あってもいいじゃないっ……!!」
 軋るような、奈緒の呻き。
 全員が我慢しているのは3人とも十分に分かっていたはずだ。混雑はますます激しくなり、誰ひとり簡単に抜け出せるような状態じゃないということも。
 だからこそ、一番我慢に余裕があるはずの由紀が、最初にトイレに行ってきたという事実が納得できなかったのだろう。
「も、もぅ……く、ぅぅうあっ……だ、、だめ……ッ」
 下腹部に大きくせり出した『ビール腹』に、ぱんぱんに詰まって熟成された熱い黄金色の液体を抱えながら、ふたりは腰をもじつかせるのを止められない。
 しかし――麻美も奈緒も、いくら他人を羨んでも始まらないのだ。切迫した下半身の事情は、つきつめれば他人とは無関係にそれぞれ自分自身の問題でしかない。
 由紀には自分たちの分まですっきりしてきてもらったのだから、と麻美は自分を納得させようとする。それは奈緒も同じだったようで、無理矢理に笑顔を作って、不自然なくらいに元気に言うのだった。
「っ、ま、まあいいわよ、ものは考えようね。ぜ、全員が我慢の限界っていうより、ずっといいと思うから……っ」
「そ、そうだね……ユキちゃんもう余裕あるだろうし……」
「……そうよ、そう……っ」
 それでもなお、ふたりと由紀の間にできた、苦痛に喘ぐものとそれから解放されたものの溝は大きく深いままだった。
 店内からいくつもの注文を急かす声があがり、由紀がレジに奔走しながらそれに必死に答える。すぐに窺います、と叫んではいるものの、レジに並ぶ会計待ちの行列は多く残り、返事どおりにはいかないだろう事は一目瞭然である。
 しかし、本来ならすぐにそれをフォローに向かわねばならないはずの麻美はカウンターの奥に立ち尽くしたままで、並ぶ奈緒もそれをとがめようとはしない。
(そうだよ、ユキちゃん、余裕なんだから……っ。さ、先にオシッコ、してきちゃったんだから……っ!!)
 なんで、自分より先に楽になった彼女を、もっともっと苦しんでいる自分たちが助けにいかねばならないのか――そんな心理が二人の足を鈍らせていた。
「おーい、席空いてるー?」
「はっはい、しばらくお待ちくださいっ」
 新たな来店者に、由紀が悲鳴のようにうわずった声で応じた。
 混雑がピークになってからもう1時間近く、来店者がとぎれない。もう9時を回っているのに、まだまだ客足が衰えていないのだ。
「……模擬店の終了って、何時だっけ……」
「基本的には10時で、おしまいだけど……延長許可貰ってれば、11時過ぎまで平気だったと思う……」
 去年は、それでも日付が変わるまで完全撤収できなかったサークルも数多くあった。基本、おとがめなしの無礼講なのが昨今の風潮だ。
 麻美の脳裏を、不安がよぎる。
 まさか。まさか、まさか本当に、このまま、いつまでもずっとトイレにいけず――永遠に我慢を続けていなければならなくて、いつか身体じゅうがオシッコに占領されてしまうんじゃないか。
 麻美はそんな気分になり始めていた。
(ゆ、由紀ちゃんみたいに、こっそりトイレ行っておけばよかったっ……。私、奈緒とちがって、ホール係なんだから……っ)
 このままどんどんと『ビール腹』が膨れ上がって、とうとう最後には自分がビア樽になってしまうんじゃないだろうか。
 ビア樽のサイズは、英国式で36ガロン。およそ160リットル。
 もちろん数字で考えればそんな我慢なんて常識的には在り得ないが、その百分の一……1.6リットルくらいなら、本当におなかの中に溜まっていそうだった。





「ちょっと、由紀」
「え……?」
 とにかく、せめて勝手に持ち場を離れたことくらいは言っておこうと、新しいテーブルの準備に注文に、レジを終えて戻ってきた由紀を、麻美と奈緒は取り囲む。
 底意地の悪い先輩根性がなかったと言えば嘘になるだろう。汗だくの由紀を捕まえて、カウンターの裏に引っ張り込む。腕を引かれ、由紀はバランスを崩して声を上げる。
「きゃ……せ、先輩、なにしてるんですか……っ、ひ、ひどいですっ、居たのになんで手伝ってくれないんですかっ!?」
「だって、ユキちゃん一人で平気でしょ?」
「そうよ……もう大丈夫でしょ、由紀だけでも」
 ひとり先に抜け駆けしてトイレでの蜜月を過ごしてきたことに対する、奇妙な嫉妬が麻美たちを衝き動かす。自分でも驚くほど冷たい声音で、麻美は由紀を睨んでいた。
「そ、それってどういう……」
「どういうじゃないわ。勝手にトイレ行って来るなんて……どれだけ今忙しいかわかってるの!?」
「そうだよ、ちょっと自分勝手すぎるよ、ユキちゃん」
「そ、そんな――ちょ、ちょっと離れただけじゃないですか!! た、確かにおトイレ行ってきちゃいましたけど、でも――」
「ちょっとって何よ、私たちだって一生懸命我慢してるのよ!? もうずっと前から!! お店離れらんないから、すっごく苦しいのに頑張ってきたの!! それなのに、なにその態度!!」
 奈緒が感情を爆発させる。麻美もまったく同感だった。
「トイレ行ってこれたんでしょ、だったら少しくらい大変でもいいじゃない。もう大丈夫なんだから――」
 しかし。由紀は問い詰める奈緒に、あらん限りの声を張り上げる。
「へ、平気って……大丈夫って、、な、なんのことですかぁ……っ!!」
 見れば、由紀は前屈みのまま、忙しなく下腹部を揉みしだき、下着を引きちぎらんばかりに引っ張りあげ、強く脚の付け根を握り締めている。
 さらには力強くその場行進をするような、大きな足踏みを繰り返して、腰を後ろに突き出し、涙目で麻美を見上げていた。
「え、ゆ、ユキちゃん……?」
「へ、平気じゃないです……っ、ぜんぜん平気じゃないですっ!! も、もう本当にでちゃいそうなのにっ、はぅうっ……ぜ、ぜんぶお仕事押し付けるなんてっ……ひ、ひどすぎますっ……!!」
 すっきり楽になったどころか、前にも増して辛そうな様子の由紀に、奈緒もその勢いを失ってしまう。
 麻美は、由紀のエプロンがさっきよりも大きくせり出して膨らもい『ビール腹』になっているのを見つけ、声を上げそうになった。
 いくらなんでも不自然に過ぎる。確かにビールを飲みすぎたときには一度トイレに立ってもまたすぐに尿意を催すのは珍しくないが、それにしても由紀が戻ってきてから、まだ15分も経っていない。
「だってあなた、トイレ行ってきたって……」
「い、行きましたけどっ、行きましたけどっ!! ……す、すごく混んでて、入れなかったんですっ……何十人も行列、できてて……っ!!」
「えええええっ!?」
 麻美は思わず叫んでしまう。なおも、その隣で驚愕に開いた口を慌てて抑えていた。
「せっかくおトイレ来れたんだからって、なんとか、ぅうっ……、ご、5分くらい、待ったんですけど……ぜ、ぜんぜん進まなくて……!! な、なんだか個室、いくつか、こ、壊れちゃってるみたいで……!!」
 両手を脚の付け根から離すことなく、だんだんと床を踏み鳴らしながら、身体をゴムのようにぎゅうぎゅうと捻って由紀が言う。
「じゃ、じゃあ、トイレ行ったのに、オシッコできなかったの……?!」
「…………っ」
 流石に直接的な物言いに、由紀も小さくこくんと頷くことで肯定の意味を返す。
「そんな……」
 奈緒も言葉を失っていた。
 これまでは、それでもなんとかしてトイレまで辿り付けば用が足せると、そう思って自分を慰めてきたというのに、それすら叶わないのでは、おはやすがる希望すら失われてしまう。
「じゃ、じゃあ4階のトイレは!?」
「あ、あそこは今工事中で……」
「5階は!? なんでダメなの!?」
「き、奇数の階は、男の人専用のトイレになるって決まってたじゃないですかぁ!! 私に言われたって困りますよぅっ!!」
 由紀はべそをかきながら叫ぶ。
「わ、わたしだって大変だったんですからっ!! やっとトイレできるって思ったのにっ、行ったらまた順番待ちでっ、じ、じっとしてるのだってつらいのにっ……!! そんな“おあずけ”されちゃったらっ、ほ、本当に我慢できなくなっちゃっても仕方ないじゃないですかっ!! ちゃんと戻ってきたんですよっ!? そ、そのまま逃げちゃったってよかったんですからねっ!!」
「っ……」
 由紀の剣幕に口をつぐむ奈緒。
 麻美も同じだった。由紀と同じ立場になった時、そのまま――オシッコを我慢したまま、ちゃんと模擬店に戻ってきたかどうか。自信を持って答えられないのだ。
「もしもーしっ!! 注文まだー!?」
「ねえ、こっち遅いよ、早くして!!」
 客の声が次第に熱を帯び始めている。一刻も早くトイレに駆け込まねばならない3人を、容赦なく呼びつける声、声、声。
 限界寸前の『ビール腹』を抱えた3人は、途方にくれるしかない。
「うぅ、くぅう……」
「っ、あ、ふぅうっ」
「ぁんっ……っ」
 ちいさく震える唇を噛み締めて、前屈になっての両手で股間をきつく握り締める、まったく同じ格好で、いまにも破裂しそうな下腹部をぎゅっと抱え込む。

「こっち、ナマ中3つー!!」
「中ジョッキで4杯追加、はやくしてー!!」
「おーい、まだ注文取りこないのー? ビール5つだってばー!!」

 ジョッキ1杯当たり、約350~400ml。
 注文を急かす声が要求する、中ジョッキ計12杯。4リットル強。三人合わせれば恐らくその全てをいっぱいに出来るほどのオシッコを、その大きく膨らんだ『ビール腹』にぱんぱんに詰め込んで。麻美たちは荒い息をつきながら必死に身をよじり続ける。
 聞えていないわけではない。無視しているわけでもない。けれど、今まさに我慢の波の頂点に立ち、それに抗うので精一杯なのだ。
 たとえこれを乗り越えても、オシッコは消えてなくなるわけもない。いつまで我慢を続けても、根本的な解決にはならないのだ。途方にくれる3人の視線は――いつしかカウンターの片隅に用意された、大きなプラスチック容器に注がれていた。
 麻美も、奈緒も、由紀も。全員がもう何時間も前から一度ならず何度も『それ』を視界に捉えながら、あえて意識から締め出していたもの――力強く大きな、どっしりとした透明の容器。
 麻美たちの『ビール腹』など、たちどころに解決してくれるだろう、大きな大きな入れ物を。

「えーと、ひのふの、……もういいや、ジョッキ面倒だから、とりあえずピッチャーふたつで!!」
「あ、こっちもそうしよ。ピッチャーおねがい!!」

 大きく膨らんでエプロンのおなかにせり出す『ビール腹』。もはや、3人の我慢に対して、ちゃちなジョッキなどでは到底つりあうわけもないのだ。たかだか500mlのガラス容器などでは、試すまでもなく物足りないのは火を見るよりも明らかだった。
 そう、どれだけ控えめに見栄を張ってみたところで、中ジョッキ程度では注ぎ込んだオシッコはそのまま溢れてしまうに違いない。
 だから――容量およそ1.8リットル。巨大な空っぽの容れ物は、今の麻美たちにとってとても、とても都合がいい。
 ちょうど数も三つ。3人の『ビール腹』を心ゆくまで満足させてくれるだろうプラスチックのピッチャーは、頼れる大容量と、どっかりとしたサイズの安定感を示し、無言の存在感で3人を誘惑している。
 いますぐにあれをまたいで、しゃがみ込んで、このおなかを膨らませ続けているオシッコを、一滴残らず思いっきり出せたら――どんなに気持ちのいいことだろう。そう、まるであのビールサーバーのように。
「――ば、馬鹿なこと考えてないで、は、早くしなきゃ!!」
「そ、そうですねっ!! い、行ってきますっ」
「……ええっと、こ、このお料理どこだっけっ」
 掠れた声で、3人は同時に叫ぶ。
 そうやってわざと意識を逸らさなければ、本当に今すぐこの場で、3人ともそれを始めてしまっただろう。
 出したくてたまらないオシッコを、必死に押しとどめ、約1.8リットルの、巨大な空っぽのプラスチック容器がもたらす誘惑に、麻美はビール腹をエプロンの上からぎゅうっと握り締めて、必死に必死に抗うのだった。



 (初出:書き下ろし)
[ 2009/05/09 22:52 ] 小説 | トラックバック(-) | コメント(-)

テストのお話・6 



『――以上で リスニングの 問題の 放送を 終わります』


 ぷつ、と切れるスピーカー。
 それと同時に、サツキは震える手を上げていた。オシッコに濡れた手のひらは、スカートにぐりぐりとねじつけて拭いている。
 『おんなのこ』を覆うじゅぅんと湿った下着は、今もなお断続的なおチビリによって新たな水分を供給し続けられ、そろそろ絞っても水が滴りそうなほどだ。
 もはやトイレまで間に合うかも怪しい。制服のスカート、お尻のほうにはもうどうやったところでごまかしようもないくらいに大きな染みができてしまっている。本質的にはトイレでオモラシを続けるか、ここでオモラシを続けるか程度の差でしかないかもしれない。
「あ、あの……ッ」
 掠れた声で、サツキはもう一度、教卓の教師を呼ぶ。あまり大きく手を上げると、オシッコで汚れた指なのが分かってしまうんじゃないかとすら思えた。
「どうした?」
 手を上げたのがさっきからうるさくしていたサツキだとわかると、担当の教師の表情が険しくなる。かれどサツキにだって後がない。怯む心を奮い立たせ、サツキは震える唇を湿らせて言葉を続けた。強張る頬、背筋に気持ちの悪い汗が浮かぶ。
「す、すみません……そ、その、トイレにっ……」
「……試験中だぞ」
 何を馬鹿な、というような声音。教師の表情がさらに不機嫌に歪んだ。
(だ、だって……っ)
 試験中だなんてそんなことは百も承知だ。これが大事な試験で、そもそも不正防止のため、試験中の中座は厳しく咎められるべきもので、だからこそトイレは休憩時間のうちに済ませておくなんて、それこそ小学校からでも言われる基本中の基本の常識だなんてことは、サツキだって誰よりも良くわかっている。
 まだ、解答欄のほとんどが白紙だ。上手く走ることもできそうにないこの状況でトイレに行けば、10分近くは戻れないこともわかっている。
 それでもなお、このままここでオモラシなんて、絶対に許容できるわけがなかった。
「――お願いします……が、がまん……できません……」
 静寂の中、“オシッコが漏れそうです”とほぼ同義の言葉を口にしたサツキに、教室の中が静かにざわめく。
 頭の中が沸騰しそうなほどの羞恥が、サツキに襲い掛かった。
 俯いたサツキの顔が耳まで真っ赤になり、少女は必死に唇を噛んで内側からの尿意と、外からの好奇の視線に耐えねばならなかった。
「仕方ない。答案は伏せていくように」
「は、はい」
 小さな舌打ちが聞えた気がしたが、サツキはそれを気にすることはやめて、なんども頷きながら椅子を引き、がたがたと忙しなく机を揺らして席を立った。
 椅子の天板にはサツキが押しつけてきた股間のカタチに水滴が残り、ぐちゅりと脚の間に湿った股布が張りつく。
 クラス中の視線がサツキに集まり、後ろの席からは隠し切れないお尻の『おチビリ』の痕跡を、前や横の席からは、アヒルのように後ろに突き出された腰や、スカートの上から股間を握り締め、一時も離れない手のひらなどを見つけてゆく。

(ねえ、あれって……)
(やだぁなにあれ、もう漏らしちゃってるじゃんっ)
(うわ、オモラシ?)
(ちょっと、なにやってんの村瀬さん……?)
(トイレ行かなかったのかしら……)

 すでにサツキの脚には、ふくらはぎまでオシッコの水流があとを作っていた。立ち上がった床にも、ぽた、ぽた、と水滴が散ってゆく。事態を把握した周囲の生徒たちが、飛びのくように机を鳴らして距離をとる。
(っ……!!!)
 千本の針のように突き刺さる視線の圧迫に耐えかね、サツキは逃げるように教室を横切って、ドアを開けるのももどかしく廊下に駆け出した。
 無理に走ったせいでさらにじゅじゅじゅじゅぅとオシッコを漏らしてしまうが、振り返る余裕などない。

 だから、

(結構がんばったよねぇ、サツキ)
(ふふ、でもあのカッコ、恥かしかったよぉ?)
(馬鹿だよねえ。女の子なんだからごまかしかたならいろいろあるのにさ、トイレ我慢できませーんなんて馬鹿正直なんだもん)
(でも、面白かったなぁ…いつ漏らすかドキドキしたよ?)
(まだまだ。あんなもんじゃもったいないじゃん?)
(……え。どうするの?)
(くすくす。こーするの)

 ざわめく教室の中静かにしろ、と叱責する教師の声を聞きながら、周囲の少女たちとこっそり囁きあったチエリが、再び手を上げるのを――
 サツキは気付けるわけがなかったのだ。





 ふらふらと廊下を歩き、途中でなんどもしゃがみ込みそうになりながら、サツキはどうにか視界の先にトイレを見つける位置までやってきた。
(トイレトイレオシッコトイレトイレオシッコ漏れちゃう我慢オシッコ)
 両手で『おんなのこ』のダムを塞き止めながらでは、階段を下りる脚もおぼつかない。トイレまでの位置エネルギーがそのまま衝撃になって、溜まりに溜まった水風船を揺らす。たぷんと揺れる恥水の水面が、そのまま『おんなのこ』の容れ物を倒してしまいそうだ。
 暴発寸前のおなかを抱え、恐る恐る一段目の段差に足をかけるサツキ。
「サーツキっ♪」
 ぽんとその肩を叩いて現れたのは、チエリであった。
「え……っ」
 予想外の相手の出現に、生まれた思考の空白。募る尿意とあいまって、目の前の少女が自分をこんな苦境に追いやった張本人だというそのことすら、サツキは瞬時には思い至れずにいた。
 そもそも――いまの不意打ちで、そのまま漏らしはじめてしまわなかった事こそが奇跡に近い。
 そんなサツキの肩をつかんだまま、チエリはぐいとサツキの身体を引き寄せる。内股で小刻みに震えるサツキの脚では、それに抗う力はない。我慢のために整えられた姿勢から無理矢理別の方向を向かされる苦痛に、ただ声を上げるのみだ。
「あっ……や、やめっ……!!」
「ゴメンねぇ、サツキ、ずっとトイレ行きたかったのにね、あたしが邪魔しちゃったんだよね。テスト中なのに」
 白々しく謝ってみせるチエリに、サツキの思考は空転を続けていた。なんで、どうして。そもそも何故チエリがここにいるのか、まったく考えが及ばない。
 単に、チエリが『おんなのこ』の事情を口実にして教師の許可を取って教室を抜け出してきたのだと――そんなことも思いつけなかった。
 目を白黒させたままのサツキに、チエリは飛び切りの笑顔で微笑む。

「でも良かったね、間に合って。一緒に戻ろう?」

 100%混じりけなしの、悪意を持って。
 そう言うと、サツキの手首を掴んで、チエリはずんずんと廊下を歩き出した。ふらつく脚ではそれを抑えることも叶わず、サツキはそのままチエリに引きずられてしまう。
「や、やめッ……だめ!! だめぇ!! ひ、引っ張らないでっ!!」
 バランスを崩した脚が倒れこむ身体を支えようと勝手に前に出て、厳重な防備のひとつである『膝の寄せ合わせ』が崩れた。おまけにスカートの前をおさえこむ手の数までも半分になって、『両手の前押さえ』すら成立しない。
 すでに疲労の極致にある『括約筋の締め付け』はほとんど意味を成さず、辛うじて三重の防備で決壊を塞き止めていた『おんなのこ』のダムが崩壊を始める。
 幾重もの押さえを失ったサツキの脚の付け根で、じゅじゅじゅじゅうぅ!! と激しい水流が噴出し、布地にぶつかってくぐもった音を鳴らす。
「っ、だめ!! チエリ離して!! と、トイレ出ちゃう!! オシッコでちゃうからぁ!!」
 形振り構わない叫びに、しかしチエリはまったく耳を貸さない。恐ろしいほどの力でサツキを引きずり、廊下を歩いて行く。サツキの行きたい方向とはまったく正反対へ――待望の、焦がれ続けたトイレから、最も離れる向きへと。
「だめ、トイレ、オシッコ、オシッコでちゃうっ、でちゃう……!!」
 まるで水をくみ上げるポンプのよう。サツキが歩くたびもたつく脚の間からじゅわじゅわと水流が迸り、その足元にびちゃびちゃと水流が飛び散る。
 とっくに保水力の限界を迎えた下着はそのままオシッコを素通しにして、サツキの下半身をずぶぬれにしてゆく。スカートには前も後ろも大きな染みが広がり、内側から吹き出す水流に従って裾まで濡れ浸る。
 上履きが足元までびしょ濡れになり、一歩ごとに水音を立てる。
 廊下の騒ぎに、近くの教室から何事かと教師が顔を出した。その視線とばっちり目が合ってしまい、サツキはさらに悲鳴を上げる。
「や、嫌、違うの、と、トイレ……オシッコっ……オシッコするの、ちゃんと、トイレでっ……は、離して、が、我慢ッ、できないっ行かせてっ…!!」
「あーあ、ダメじゃないサツキってば。トイレ行く前に漏らしちゃったの? オシッコ我慢できなかったんだぁ?」
 とどめとなる一言が、チエリから放たれた。
 わざとらしいほどの大声に反応して、廊下に面した教室のあちこちが騒然となった。ざわめく声が次々と伝播し、それぞれの教室から一斉にがたがたと席を立つ音が響く。
「もう、そんなとこでオモラシなんか……みっともないよ、サツキ!!」
「やめてよ、もうやめてよぉ!!!」
 たとえ試験中であったとしても、チエリの言葉は十分以上に興味をそそる内容だった。懇願するサツキの足元で、激しい水流が大きな水溜りを作り始めている。排泄の解放感が弱々しく震えるサツキの腰を包み込み、下半身を濡らす暖かな感触が少女の気力を根こそぎ失わせてゆく。
「あ、あ、あっ」
 荒げた大声に反応して、『おんなのこ』が保っていた最後の一線も破られた。廊下に立ちつくしたまま、サツキはアヒルのような格好で、スカートの上から股間を握り締めたまま、本当の勢いのオシッコを始めてしまう。ばちゃばちゃばちゃ! と激しい勢いで廊下にぶちまけられるオシッコは、サツキが我慢の上に我慢を重ねていただけあって、恐ろしいほどの勢いだ。
「あんなにお茶なんかがぶがぶ飲むからだよ? テスト中にオシッコ我慢できなくなっても知らないって言ったのにさぁ!!」
「ち、違っ……」
「せめてトイレくらいまでは我慢しなよ! 女の子でしょ!?」
 サツキの抗弁を遮るように、チエリは苛立ちすら装ってサツキを責める。
 廊下に漏れたざわめきがどよめきとなり、並ぶ教室のあちこちからあふれ出す。
 チエリの声に黙っていられなくなったのだろう。廊下に並ぶ5つの教室の10のドアから何事かと生徒たちが姿を見せ、廊下の真ん中で盛大すぎるオモラシをしているサツキを見て次々に声を上げた。
 教師がそれをとどめようと怒鳴るが、一度堰を切った好奇心はその程度でおさまらない。クラス30人よりも遥かに多い、その5倍もの視線が一斉に、廊下でオモラシを続けるサツキへと集まった。
 学年じゅうにまたたくまに広まる、オモラシの事実――
「ち、違うの、ぜ、全部、ちえり達がっ……い、イジワりゅ、し、したっ……」
「ひっどい!! あ、あたしのせいだって言うの!? なにそれっ!!」
 サツキが涙を滲ませ声を震わせて必死に訴える真実の声は、人垣の奥に空しく消えていった。



 (終)


 (初出:書き下ろし)
 
[ 2009/05/07 18:13 ] 小説 | トラックバック(-) | コメント(-)

テストのお話・5 


 答案用紙が配られ、チャイムと共に一斉に問題用紙をめくる音が響く。クラスメイトたちが悩みながら解答欄を埋めてゆく中、サツキはひとり、問題用紙を伏せたままだった。
 やや前傾になった上半身は机の上にかぶさり、放り出されたままのシャープペンシルと消しゴムが、所在なげに答案の上に転がっている。
 最難関とは言えずとも、難易度では引けをとらない英語の試験。本来、得意科目のはずのサツキの両手は、しかし試験開始からずっと机の下に差し込まれたまま、動こうとしない。
 それもそのはず、サツキの両手は、机に隠れてスカートの前にきつく重ね当てられていた。
 ぎゅっと寄せ合わされた太腿の間、深くねじ込まれたサツキの両の手のひらは、股間の丸みに合わせてぴったりと重なり、スカートと下着を押さえ込むようにして、下腹部の尿意を膀胱ごと押さえ込んでいる。少しでも力を抜けば、たちまちヒビの入り始めた『おんなのこ』のダムの崩壊をもたらしてしまう。
(は、はやく、はやくっ……)
 10分後にはリスニングのテストも始まる。問題文の読み上げ時間が決まっているリスニングは、どうやっても早く解くことは不可能で、それまでにできるだけ解答欄を埋めておく必要もあった。
 だが――サツキの手は問題を解くことよりも、オモラシを塞き止めることに精一杯で、机の上に現れることもできなかった。
(……はやく、はやくしなきゃっ……!!)
 気ばかりが急く。
 こうしている間にも試験時間はどんどん減っていくのだ。来年に受験を控えた期末試験は、今後の進路にも深く関わる重要なものだ。しかし、乙女のプライドを賭けたオモラシとの戦い、オシッコ我慢の試験は、それよりも優先せねばならないものでもあった。
 問題を解こうとすれば、恐ろしいほどの速さで時計の針が進み、トイレを我慢しようと思えば、まるで時間が止まったかのように文字盤の針はピクリとも動かない。
 限界寸前の尿意を抱え、トイレを我慢しながら、期末試験を受ける――
 サツキにそんなことが、可能であるわけがない。
(っは、はやく、はやくぅ、トイレぇ……!!)
 生姜紅茶とコーヒーと、レモンティ。繰り返し摂取した二重三重の利尿作用の相乗効果で、敏感な排泄器官はフル稼働。それに伴って容赦なく高まり続ける尿意が、サツキを塗りつぶしていた。
 ガマン。オシッコ。お手洗い。
 サツキの頭の中は、『おんなのこ』のダム同様、我慢し続けているオシッコのことでいっぱいだった。トイレに行きたい。トイレに行ってオシッコをしたい。もう我慢したくない。もうおトイレしたい。トイレしたい、オシッコしたい。
(と、トイレ、トイレ、オシッコ、トイレ行きたい、出ちゃうっ、漏れちゃうっ、ぉ、オシッコしたいぃ……っ!!)
 震える手で掴んだシャーペンが、回答用紙の隅に『おしっこです、トイレに行きたいです』と書き記す。それで一瞬楽になったような気がした直後、サツキは慌てて我に返り消しゴムを掴んだ。
 乱暴に解答用紙を擦ったところで手が滑り、消しゴムが机から跳ねて落ちる。反射的に手を伸ばしかけた瞬間、ぷくりと尿意が膨れ上がった。
(っ、や、またっ……だめ、……が、ガマンっ……!!)
 くしゃくしゃに握り締められた下着の股布に、じわりっと滲む危険な気配。膀胱が絞り上げられるように尿意が高まる。
 これまでサツキが我慢してきた3時間弱の時間の、3分の1程度の時間。わずかな50分。けれど途方もなく長い50分。秒にして3000秒。
 間断なく打ち付ける尿意の波濤の間隔は、大体平均して6秒に1回、つまり尿管の蠕動と同じ間隔だ。あらたにオシッコが膀胱に注ぎ込まれる瞬間すら、過敏になった下半身は感じ取ってしまっている。
 1回に増えるオシッコの量は、およそ1cc。本来は再吸収などの作用でこれはもっと少なくなることもあるが、もともと利尿効果をてきめんに受けやすいサツキの身体は、現在それらの作用をほぼ行えていない。
 1分間で10回分の10cc。ということは、英語の試験時間の50分間、訪れた500回の尿意の波を耐え抜いたときには、サツキの『おんなのこ』の容れ物を満たすオシッコは、さらに500mlも増えている計算になる。
 その素となるのに十分な水分を、サツキは1時間以上も前に摂取しているのだ。吸収されたコーヒー飲料とレモンティは、少女の全身を巡って、一ヶ所に再集結しようとしているに違いない。
(っ……漏れ、ちゃう……よぉ……っ!!)
 ふたたび、下腹部の奥でこぽこぽと水音が響いたかのような錯覚がサツキを襲う。思わず腰を浮かしかけたサツキの下で、がたんっ、と椅子が揺れた。
「……そこ、静かにしなさい」
 教師が眉を寄せ、不機嫌そうに言う。これで都合四度目の粗相となるサツキに、流石に周囲からもはっきりと非難の視線が集まっていた。
 しかし、もはや放って置いても勝手に動き出してしまう下半身を押さえつけるのは、意志の力だけでは限界だった。
「ふ……ぅくっ……ぁ、…ぅっ」
 押さえ込もうとして漏れる小さな呻きも、テストの静寂の中では異様なほどに大きく響く。クラスメイトの不審はそろそろ頂点に達し、サツキを鬱陶しげに睨む生徒も少なからず居た。
 これではまるで針のむしろだ。
(も、もうダメ……と、トイレ……っ!!!)
 ここでの中座は恐らく致命的な時間のロスとなる。だが、一刻の猶予もない我慢を抱えたままではそもそも残り時間を乗り切ることすら不可能に思えた。
 サツキは背中を丸めたまま、『おんなのこ』を庇うように腰を浮かせ、震える手を上げ、近くを通りかかった試験担当の教師を見る。トイレに行かせてもらうための許可を貰うためだった。
 だが――


『ただいまより リスニングの 問題の 放送を 始めます』


 ぷつ、とスピーカーの音と共に、放送が始まる。
 試験開始から5分と経っていなのに、リスニングの問題が流れはじめたのだ。
 慌てて問題を中断する周囲のクラスメイト。
 その中で、サツキは顔を青褪めさせていた。予想よりも、ずっとずっとリスニングの放送の開始が早い。
(そ、そんな……ぁ……)
 はじめに念を押されたように、1回だけしか放送されない上、10分以上は続くリスニングの問題。しかも配点も高く、これを逃すとサツキの答案は3分の1以上空欄となってしまう。
 予定通り試験開始10分後に始まるのなら、というサツキの目算は大きく崩れた。しかも――
「先生、問題が聞こえません」
「……村瀬、静かにしろ!」
「っ、……は、はい」
 ぎしっ、ぎしっ……行けるはずだったトイレを禁止され、思わず動く腰が椅子を軋ませる。それを咎める教師が語気を荒げてサツキを睨み、叱責する。
 読み上げられる英文に、クラスの全員が集中する。雑音もぴたりとやみ、クラス中が一単語も聞き漏らすまいと、一心にスピーカーの向こうの会話に集中していた。
 こんな状況では、とてもではないが教師を呼び止め、トイレに行く許可をもらえるとは思えない。
 サツキはそのまま動けなくなってしまった。
(ぅ、あ……っ、や、と、トイレ、トイレ、トイレぇ……!!)
 ぎし――せめて我慢のため腰をくねらせようとしたサツキの体重移動を目ざとく見つけ、再度教師がじろりと睨む。それでもうサツキは脚をモジ付かせることすらできなくなった。
(ぉ、おしっこ、オシッコオシッコオシッコ!! オシッコ、で、でちゃうぅぅう!!)
 席を立つどころか、押し寄せる尿意をおおっぴらに押さえ込むことすら許されず、サツキは声にならない悲鳴を上げた。
 だが、そんな彼女に救いの手を差し伸べる相手はどこにもいない。
 そんなサツキに、今日一番の大津波が押し寄せた。まるで洪水で氾濫する大河のように、身体の奥からありったけの水分がもう許容量一杯の『おんなのこ』のダムへと押し寄せる。
 ぞわりと背筋を走る感覚と共に、サツキは緊張に全身を強張らせた。
(ぁ……ッ!!)
 身動きもできず、机の上で両手を握り締めたサツキの『おんなのこ』がヒクンと引きつり、内側から膨らむ。
 トイレの中でしかしてはいけないはずの、オシッコを出す準備を『おんなのこ』がはじめてしまう。その感覚が、制御を離れた脚の付け根の間で勝手に進行してゆくのを、動けないサツキはまるで他人事のように感じていた。
(ぁ、あ、あ、あ、だめ、ダメっ)
 わずかに緩んだ水門が、じわじわと高まる水圧に内側からこじ開けられ、脚の間にぷくりと熱い水流の感覚が広がってゆく。

 じゅ、じゅぅ、じゅわ……っ

(ち……ちびっちゃった……っ!?)
 我に返ったサツキの両手が、ほとんど反射的に動いた。『がばっ』と左右の手のひらを脚の間に突っ込んで出口を締め付けるが、もう襲い。致命的な失敗、オシッコ我慢における落第点、――紛れもないおチビリの証が、じゅわぁと下着の股布に染み込んでゆく。
(う、嘘……だ、だめ、もう駄目、もう出ちゃだめ……っ)
 後ろにずらした椅子の上、身体をかぶせるようにぐうっと前傾になって『おんなのこ』を押さえ込むサツキ。だが一度出口を覚え、サツキのオシッコは、指の奥で間断的に吹き出しては白い布地を少しずつ侵食してゆく。
(っ、ゃやだ、ぁ、オモラシっ、っだめ、ダメなのっ……!!)
 おチビリはちょびちょびと漏れ続け、まったく止まらない。
 下着の股布を通過して、とうとう手のひらにまで溢れるおしっこの感触に、サツキは身震いした。押さえた指の間に溢れたオシッコが、太腿を伝い、スカートのおしりの方にまで流れ落ちて、大きな染みを作っていく。
 それでも、サツキは本格的な決壊だけは避けるべく、両手両脚の総力を挙げて『おんなのこ』のダムを押さえつける。
 教室ではリスニングの問題が2問目に指しかかっていたが、放送の内容など遠い異国の呪文のようで、サツキの頭には入ってこない。
 チエリはそんな様子のサツキを、笑いを堪えながら見つめていた。



 (初出:書き下ろし)
[ 2009/05/07 18:12 ] 小説 | トラックバック(-) | コメント(-)

テストのお話・4 


 無常にも時計の針は、それまでと変わらない速度で進み、淡々と時刻を刻む。
 2時間目の試験終了を告げるチャイムが鳴り響き、監督の教師が重々しく宣言すると、クラスの何人かから大きな溜息や悲鳴が上がった。
 予想よりも問題は難しく、最後まできちんと問題を解けた生徒は少ないらしい。回答用紙が前に集められる中、そのことにある種の僥倖を感じつつも、サツキは号令が終わるや否や、そそくさと席を立とうと椅子を引いた。
 が――
「あ、ねえ、サツキ、お願いっ!! ちょっとこれ教えて!! 一生のお願いっ!!」
「あ、あたしも、あたしもっ!! 英訳で解らないところあってさ、ここのとこのね……」
「ご、ごめん、あたしちょっとそれどころじゃ――」
 本日最後の試験であり、次の試験科目となる英語はサツキの得意分野である。それ故に、普段からこうして頼られることもよくあった。
 けれど今は下腹部のダムの緊急放水という、何よりも逼迫した緊急事態がある。単語帳をめくってひとつでも英単語を頭に入れることなどよりも、トイレのほうがずっと優先順位が高い。
 あまり開いたこともなさそうな新しい教科書を手に集まってくる友人たちを適当に振りきって、サツキは立ち上がろうとする。
「すぐ戻るから、待ってて欲しいんだけど――ッ!?」
 が、その手をしっかりと掴まれて、サツキはその場でがくんっとつんのめりそうになった。突然の衝撃に、下腹部の『おんなのこ』のダムがじんじんと震える。
「なにそれ。ちょっと待ちなよ? あたしたちの事なんかどうでもいいってこと? そういう言い方ってないんじゃない?」
 とたんに不機嫌な様子をあらわにして、チエリがサツキの手を掴んでいた。場の気配は瞬く間に変わり、漂い始めた険悪そうな雰囲気に、サツキの脳裏に緊急警報が鳴り響く。
「わたしだって一生懸命なのにさ、そうやって友達のこと放ってくわけ?……サツキ、自分だけテストの結果良ければいいんだ? ふーん? 優等生はいいよね、余裕たっぷりでさ」
「ち、違……そんなんじゃなくて……」
「そんなんってなによ、やっぱりどうでもいんだ? サツキってば」
 詰め寄るチエリの気配に押され、サツキは思わず腰を下ろしてしまった。机の上に圧し掛かり、顔を近づけてくるチエリ。いつの間にか、周囲にも数名のクラスメイトが集まってきている。
 このままでは本当に勢いに押し切られてしまいかねない。サツキは覚悟を決めて、素直に告白する。
「だ、だから違うの! ちょ、ちょっとトイレに……」
「トイレ?!」
 チエリがやけに大きな声で怒鳴る。教室の半分くらいに響いた音量に、周囲の視線が集まり出した。熱くなる頬を感じ、サツキは続く言葉を飲み込んでしまう。
「トイレって、それくらい我慢しなよ。ちょっと聞くだけでしょ? すぐ終わるんだから。……サツキ勉強できるんだからさ。みんな困ってるじゃん。見捨てるの?」
 意を決して訴えようとした尿意まであっさりと斬り捨てられ、サツキは言葉を失った。言い換えそうにも周りの注目を集めてしまったせいで、堂々とトイレだとは言い辛い気配まである。
「今の言い方って、ないと思うんだけど。ねえ?」
 チエリに頷く少女達。クラスメイトたちの機嫌はかなり悪く、苛立ちもちらほらと覗いている。どうもさっきの数学のテストが、かなり酷いことになっているらしいとサツキは感じる。
「え、で、でもっ」
「――それとも何? もう漏れちゃうの?」
 動揺したサツキに、チエリは間髪入れずに聞いてきた。
「っ、そ、その……っ、ご、5分くらいだから……す、すぐに戻るってば。ずっと、オシッコ……我慢して……っ」
(――や、ば、馬鹿!! 何言ってんの私……!!)
 ふとトイレの気配をうかがわせる質問に、ぴく、と反応した『おんなのこ』に衝き動かされ、サツキは思わず秘めておくべき尿意の度合いまで口走ってしまった。
 それを聞いたチエリが、小さくくすり、と唇の端を歪める。
 しかし、咄嗟の油断に完全に我を失い、歯噛みしていたサツキは気もそぞろで、クラスメイトたちの不穏な気配すら見逃してしまっていた。仮にそうでなかったとしても、我慢に夢中で気もそぞろ、余裕のないサツキはそれに気付くことはできなかっただろう。
「じゃあ、これだけ教えて? ね? ここだけ!」
 チエリがサツキの目の前に問題集を広げ、ページを示す。そこはかなり長い和訳の文章題がページいっぱいに並んでいた。
 ちょっとだけ、という割には多すぎる問題に対し、口ごもるサツキ。そんな彼女を、チエリはさらに急かす。
「……ねえ、ほら早くしてよ? 時間なくなっちゃうよ」
「ど、どのへん?」
「えっとね……」
 チエリに押し切られ、とうとう応じてしまうサツキ。
 そんな彼女を見て、周りのクラスメイトたちがサツキに見えないところでチエリと同じ種類の笑みを浮かべていたことに、やはりサツキは気付けずにいた。





「えー? どうしてそうなるわけ? だって前のトコと違うじゃん」
「だ、だから、こっちは人称代名詞じゃなくて……別の……」
「そのなんとかって良く解んないんだってば。もっと解りやすく教えてよ。サツキ頭いいんだからさ」
「っ、そ、そんな……」
 チエリはサツキが何度繰り返して説明しても、良く解らないと口を尖らせ、執拗に同じ場所を質問してきた。しかも、分からないならと後回しにして次の文を説明しようとしても、『はぐらかさないでよ』と食い下がるのでテンポ良く進めてゆく事もできない。
 そんなことが続き、流石に3回目のあたりで、サツキもチエリがわざとやっているんじゃないかと疑念を抱き始めていた。
(ああもう、休み時間半分過ぎちゃったじゃないっ……)
 2時間目と3時間目の間にはやや長めの休憩時間が取ってあるとは言え、予鈴も考えるとほとんど時間がない。このままトイレにダッシュして、順番待ちが誰もいなかったとしても、試験開始前にギリギリ戻ってくるので精一杯だろう。
 得意分野の英語とは言え、せめて開始前にざっと復習をしておかなければいけないというのに、もはやそれは絶望的だ。数学の失態を取り戻すためにも、せめて英語はぜったいに取りこぼすわけにいかなというのに……
「も、もういいでしょ!? トイレ行かないと、ホントに時間なくなっちゃう……!!」
 とうとう痺れを切らし、サツキは声を荒げてしまう。
 これまでの解説の間も、サツキは何度かトイレに行かせて欲しいとと訴えていたが、チエリは文句を繰り返し、執拗にサツキを解放してくれなかったのだ。
「しょうがないけど、このまままた次も我慢なんてしてたら、テストどころじゃなくなっちゃうから――!!」
「……あのさ、もういいってどういうこと?」
 冷え切った、低い声にサツキの言葉はぶつりと断ち切られた。
 今度こそはっきりと、怒りを露わにして、チエリはサツキの胸を強く掴み、ぐいと押す。
「わたしなんかにいくら教えても無駄ってこと? 馬鹿だから言ってもわかんないから、もうどうでもいいってこと? なにそれ。信じらんない」
「え……っ」
 ぐうっと顔を近づけ、詰め寄りながらきつく襟元を握るチエリの手に、サツキの背中がぞくりと寒気を覚える。くちびるがパクパクと動くが、言葉にならず意味もなく震えるばかりだ。
「教えてちょうだいってお願いしてんのにさ、サツキってそういう態度とるわけ? わたしさ、ちゃんとお願いしたよね? なのになに勝手に諦めてんの? あんた何様? ……普通さ、もういいって言っていいの、わたしのほうじゃない? ねえ、違う?」
「そ、そんな意味じゃ――」
「なに、言い訳すんの? やっぱ優等生は違うね。馬鹿なクラスメイトなんか簡単に言いくるめられるってこと?」
 突如豹変した友人から向けられる悪意に、サツキは言葉を失っていた。鋭い視線に射抜かれたように、指が強張り身体が硬直する。
 押された胸が苦しく、咳き込むサツキ。
 振りほどこうにも、きつく食い込んだチエリの手はまるで離れず、すっかり混乱に頭を真っ白にしてしまったサツキは、小さく唇を動かすばかり。
「いまの、ちょっと酷いよね……」
「そうだよ、ほんの少しだけじゃない」
「村瀬さん、あんまりよくないよ、そういうの」
「そ、そんな――」
 口々に非難がぶつけられ、サツキの頭は真っ白になってしまう。なにがなんだかわからなかった。ごくごく当たり前の行為であるはずの、トイレに行きたいと口にすることが、なぜか卑劣なことだと非難される。
(な、なんで……!? そんな、わ、私、べつになんにも悪いことなんか……と、トイレ行きたいって、言ってるだけなのに……!!)
 こんなのはおかしいと理性は訴えるが、ぐるぐると渦を巻く思考ではうまく考えがまとまらない。下腹部の欲求に従う身体を理不尽に責められて、サツキは鼻の奥に熱いものを感じた。
 じわ、と歪む視界に、嫌な汗が浮かぶ手のひら。
「ひ……ぅ……」
 逃げ道のない袋小路に追い詰められ、動けなくなったサツキは、小さく顎を震わせて、涙の気配を押し殺す。
 と――
「なんてね?」
 くす、と唇の端を持ち上げて、チエリは唐突に素敵な笑顔を浮かべ、サツキの傍から離れる。
 解放されたサツキが、わけもわからないまま軽く咳き込んだその瞬間、教室に休み時間の終了と、次のテストの準備の予鈴を告げるチャイムが鳴り響く。
「あーあ、もう始まっちゃった。ふふ、ゴメンねサツキ。トイレ、行けなかったね♪」
「え……」
「ちゃんと我慢しなよ? オモラシなんかしないでよねー?」
 事態の推移にまったく付いていけないサツキを後に残し、悪意を滲ませた笑みのまま、チエリはそのまま自分の席へと戻ってゆく。同じようにそれに従うクラスメイトたち。
 そしてようやく、サツキは自分が何をされたのかに気付いた時。がらりとドアが開き、次の試験の監督の教師が教室に入ってくる。
 気難しいことで有名な古典担当の教諭は、鋭い声で生徒達に席につくように怒鳴った。
「あ、……そんな……」
 ごぽり、と下腹部に溜め込まれた液体が音を立てたような気がした。
 猛烈な勢いで収縮をはじめ、オシッコを訴える下半身が、サツキの背筋を粟立たせる。
(お、オシッコ……した、かった…のに……)

 ――それなのに、トイレに、行けなかった。

 緊張状態に一時忘れていた尿意が、先ほどに倍する勢いで膨れ上がる。股間の先端を火で炙られたような、痺れとわずかな痛みを伴う排泄欲求が、サツキの『おんなのこ』を内側から激しく膨らませた。
(と、トイレ――行かなきゃ!! 間に合わなくなっちゃう……!!)
 諦め切れず、焦ったように腰を浮かせかけるサツキだが、既にクラスの大半は着席し、教室は静寂の中おとなしく試験問題の配布を待っていた。
 そんな中で少女が椅子を引いた音は、クラス中の視線を一斉に集めてしまう。
「え……あ……っ」
「ほらそこ、早く席につけ!!」
 すでに試験に備えているクラスメイトの中で、そんなことをしようとしたサツキに、監督教師の鋭い注意の声が飛ぶ。
 既に下半身だけはさきにトイレを目指して進もうとしていた。意識だけが放り出されて、ドアを押し開け廊下をつっきり、トイレまでを疾走しようとする。
 しかし、サツキの身体は依然として教室の机の上にあった。
「よし、答案用紙は回ったな。問題用紙は時間まで伏せておくように」
「っ……」
 思わず喉まで出かけた、「先生、トイレ」という言葉。
 もはや、サツキがそれを叫べる状況ではなかった。すでに試験準備は完了し、誰も口を挟める気配はない。
 なにがなんだか分からないうちに、試験前の貴重な貴重な数分は、瞬く間に失われてゆく。古めかしいレコーダーを教卓に出した教師は、声をかけることすら憚られるほどの難しい表情で、傍の椅子に腰掛けて書類の束をめくりはじめる。
(トイレ、行かなきゃ……いかなきゃ……っ!! ま、また我慢なんか……嫌……っ、もう、ぜったいに無理っ……)
 またも始まろうとしている、絶対不可侵の試験時間50分。どうにか乗り越えてきた1時間目、2時間目を凌ぐ尿意が、サツキの脚の付け根に膨れ上がる。
 喉を滑り出そうになる呻きを辛うじて飲み込み、サツキは椅子の上にぎゅっと身をちぢこまらせた。
 そして――
「よし、始め。……10分後にリスニングの放送があるからな」
 チャイムと同時に、教師が時間を確認。
 地獄の50分間が幕を開けた。



 (初出:書き下ろし)
[ 2009/05/07 18:10 ] 小説 | トラックバック(-) | コメント(-)
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