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社会見学バスの話・36 トイレに向かって進路を取れ! 


 カーテンに仕切られた薄暗い車内に、オシッコの匂いが立ち込める。既に限界を迎えつつある28人の生徒達のおチビりによるものだ。
 バスの中には倦怠と疲労、そして何よりも絶望が満ちていた。
 恥ずかしさを堪え、バスの陰の臨時の野外トイレを使ってオシッコを済ませに行ったはずの9人は、下半身を丸出しにして道路を100m近くも練り歩くという悲劇に見舞われ――しかも、ほとんどの少女達はわずかな放水、おチビリをした程度で、オシッコを済ませることすらできず、まだ大量のオシッコを乙女のダムに溜め込んだままなのだ。
 渋滞の行列から携帯のレンズを向けられ、オモラシの瞬間や路面にオシッコを噴き出させる一部始終を録画され、その上高速道路の車の合間をあそこを押さえてガニ股で歩く姿を見られる――そんな惨状を目の当たりにした少女達に、もう一度バスを降りるなんて選択肢はあり得なかった。
 今すぐここから飛び降りて死ねと言っているにも等しい。
「ふぐっ……ぅ、ううぅっ……」
「あ、あっ、あ……あああっ、ああああ……っ」
 また、くぐもった水音が響く。バスの床をぽたぽたと垂れ落ちる水滴の音が、ちょろちょろと流れ落ちる細い水流の音が、ぷしっ、と噴き出す高圧の噴射音が、指に、布地にあたってじゅじゅじゅうと震える熱い放出音が、幾重にも重なってハーモニーを奏でる。
 もはや後は時間の問題――最後の、野外排泄という手段すら失った2-Aの生徒達は、あらゆる希望を断たれ、動く密室と化したバスの中に閉じ込められたまま、最後の瞬間を迎えるしか道が残されていない。
 あらゆる希望を失って、それでもなお往生際悪く、少しでも崩壊の瞬間を先延ばしにして、懸命の我慢を続けていられるのは、ひとえに彼女達が、なによりも繊細で潔癖な世代の少女であるからに他ならなかった。
 その、時だ。
「み、みなさんに、お知らせがありますッ」
 突然、バスの連絡用のスピーカーにノイズが入る。
 ガッツポーズと共に携帯を握り締め、いきなりマイクを手にした清水先生が通路の真ん中に立ち上がったのだ。尿意を堪えていた少女達も、もう限界の我慢の綱引きの真っ最中の子を覗いて、一斉に顔を上げ、何事かとそちらに顔を向ける。
「皆さんっ、き、聞いてください!! じゅ、渋滞がっ、ひどいので!! はうぅ……っ、い、今から、っ、はあはあっ、こ、このバスはっ、す、すぐ近くの、さ、サービスエリアに行きますっ! そ、そこでっ、とっ、とと、トイレ!! トイレ、休憩をッ、す、する、ことに、っ、な、なりましたっ!!」
 張りのある声で、良かったですね!! と喝采を叫ばんばかりの清水先生の声。事実、先生の顔は笑顔に輝き、車内から歓声が上がることを期待している風な気配だった。
 皆を励ますようにするための、殊更に明るい『清水先生』の声。しかし28人の少女達を乗せたバス内には対照的に重い空気が漂う。
「……そ、そんなぁ……」
「な、なにそれ……!!」
 不穏な気配を孕んだざわめきが、バスの中を伝播してゆく。
(……おかしいよ、ヘンだよ、そんなのっ……だ、だって……っ!!)
(なら、どうしてさっき、バス、停めたのよ……!?)
(あ、あんな恥ずかしい目にまであって……!! が、ガマン、したのにッ……!! なんで、先生、もっと早く言ってくれないのっ……!?)
(わ、分かってたら、皆の前で、ぉ、お外に、オシッコになんか、行かなかったのに……!!)
 彼女たちの多くは、さっきの停車時にバスを降りた少女達だった。繊細な羞恥心を必死に押さえこんで、バスの陰での野ションまで決意したのに。それをすべて無駄にし、しかも裏切られた彼女たちの恨みは根深い。
 ひときわ敏感な世代の少女たちがが恥を忍んでそんな行為を許容したのは、渋滞の中でバスがどうなるかも分からず、これからトイレに行けるとは思えなかったからだ。蓉子が提案したバスの陰でのオシッコという、恥ずかし過ぎる選択肢を選んでしまったのは、あの時点でそれ以外の手段が無かったからに他ならない。
 その挙句、彼女達は周りの車に乗っている人たちからあんなにも恥ずかしい姿を見られることになってしまった。――それなのに。
 今からバスは予定を急変して、トイレに行くというのだ。もはやこれまでと観念して、死にそうな羞恥をこらえ、バスを降り――或いは、水筒やペットボトルに、座席シートの上で恥ずかしいオモラシを許容した少女達が、その事に憤るのも仕方がない。
 待望のトイレは確かに近づいたが、そのことを素直に喜べる生徒達はほとんどいなかったのである。
 しかし。バスの影の臨時仮設野外トイレなどではなく、本物の――間違いなく本物の『オシッコをするための場所』へ向かうこととなったバスに、内心飛び上がって歓声をあげたい蓉子はそれに気付かない。
「ぁ、あと15分くらいでっ、付くと思うからっ♪ そ、それまでもう少し、頑張ってね、みんなっ♪」
 無責任な先生の発言に、車内には見えないイライラが溜まってゆく。
 そんな中、当の蓉子は――
(やったぁ♪ やった、やった、やったわぁあっ♪ 頑張った、わたし、とっても頑張ったわっ……!! あ、あとすこしっ、あとすこしでっ、と、トイレに行けるの!! おトイレできるのよぉっ……!! はぁあ、トイレ、トイレ、オシッコ、オシッコ、オシッコできる、オシッコじゃーってできるっ、ぷしゃーって、トイレで、ちゃんとしたお手洗いで、しゃーって、思いっきりオシッコできるのよぉおっ♪ はあんっ、はぁあああんっ…♪)
 まるで恋人に会う乙女のごとく、浮足立つ爪先がみっともないリズムを刻む。
 蓉子はすでにまだ見ぬサービスエリアのトイレの個室の中へと、待ちきれない心を飛ばしていた。
[ 2013/07/24 09:00 ] 長編連載 | トラックバック(-) | コメント(-)
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