FC2ブログ




一日中我慢をする羽目になった女の子の話。 

 しーむす! 11で頒布した「不幸な偶然で一日中ずっとおしっこ我慢をする羽目になってしまった女の子の話」より。
 もともとこのあと続く予定だったのをページの都合でカットしてしまったので、あと半日くらい我慢は続く予定。





「お姉ちゃんっ、いつまで入ってるのー!?」
 真新しい制服と、通学鞄。出かける準備を整えた少女が、トイレの前でノックを繰り返す。忙しなく中を急かす千佳に、しかし姉の返事は「んー、もうちょい」ばかり。朝から一体中でナニをしているのかと文句の一つも言いたくなるのだが、いくらやっても千佳の抗議は暖簾に腕押しだ。
「もぉー、私が先だったんだよ!? ご飯食べたらトイレ行こうと思ってたのにー!!」
 さっきまでは父親が生活に必需なこの個室を占領していたため、千佳は仕方なしに朝起きて一番のトイレを諦め、先にご飯を食べることにしたのだ。
 前原家の大黒柱はいつもトイレの中で新聞をじっくり読みこむのが日常で、家族からの評判はすこぶる悪い。
 水を流すのもそこそこに、遅刻遅刻とつぶやいて玄関を飛び出していく父を呆れた顔で見送り、ようやく入れると思ったのもつかの間。やってきた姉が順番を無視してするりと個室に滑り込み、鍵をかけてしまったのである。
「ねー!! 百花姉ぇってば!!」
「待ちなよ、もうちょいなんだから……」
「百花姉ぇ、まだ時間あるんでしょ!? わたし今日日直なんだよ? 先に入れてくれたっていいじゃないっ!!」
「んー……」
 日直は担任の連絡や、花瓶の水換えなど、いつもより15分ほど早く家を出なければならない。そろそろその刻限が迫っており、千佳としてはその前にぱぱっとトイレを済ませて、キモチ良く出かけたかったのだが……。
「あと五分……」
「そんなに待ってらんないよ! 急いでるんだから、早く代わって、百花姉ぇ!!」
 聞こえてくる唸り声から察するに、姉はどうも何日かぶりの『ご無沙汰』であるらしい。千佳だって女の子だ、事情くらい分からなくはないけれど――昨日も遅く帰ってきて寝坊しておいて、妹の事情も考えずにのらりくらりとまともな返事もしない態度に、いい加減千佳も限界だった。
「もぉ、いいよ、学校でするからっ」
 憤慨と共にバンと一回、ドアを叩き。千佳はそのまま通学鞄を背負って家を飛び出した。
 玄関のドアがバタンと閉じると同時、トイレのドアから姉が顔を出す。
「千佳ー、空いたぞー って、あれ、もういないの?」
 いつの間にか取り残され、百花は部屋の中を見回して溜息。
「せっかちだなあ……ちょっとぐらい待てばいいのに。日直なんてちょっと遅れたくらいじゃ怒られないでしょ」
 妹が聞いていたら火に油を注ぐような言い分は、しかし既に家を出かけた本人に届くことはない。千佳はとっくに家を出、ぷりぷりと怒りながら、家の前の通学路を早足で歩いていたのである。
 時の流れに『IF』は ないが。
 この時、もう少し大人しくじっと我慢して、順番を待っていれば――と。千佳はこの日、最後の最後までその事を後悔することになる。



 ◆ ◆ ◆



 片道1キロ、まっすぐ歩けば15分の通学路を足早に、千佳は学校へと辿り着いた。日直の事で気分が急いていたのもあったけれど、いつもならきちんとできるはずの、朝一番のトイレをちゃんと済ませられなかったせいで、どうにもおさまりが悪かったのも確かである。
 しかも、途中で道路工事のせいで通行止めになっている路地を迂回して、大通りを通ったせいで5分ほど余計に時間がかかってしまい、気付けば予鈴の数分前。日直どころか、どうにか遅刻はせずに済んだけれど……といったかなりギリギリの時間であった。
 昇降口で上履きに履き換え、階段へと急ぐ。ちらりと覗いた昇降口前のトイレは、下級生たちで混雑しているようだった。入学して半年もたてば、慣れや気のゆるみから朝寝坊や遅刻もちらほら見え始め、学校でトイレを済ませる子達も増えてくるものだ。
(……うー、トイレ行きたいけど、あと、あとっ)
 ちょっとだけ後ろ髪を引かれながらも、千佳は教室へと向かった。そのためにいろいろなものを我慢してやってきたのだ。まずは日直の仕事を先に終えてしまわなければならない。
「おはよー」
「あ、おはよう、千佳ちゃん」
 隣の席の智美に応え、千佳は鞄を下ろす。鞄の中身を机に入れ――もちろん几帳面な千佳は横着して教科書やらノートやらを学校に置きっぱなしになどしていない――智美が手元に体操着袋を抱えているのを見て、あれ、と千佳は声を上げた。
「え、今日一時間目から体育だっけ?」
「うん。時間割変更だって――昨日、先生言ってなかったっけ?」
「えーっと……」
 さらりと返され、千佳は視線を泳がせて思い返す。
 そう言えば昨日の帰りの会でそんな連絡があったのを、今更ながらに思い出す。今日は担任の先生が一日留守にしていて、そのせいで時間割が変わっているのだ。その影響で朝の会も中止になっていたはずである。
 決して忘れていたわけではなく、昨日の夜授業の準備をしている時にも、あさ、身支度をしているときにもちゃんと頭の中には入っていた。その後、トイレの前でバタバタしていたせいで、すっぽり注意が抜け落ちてしまったのである。
(あー……馬鹿だ、わたし)
 担任の先生がいない場合、よっぽど緊急の用事でもないなら朝の会の連絡もない。つまり、千佳が済ませなければならないのは精々花瓶の水換えくらいであった。そんなもの者の重病で終わってしまうことで、いっそ授業が始まる前の時間でだって簡単に済ませられる。千佳が急いで来る理由などどこにもなかったのである。
(んっ……)
 ぶるるっ、と背中が震える。日直の役目と家族へのいらだちで後回しにしていた感覚が、ぐうっとおなかの下に膨らんでくる。
 やることがないとなれば。優先すべき用事もない千佳はまず、なによりも向かいたい場所があったのだが――
「朝から体育って、ちょっと嫌だよねえ」
「う、うん。……そうだね」
 運動が苦手な智美は単純に言葉のままの意味で言ったのかもしれない。が、千佳にとっては少しばかり意味合いが違っていた。
 体育の武蔵先生は、風紀委員の顧問で生徒指導を兼ねており、毎朝、校門の前で生徒達に声をかけている。もちろん体罰とかそういうのはないけれど、規則や時間に厳しく、授業開始前に全員揃って着替え、ランニングと準備体操を済ませていないと怒られてしまうのだ。
(ぅ、その前に――おしっこ、したいのに……)
 教室の黒板上の時計を見上げる。時計の針はもうすぐ8時15分になろうとしている。朝の会がないとはいえ、今から着替えて、体育館まで移動するとなると、それだけで授業開始までぎりぎりだ。加えて準備運動にランニングもしておかなければならないとなれば、とてもトイレまで寄っている余裕はない。動揺する千佳を追いたてるように予鈴が鳴り響く。
「なんだよ、まだ女子残ってんのか? 着替えらんねーじゃねえか、早くしろよー」
 入り口に詰めかけるのは隣のクラスの男子達だ。体操着入れを振り回しながら、彼らは早々と教室に入ってくる。彼らは暇さえあればグラウンドを駆け回っているような連中で、体育の授業前に一遊びしようというつもりらしかった。
 千佳のクラスの女子達が抗議の声を上げるが、ずかずか踏み込んでくる男子達は悪びれもせず、人目も関係なしに着替え始める。
 今回ばかりは男子の言うことが正しい。体育は2クラス合同で行われ、着替えは女子と男子がそれぞれ別々の教室に移動して行う決まりなのだ。
 気づけば智美も着替えをもってもう教室を出ていた。
「もぉ……わがままばっか言うんだから」
 口を尖らせて手早く花瓶の水を換えてから、千佳は渋々体操服を抱えて教室を飛び出した。一応、職員室にも寄って連絡があるかどうか確認しなければならない。
 この分だと、朝一番のおトイレも諦めるしかなさそうだった。



 ◆ ◆ ◆



 途中、こっそりとトイレに寄れないかと回り道をしてみたものの、やっぱりそんな時間の余裕はなかった。息せき駆けつけた体育館では、もうクラスの大半の生徒が集まっていた。目にもとまらぬ早着替えで早々と体育館についていた男子達が、冬の初めの温度にも関わらず走り回っている。
(ひゃぅっ……寒いーっ……)
 吹き付ける風が、千佳の足元に染み込むように浸食してくる。夏冬兼用のジャージと体操服では、冬の朝1時間目の寒さを遮断するにはあまりにも心もとない。
 染み込んでくる寒さがさわさわと千佳の下半身を撫で、強張った膝裏、ふくらはぎ、足の付け根を意地悪く刺激する。
 ぶるるっと身を震わせると、おなかの奥にむず痒さがじいんと広がっていく。
(うぅ……おトイレ……)
 後ろ髪を引かれる思いで校舎のほうを振り返るが、早々と体育館では当番達が準備を始めていて、ジャージ姿の武蔵先生もパイプ椅子に陣取っていた。
 いまさら「ちょっとおトイレ行ってきます」とは言い出せない雰囲気の中、千佳はしぶしぶ準備運動に参加した。ラジオ体操を終え、体育館をぐるりと3周する。ガマンを続けながらの準備運動は、どこか気もそぞろで、足取りもおぼつかない。
「よーし、揃ったな?」
 千佳が体育館の周りを走り終えるのと、本鈴はほとんど同時だった。どうにか間に合った千佳を見て、先生が点呼を取りはじめる。
 そそくさと列についた千佳だが、その様子はどうにも落ち着きがなかった。そわそわと回りを見回し、時折体育館履きを爪先を重ねるように足踏みを繰り返す。
(……うーっ……やっぱり、おトイレ行きたい……)
 家を出た時に比べても、下腹部の欲求は随分とはっきりしたものになっていた。気にするまいとすればするほど、下腹部の疼きはその強さを増していく。
 それもそのはずで、通常、眠っている間は姿勢や神経の鈍化によって、人の身体というものは尿意を感じないようになっている。そうでもなければ、夜中の間中……7時間も8時間もトイレに行かずにいられるわけがないのだ。
 朝一番のトイレが勢いも量も多いのはそのためである。
 目を覚ましてから1時間半。千佳の身体はすっかり覚醒し、下腹部に溜まったおしっこの量を明瞭に察知するには十分だった。
 本来、朝一番のトイレは目が覚めてすぐに済ませていなければならないものだ。一晩をかけて溜まったおしっこは、少女の意識するよりもずっと大量に下腹部を占領しているのである。
 それなのに、家のトイレを使えないまま学校に来て、そのままなし崩しに始まってしまった1時間目。千佳の下腹部では、本来ならとっくに済ませているはずだったおしっこに、一向に排水許可が下りない乙女のダムが、予定が違うと抗議の声を上げはじめていた。
(んっ……ふ……)
 体操服のスパッツの上からそっと下腹部をさすり、千佳はちらりと列の後ろ、用意された器具に視線を向けた。
 今日の授業はマット運動と跳び箱だ。なんというか、よりにもよって、と言うか。……どう控え目に表現しても、あまりタイミングのいい課題とは言えない。
(さっき、走ってる時もちょっとキツかったのに……)
 登校時には意識しなかった、ずうんと足の付け根にのしかかる下腹部の重み。一歩を踏み出すごとにじいんと腰骨に響く刺激は、徐々に無視できないものとなっていた。
 思わず下腹部に伸びた手のひらが、そっとおなかの下の方をさする。ジャージの上からとは言え、だいぶ危険な仕草である。
(トイレ……)
 知らず、膝が寄せ合わされ、太腿がすりすりと擦り合わされてしまう。
 強くなり始めた尿意は、一度意識し始めるともう忘れることは難しかった。そわそわと我慢の仕草を始めてしまいそうになるのを堪えて、千佳は俯きがちに説明を聞く。
 運動は得意な方の千佳だが、今日の課題であるマット運動と跳び箱は、どうにも頂けない。だって、どっちも――あまりにも、いかにもだ。
 せめてバスケットボールとか、バレーボールとか、勝負で気がまぎれるようなものなら良かったのに――そう思いはするが、まさか今から急に内容が変わるはずもなかった。
 渋々参加する千佳の隣で、智美が嫌そうな顔をしていた。
「いいなあ、千佳ちゃん、跳び箱得意だもんね……」
「そ、そうだね」
 羨ましそうに言われ、千佳はそう答えざるをえない。しかし残念ながら、今はちょっと事情が違う。
 実際、この日の千佳の成績は散々なものだった。
 出席番号順で跳び箱に挑んだものの、どうにも気になるおしっこを下腹部に抱えながらでは助走の歩幅も狭まり、踏み切りも力いっぱい、思い切りとはとてもいかない。普段なら軽々と飛べるはずの6段にもつまずいて、跳び箱の上にどしんと尻餅をついてしまう始末。
(……ひゃんっ!?)
 お尻がぶつかった衝撃で、一瞬足の付け根の水門が緩みそうになり、千佳は慌てておしっこの出口を引き締めた。幸いにして被害はなかったものの――下着の奥にはじぃんという痺れがいつまでも残り、そのまましばらく跳び箱の上から動けなかった。
 マット運動でも同じようなもので、脚を揃えてマットの前にしゃがんだ時点で千佳のおしりは小さくモジモジと左右に揺れ、我慢したままの開脚前転を途中で失敗してしまう始末。
 じっと閉じておきたい足を大きく広げ、おなかを圧迫するように前回りする姿勢は、とてもではないけれど今の千佳には簡単にできることではない。
「んっ……ぁ……ぅ」
 思わず小さな声を上げてしまい、慌てて脚を閉じて顔を紅くするなど、周囲のクラスメイトも不思議に思うくらいの状況だった。それでも、我慢しながらではどちらも厳しいと思われる器械体操を、下着やスパッツを汚すこともなく、特に失敗なく乗り越えたのは、千佳にしてみれば花マルを貰っても良いくらいの頑張りだったのである。



 ◆ ◆ ◆



「――良し、今日はここまでとする」
 生徒指導も兼ねている武蔵先生の授業は、しっかり授業終了のチャイムと同時に終わる。時間を切り上げてあとは自由、なんてことはまずあり得ない。
(終わったあ……!!)
 そして、今日もチャイムと同時におしまいになる体育の授業。落ち着かない体育座りからきりつ、れいを済ませ、千佳は内心で喝采を上げた。
 これでやっとトイレに行ける――その喜びに胸を一杯にしながら、そのまま立ち上がると、千佳はまっすぐに体育館横のトイレに向かおうとした。
 その時だ。
「千佳ちゃん、ちょっとちょっと! 今日、3班と4班が片付け当番だよ」
 背中から呼び止められ、千佳はつんのめるようにその場に立ち止まる。腰を当てて眉をとがらせているのは、同じ班の田中さん。その険しい視線には、千佳のサボりを見逃してくれそうな様子は見られない。
 体育の授業では、準備当番と片付け当番が週替わりの交代制で決まっている。授業の必要な道具を用意したり、片づけたりを担当するのだ。今日の授業、準備は他の班の分担だったのだが、片付けは千佳の3班も含まれているのである。
(うぅ……早く終わらせて、早く、トイレ行こ……)
 呼び止められているのに、それを無視するなんて千佳にはできない。田中さんとはあんまり親しくないせいで、こっそりトイレを我慢していることを打ち明ける気分にもならなかった。
 仕方なしに千佳は、3班の他の女子と跳び箱を運び始める。並んだ跳び箱は全部で四つ。女子4人で片づけるには結構な大仕事だ。しかし向こうでは当番のはずの男子達が、担当のはずのマットを放り出したまま、倉庫から勝手にバスケットボールを出して遊び始めていた。
「ちょっとお! 男子、片付けなさいよ!!」
「わかってるよ、後でやるから!」
 最近バスケ部でレギュラーになった瀬戸という男子が中心になって、即興の3オン3まではじまる始末。女子がいくら注意の声を上げても、ゲームに夢中になっている男子達は聞き入れない。具合の悪い事に、こういうことに厳しい武蔵先生は席を外している。
「ねえ! 先生に怒られるよ! 次のクラスの子だって来ちゃうし!! はやくしなよ!!」
「うっせーなあ、わかってるよ、よし、じゃあよ、あと1点――あ、3点取った方の勝ち!! 勝ちな!!」
 全く聞く耳を持たない彼等に、3班の女子達は溜息。
「しょうがない、私達でやっちゃおうよ」
「えー!? なんで!? 男子がやればいいじゃない。私達ちゃんとやることやったよー?」
「でも、他のクラスの子に迷惑になっちゃうし、良くないよ。みんなでやればすぐ終わるし……男子には、後で先生に怒って貰おうよ。ね?」
 風紀委員の田中さんの意見もあり、女子達は渋々マットのほうも片付け始める。
 しかしそんなのは、千佳にはまるっきり余計なお世話であり――
(そんな……ぅう、ぐずぐずしてたら休み時間、終わっちゃうじゃない……)
 特段の切羽詰まった事情が千佳を急かす。せめて急ごうとする千佳だが、もともと男子の仕事なのに、と田中さんを除いて女子達はいまいちやる気がない。もたもたとしているうちに時間は過ぎ、休み時間も残り数分となってしまった。
「あ、もうこんな時間、みんな、急がなきゃっ」
 まだ白熱の3オン3を続けている男子たちを尻目に、体育館横のトイレに入る時間もないまま、千佳は教室に戻ることになった。途中、トイレの入り口を横切るときに、そっちに身体が引っ張られるような気がしてしまったのは、錯覚ではない。
 着替えの時間も、千佳はすっかり上の空。授業のことなんかそっちのけで、さわさわ、ざわざわと下腹部で揺れる尿意の波のことばかり気にしていた。
「………んっ」
 スパッツを脚から抜き取る時、じんと脚の付け根に感じるむず痒い尿意に、千佳は思わず声を上げてしまう。反射的にもじもじと足をすり合わせ、腰をよじってしまい、千佳はかあっと頬を熱くした。
 そんなところでチャイムが鳴る。千佳は大急ぎブラウスを着直し、スカートを穿いて、体操服をたたむ暇もなく自分の教室へと戻った。



 ◆ ◆ ◆



 2時間目は算数の時間だった。
 体育館で遊んでいた男子たちは案の定遅刻して、先生にこっぴどく叱られた。罰として宿題を追加されたことに彼らは不満たらたらだったが、正直ちょっといい気味だと千佳は思う。
(あんたたちが真面目にやってれば、私もおしっこできたんだからね……!)
 1時間目から体育で動いた後とあって、教室の雰囲気はどこか気怠い。黒板に刻まれる図形問題が、ますます眠気を誘ってくる。
 今日の問題は、水槽の容積を求める計算。
「いいですね、基本的には体積の求め方と同じです。水槽の底面積と、高さの掛け算で表されます。ただし、水槽のガラスに厚さのある場合は少し注意が必要で――」
 呪文みたいな計算問題に、いつもの千佳なら思わずうとうとと舟を漕いでいただろう。けれど今日ばかりは、千佳の目はぱっちりと冴えていた。
 けれど、授業に集中できているかといえば、お世辞にもそんなことは言えない。
(ぅう……トイレ……っ)
 千佳の尿意はさらに強さを増していた。そわそわと椅子の上で腰を揺すり、ときどき机の下に手を差し入れてそっとスカートの前を押さえてしまうほどだ。
 体育の時間では、まだそんなに気にならないくらいに弱まるときもあったのだけど――2時間目に入ってからは、強弱の波はあっても、千佳の下腹部は尿意を感じ続けている。
 授業が始まる前、つい水飲み場に行ってしまったのも良くなかったかもしれない。体育の後で喉が渇いていたのもあって、がぶがぶと冷たい水を飲んでしまったことを、いまさらのように千佳は後悔していた。飲んだ分がそのままおしっこになるわけではないのは、千佳もわかっていたけれど――
「じゃあ、問い四を――前原さん!」
「は、はいっ」
 先生の指名に、千佳はあわてて立ち上がった。こんな時に限って当てられてしまうなんて。運命の理不尽さを呪いながら、千佳は黒板の前に出て、チョークを手に計算式を書き始める。
 問題は、底に穴の開いた水槽に、水を注ぎ込むものだった。水槽の体積を使って10分後に水面の高さがどうなるかを計算するもので、水槽に空いた穴から中身の水がこぼれだすのが問題を難しくしている。
 意地悪な問題だ。自分だったら絶対、こんな穴なんかあけておもらしなんかさせないのに。ついそんなことを考えて、千佳はぶんぶんを首を振る。
(んっ……)
 黒板に向かい合ったところでタイミング悪く尿意の波が押し寄せ、千佳は背中を強張らせた。チョークの先が止まり、指先が震える。
 いますぐ「ぎゅうっ」と脚の付け根を握り締めてしまいたい。けれど教団の上、黒板の前で皆の視線にさらされながらそんな事が出来るはずもなく、千佳はスカートの裾をきつく掴み、尿意の波が和らぐのを願うしかなかった。
 押し寄せる尿意に我慢しながら板書した計算式は大きく歪み、読めない数字が2カ所ほど並んでいた。苦労して書いたのに減点をもらい、千佳は理不尽な想いに唇を噛んで席に戻る。
(……やばぁ……もうちょっとで、出ちゃうトコだった……っ)
 板書の間中、強まっていた尿意は、椅子に腰を下ろすと幾分楽になった。周りの視線が遠のいたことを感じながら、千佳は机の下でそっと足の付け根を押さえ、パンパンに膨らんだ下腹部をなだめる。
 ノートをとる暇もなく教科書がめくられ、板書が進む。結局その時間、千佳はほとんど足の付け根に押し寄せるおしっこの波をやわらげながら、残りの授業の時間を過ごした。



 ◆ ◆ ◆



 それからも。千佳の我慢は際どいところの綱渡り。意地悪な尿意と女の子のプライドの綱引きは一時も気の休まらないまま続き、どうにか残り時間の25分を乗り切った。
 途中、何度も危険な瞬間があり、もう少しで下着を湿らせてしまいそうになったものの――そこは根性で回避して。
 2時間目を乗り切った千佳に、待望のチャイムが鳴り響く。まさに、苦難の道を乗り切った少女にとって、ゴールの瞬間を知らせる祝福の鐘。
(よかった……ちゃんと我慢できた……!)
 胸の中で喝采を叫び、日直の号令もないうちから腰を浮かしかける千佳。しかし。
「ん。もう時間か……ちょっと中途半端だな。この例題だけ終わらせるぞ」
「えええーーっ!?」
 思わぬ授業延長の宣言に、クラス中からブーイングが起こる。千佳もそれに混じって思いっきり叫んでいた。
 けれど、その理由は皆とは違う。下腹部に切迫した女の子の危機のためだ。
(は、早くトイレ行きたいのにぃ……っ!!)
 一度期待してしまった心は抑えきれない。はやばやとトイレに飛んでいた千佳の心は、もうすっかり準備万端でおしっこの用意を始めている。
(ぁ、っ、やば……っ)
 一瞬の油断はすぐさま排泄欲求の『呼び水』となった。きゅうううんっ、とおなかの奥の水風船が収縮し、強烈な尿意の波となって足の付け根に押し寄せる中。千佳は椅子に腰かけたままばたばたと足を動かして、懸命に下腹部を直撃するイケナイ衝動に耐える。
 きゅんきゅんと疼く足の付け根は甘く痺れ、女の子の水門がひくひくと震え始めていた。それを下着の股布の上からぎゅっと手のひらを当てて押さえ、力を込めておさえこむ。
「っくぅう、……っは、ぁあっ……」
 一秒が一分にも思えるほどの長い長い延長戦は、休み時間の半分ほどをオーバーして終了した。
「では、ここまでとする。宿題を忘れないように」
 本来なら20分はある2時間目と3時間目の休み時間。たっぷりと遊ぶことができるはずだった。ほかのクラスの生徒たちで混雑し始めた廊下を横目で窺いながら、皆の視線が恨みがましい目で先生を見つめる。
 クラスからの避難の視線の集中砲火にさらされても、先生は涼しい顔をしていた。
(うぅっ……授業普通に終わってたら、トイレだって楽勝で行って帰ってこれたよ……!! 先生の意地悪っ……!)
 やっとトイレに行けると思った瞬間の、10分間の延長我慢。千佳だって文句の一つも言いたくなろうというものだ。
 ともあれ休み時間だ。短い残り時間にもさっそく外に遊びに行こうとする男子たちを尻目に、千佳は授業の片付けもそこそこに席を立った。
 早くトイレに――そう思ったところで背中から声がかけられる。
「前原さんもお手洗い?」
 廊下にはクラスメイトの女子数名が連れ立っているところだった。千佳ほどではないとはいえ、トイレを我慢していた女子は結構いたらしい。1時間目がいきなり体育で、そのあとに授業の延長。着替えに教室移動があったせいで、トイレに行きそびれた子たちは結構いるようだった。
「ねえ、じゃあ一緒にいこ」
「う、うん……」
 申し出を断ることもできず。千佳は彼女たちと連れ立ってトイレに向かうことになった。今すぐトイレまで全力ダッシュしたい千佳にしてみれば、みんなと一緒にのんびりお喋りしながらなんて遠慮したい気分だったのだが――
(あんまり慌てるのも恥ずかしいよね……)
 ついそんな気分になってしまったのは仕方ない。しかし、階段下のトイレにやってきた千佳たちが目にしたのは、思わぬ光景だった。



 ◆ ◆ ◆



 トイレの前にずらっとならんだ順番待ちの列、列、列。
 廊下まではみだした行列に、千佳はおもわずうえっと顔をしかめてしまう。
(ちょ、ちょっと……! なによこれ……!)
 長く続く列を前のあたりにして、さっそく敏感に反応を始めてしまった下腹部。小刻みに足踏みを始めてしまうのを押さえ切れず、口の中に溜まった唾をこくりと飲み込む。
「うわー……混んでるねー」
「どうしたんだろ?」
 クラスメイト達の反応は呑気なものだ。一緒にトイレにやってきたとはいえ、彼女たちの多くは、学校に来る前や朝の会の前にトイレを済ませているのである。朝からずっとトイレに入りそびれ、今なお、おなかをおしっこでぱんぱんにさせた千佳とは、いろいろ事情が違っていた。
 近くにいた先生に話を聞いてきたクラスメイトが、ぱたぱたと駆け戻ってくる。
「……聞いてきた。なんかね、上のトイレ故障しちゃってるんだって」
「それで下級生もきてるんだ……参ったなあ。これじゃ入れないかもよ」
「うん。……そうだね」
 排水管のトラブルがあって、2階3階のトイレが丸々使えなくなってしまっているらしい。結果、ほかの学年やクラスの子たちもここに集まってきてしまっているということのようだった。
「工事の人がもうすぐ来るから、そんなにかからないで使えるようになるって言ってたよ」
「そっか……」
(うう、仕方ないけど、並ぶしかないわね……)
 そう思って千佳が、順番待ちの一番後ろに近づこうとする。
「どうしても我慢できないなら、男子のほうを使ってもいいって」
「えー、なにそれ。やだーっ!」
 1階の隣のトイレに、女子用とマジックで書かれた張り紙がされている。先生手作りの緊急用だろう。
 しかし、いくらそうなっているとはいえ、男子トイレに入ろうとする少女たちは一人もいない。当然だ。いろいろ複雑な年頃である。男の子のトイレなんてそんな簡単に使えるはずがない。
 つんとおすまし顔で、女子トイレの順番待ちに並ぶしかないのである。
「どうする? 並ぶ?」
「うーん……」
 複雑な顔をするクラスメイト。その視線には、上の階からやってくる下級生たちの姿もある。
「いいや。次の時間まで我慢する。すぐ直るみたいだし」
「そうだね」
「えっ……」
 思わぬ展開に、つい驚きの声が千佳の口を突いて出た。
「千佳ちゃんは?」
「あ、あたしは……」
 ついもじもじと腰を揺すってしまい、千佳は頬が紅くなるのを感じていた。
「並んでみる。順番回ってくるかもだし」
「そっか。じゃあね」
「…………っ」
 小さく脚を踏み鳴らし、その最後尾に並ぶ千佳。
 授業延長で削られた休み時間はあまりにも短く、続く列はあまりに長い。そしてとうとう、千佳の順番が回ってくる前に授業の予冷が鳴り始める。
(そんなあっ……、ま、まだ、私、トイレ行けてないのに……っ)
 鳴り響くチャイムの中、ぐりぐりと廊下に上履きを押し付ける千佳。
「えー? もう時間?」
「……ねえ、授業始まっちゃうよー。次まで我慢しよ?」
「そうだね、まだそんなにしたくなかったし」
 並んでいた生徒達も次々に仕方なしに教室に戻ってゆく。
(もうっ! 我慢できるなら、最初っから並ばないでようっ……!!)
 まだ余裕のある子たちが、最初からそうしてくれていれば――もしかしたら千佳まで順番が回ってきたかもしれないのに。八つ当たりと分かっていてもそう思わずにはいられない。
 列に残されたのは、切羽詰まって余裕のない子たちばかり。千佳の前にはまだ3人の順番待ちがおり、個室が開く様子はない。廊下からみるみる人がいなくなり、次の授業の用意をした先生たちがやってくる。
「っ……」
 戻るか、留まるか。しばらくの葛藤の末。千佳は後ろ髪を引かれながらも、待望のトイレを後にせざるをえなかった。



 ◆ ◆ ◆



 3時間目、地理。
 千佳のクラスの担任の周防先生の授業だが、やってきたのは別の先生。千佳の良く知らない、白髪の先生は、周防先生は急な用事ができてお休みだという連絡を短く告げた。
 その知らせに教室がわっと湧いた。
「ということで、この時間は自習とし、DVD鑑賞の時間とする。……うるさくしないようにな」
 カーテンを引いて電気を消し、暗くなった教室のスクリーンに、古い外国の映画の映像が流される。遊び疲れた男子は居眠りをはじめ、興味深げに映画の字幕を見る女子たち。
「……っ……ふ……っ」
 そんな中。薄暗い教室の机の下で、千佳は誰も見ていないのをいいことに、スカートの前をぎゅっと押さえ続けていた。閉じた腿の間に手を挟み、足の付け根をぎゅうっと握りしめる。
 ぎし、ぎし、軋む椅子が小さな音を立てる。映画の音声が大きいので今はなんとか誤魔化せているが、千佳の姿はいまや立派なおしっこ我慢の真っ最中。浅めに腰かけた椅子を揺らし、机にもたれかかるように上半身を倒し、上履きのかかとを交互に持ち上げる。
(うーっ……おしっこ……トイレ…っ、おトイレ行きたい……っ)
 誰も見ていないのをいいことに、千佳の我慢はますます大胆になってゆくばかりだ。
 少女の下腹部、募る尿意は高まる一方。きゅんきゅんと疼く膀胱が、固く張りつめているのが分かる。
 下腹部の重みがぐんと増し、千佳の『おんなのこ』の出口に圧し掛かる。朝から一度もできていないおしっこは、3時間目に入ってどんどんその勢力を増していた。朝食で飲んだお茶と野菜スープが、少女の健康な新陳代謝によって新たな尿意のもととなり、小さな下腹部のダムへいまなおどんどんと注ぎ込まれている。
 ぴたりと閉じ合わされ、細かく擦り合わされる太腿の奥。水門を閉ざす括約筋がひくひくと震え、ダムの水圧に耐えかねたように膨らむ。
(ん、ぅ、くぅううっ……っ)
 押さえた手のひらの応援で押し寄せる波をやりすごし、荒く息を繰り返す千佳。一層激しく揺れた椅子の足が床を擦り、ぎしっぎしっと尾をと響かせる。隣の席の亜里沙が、怪訝そうな顔をした。
「千佳ちゃん、どうかしたの? 平気?」
「ぇっ!? う、ううん、なんでもないっ」
 咄嗟に答え、へいきへいきと首を振る。
 そう答えてしまってから、すぐに千佳は後悔した。具合が悪いとでも言って、保健室に行くことにすればよかったのだ。調子が良くないのは本当だし、トイレに行く恰好の口実だったのに。
「……?」
 まだ少し、不思議そうな亜里沙に、精一杯の平静を取り繕いながら。千佳はちらりと代理の先生のほうを見る。白髪の先生は、普段は千佳のクラスを教えていない、別の学年の担任らしい。
「…………」
 どうしよう。トイレに行きたいと言おうか。たとえ最初は恥ずかしくても、勇気を出したほうがいいかもしれない。切羽詰まった下腹部のダムを考えれば、意地を張っている場合ではないかもしれない。張り詰めたおなかをさすって、千佳はぎゅっと口を引き結ぶ。
(……トイレ、行きたいって……言わなきゃ)
 でも、それでも。それが一番いいというのは分かっているのに、女の子の羞恥心が邪魔をした。クラスの皆の前でそれを口にするのが、どうしても躊躇われてしまう。
 さっきの休み時間、千佳はクラスの皆とトイレに行った。予鈴が鳴った時に順番待ちの中に残っているのだって見られている。
(またトイレかって思われちゃうのも、やだな……)
 千佳の心が揺れる。クラスの皆と一緒に映画に熱中している先生は、ちょっとやそっと手を挙げたくらいでは気付いてくれそうにない。気付いてもらうには、大きな声を出すか、席を立って言いに行くか。いずれにしても皆の注目を浴びてしまうのは間違いなかった。
 時計をちらりと見上げる。残り時間は20分。
(あと20分くらいなら……我慢できる……かな)
 人目を気にせず我慢できているおかげか、それくらいの余裕はありそうだった。我慢しよう。こんどはまっすぐトイレに行く。授業が終わってすぐに行けば、トイレだって空いているはずだ。
 あとほんの少し。ほんの少しだけ我慢すれば大丈夫。すぐにトイレに行ける。おしっこできる。
 ――だから、できるだけ気を紛らわそう。前かがみになって小刻みに足踏みを続け、千佳は映画に集中することにした。
 この決断を千佳が後悔するのは、授業が終わる直前のことである。



 ◆ ◆ ◆



 失敗した――。千佳の頭の中を激しい後悔が渦巻いていた。自習となった社会の授業が終わり、4時間目は音楽の時間。
 そう、音楽室への移動教室である。そのことを千佳はすっかり忘れていたのだ。
 しかも、今日は笛のテストが実地される予定だという。授業が終わるや否や、クラスの皆はすぐに準備を終え、移動をはじめる。
「て、テストって、本当なの?」
「あれ? 千佳ちゃん知らないの? この前先生言ってたけど……」
「わ、私、先週お休みだったもんっ……」
「ああ、そうだっけー?」
 呑気な返事をする亜里沙。しかし千佳は衝撃の事実を前に気が気ではない。
(そんなの聞いてないよおっ……!)
 教室はたちまちがらんとなり、取り残された千佳はたちまちパニックになる。今日がテストだとは知らず、リコーダーは家においてきてしまっていた。いまから家に取りに帰るなんてもちろん無理だ。
「笛、借りなきゃ……っ」
 ほかのクラスの誰か――去年、クラス替えで別れてしまった理穂を訪ねてみたが、タイミング教室には不在。別のクラスの友人を頼ってさらに遠くの教室にも行ってみたが、そこでもまたすれ違いになってしまう間の悪さ。みるみる休み時間もなくなってゆく。
「…………もぉ、やだあ……っ」
 トイレなんて寄っている場合じゃなかった。教科書とノートだけを掴んで、音楽室へ急ぐ。尿意を感じて全力疾走できない千佳が音楽室に滑り込んだのは、授業開始のチャイムぎりぎりだった。
「前原さん、いけませんよ、先生の話はちゃんと聞かなければ」
 遅刻と、忘れ物で音楽の先生に叱られて。席に着いた千佳を待ち、授業が始まる。
 一人一人前に出て、先生の伴奏に合わせて笛を吹く。それを1クラス28人分。千佳の出席番号は「前原」の18番だ。音楽室の備品であるリコーダー――きちんと消毒はしてあるものの、誰が使ったかもわからないということで、クラスの皆にはとても不人気である――を借りて、惨憺たる気分でテストに臨む。
(……っ、ふぅ、はぁっ、はあーっ……)
 自分の前に18人。テストの順番が回ってくるまで、千佳はじっとおとなしく待っていなければならない。この間、音を出して吹くことはできなくても、指使いの練習くらいはできる。順番までにはまだ時間がある。すこしでも結果をよくするため、最後の復習をするべきなのだったのだが――今の千佳には、静かな音楽室の中で物音を立てずにじっと順番を待っていることのほうが何十倍も辛いことだった。
 一刻も早くテストを終わらせ、そのままトイレに駆け出したい。そのことばかりが頭を占め、リコーダーのテストなんてまったく気にしている余裕はなかった。
(っ……ダメ、トイレ……っ、で、ちゃう、出ちゃう、おしっこ……!!)
 しかし、テストの順番を控えた千佳に、そんなことは許されなかった。弱り切った『おんなのこ』を見逃さず、尿意は断続的に千佳の下腹部で暴れ回る。千佳はろくにリコーダーを握ることもできないまま、ぐっと息を堪えて足の付け根に力を込める。
 閉ざされた水門が震え、貯水量の限界を超えつつある少女のダムが水面を揺らす。もはや机の上にじっとしているのも難しいほどだ。ぎし、ぎしと椅子を軋ませてしまい、何度か先生から注意される。
(ぁ……っ、だめ、お、おしっこ……出るっ、漏れちゃう…っ!)
 そのたびに、恥を忍んで「先生、おトイレ」を言おうとする千佳だが、先生はテストの採点にかかりきりで千佳の様子を確認しようともしない。 どうして休み時間中に済ませておかなかったのかと言われるかもしれないし、いい歳をしておしっこが我慢できないなんて思われたくない。千佳の握りしめた笛は、ぎゅうぎゅうと捩り合わされる足の付け根に挟まれて、トイレを我慢するための一助にされてしまっていた。



 ◆ ◆ ◆



 20分近く待たされた末、ついに千佳の順番が回って来た。
 押し寄せる尿意はさっきまでの比ではなく、平静を保とうとしても千佳の足は自然と寄せあわされ、膝が重なり、交互に交差を繰り返してしまう。上半身は前かがみ、腰は後ろに引けて左右に揺れ、太腿をすりすりと擦り合わせながらではじっと立っているのも辛い。
 そんな状態でみんなの注目の前に出て、課題曲を一曲吹き終わるまでじっとしていなければならないのだ。
(だ、だめっ……我慢しなきゃっ……!! あぁ、あっあ……っ!!)
 席を立ったその瞬間から、緊張で強張った下腹部は過剰なまでに尿意に反応した。脚の付け根がきゅうんと疼く。張り詰めた膀胱がこぽりと音を立て、おさえた手のひらの下で収縮をはじめた。
「次は前原さんね。いきますよ」
 テスト最後の一人とあって、クラスの皆の注目も増す。
 重い足を引きずり、どうにか皆の前に立ったその瞬間。股間に熱い雫の予兆を覚え、千佳はその場に硬直して動けなくなってしまう。
(ぁ、あっ……んゅ、ぅあ……ッ!!)
 人目をはばからずぎゅうぎゅうと寄せ合わされる太腿。握りしめられたリコーダーが震え、力のこもった指が白くなる。いまや千佳はクラスの注視の中、尿意の大波の上でサーフィンの真っ最中だ。
(はぁあ……ッ、く、ぅ、で、出ちゃ、あぅ、だめぇ……っ!!)
 しかし、先生は無情にも千佳の様子など考慮せず、テスト開始の合図を出た。伴奏が始まる。テスト。吹かなきゃ。震える唇にリコーダーをくわえ、指を動かし始める千佳だが、その音はひどいものだった。演奏は大きく音を外し、乱れる息は定まらずに荒く震えて、ぴぃぃ、ぽぉお、と雑音を混ぜる。
(ぁ、だ、だめ、だ、め、でっ、でる、っで、でちゃ……ぁ、ぁあっ)
 両手でリコーダーを持てば、自然、足は無防備になる。下腹部を押さえていた手のひらを失い、すぐに千佳の脚元は不自然なくらいに立ち位置を変えはじめた。体重を左右の足に乗せ換えて、大きく左右に揺れながら、ぎし、ぎしと教壇を軋ませる。しまいにはその場で足踏みまではじめてしまい、クラスメイトが怪訝そうに首を傾げた。
 手にはじっとりと汗が滲み、孔を押さえる指が滑って、演奏どころか旋律の体も成していない。
 甲高く外れたリコーダーの音は、千佳の「おしっこしたい」という叫びだった。
「……前原さん。不合格よ。ちゃんと練習したのかしら?」
 散々な結果になったあとで、先生は不満げな顔で、千佳に再試験を言い渡した。不合格は千佳だけだ。音楽嫌いの男子たちの演奏よりもよっぽど、千佳のリコーダーはひどいものだった。
「みんなが終わった後、一番最後にもう一度、再テストをします。それまで皆の演奏をみて、ちゃんと練習しておきなさい。いいですね」
「…………っ、あ、あのッ――」
「返事は? 前原さん」
 低く威圧的な先生の声。千佳はそれ以上何も言えず、蚊の鳴くような声で「はい……」としか答えられなかった。
 そのお達しで――千佳はとうとう、音楽の時間の間も授業を抜け出してトイレに行くことはできなくなってしまう。
 机に戻され、じっとそのまま授業の最後まで外出を禁じられた千佳の脚の付け根。いっときも収まらずにモジ付く脚の付け根を包む下着には、いつしか小さな黄色い島が出来上がっていた。



 ◆ ◆ ◆



 音楽の授業。終了から10分を過ぎて。
 再テストの後、さらに不合格になった千佳は、居残りで再々テストまでさせられて――次の授業までに課題曲をちゃんと吹けるようにしておくことと宿題を出され、ようやく千佳は音楽室を解放された。
「あ……っ、はぁ、ぅ……ッ」
 膝ががくがくと震え、まっすぐに歩くことも辛い。気持ちだけは今すぐに廊下を駆け抜けてトイレに飛び込みたいのに――千佳はずっしりと重い下腹部を庇い、のろのろと亀のように進むのが精いっぱいだった。
 一歩ごとにじいんと響き震える、満水のダム。恥骨の奥でひくひくと震える『おんなのこ』。ぎゅっと押さえたスカートの下、きつく引っ張られた下着は、おしっこの出口の部分を中心にじわりと湿り、黄色い染みを広げている。
(でる、でちゃう……っ、おしっこ出ちゃう……っ!! っはぁあ、ぅ、だ、だめっ、我慢……っ、がまん、しなきゃ……っ!!)
 登校して一番に済ませるはずだったトイレ。いや、もともとは朝起きてすぐにできていたはずのおしっこ。溜まりに溜まった悪魔の熱水は、千佳の下腹部をぱんぱんに膨らませ、少女を意地悪に誘惑する。
 下着の股布、濡れて張り付く水門の部分の感触が、ゆっくりと冷えながら千佳に『おチビリ』の現実を意識させる。
(違うもんっ……こ、これ、ただの汗だから……っ、ま、まだ平気……っ、トイレまで、がまん……するの……っ!!)
 下着に滲む熱い感触は、あくまで気のせいだと言い聞かせて。千佳は懸命に廊下を急いだ。
 登校から4時間。すでに少女の我慢は限界に達しつつある。緩み始めそうになった水門に、恥も外聞もなく両手を足の付け根に押し当て、きつく握りしめてしまったのも一度や二度ではない。
(ぁ、あっあぁ……お、おしっこ、おしっこ……、だめ、でる、でちゃう、おしっこでちゃうぅ…ッ)
 トイレ。ずっと辿りつくことを禁じられてきた、焦がれ求める場所。いますぐあの小さな秘密の個室の奥で、白い便器にまたがって、ありったけのおしっこをぶちまけてしまいたい。足元めがけ激しく噴射する水流を思い描き、千佳の下腹部がきゅうんと疼く。
 ――そんな欲望を、無情にも遮る事実がある。
 給食当番。今週、千佳の3班はその担当だった。
 専用の給食衣に着替え、昼食の始まる前に給食を取りに行って、クラス全員分の配膳を済ませねばならないのだ。
 でも。いくらなんでももう無理だ。訳を話して、先にトイレに行かせてもらうつもりだった。
 この時までは。
「前原さん、おーそーいーっ!! みんなもう始めてるのよ!?」
 給食衣を着た委員長の早希が、腰に手を当て、目を吊り上げて叫ぶ。居残りテストを受け、ひとり遅れていた千佳に、班の他のメンバーも不満たらたら。ただ一人、亜里沙だけは先生も怒ってたしとフォローをしてくれたのだが、早希が語気荒く自業自得だと言い切ったため、千佳はそれ以上何も言うことができなかった。
「あなたひとりがぐずぐずしてるから、みんなが迷惑するんだからね! ちゃんと係としての責任持たなきゃ! ほら、早くして!!」
「な、なによ、そんな言い方……っ」
「なによ、なにか言いたいことでもあるの!? 自分のこともちゃんとできない人に言われたくないわね!!」
 トイレに行きたいです。おしっこ、我慢してるんです。気弱な自分が本音を吐きそうになる。それでも、挑発的な早希の視線に、千佳はむっとなって黙り込む。
(できるわ……できるにきまってるじゃない。こ、これ、終わったら、トイレ――行けるんだから、も、もう少しだけ我慢するくらいっ……へっちゃらなんだから……!!)
「ほら、急いで着替えて!! 支度してよ!!」
「わかってるわよっ!!」
 売り言葉に買い言葉。女の子のプライドを刺激され、千佳はつまらない意地を張って、またもトイレの機会を逸してしまう。
「……ふぁあっ!?」
 冷たい水で手を洗った瞬間、千佳はぶるっと背中を震わせ、またじわあっと下着に温かい染みを広げてしまった。



 ◆ ◆ ◆



「ぅ……ぁ……っ」
 落ち着かない足元、下腹部を庇いながら白い割烹着と帽子をかぶり、校舎の端にある配膳場で給食を受け取ってワゴンに乗せる。今日のメニューにはパンがあり、それはワゴンには載せきれず別に運ばねばならなかった。亜里沙と一緒にパンの担当になった千佳は、苦労しながら大きなトレイを運ぶ。
(あ……っ、あ、っ、く、ぅぅう……はぁ、ぁああっ……)
 脚の付け根で千佳の『おんなのこ』が激しく疼き、しきりに我慢の限界を訴える。少しでも油断して気を抜けば、このまましゃがみこんで、おしっこが出始めてしまいそうだ。
 大きな荷物を抱えながらでは、ふらつく足を制御できない。猛烈な尿意を訴える下腹部を庇おうにも手が塞がっており、前押さえすらかなわなかった。そもそも、みんなのごはんを運んでいる最中にそんなことできるはずがなかった。
「ねえ……千佳ちゃん」
 トレイを抱えて息も荒く身もだえする千佳を見かね、亜里沙がその隣に並んだ。周囲の視線を窺い、そっと千佳の耳元に囁いてくる。
「千佳ちゃん、トイレ……我慢してるよね?」
「っ………!!」
(気付かれちゃった……っ!?)
 クラスメイトに秘密を言い当てられ、千佳の身体が恐怖にすくむ。しかし、もはや異状に気づかれないほうがおかしいくらいに、千佳の様子は普段とは違っていた。
「無理しないで、おしっこ、いってきなよ。……漏らしちゃうよ?」
 案じるような亜里沙の声。けれど。
「だ、大丈夫よっ!!」
 本来なら、千載一遇の助け舟。けれど千佳は激しく虚勢を張ってしまう。じわあっと脚の付け根に広がる暖かい湿り気。隠しようもない『おチビリ』の事実が、少女のプライドを強く刺激していたのだ。
(へ、平気よ、ちゃんと我慢できる……!! 幼稚園の子じゃないんだし、お、おもらしなんか、オモラシなんかするわけないじゃないっ、……!! ちゃ、ちゃんと、我慢できるんだから……っ!!)
 無謀な、そして後先を考えない強情さ。なおも続けようとする亜里沙をさえぎって、千佳は無理やりに走り始めた。
 きゅんっ、きゅうううんっ、ひくひくっ……!
 無理やりに意地を張る千佳の、白い割烹着の下。千佳の下着に広がる黄色い島は、いまや大陸のように大きく、お尻のほうにまで広がっている。色を変えた股布に包まれたおしっこの出口が、濡れ空けた布地の奥で、じわじわと羞恥の雫を滲ませながら、ひくんっ、きゅううっんと激しく収縮を繰り返していた。



 ◆ ◆ ◆



 教室に戻り、千佳たち3班は並べた給食を配膳する。千佳の出遅れもあって、いつもより少し遅い昼食だ。いつも気にもならない列の乱れや、ご飯の量が少ないとごねる男子の挙動までが、千佳がトイレに行くのを邪魔しているかのように思えてならなかった。
(そんなのいいから、はやく、はやくしてぇえっ)
 配膳台の向こうで激しく足踏みをしながら、千佳は必死にトイレの誘惑耐えていた。はやく、はやく。焦る気持ちとは反対に、配膳は遅々として進まない。まるで、クラスメイト全員が示し合わせて意地悪をし、千佳にと大手を振ってトイレに行かせないようにしているのではないか――少なくとも千佳にはそう思えた。 上げ下げする腿の奥では、支えを失った股間がじゅっ、じゅぅっと恥ずかしい音を繰り返している。
「っ……」
 おチビりをしながら給食をよそうなんて、こんなにみっともない事があるのだろうか? 野菜スープをお椀に注ぐ度、千佳の下着にも新鮮な水分が供給されてゆく。
(だ、だい、じょう、ぶ……っ、に、決まってるじゃないっ、ちゃんと、最後まで終わらせてから、っ、トイレに行くんだから……っ、そ、それまで我慢するのなんて、簡単よ……っ!! いままで、ちゃんと我慢できたんだから、あと少しくらい、楽勝……なんだ、からあっ……!!)
 もはや意地だ。すでに白い給食衣の下、千佳の下着の状況はお世辞にも「きちんと我慢できた」といえるような有様ではなかったが――それでも千佳は強情に、給食係の使命を果たすことにこだわった。
 どうにか配膳が終わり、給食全てが皆にいきわたる。それでもなお――千佳はなおトイレに駆けだすことはできなかった。
 担任の周防先生の代わりに、お昼の様子を見に来た学年主任――厳しいと有名な三浦先生の存在が原因だった。いつもと違う厳しい雰囲気に、クラスの皆も俯きき気味。
 千佳たち3班も給食衣を脱いで、席に着かされる。
「では、給食を作ってくださったセンターの皆さん、野菜をいたいだ農家の皆さんに感謝して――いただきますをしましょう」
「「「「……いただきます」」」」
 委員長の号令と共に、皆がいっせいに唱和した。
「いいですね。お喋りはせず、お行儀よく。ゆっくり噛んで食べましょう。きちんと食べ終わるまでは席を立たないこと」
 声は静かでも、三浦先生の言葉には有無を言わせぬ迫力があった。学年でも乱暴者の3組男子グループも、三浦先生にだけは逆らえないらしい。
 実際、きちんと食べおわるまで席を立ってはならない。クラスにはそんな取り決めがあった。男子達がちゃんとご飯も食べないうちから外で遊び始めてしまい、先生が怒ってそんな決まりを作ったのだ。
 いつもとは違う雰囲気の中、それでも給食自体はさほど騒ぎも起きずに進んだ。遊びたい男子達は急いで給食を食べ、「ごちそうさま」をして外に飛び出してゆく。食器を片付け損ねた一人が三浦先生に指摘されて、あわてて戻ってきたくらいだ。



 ◆ ◆ ◆



 そんな中。
 千佳は、ろくにお箸も動かせないまま、机の上でじっと俯いていた。
 今日の献立は野菜たっぷりのスープにハンバーグ、パン、そして牛乳。
(こ、こんなの、もう、飲めないよぅ……っ)
 もはや我慢は限界に近い。こんな状態で、これ以上水分を採るなんてできる訳がなかった。飲んだ分がすぐにおしっこになるわけではないとわかっていても。
 パンを一口、ハンバーグの端っこを口に運んだが、ぎゅうぎゅうと脚を寄せ合い、懸命におしっこの出口を押さえながらでは、味なんてほとんどしなかった。
 乾いた口につばを飲み込み、千佳は給食に手を付けられず、もじもじとしきりに腰をよじる。いつしか教室からは人が消え、千佳と数名、嫌いなものを食べられず残している子たちばかりが残されていた
「――前原さん」
 教卓から、三浦先生の声が聞こえたのはその時だ。
「前原さん、好き嫌いは駄目よ」
「え、えっ、でも…わ、わたしっ」
「ちゃんと食べなくちゃ大きくなれないわよ? きちんと食べなさい」
 有無を言わせぬ迫力。千佳はそれに圧倒され、思わずお箸を取り落としかけてしまった。眉を潜める先生に、激しく椅子の上で身をよじり始めてしまう。机の下、スカートの上を押さえる掌はもうそこから離れない。
「あの、先生っ」
 隣で不安そうな顔をしていた亜里沙が、手を挙げた。
「千佳ちゃん、おトイレ我慢してるんです……!」
「っ、馬鹿……っ!!」
 亜里沙の行為は、この期に及んでなお意地を張り、強情に無謀な我慢を続ける千佳を案じてのことだったのだろう。しかし、周囲の状況も省みず、秘密にしていた尿意を公開されて、千佳の顔に一気に血が上る。
「先生、千佳ちゃん、もうずっと前からおしっこ我慢してて――」
「幸村さん、お行儀が悪いですよ。食事の途中です」
 やんわりと、しかし確実に亜里沙の言葉をさえぎり。席を立った三浦先生は、千佳の隣までやってくる。
「前原さん、本当なの? どうしてお食事の前に済ませておかなかったんですか?」
「…………………」
 千佳は答えない。答えられるわけがなかった。けれど、一時も収まらない身じろぎが、その場の皆に明らかな「YES」を伝えていた。
「わかりました」
 三浦先生は大きく息を吐いて、けれど、明らかな赦免の気配の中で、とんでもないことを言ってきた。
「はやくお食事を済ませて、行ってきなさい」
「え………っ」
 今の流れは。『早くトイレに行ってきなさい』というものではなかったか。腰を浮かしかけていた千佳は、縋るように先生を見上げる。しかし、相変わらずの厳しい顔つきで、三浦先生は厳かに言い渡した。
「前原さん。あなたはこの学校の生徒として、下級生たちの規範とならなければいけません。授業のことだけではありませんよ。毎日の生活も、学校で学ぶべき立派な勉強です。しておくべきことをしないのは、良くないことです。それを心に刻みなさい。
 ……きちんとお食事を済ませてから、はやくお手洗いにいきなさい。後片付けはしなくても結構です。……いいですね」
 ざわり。教室内がざわめきに包まれる。給食当番に遅れたことも。黙っていたことは、悪いことなのだと。これまで我慢できたのだから、それくらい簡単だろうと。そう言わんばかり。
(そ、そんな……っ)
 そうだけど、そうじゃないのに。千佳の反論は、しかしもう声にはならない。
「この給食もそう。農家の人たちに毎日、一生懸命お世話をしたお野菜に、それを料理してくださったセンターの方たちがいます。そのことに感謝をして、全部きちんとおいしく食べなければいけません。……皆さんも一緒です。残してはいけませんよ。いいですね」
 有無を言わせず。教室を見回す三浦先生に、クラスに残った皆が身を縮こまらせる。周防先生とは全然違う。
 かくして。先生に迫られるまま、千佳は猛烈な尿意を我慢しながら、ぱんぱんに膨らんだおなかに、無理やり野菜スープと牛乳を飲まされることになってしまった。
 もうこれ以上、一滴だって身体の中に水分を入れたくないのに――涙を浮かべながら、必死になってスープを口に運び、牛乳のストローを啜る。一口ごとにおなかにずしんと重さが加わるようで、千佳はそのたびに悲鳴を上げそうになる。
 それでも――
(これ、これさえ飲めばっ、お、おトイレに、行けるっ……、おしっこできる……っ)
 それだけを心の支えに、必死になって千佳は食事を終えた。



 ◆ ◆ ◆



 三浦先生の厳しい環視の中、どうにか全てを飲み終わり、千佳はふらふらと教室を出た。教室では静かなざわめきが続いていたが、もう、そんなことに構っている状態ではなかった。くねくね、もじもじ、まっすぐ歩けない下半身を引きずって、懸命にトイレへと急ぐ。
 おしっこでぱんぱんに膨れた下腹部に加えて、無理に飲み切った水分で、胃までたぽんたぽんと震えている。まるで二連の給水タンク。
(とっ、トイレっ、おトイレぇ……っ!!)
 閉ざされたドアの奥、小さな小さな秘密の個室。焦がれ求めた『おしっこをするための場所』。昼休みは長い。たとえどれだけトイレが混んでいたって、順番が回って来ないことなんてありえなかった。
 もっとも、もしも仮にまた、3時間目前の休み時間の時のように、女子トイレに長蛇の列ができていた場合、その光景にもはや千佳の心は耐えきれず、折れてしまっただろうことは想像に難くない。その上でなお千佳が自分の順番まで我慢できていたかは、とても怪しい。
 とはいえ。
 この時、千佳の視界に見えてきた女子トイレには人の気配もまばらで、順番待ちなどせずにほぼフリーパスで個室まで駆け込めるような状態にあった。
(おしっこ、おしっこできる……っこれでやっと、おしっこ……っ♪)
 女子トイレの奥の奥、閉ざされた個室の中に鎮座する白い便器を思い描き、千佳は待望の喜びに心躍らせる。遠距離恋愛の恋人同士が出会いを待つのにも似た、至福の心境。いまなら、白い便器と結婚したっていいとさえ思えた。
 個室の前に立ち、千佳は気も早くトイレの準備を始めてしまう下半身を懸命になだめる。ドアが開いたら飛び込んで、スカートをたくし上げ下着を下ろし、便器をまたいで腰を下ろし、思い切りおしっこを噴射させる。我慢に我慢を重ねた熱水を、ありったけ地面に噴出させるのだ。
 ――その瞬間を思い描き、何度もシミュレートした解放の瞬間を心待ちにする。
 じゃごぉおお……
 後始末に水を流す音が響き、千佳がスタートの号砲を待つ短距離走の選手ばりに、飛び出さんばかりにしていたまさにその時。

 けたたましいサイレンが校舎に鳴り響く。

 構内の火災警報器が一斉に放つ赤い輝きは、火事の発生を知らせるものだった。
 一気に校舎の中がざわつき始める。たったいま空いた個室からでてきた生徒と鉢合わせ、すでに足踏みの中スカートの中に手を突っ込んで、下着に手をかけていたまさにそのタイミングで、千佳も一瞬静止した。
 同時に、校内放送が避難の案内を告げる。直後、先生の一人が声を上げてトイレに駆け込んできた。
「みんな! 火事よ、早く外に出て!! 早く! 早くして!! あなたも早く!! 逃げるの!! 逃げるのよぉっ!!」
「っえ、あ、やだっ、待って、待ってっ、わ、私まだっ……!!」
(まだなのに、おしっこ、まだ、してないのに!!)
 必死になって抵抗するが、生徒の千佳と大人の先生では勝負になるはずもない。ヒステリックに叫ぶ先生に、ほとんど追い出されるような格好で、千佳はトイレから追い出されてしまった。
 目の前、ほんのわずか50センチまで迫っていたトイレまでの距離は、見る間に絶望的なほどに遠ざかる。あんなにも苦労して、苦しいのを我慢して、スープと牛乳と、全部を飲み干したのに。千佳の視界が暗くなる。
「あ、ぁ。あ……ッ」
 じゅわああ、じゅうううっ。きつく抑え込んだスカートの下、くぐもった水音が断続的に続き、絶望の予兆がさらに大きく、千佳の下着に広がってゆく……。



 (続)
[ 2015/08/03 00:35 ] 小説 | トラックバック(-) | コメント(-)