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仙人見習いのお話。 

 穏やかに陽気の満ちる、深い深い山の奥。どうどうと流れ落ちる滝の傍、見上げるほどの岩の上に、その娘は腰を下ろしておりました。
 短く肩上で揃えた髪には、緑蔦を編み、貝殻を削った止め具を挟んで飾り、纏う服は仕上げも見事に鮮やかな紅の飾り絹糸で綴られ、袖には銅の古銭が縫い止められています。
 工夫を凝らした細工の数々は、大邑の御令嬢でも、まず揃える事の出来ぬ細工でありましょう。それもそのはず、娘が身に纏うのは人界のものではありません。この広き心華大陸の山深く、神秘と不思議に溢れた、仙界の道服なのでございました。
 娘の名は燐玉(りんぎょく)。
 不老不死を極め世のことわり――大道を悟らんとするため、この洞府にて修行を積んでいるのです。。
 しかし、立派な道服とは正反対に、燐玉のその様子と言ったら落ち着きなく、もじもじ、くねくねと脚を擦り合わせ腰を揺するばかり。瞑想のため閉じられた目は震え、眉はよじられ、その表情は一時も定まらず、くるくると変わってゆくのです。
 流れ落ちる滝のしぶきが、ぱしゃぱしゃと音を響かせる音に耐えかねたかのように、燐玉はついに眼を開き、唇を震わせて泣き声を上げます。
「お、お師匠様ぁ……っ」
「なんじゃ、情けない声を出しおって」
 燐玉の見上げた宙空、ふよふよと漂う長椅子の上で、大きく溜息をついてみせるのは璃覚公主(りかくこうしゅ)。ここ、大慧山酒蓮洞(だいけいざんしゅれんどう)の主にして、燐玉のお師匠様にございます。
 とは言っても、公主のお姿は燐玉のそれよりもお若いご様子。燐玉のものよりも立派な道服や、手にした煙管などを除けば、鬼ごっこや隠れんぼをして遊んでいるのが似合いそうな、幼いお姿でございます。しかしながら、大慧山酒蓮洞の冥璃覚さまと言えば、仙界にこの人ありと謡われた五行の名手でございました。
 呆れ顔のお師匠様に、燐玉は肩を震わせ、唇を青くして再度訴えます。
「お師匠様…、も、もう、無理です……っ」
 その身はぶるぶると震え、両の手は辛そうに、道服の上から脚の付け根へとあてがわれていました。
 泣き言を言い出す弟子の姿に、公主さまは煙管に火を灯し、再度大きく肩を落とされます。
「ええい、情けない声を出すでない! まだ一刻も過ぎておらぬではないか」
「で、でも……っ、も、もう、本当にっ……!!」
 叱責を受けたところで、もはや燐玉にはどうすることもできません。ぷるぷると眉をよじり、小さな手を揉み合わせるように握り締めては、歯を食いしばって小刻みに震えるばかり。それどころかはしたなくも、坐した岩の上で、くねくねと艶めかしく腰をくねらせ始めてしまいます。
 もう辛抱溜まらないと目に涙をため、燐玉はお師匠様に視線で訴えかけるのです。これを見て公主、いよいよ困ったと首を振り、煙管を咥えて白い煙を吐き出します。
「まったく……燐玉よ、もう何度も教えたであろう? そのような瑣末な事で己を乱してどうするのじゃ」
「さ、さまつじゃありませんっ……だって、もう、ずっと、朝からっ……がまん、して…っ」
「ああもう、そのように無駄に力むからいかんのじゃ。ほれ、息を整えて姿勢を正せ! 一巡(9日)はもたぬだろうと思っておったが、まさか半日で根を上げるとはの……情けない」
 不出来な弟子に噛んで含めるように、璃覚公主は仰います。
 さて、百年千年を生きる仙人ともあろうものが、わずか一巡ほどの行をこなせぬ道理がありましょうか。璃覚公主の嘆きももっともでありますが――それも仕方のない事でございましょう。なにしろこの燐玉、まだ仙人とは名ばかりの見習い道士なのであります。
 世に名だたる崑崙山、蓬莱島といった大仙郷には、多くの洞府を束ねながらも若々しいお姿をされた大仙の方々もいらっしゃいますが、燐玉に限って言うのならば、見た目通りまだ十五にもならぬ、幼い娘なのです。公主にその素質を見出されて仙界へと招かれてまだ半年、学ぶべきことは多く、その道は遥かに遠く――まだまだ村娘気分の抜けぬ時期でありました。
 だからこそ、公主はあえて厳しく、燐玉を窘められます。
「良いか燐玉。よく聞くのじゃ。何度か教えたと思うが、仙人にとってもっとも必要なことは、陰陽の気を絶え間なく巡らせ、己のうちにとどめることじゃ。……まったく嘆かわしいことじゃが、大道の乱れは年を経ることに険しくなるばかり。妖怪や災害によって天地の気はたやすく乱れる。だからこそ、仙人というものは決して揺らがぬ己を保たねばならぬ」
 仙人を志す者がまずはじめに覚えることは、己の呼吸を乱さぬようにすることでございます。
 この呼吸というのは、ただの息の吸い吐きではありません。あらゆる物事の間、具合を計る基礎の基礎であります。これによって仙人は体内の気を巡らせ、調和とともに保つのございます。
 いかなる時もそれを乱さぬこと。仙道の初歩にしてもっとも大切な教えでありました。
 ……さて、この陰陽の気と申しますのが、この心華における気とは、陰陽より出で、互いに混じり合い産まれ合い、木火土金水の五行となって広がります。五つの行は互いに克し互いを生み出す相関関係を持ち、仙人のなかでも五行を扱うものは、まずこの五行の相生と相克をを扱えるようにならねばなりません。
 しかし燐玉、生まれの性質ゆえか、木行、火行の扱いは人並み以上であるのですが、それ以外はとんと苦手。それはならぬと公主、燐玉にもっとも苦手な水気の扱いのための修行をお命じになったのです。
 かくして燐玉は、洞で一番水気の満ちているこの滝のそばで、水気を己のうちにとどめる行を行っているのですが――
「ほれ、もっと胎に力を入れんか」
「ひゃあああ!?」
 水気と言いいますれば、つまり人間の身体を巡る水でありまして、要するに燐玉、ひたすらにお小水を我慢させられているのでありました。
 一人前の仙人ともなれば、体内の気、五行を己の中のみで循環させ、飲み食いなどせずとも生きてゆくことができます。俗に霞を食う、ともされますが――すなわち己の身体をひとつの世界とし、不要なものを口にすることなく、また余分なものを体外に排出することなく、身体の中を巡らせ続けることができるのです。
 そのためには木火土金水、五行のつり合いが大事なのですが――その扱いには不慣れな燐玉、どうしても不足しがちな水気を補うため、清浄なる水気に満ちた滝の傍で、その水気を無理矢理取り込まされ――いえ、公主の厳しい指導のもと、修行に励んでいるのでありました。
「ふぁあ……んぅっ……ぁ、あ、だめぇ……っ、も、漏れちゃ、ぅ……っ」
 しかし燐玉、確かに璃覚公主にその仙骨を見出されて、晴れて酒蓮洞の弟子となりはしましたが、ほんの半年も前まではただの村娘だったわけでして、仙道の暮らしなど分からないことだらけ。いくら言われても、その教えはまったくちんぷんかんぷんなのでございました。そも、普通の娘に、丸一日もお小水が我慢出来ようはずもありません。
 我慢出来ぬものを出来るようにせよ、とはまったく酷なことでございました。
「お、師匠様、い、いじわる、しないでくださいっ……」
「……たわけ!! なにが意地悪か、修行じゃ、修行!!」
 璃覚公主、不出来な弟子の有様に、すっかりご機嫌斜めのご様子。
 けれども、いかな優れた仙骨を持つ者が、戒律に従い肉魚を断って精進の日々を過ごそうとも、そも、人間とは陰陽清濁を共に備えてこの世に産まれ落ちた身、半年やそこいらで俗界の習慣や輪廻の中で染み付いた陰業が抜け落ちることもまたないのであります。
 たとえ燐玉が心曇りのない清らかなる乙女とて、その身に満ちた水気は体内を巡るうちやがて澱み、汚れてゆくのです。そうして汚れた水気はまた、不要なモノとして身体の外へと排出せねばなりません。
 そして今もなお、満ち満ちた水気は身体の中にとどめておくどころか、娘の下腹の恥ずかしい部分へと集まり、出口を目指してぱんぱんに張りつめていくばかりなのでした。いくらお師匠様のいうことでも、姿勢を正そうと呼吸を整えようと、その勢いは強まるばかり。
 けなげにも言われたことを実行しようとしても、なお刻一刻と下腹部に膨れ上がる濁った水気に、燐玉はどうすることもできずにいるのでした。見事に縫いとられた太極図の道服の前をぎゅうぎゅうと引き絞り、はしたなくも左右の手を足の付け根に押し込んで、みっともなく腰を左右に振るばかりでございます。
「や、やっぱりだ、だめ……!! で、出ちゃいますっ……」
 まだまだ見習い気分の抜けない、年頃の娘。燐玉はこみ上げる尿意に身悶えしながら、顔を赤くしてうつむくばかりでありました。いくら言っても聞く様子のない弟子の姿に、璃覚公主もすっかり呆れ顔となるばかり。
「まったく……いつになったらお主のお漏らし癖は治るのかの。いい加減にしゃっきりと辛抱せい」
「そ、そんな……っ、む、無理なものは、無理ですよぅ……も、もうこれ以上、我慢、なんてっ、」
 そんな公主の厳しい叱責にも、燐玉は落ち着きなく首を振り、ぎゅぎゅっとはしたなくも脚の間に手を突っ込んで、思い切り道服を引っ張るように押さえこみます。
 不機嫌な時の璃覚師匠に口答えをするなど、あとで恐ろしいお仕置きが待っているのに違いないのですが――どうも燐玉、余程切羽詰まっているのか、そんな事を気にしている余裕もない様子でありました。
「ああもう!! 耐えろと言っておるのではない!! 気の巡りを捕え、循環を絶やすな。そのようにはしたなく身をよじることが未熟な証と言っておるのじゃ!!」
 きつい口調でそう言うと、璃覚公主はぺしんと燐玉の腰を叩いて見せます。
 しかし、いままさに、羞恥と我慢の綱引きの真っ最中で叩かれた燐玉はたまりません。その弾みでじゅじゅじゅっ、と脚の付け根にはしたない飛沫を滲ませてしまうのでした。
「ふぁあああ!? や、、だめ、お師匠様、っ、さわら、なぃでっ……!! でっ、出ちゃうっぅうっ……!!」
「はあ……まったく、情けない。そもそも、水気をそんなところに溜め込んでどうする。水は流れ巡るものじゃ。一所に溜まらせておれば、それだけ澱み、穢れてしまうのだぞ!!」
 さて、璃覚公主のお説教が始まりましたが、顔を真っ赤にして唇を噛み、身体を硬く強張らせて震えている燐玉に、そのお小言が届いていますのかどうか。まさに今、燐玉の乙女はその澱んだ水気をたっぷりと蓄え、懸命の我慢も空しくいまにも弾けんばかりに膨らんでいるのです。
「あっあ、あっ……」
 燐玉が高く声を跳ねさせると、とたんにはしたなく漏れだした濁水が、ぶじゅぶじゅうじゅううぅ!!と激しくはしたない音を響かせては、道服の色を見る間に変えてゆきます。それでも燐玉がそこに溜めこんだ澱み濁った水気の量に比べれば、ほんのわずか、数滴がこぼれた程度に過ぎません。
 ほかほかと湯気を立てる燐玉の粗相を見下ろし、璃覚公主ははあ、と大げさに溜息をついてみせました。
「まったく…進歩のないやつじゃの。お主のように見込みのない弟子は初めてじゃ。……もう良い、罰としてもう半日ばかりそうしておれ」
「そ、そんなっ、お師匠様っ……!!」
 涙声で追いすがる燐玉ですが、師匠の命令には逆らえるはずもありません。
「や、やだ……だめ、ま、また漏れちゃいますっ……!!」
 なおも激しく出口を求め暴れる、体内の濁水気を持て余しては、燐玉はただただ、濡れてちゃべちゃと汚れたままの道服を涙を浮かべながら絞り、途方にくれるばかりなのでした。
 燐玉が仙人としてこの心華にその歩みを刻むには、まだまだ長い時間が必要となりそうです。



 ――さて。燐玉を庇うわけではありませんが、ひとつ種明かしをいたしますと、そもそも、気の巡りというものをうまく感じ取れない見習いの時分には、己のうちに気を留めておくということは至難の技でして、誰もが苦労して通る道なのでございます。
 しかしそこは偏屈かつ意地悪で名を馳せた璃覚公主、さも出来の悪いのは燐玉だけだというような口ぶりをなさるのでした。
「やれやれ……困ったものじゃな」
 そう仰る公主のお顔は、自然と意地悪な笑みを浮かべていました。

 いかな大仙であろうとも、なかなかに捨て去ることは出来ぬ二つの業というものがございます。
 ひとつは殺業――己の力を極め、他者と争い競いたいという心。
 そしてもう一つは愛業――己の弟子を、愛しいと思う心であります。
 これは仙人にとって捨て去ることがとても難しいものであると同時に、この二つを失ってしまえば、それはもはや意志を持ち人の形をとることの意味すら失うものでもあるのです。璃覚公主のそれを愛業と呼ぶのがふさわしいかどうかは、少々議論の余地があるようにも思えますが――野暮なことは言わずにおくといたしましょう。




 (初出:書き下ろし)
 
[ 2011/09/23 00:26 ] 小説 | トラックバック(-) | コメント(-)
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