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トリシア様のお粗相について 


 いまよりも、少し昔の事でございます。
 その頃、アトラテアのシャルナーズ方伯のご令嬢トリシアさまと言えば、幼いながらその類稀な美貌と、それ以上に生来の気の強さ――たとえお父様であるシャルナーズ伯が相手とあっても、己が正しいと思えば物怖じせずその舌峰を向けることで有名でありました。
 とは言え、トリシア様は本心ではけして誰彼構わず憎んでいるというわけではありませんでした。母君を早くに失い、多忙な方伯様の負担にならぬようにと、他の姫君がまだ無邪気であられるころから、貴族令嬢たらんと精一杯の背伸びをしてきたことがその要因にあったようにも思われます。
 世間の評判とは裏腹に、トリシア様は本当は心優しいお方であるということを、方伯様や方伯様のお城に古くから仕える使用人や侍従たちはよくわかっていたものでした。心を許した方には、一見冷たいような態度をお取りになられても、トリシアさまがその者のことを慮っているのがわかるようになるのです。
 それは、トリシアさまの幼馴染みにあらせられるカイル様――後のカイル4世様にあっても、同じ事でございました。
 幼い頃から交流を持たれ、気心の知れたご友人として健やかに育たれたカイル様を、トリシア様はいつしか慕われるようになっておりました。しかし、カイル様が王位継承を間近に控えられるようになる頃には、トリシア様はそれはもう、カイル様に辛く当たられていました。
 トリシア様は聡いお方でしたので、ご自分のような生意気な娘が、後の国王様と頻繁に会うことによって、カイル様の宮廷でのご評判が損なわれることを畏れていらっしゃったのです。
 ……もっとも、それ以上にトリシア様は、カイル様の前では素直に想いを伝えることができず、ついついその場の勢いで心にもない事を口にしてしまっては、夜毎後悔に枕を濡らすようなこともしばしばであったようでございますが。
 無論のこと、カイル様もそれを十分にご存知でしたので、トリシア様を遠ざけるようなことはせず、お忙しいなか、よく方伯領まで訪ねていらっしゃったものでした。
 これをトリシア様は冷たくあしらうのですが、その嬉しさが言葉の端々に隠しきれずに現れるのは、とても微笑ましいものでございました。



 その日も、トリシア様はヴォンテルブローからリトリューゲンの離宮に向かわれる間、カイル様より同じ馬車に乗るようにとお誘いを受けておりました。
 これはまったく光栄なことで、世のご令嬢方がその話を耳にすれば、我先にと押しかけ詰め寄り、カイル様のお側に選ばれなかった悔しさに手袋を噛むようなものでありましょう。
けれど、トリシア様ときたら、こうしてカイル様と同じ時間を過ごせることが嬉しくてたまらないというのに、
「――はあ、どうして私があなたなんかと一緒にいなければいけないのかしら。国王様はご令嬢一人を送り迎えする馬車も用立てられぬほど窮しておられると噂されてもよろしいの?」
 つん、と窓の外に視線を向けながら、心にもなくそんなことを仰るのです。
 そうした態度をお取りになられてはいても、白くシルクの手袋に包まれたトリシア様の指はそわそわと座席の羅紗をなぞるばかりですし、流れるような美しい金髪の隙間から僅かに覗く耳は、かあっと朱く染まっているのです。
 トリシア様はカイル様とひとつの馬車にいらっしゃる、ただそれだけで、天にも昇る心地なのは、見るものが見れば明らかなのでした。
 そして勿論ながら、カイル様はすっかりそんなことはご存知ですので、いつものように穏やかな笑みを浮かべられて、そうだね、とお答えになるばかりでした。
 そんな態度がますますトリシア様を困惑させるのです。
 一層忙しなく白手袋の指を組み合わせながら、本来ならばピンと伸ばしていなければならない背筋をお行儀悪く丸めて。トリシア様はむうっと眉を寄せ、カイル様をじっと見上げます。
「もう、分かってらっしゃるの? 私も貴方も、いつまでも幼馴染みのトリスとカイルのままではいられませんのに。ご自分の立場をご理解なさって、軽妄はお慎みなさいませ、カイル殿下」
 ああ、なんとお労しいことでしょうか。トリシア様は折角のひとときをこうしてご自分から突き放されるような御言葉を選ばれ、あえて冷たい態度を取るのです。恐らく今宵も、トリシア様は今日のご自分を思い起こし、なぜ、ああも自分は素直になれぬのか――と深く深く後悔されることでしょう。
 世のご令嬢が美しく儚げに小さな胸を焦がし、季節の彩りや鳥の囀りになぞらえて、恋を、愛を語ると言うのに、自分ときたらこのように詰まらぬ政治と宮廷を気にして外聞のことばかり。これではたとえ方伯の娘であろうとも、恋文のひとつも届くまい――そうお思いになっているのですから。
 けれど、この日ばかりは少し、様子が違いました。
 トリシア様は、お昼前にカイル様からお誘いを受けてからはすっかり浮かれてしまい、何もかもが上の空で、ついつい、大切なことを失念しておられました。
 とても、とても大事なことを。
 それは、そう。いまもトリシア様のもう一方の、白い手袋に包まれた小さなお手がそうっと撫でさする、ほっそりとしたお腹のその奥に秘められた一大事でございます。
 ふっくらとした布花を膨らませるドレスに包まれた細い腰は、馬車の座席の上で静かに、けれど精一杯の強さで、ぐ、ぐっと擦りつけられ。
 向かいに座るカイル様の目を盗んで、トリシア様の小さな手は、ふわりと膨らんだスカートの上から、はしたなくも閉じられしきりに擦り合わされる足の間へと滑り込み、白いドレスの布地をきつくきゅうっと握りしめていらっしゃるのです。
 浅く開いた桜色の唇がきゅっと引き結ばれ、荒い息を押さえます。
(……っ、ダメよ、弱気になってはダメ、トリシア……っ)
 焦燥と緊張に強張る表情を、できるだけ覚られぬように、鈍い幼馴染みへと向けるいつもの不機嫌な仕草に装いながら。
 がた、がたと揺れる馬車の震動に、時折びくっと身体をすくませて。
 トリシア様は、精一杯のさりげなさを装いながら、スカートの間を何度も、白手袋の指で握り締め――懸命に、乙女の幸せなひと時を、絶望の窮地へと追い込まんとする、猛烈な尿意と戦っておられたのでした。



 トリシア様を苦しめておられるのは、その小さなおなかの中の秘密のティーポットの中で――くつくつと激しく煮立ち沸き立つ、恥ずかしい欲求の根源。乙女の秘密たるティーポットの中に注ぎ込まれ、いまにも『注ぎ口』から溢れださんとするホットレモンティのもたらすものにございました。
(っ……はぁ、はぁ…っ、はぁ……っ、ふ、ひぁッ!?)
 がくんと揺れる馬車の震動が、トリシア様の敏感なティーポットに、大きな波の揺れをもたらします。もう何度、たまらずにスカートの奥、脚の付け根を押さえ、溢れそうになるポットを支えててしまった事でしょう。
 リトリューゲンまでの長い道のりを、馬車は淡々と進み続けていきます。
 無論ながら、いかに王家のものとは言え、この馬車の中にご夫人が御用を足せるような場所などあるはずもなく、さりとて方伯のご令嬢が、いかに幼馴染といえど、まさか男性の前で尿意を口にできるはずもありません。
 トリシア様はただお一人、静かに襲い来る生理的欲求と戦い続けていらっしゃるのでした。
 途中、何度か馬車は道端に止まり、休憩を挟みはしましたが、従者達もまさか国王様と方伯のご令嬢をやすやすと一人にできようはずもありません。お二人はずっと同じ個室の中に腰掛けて、時折談笑なさる程度です。
 いやはや、もともとが勝気なトリシア様、小さな頃はお転婆でも有名で、木登りかくれんぼもお手の物でございました。いざとなれば大胆な行動力を発揮されるのは今でも同じで、その気になれば従者の目を盗んでそこいらの茂みに駆け込み、おしっこを済まされることは決してとっぴな想像ではありません。
 我慢に我慢を続けて、みじめに令嬢としての醜態をさらされるくらいなら、その前の恥を選ぶ――そうした合理的なことを、判断なさることができるお方でございます。
 けれど、お慕い申しあげるカイル様を前にして、まさかトリシア様がそんなことを口に出せようはずもありませんでした。
 そのようなはしたない振る舞いに出て、カイル様のご機嫌を損ね、嫌われてしまうことを畏れ、トリシア様は鋼鉄の意志でこみ上げてくる激しい羞恥の衝動に耐えていらっしゃいました。
 いかに幼馴染といえども――いえ、御幼少の頃からまるで兄妹のようにご交遊をもたれていたからこそ、トリシア様はその事を恐れていたのです。
 もし、カイル様が何の気にもせず、いつものように――ああ、行っておいで、と。優しい声で、それをなんの抵抗もなく受け入れてしまったら、と。
 誰よりも優しく理解のあるカイル様であるからこそ。
 自分が婚約相手として釣り合うご令嬢ではなく、まだ御不浄のしつけもままならない、小さな妹のトリスでしかないのだと。
 ――そう思われることを、トリシア様は心から恐れておられました。
 そのような按配ですから、次第にトリシア様は、ただただ揺れる馬車の上で、おなかの中にぐらぐらと沸き立つティーポットを抱え込み、震える指先でドレスのおなかを撫でさすり、しきりに脚を擦り合わせて、言葉すくなに黙り込むことが多くなってまいりました。
 そうなれば、カイル様とて不安に思われるのは当たり前のことです。気分が悪いのかと馬車を停めさせ、窓を開けさせ、飲み物を勧めることを繰り返します。これらは全てトリシア様を慮ってのことでしたが、どれも今のトリシア様にはあまりにも酷なことでございました。
「い、いえ……結構ですわ」
 懸命に、胸中の焦りを押し殺し、硬い表情でそうお答えになるのが精一杯。それでもカイル様のお心遣いだからと、トリシア様は健気にも、揺れ動く腰を押さえつけ、両手でスカートを握り締めんとするはしたない衝動を必死に堪えて、冷たい飲み物に口を付けるのです。
(んぅぅ……ッ)
 いまにもぶるぶると震えだしそうになる膝頭を抑え、トリシア様は健気にもこくりこくりと冷たく冷えた飲み物を喉へと流し込んでゆきます。胃の腑の奥へ流れ落ちる冷えた木苺のジュースは、まるでそのまま身体の奥の貯水池へと沈みこみ、限界の膨らみをなお膨らませていくようでした。
 そうしたことが何度もあったものですから、なお尿意は募るばかり。激しさをいや増してトリシア様を襲い、もはや方伯ご令嬢の鋼鉄の意思をもってしても我慢の限界を超えんばかり。
 トリシア様はきゅうっと脚を閉じあわせ、席の上で腰を浮かしかけては体重を左右に揺らし、お身体を小刻みに震わせます。
「あ。あの……っ」
 何かを話しかけられても上の空。さざ波立つティーポットは『注ぎ口』を湿らせ、周囲の布地まで滲みを広げていきます。
 猛烈な水の誘惑に苦しみは酷さを増す一方。トリシア様は迫る最悪の事態を前に今度こそ打ち明けて降ろしてもらおうとカイル様にお声をおかけになるのですが――
 なんだい、とカイル様に見つめられれば、そのまま言葉を失って、
「な、なんでもありませんわっ」
 と、恥ずかしさを誤魔化すように声を荒げてしまうばかりです。そうしている間にも、方伯ご令嬢のティーポットにはどんどんと、恥ずかしくもはしたない熱水が溜まり続けてゆくのです。



 ……ああ、なんという事でしょう。
 がたんっ、と跳ねる車輪から、クッションでも吸収しきれぬ衝撃を受け、トリシア様の『乙女』は上下左右に揺さぶられ。
 満水のティーポットの『注ぎ口』からは、じわっ、じゅわあ、ちょろろっ、と、羞恥のホットレモンティがこぼれ出してゆくばかり。
 絶体絶命の窮地へと追い込まれ、トリシア様のお顔は真っ青でございます。
(はぁああ……く、ぅぅう……っ)
 身体を伸び縮みさせ、腰を揺すり、背筋を揺らし。いまにもがばりとスカートをたくし上げ、その根元を脚の付け根を『ぎゅうッ』と握り締めてしまいたい衝動を必死に堪えながら。
 トリシア様は馬車が進むのを、憧れの離宮が見えてくるのを、待望の『お手洗い』が見えてくる瞬間を、今か今かと待ち焦がれていました。
 大切な、大切な、お慕い申し上げるカイル様と共に過ごすひととき。一分一秒でも長く共に過ごしたいという時間を、はやくはやくと口の中で繰り返しながら。
(はやく……おねがい、はやく……ぅ……ッ)
 トリシア様が少しでも気を抜けばそのまま足元にはしたない水音をたて、湯気をあげながらも大きな大きな水たまりを作ってしまうことは間違いないでしょう。何度も交差された脚の間ではじっとりと湿った下着の布地が嫌な感触を伝えてくるのです。
 トリシア様は、それは汗だと、自分に言い聞かせていらっしゃいましたが――はたしてそれは真実のことでしたでしょうか?
 けれどもさすがトリシア様は、なんとか気力だけでリトリューゲン領内までは持ちこたえたのです。
 ですが、そこまで。いかなトリシア様とても、もうそれ以上の辛抱は、どうにもならないことでございました。
 もう、どうすることもできず、方伯ご令嬢は我慢の限界をむかえてしまったのでございます。
 最後の休憩として馬車が止まると、トリシア様は身を揺すりながら、とうとう両手ではっきりと、スカートの前を押さえ混み、手袋の指で『ぎゅううううううッ』と脚の付け根を握り締めながら、ドレスの布花に、みっともなくも大きな皺をつくり、はしたなくご自身の欲求を口にされたのです。
「お、お願いです……ご、ご不浄に……っ、行かせて、くださいまし……! こっ、このままじゃ……お、っ、ぉ……し、っこ……ぅ、ぁ、ぉ、おなかが、はち切れて、しまいますの……っ」
 そう、トリシア様は、泣きべそをかいてカイル様に訴えられたのでした。



 桜色の唇をきゅっと引き結び、俯き切なく息を切らせ、微かな喘ぎを堪え、白いお顔を耳まで真っ赤になさってのシャルナーズ方伯ご令嬢・トリシア様の懇願。
 それに、カイル様はすぐにお応えになりました。
 聡明なカイル様でございます。いつも気丈なトリシア様が、小さなおなかの中で湧き立つ恥ずかしいホットレモンティに責め苛まれ、窮地へと追い詰められていらっしゃることをすぐにご理解なさったのです。
 方伯の令嬢としての体面や乙女の矜持と、恥ずかしい下半身の要求の板挟みとなり、絶体絶命の瀬戸際に追いやられたトリシア様でございます。
 押し寄せる羞恥を懸命に堪え、か細い助けを求めていらっしゃいました。そのことを慮り、カイル様はすぐに事を荒立てるようなことはなさいませんでした。
 しかし、トリシア様はカイル様が優しく差し伸べてくださったお手を取ることはかないませんでした。なにしろ白手袋に包まれたトリシア様のお手は、今にも噴きこぼれそうなティーポットの出口を押さえ込むので精一杯。ドレスのスカートを握り締め、一時もそこを離れることは叶わなかったのでございます。
 馬車の座席、クッションの上に身をうずめるようにしてうずくまったまま、一歩も動けないと首を振るトリシア様でございました。
 もはや押し寄せる下品な衝動に抗うことも危うい、お可哀想な幼馴染みをご覧になり、それを察したカイル様のその後の判断は、まことに迅速であり、なんとも大胆なものでございました。
 カイル様はすぐさま御者に声をかけると、強い調子で申し伝え、街道のその場に馬車を止めさせたのでございます。
 この時の急ブレーキにともなう衝撃にも、馬車の中でトリシア様はきつく目をつぶり、ぎゅうっとスカートの前を押さえ込む手に力を込めては、『んうぅッ……!』と熱い喘ぎをこぼされるほどのあり様でございました。
 まさに、我慢の限界がトリシア様に迫っていたのでございます。
 そうして幼馴染のご令嬢にもはや一刻の猶予もないことを改めて察したカイル様は、トリシア様のお体を軽々と抱え上げると、そのまま馬車のドアを開け、猛然と外へ飛び出されました。
 その時、その場に居合わせた従者たちの驚きと言ったらそれはもう、ひとしおでございました。
 カイル様は呆気にとられる従者たちに向け、誰にも後を追わぬようにきつく言いつけた後、腕にしがみ付いて震えるトリシア様をしっかと抱え上げ、街道にほど近い、梢繁る森の中へと風のように駆け込んだのでございます。
 鬱蒼と茂る森の中は、枝を張り苔生した木々に覆われて、昼なお薄暗い程でした。山野の獣や怪しげな盗賊どもですら、立ち入ることも躊躇うような森の中を、カイル様はトリシア様を伴ったまま、臆することなく駆け進んでいきます。
 囁く虫の声、怪しげなる鳴き声、梢を揺らす羽音。
 深き森の中にあって、トリシア様は普段の気丈さも失い、震えながらぎゅうっとカイル様の腕にしがみ付くのですが――実のところ、トリシア様にはもう、森の恐怖など感じている暇はございませんでした。
 カイル様はできるかぎり優しくトリシア様のお体をを抱えてくださっていたのですが、なんということでございましょう。この時のトリシア様にとっては、馬車が街道の小さな轍を乗り越えるときの細かい振動ですら、耐えがたいほどに下腹部を揺する辛い衝撃となるのでした。
 トリシア様の下腹部のティーポットには、たっぷりと羞恥の熱水が注ぎ込まれ、いまにも噴きこぼれんばかりの水位に達していたのです。
 苔生した木々の隙間を飛び越え、倒木と岩の間を潜り、泥濘をまたいで走るカイル様の腕の中にあって、その振動と言ったらばもう、言葉にできぬほどでありました。
 カイル様に抱えられている間じゅう、トリシア様ははしたなくも、ドレスの脚の付け根に『ぎゅうっ』と両手を重ねて押し当てて、シルクのスカートに皺が寄るのもかまわず、ただひたすらに指先に力を込めて『注ぎ口』を塞ぎ続けねばならなかったのです。



(だめ、でちゃう、でちゃう、もれちゃうっ)
 波濤のごとく押し寄せる猛烈な尿意。馬車の中で長い間、一人孤独に戦い続けたトリシア様は、すっかりお疲れでございました。立て続けの出来事に混乱し、頭の中が沸騰せんばかりの羞恥に覆われ、もはや何も考えられなくなっていらっしゃいました。
 ただただ、カイル様がこの窮地から助けてくださるのだと、お信じになるしかなかったのでございます。
 そうして、森の奥へ奥へと踏み入ったカイル様は、人気のないそこが苔生した大木や、木々の梢、生え繁った草むらによって作られた緑の緞帳によって、すっかりあたりの視線が遮られるようになったことを確かめると、ゆっくりと立ち止まり、腕の中のトリシア様にそっとお声をおかけになりました。
 もう平気だ。ここなら大丈夫だよ。誰も見ていない。
 それを聞いて、トリシア様はわずかな安堵ともにしばし呆けられ――それから、すぐにカイル様の意図を知って、ぼんと頭から湯気を吹かんばかりに真っ赤になられました。
 その通り、このような時ですらトリシア様は聡明でございました。この状況が何を意味するのか、すぐにご理解なさったのです。
 ここなら誰も見ていない。
 だから、――どうすればよい、というのでしょうか。
 いっそ、何もかも投げ出してしまえたのなら、トリシア様もここまで苦しむことはなかったことでございましょう。
 幼いころから想い慕い、いまは立場を慮ってその恋心をひた隠しにされている、あろうことかその当のお方が、ご自身のご不浄の為に森の中へと連れてきてくださった。
 その事実に直面させられるなど、方伯令嬢として――いえ、一人の乙女としてはあまりにも恥ずかしく、辛いことでございました。
「な、なにを仰るの!! じょ、冗談でしょう!!? こっ、ここで、ここでなんてっ、ッ、そんな、破廉恥なっ!」
 もはや一時の猶予もないというのは間違いないはずでございますが、素直になれぬお心のまま、乙女の羞恥によって、反射的に言い返してしまうトリシア様でございます。
 ですが、もうご自分では一歩も動けないのは間違いありません。カイル様が助けてくださらなかったら、あのままな馬車のなかで、はしたなくも熱い雫を足の付け根に迸らせ、後から後からとめどもなく噴き出す黄色い噴水に、ご自身の白いドレスを見るも無残に汚してしまっていたことでしょう。
今もこうして、カイル様が支えてくださらなかったら、一人で立つことも難しい有様なのでございますから。
「わ、わたくし、ッ、が、こんな、トコロ、でッ……!!」
 頭から湯気を吹かんばかり。首元まで朱に染まり、ドレスの前を握り締めたままもじもじと激しく身をよじり、トリシア様は叫ばれます。
 ああ、なんとお可哀想なトリシア様でございましょう。
 離宮までの道中に、貴族のご令嬢がご不浄を済ませることのできる場所などないのです。もはや我慢がならぬとなれば、村娘のように森の木陰、草むらの茂みに腰を下ろし、ドレスの裾をたくし上げ、満杯のティーポットの中身を零すしかないのでございます。
 無論、トリシア様にもその状況は飲み込めぬはずがありません。もう辛抱できないと訴えたのはトリシア様なのでございます。
 ですが、こうして深い森の中にカイル様と二人きりになっては、恥ずかしさに頬は紅潮するばかり。容易く下品な欲望に身を任せることなど、そうそうできるはずがありませんでした。
「………、………ッ」
 そうして。
 トリシア様は、決して短くは無い葛藤の中、何度も何度も悩み抜き、みっともなさと羞恥を懸命に押さえ込んで、『そのための』覚悟を決めねばなりませんでした。
「ッ………わ、わかり……ました、その、ッ、み、見ないで……くださ」
 押し寄せる尿意に身を震わせ、追い詰められた先、ついに、『そのこと』を口になさらんとしたトリシア様。
 ……ですが。運命のいたずらは、なおトリシア様を苛んだのでございます。
 カイル様は、最後の慈悲を願わんとしたトリシア様のお体を地面に下ろすことはなさいませんでした。
 いえ――あろうことか、カイル様はトリシア様のお体を腕の中に離さぬまま、方伯ご令嬢を背中から抱きかかえるように抱え上げ、その脚を掴むようにして、大きく左右に割り開かせたのでございます。
「え……ッ!? きゃああ……ッ!? ッ、ちょ、ちょっと!! なっ、な、なにをッ、カイル様ッ!!」
 無論のこと。ご令嬢にはあってはならぬはしたない姿でございます。あまりにもみっともない格好を強いるカイル様の真意がわからぬまま、トリシア様は絹を引き裂かんばかりの悲鳴をあげられます。
 咄嗟の事にトリシア様は暴れもがくように、カイル様の腕の中を抜け出さんとなさいましたが――まるで羽毛のように軽く小柄なトリシア様では、逞しいカイル様のお力にはまるで抗う事はかなわないのでした。
 まったく、その通りでございます。トリシア様の現在のご容態を深くご理解されていたのはカイル様のほうでございました。
 と言いますのも、トリシア様の足腰は長い長い我慢によってすっかり力を失い、生まれたばかりの小鹿のように歩みもおぼつかないのでございます。
 ここでトリシア様を地面に下ろしたところで、一人ではご不浄の御準備をなさるなど満足にはいかぬ、まして剥き出しの土と泥まみれの地面でございます、ご令嬢の美しきドレスを汚さぬままに用を足すことなど不可能であろうと、カイル様はそう案じていらっしゃったのです。
 言わばこれは、トリシア様に方伯ご令嬢としての恥をかかさないようにという、カイル様のご配慮でありました。
「いや……ッ、いやぁあッ……!!」
 けれど。……ああ、けれど。
 そうしてトリシア様が強いられる、背中から抱きすくめられ、大きく股を広げられ、太腿から膝を左右に割り広げられるお姿は、閨の中で愛するお方にすら見せることを憚るような、恥辱の極みと言っても過言ではないお姿でございました。
 そう。それは、まさに。
 『おしっこしーしー』のポーズでございました。
 まだ、お一人ではご不浄を済ませることのできないほどに幼いお子様を、乳母や子守役が、ご不浄の中でそっとお助けするお姿。
 まだ恥を知らぬ赤子や御幼少のころであればともかくも、夜界デビューを間近に控えたご令嬢がなさるには、あまりも、はしたなくもみっともない格好でございます。
 貴族のご令嬢にとって、屋外で晒すなどありえない、恥辱のお姿でございました。まして、トリシア様はお慕いするカイル様の前でこのお姿を強いられ――いえ、カイル様の前であるからこそ、トリシア様はこのような格好を見られるのは耐えられなかったのでございましょう。
 何度も悲鳴を上げ、顔を涙でくしゃくしゃにして叫ぶトリシア様。その胸中は窺い知ることはかないません。いったいそのお辛さ、恥ずかしさ、悔しさは、いかばかりであったことでしょうか。
 けれど、いくらもがいてもカイル様はのお力は強く、トリシア様はもう逃れることは叶わなかったのでした。


 カイル様は、トリシア様の白いドレスの裾が汚れぬよう、これを大きく捲りあげられます。
 大胆に持ち上げられたスカートの上、バニエ諸共に白い下着(ドロワーズ)が露わになり、トリシア様はふたたび、喉も張り裂けんばかりの声で悲鳴をあげられます。
 ですが、その声もまた深い森の中に飲み込まれるばかり。
 これも、トリシア様の羞恥を案じてのカイル様の深慮でございました。
 ここには他に誰もおらず、誰も見ていない。
 だから、恥ずかしがる事はない、と。
 カイル様はそうトリシア様を諭したのでございます。
「ッ~~~………!!」
 もはや、トリシア様は声もありません。ぐるぐると目を回しながら、カイル様の手を懸命につかんで抗おうとなさいます。さしものトリシア様も、この異常事態にあって、冷静な判断力を失っていらっしゃるようでございました。
 トリシア。手を。
「――――ッ、あ、っ、な、なッ……!!」
 それは、乙女のプライドの最後の砦。
 腰上まで捲られたスカートの一部と共に、ドロワーズの付け根をきつく握り締めつづけるトリシア様の白手袋の手に、カイル様は訴えます。
 手を離して。汚れてしまう。
 そっと顔を覗きこみながらの、その真摯なお声に。ただ一心にトリシア様の身を案じてのカイル様のお言葉に。
 ついにトリシア様はふっと諦めるように、お手の力を抜かれたのでございました。
 ぶるるっ、と小さく身震いされたトリシア様の細いお体。腰上まで捲られたスカートと共に。ぐいと力強くの下着が膝まで引き下げられます。
「っ…………!!」
 そうして露わになるのは、緊張と羞恥に赤く染まったトリシア様の、まるで白雪のように滑らかに美しい肌でございました。
 懸命の我慢に震える内腿、暴れ回る羞恥のホットレモンティを閉じ込めた下腹部は、いまやはち切れんばかりに張り詰め膨らみ。
 ほんのわずか、日に透ける様な白金の御髪とおなじ、柔毛が薄く張り付いた、清廉なる乙女の部位が、外気に晒されていきます。
 長い間、ドレスの上からしきりに握り締められ、押さえつけられ、すっかり擦れて赤く色づいたその先端は強く熱を持っていました。『そこ』が森の中のひやりとした外気に触れるやいなや、トリシア様は「ひぅっ」と高い声をあげられます。
「あ、あっ、嫌…っ」
 いよいよ後がなくなり、まるで本当に、子供がむずがるように、首を左右に振っていやいやをなさるトリシア様。
 その耳元に、カイル様の優しいお声がかけられます。
 もう、だいじょうぶ。
「あ、あっ、あ……っあ、っ」
 心の安息をもたらす、想い人の優しい言葉。
 その声に、張り詰めていた緊張がついに途切れたのでございましょう。
 ぴゅっ、ぷしゅっ、ぷしゅうっ。
 懸命に塞ぎ続けていた『注ぎ口』が緩み、たちまち腿の間に雫を迸らせます。
「み……ッ、みない、で……ぇっ……!!」
 噴き出す水流の飛沫を感じながら、トリシア様は、燃えるような羞恥で染まったお顔を白手袋の両手で覆い、かすれた喉から懸命に声を絞り出すので精一杯でした。
 その微かな懇願の声をかき消さんばかりに。
 トリシア様の脚の付け根、色づく部位から激しい水流が噴き出すのは、まったく同時のことでございました。

 ぷしゅッ、しゅしゅうゥッ! ぶッしゅシュィイイィいッッ!!

 中身を限界まで詰め込み、伸びきって張り詰めた水袋に、小さな穴が開いたかのよう。噴き上がる奔流は、乙女の密やかな花片の合わせ目を押し開かんばかりに真っ直ぐに前に迸り、目の前に構えた苔生した大木を勢いよく直撃いたしました。
 わずかに弧を描きながらも、宮殿の噴水と見まごうばかりの勢いで、ぶじょじょぶしゅううじょじょじょぶじゅううううと叩き付けらる水流は、たちまち幹の四方に飛沫を飛ばし、激しくも下品な音を響かせて地面に猛烈な勢で注がれてゆきます。
 もはや辛抱も慎みもなく、方伯令嬢がその身を下品な欲望へと委ねるばかり。激しく打ち重なる水流が地面を叩き、猛烈な水音を響かせてゆきます。身体の中心に孔があいたかのように、トリシア様はなお激しく水流を噴出させます。いまやこの深い森の一角は、トリシア様専用のご不浄も同然でございました。
 長い馬車の旅の中、方伯ご令嬢がその小さな体で耐えに耐え続けてきた羞恥の熱水は、大木の幹を伝い、滝のごとく流れ落ちて、剥き出しの地面へ注ぎ、まるで大海のとばかりの大きな大きな水たまりを作っていくのでございます。
 深窓のご令嬢が、耐えがたい羞恥を必死に押し隠し、おなかを不格好に膨らませてまでお体の内側に閉じ込め続けたホットレモンティ。特別性のトリシア様のお体とあっては、『注ぎ口』から噴き出すその勢いは途方もなく、受け止めるティーカップなど、ひと噴きで吹き飛ばしてしまうことでございましょう。
 健気にも、トリシア様がカイル様のとのささやかな逢瀬の最中、必死になって乙女のティーポットに押さえ込んだ羞恥の熱水。その解放の凄まじい様と言ったらもう、街道沿いに停車した馬車馬が地面に噴き出すそれよりもなお激しく、多かったに違いありません。

 ぶじゅうぅううッ、じゅじゅじゅううううううッ……
 じょじょぼぼぼぼぼぼぼぼ……!!!

 じょぼじょぼぶじゅううっとみっともない水音を力強く森の中じゅうに響かせ、脚を深く抱えられたまま、前方の地面に、苔生す大木の根元に向けて、黄色く熱い羞恥の噴水を噴き上げさせながら。
トリシア様は長い長い苦痛からの解き放たれ、まさに天にも昇らんばかりの心地でございました。
「っ……ぁ、はぁあああああ……ッ」
 固く閉じられた栓が開き、身体の奥の熱が乙女の身体の最も奥底、一番大切なる秘めやかな部位に空いた孔から迸るその心地。
 それはそれは筆舌に尽くしがたき解放感。
 幼い子供が無邪気にそうするように、お体が不要なものを排除せんとする欲望のままに身を委ね、己を律していたシャルナーズ方伯令嬢という立場からの解放。
 この、屋外露天でのご不浄は、トリシア様にすっかり我を忘れさせ、いと高き天の国へと連れてゆくに相応しいものだったのでございます。
(おしっこ……いっぱいでてる……キモチいい……)
 あるいは。この瞬間は、奥様を早くに失い、物心がつかぬ頃から気丈に振る舞い、ひたぶるに貴族令嬢の模範たらんとし続けたトリシア様が、御幼少のみぎりに置き去りにしてきた、幼心の発露であったのかもしれません。
 カイル様のたくましい腕に、まるで小さなの子供のように足を抱えられ、森の茂みにご不浄を済ませる、その間ずっと、ずっと。
 トリシア様の手はぎゅっと、スカートの端と、そしてカイル様の腕を握り締めていらっしゃったのでした。
「ふぁ……んぅ……っ」
 大きく開かれた裸の下半身、剥き出しの脚の付け根から、なおもばしゃばしゃと水流を地面に噴きつけながら。
 言葉にできぬ想いをぎゅっとかみしめ、トリシア様は、じゃれるようにカイル様の胸板に、お顔を擦りつけます。
 ぐりぐりと押し当てられたトリシア様の目元は赤く滲んでいましたが――そのお顔は、これまで一度もないほどに、安らいでいるのでございました。
 そして。
 トリシア様のご不浄はなお途切れることなく森の中の地面を濡らし続け、いつしか森の奥に確かなる美しい乙女の泉を広げるにいたったのです。
 たっぷり、3分以上もかけて。
 シャルナーズ方伯ご令嬢が乙女のティーポットをすっかりの空っぽにしてしまう頃には。
 トリシア様はカイル様の胸に顔をうずめ、すんすんと眼に涙を滲ませながら、そっと鼻声でお甘えになるばかりでございました。
 馬車へとお戻りになったお二人を見て、従者たちはさらに首を捻るばかりでございました。と言いますのも、森から戻ってきてなお、カイル様が変わらず、トリシア様のお体を抱きかかえたままだったからです。
 いつもであればこのような時、トリシア様は声を荒げ、余計なことをなさらないでくださいまし! と鋭い叱責と、時には平手まで飛ぶこともあるのですが――
 トリシア様は赤く泣きはらした瞳で、けれどぎゅっとカイル様のお体にしがみ付き、離れようとはなさらなかったのです。
 もっとも、それも仕方のないことでございましょう。長い長い苦痛からの解放にトリシア様はすっかり腰を抜かしてしまい、まっすぐ歩くどころか立つことも叶わなかったのですから。



 そうして、これより後。
 シャルナーズ方伯ご令嬢・トリシア様は、以前よりも頻繁に、カイル様の元へと通うようになられました。お二人の関係は以前よりもぐっと近しいものとなり、トリシア様ははっきりと、ご自身の想いを口にされるようもになりました。
 トリシア様とカイル様は、あの日の秘密を境に、深い絆で結ばれたのでございます。
 そうして。カイル様との逢瀬の約束のため、どこか恥ずかしげに御者に命じ、離宮への道に馬車を急がせる時。
 トリシア様のお顔はどこか上気し、あどけないお顔には、えも言われぬ妖しい魅力が宿り。ドレスの裾から覗くその脚がいつも落ち着きなく足踏みを繰り返し、懸命に何かを堪えるように、その白手袋のお手が、ま白いスカートを握り締めている事が常であったといいます。
 街道への道を、馬車が離宮への道をひた走る最中。
 馬車が轍にその車輪を跳ねさせるたび。
 お座席にある室内には、トリシア様の「んっ……ぁんっ……」と甘い声が漏れ、荒い息がいつまでも途切れることなく続いていたそうでございます。


 (了)
[ 2017/01/03 20:02 ] 小説 | トラックバック(-) | コメント(-)