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みんなのお手洗い:バケツ編 

「……っ、その、ごめん、私、……トイレっ!!」
 少女の小さな、けれど我慢の限界をまざまざと知らせる切羽詰った叫びは、締めきられたバスの中に響く。
 足元を庇うようなふらふらとおぼつかない足取りで、バスの後部座席を覆うカーテンへと向かう彼女を、いくつもの視線が追う。羨望、あるいは軽い非難。小さな背中に注視を浴びたまま、少女は顔を赤くしながらカーテンの奥に消えた。
 やがて、かすかな衣擦れの音と、それに続いて椅子を軋ませるぎしっという音。
 まるで、座席の上に座りこむような体重を乗せたその音に続いて、我慢に我慢を重ねた激しい水音が響く。

 ぶしゅっ、じょぼぼぼぼぼぼぉ……

 雪道に閉ざされ身動きのできなくなった、修学旅行帰りのバスの中。
 6-C、30人の少女は、それぞれにその繊細で可憐な下腹部の秘密のティーポットを、恥ずかしいホットレモンティでいっぱいにして、座席にうずくまっていた。 

 ちょろろろ……ぴちょ、ちょぽっ……

 雪の中に包まれた密室では、そのささいな雫の音すらもはっきりと響く。再び衣擦れの音を挟んでからカーテンを押し開けて姿をみせた少女は、車内に満ちる不穏な空気のなか、深く俯いたまま早足に自分の席へと戻ってゆく。
 その様子には、トイレを済ませたことへの安堵よりも、むしろこんな場所で排泄をしてしまったことの嫌悪感、罪悪感が見て取れた。
 むろん、年頃の少女達だ。本来排泄をするような場所ではない車内に設けられた臨時トイレを使うのは、たとえ限界まで切羽詰っていても激しい抵抗があるのだろう。
 だが、そんなことすら、今の彼女達にとっては些細なことだった。
「…………っ」
「……ちょっと、沢村さん、また?」
「だ、だって……寒くて、おなか冷えちゃうんだもんっ」
「もう、ちゃんと我慢しなさいよ……っ」
 入れ替わりに席を立とうとした少女に対し、先ほどにも増して重くなったクラスメイト達の視線がはっきりと集中する。席を立った少女、沢村詩穂は、針の筵のような空気に身を縮こまらせながら、後部座席へと急ぐ。
(し、仕方ないじゃないっ……我慢できないんだから!!)
 重い沈黙に耐え切れず、言い訳のように胸中で叫ぶ。俯いているクラスメイトたちの間を足早に通り抜け、遠慮がちに後部座席のカーテンを押し開けた。
 バスの窓を覆っていたカーテンで仕切られた、最後部の座席。床に青いポリバケツを置いただけの、トイレと呼ぶにはあまりにもお粗末なシロモノ。布一枚によって隔てられたこのスペースが、いまの6-C全員に与えられた排泄の自由であった。
(うそ……もう、こんなに、いっぱい……!?)
 詩穂はそっと悲鳴を上げる。床上のポリバケツの中には、すでに8割を超えてなみなみと、黄色く濁った水が溜まっていた。
 これらはすべて、6-Cのみんなが我慢しきれずに済ませたオシッコだ。
 少女が我慢できるオシッコの量を、膀胱容積から逆算すると一人あたり平均おそよ300ml。それが1クラス30人分強で9000ml、つまりは9リットル。
 雪に埋もれたバスが、路肩に停車してからもう6時間近くが過ぎている。少女達がこのトイレを使った回数は1回にとどまらない。現に詩穂は、これで3回目となるオシッコのためにここに訪れていた。
 これまた、回数も平均すればおよそ2回弱。18リットルのバケツがいっぱいになってしまうのも時間の問題というわけだ。
(だ、大丈夫よね……わ、私があと一回使ったくらいじゃ、溢れたりしないわよね……?)
 予想外の事態に、流石の詩穂もここでオシッコをするのには躊躇いを覚えた。すでに2回もしてしまったあとだ、トイレではない場所を使うことへの嫌悪感や羞恥はもう残っていないが、残り少ないバケツの容積を自分のオシッコがさらに埋めてしまうのはまずいという思いがあった。
 しかし、少女を責め立てる尿意はそんな感傷など許さない。
「んぅっ……」
 ぎゅうっと押さえた股間は切ない疼きと共に苦痛からの解放を訴えている。詩穂は恐る恐る、バケツを倒さないように脚の間から下着を抜き取り、スカートをたくし上げてバケツの上にしゃがみ込んだ。
 またもひとり、少女がバスのなかの仮設臨時トイレで、膨らんだ下腹部の中身を勢い良く噴出させる。

 じょぼぼぼぼぉおおおおお……

 3度目だと言うのにまったく節操のない激しい水音は、一枚布に隔てられたバスの中にも大きく響き、詩穂自身とクラスメイトの苦痛をなおも高めてゆく。いまや『誰かがオシッコをしている』という事実自体が、バスの中で苦しむ少女たちには拷問に等しい。ましてその証である水音や匂いまではっきりと伝わってくれば、それだけで“誘われて”しまうことまでありえた。
「す、すごい音……してるね……」
「沢村、もう3回目でしょ……? もう少しおとなしくさせてよ……っ」
「んぅっ……だ、だめッ…そんなにすっきりする音、させないでっ……」
「な、なんでそんなにいっぱい出しちゃうのよ…!! ……み、みんな我慢してるのにっ」
 特に、トイレに近い後部座席の少女たちには、その誘惑は激しい。そもそもトイレの限界が近く、これ以上オシッコをすることすら躊躇われる状況だというのに、いまや順番が回ってくるのを待つのさえ難しいほどだ。少女たちは座席の上で切なく身をよじり、息を詰めて耐えていた。
(だ、だって、したいんだもんっ。出ちゃうんだもんっ……しょ、しょうがないじゃないっ)
 詩穂は用を足したまま、俯いて、ひたすらに心の中で謝り続けるしかない。
 呪うべきはトイレの近い身体と、すぐに一杯になってしまうおなかの中の水風船だった。ただでさえオシッコの『近い』詩穂だが、雪の中に埋もれて冷え切ったバスの中、眠ることもできずにすごす長い時間は、緊張のためにますます自律神経を活性化させ、精製される恥ずかしい熱湯はいつもの倍近い速度で小さな詩穂の水風船を膨らませてゆく。
(は、早く、終わってよぉっ……)
 響く水音は、静寂に沈むバスの中に大きく反響する。カーテンの向こうではクラスメイト全員がこの音や、詩穂の身じろぎする様、吐息、唇を噛み腕をさする様子を聞いているのだ。自分のオシッコを聞かれるという羞恥に、思春期を迎えたばかりの少女は反論することもできず、ただ俯くばかりだ。
 少しでも早く終わって欲しいのに、おなかの中の入れ物はなかなか空っぽになってくれない。わずか数時間の間にいっぱいになったオシッコは、1クラス30人分のオシッコが溜まったバケツの上に飛沫をあげて注がれ、その上にしゃがみ込んだ少女の目元までをも恥辱で濡らしてゆく。





「っ……だめ、もうだめっ」
 後部座席に座っていた矢野茜が辛抱しきれずに立ち上がった。
 彼女は、『トイレ』のすぐ前に座っていた一人だ。カーテン一枚の向こうで、安堵の溜息や身づくろいの衣擦れ、そして延々とバケツの水面を打ち響く解放の水音を聞かされ続けていたため、少女の下腹部ではすでに吹きこぼれんばかりに尿意が煮え立っている。たとえるならば限界まで水を詰め込んだ風船をガスバーナーの火で炙られているようなものだ。
 震える脚で通路に出た茜は、大股に、後部座席のカーテンの前に並び、引けた腰をくねらせながらスカート上から股間に手を挟み、もじもじと膝を擦り合わせはじめた。
「ちょ、ちょっと……やめてよっ、こっちまで辛くなっちゃうじゃないっ」
「だ、だって……」
 すでに我慢の限界であることを隠そうともしない茜に非難の声が飛ぶ。しかし、猛烈な排泄衝動を堪えながら自分以外の誰かがオシッコを済ませるのをただじっと見ていることの辛さは、車内の誰もが理解している。茜を咎める少女たちもまた、同じように限界なのである。
 それでも、6-Cの少女たちの間には、後部座席の『トイレ』に立つのは、あくまでもそこが空いてから――という暗黙の了解のようなものがあった。茜の行為はそれを無視したものなのである。
 はっきりと『次』を待つ姿勢は、もうトイレを我慢できないことの表れ。車内の全員がそれぞれに苦しみながらも、大人しく耐えているという現状の均衡を破綻させ、あっという間にバケツをいっぱいにしてトイレを使用不能にする事態に繋がりかねない行いなのだ。
「も、もう次じゃなきゃ間に合わない……ほ、他の誰かに入られちゃったら、我慢できないもんっ」
 茜は頑なにカーテン前の『出待ち』を譲らない。
 その態度につられたのか、さらに数人の少女達がぱらぱらと立ち上がり、茜のあとに続いた。
 辛うじて静寂を保っていた車内に、静かなざわめきが起こる。とうとうなし崩し的に、車内でただひとつのトイレの前で『順番待ち』がはじまってしまったのだ。
「っ……」
「ご、ごめんね……でも、その、もう……だめなのっ」
「…………」
「仕方ないじゃないっ、が、我慢できないんだから……そんな目で見ないでよぉっ」
 しかし、トイレに行きたくて仕方ないのは彼女たちだけではないのである。いまだ席に着いたままの少女たちも、順番待ちの列に並ぶ少女たちに負けず劣らず激しい尿意に苦しんでいた。
 苦しいのはみな同じ。にもかかわらず、早々にギブアップを宣言した少女たちに、我慢を続けているクラスメイトたちの非難の視線が集中する。
 まるで針の筵のようなありさまで、茜たちは俯くことしかできない。無言の非難に堪えかね、列の一番後ろに並んでいた少女は苦渋の表情で自分の席に戻る。いまや車内はトイレに並ぶだけで責められねばならないという異常事態に至っていた。





(っ、我慢、我慢よ、ガマンガマンがまんっ……出ないの、オシッコなんか出ない、おしっこなんてしたくないっ……!!)
 バスのなかほどに座る和田麻美は、そうやってずっと意地を張り続けていた。眼鏡に三つ編みという校則を一分の隙もなく守った表情は、普段の落ち着いた佇まいをかなぐり捨てて、下腹部を絶え間なく焦がす猛烈な衝動に対抗を続けている。眉は寄せられて眉間に深いは皺、噛み締められた歯がかちかちと震え、視線はたよりなくあちこちをさまよう。ぐっと動き出さぬよう床に押し付けられた脚の間には、スカートを大きく押し込むように手のひらが挟まれ、かすかな痙攣を繰り返す。
 麻美は今にも突き破られそうなオシッコの出口を直接、指で塞いでいる。もし可能なら、指先を突っ込んですら我慢してやろうというかのような必死の形相だ。
 品行方正で通る風紀委員の彼女は、やや病的なまでに潔癖だった。そのこと自体は思春期の少女にはけっして珍しいことではない。本来は当然の自分の身体の生理を嫌うのは、彼女のような年代の少女にはままあることだ。
(ぜったい、こんなところのトイレなんか、使うもんですかッ……)
 女の子は、きちんとトイレでオシッコを済ませるもの。
 今の時代には珍しく、やや潔癖すぎるきらいのあるほどの貞操観念を堅く守り続けてきた麻美には、まさかこんなバスの中で、しかもバケツにおしっこするなど、天地がひっくり返っても到底許容できないものだったのである。
 だから、麻美はまだ一度もこのバスの後部座席には行っていなかった。彼女にとってみんながオシッコをしているポリバケツなど、トイレの代替にはなりえなかったのである。
 この大雪の中での立ち往生が始まってからの7時間、羞恥やプライドも尿意に負け、多くのクラスメイトたちは次々とトイレ立っていた。しかし彼女たちは麻美にとってはトイレのガマンもできないだらしない子、としか映っていない。
(お、女の子なんだから、ちゃんとトイレまで我慢するのよ……あの子たちみたいな、みっともないことはしないのっ。……お手洗いのしつけくらい、ちゃんと幼稚園の時にすませておかなきゃいけないんだからっ……)
 クラスメイトを蔑むに近いことを考えながら、無謀な努力を続ける麻美は、形振り構わず我慢を続けることで通常の何倍もオシッコをおなかの中に溜め続け、その結果、確かに少女ひとり、2回分のオシッコの余裕を作っていた。
 だからこそ、詩穂のようなトイレの近い子が、他の子よりも多く何回もオシッコをしてもまだバケツは溢れずにいたのもまた、事実といえよう。
(ふぅぅっ、うぅぅっ、ぁあ……が、我慢するのよっ……こんなトコロでなんか、絶対にダメっ…!! だ、だいじょうぶ、できるわ、朝まであと5時間として、60分だから300分、18000秒よ……ひゃ、百数えるのを180回すればいいのよっ……簡単よっ)
 ……しかし、5時間どころかこの30分後。熾烈な我慢の果てに、ぼうっと澱んだ頭で結局100を3回も数えられないうちに、麻美は限界を迎えてしまった。
 身体をよじり腰をねじりつけ、我慢の果ての我慢、限界も限界になったところでオモラシとバケツでのオシッコ、どちらがいいのかという二者択一の選択肢を付きつけられ、とうとう麻美は泣きじゃくりながら水色のポリバケツを股間に押し当て、臨時トイレを使ってしまう羽目になった。
 意地を張って我慢し続けた分、オシッコの量も桁外れとなる。麻美はたった1回のオシッコで、一気に800ml近くもバケツの残り容量を減らしてしまったのだった。




「ねえ、ヒロちゃん、サキちゃん、マナちゃん、大丈夫?」
「う、うん。まだ平気」
「あたしも、結衣こそいって来たら?」
「そうだよ、我慢してるとつらいよ、あたしたちのことなら気にしないで」
「わ、私も大丈夫だよ……」
 運転席に近い前座席に、輪になって座り、互いの手をぎゅっと繋ぎあっているのは、結衣、裕菜、早紀、真奈香の4人だ。
 由衣たちは、みんな形だけの笑顔を作りながら虎視眈々と“そのとき”を待っていた。
 世間的には仲良しグループでとおっている由衣たちだが、実際はそれほど仲がいい訳でもなく、クラスの流行に遅れまいと寄り集まっている集団であった。少なくとも、いじめられる事がないようにと表向きの笑顔を取り繕って、付和雷同をしているだけだ。
(……ああもう、みんな意地張ってないで先に行けばいいのに、もうヒロもサキもみっともないくらい我慢してるじゃないっ。マナなんかさっきからチビってるくせに……!!)
 だから、由衣たちは打算的に、まるで爆弾ゲームのようにその瞬間を狙っていた。
 彼女たちは輪になって座っている友達が、皆同じように我慢しているのははっきりとわかっている。勿論、彼女達は自分も我慢していることは承知しているが、同時にあんなみっともない格好だけはしてないはずと確信していた。端から見れば五十歩百歩の有様なのだが、誰一人としてそれに気付いていないのだ。
「無理しなくていいよ? もうつらいでしょ?」
「う、ううん、いいからヒロ、先に行ってきなよ」
「マナこそ、いいよ。我慢してるんでしょ、遠慮しないで?」
 この人数が一斉にトイレに並べば、おそらくポリバケツは途中で溢れてしまう。しかし、乙女としてその最後の一人――自分の番のときに、ポリバケツを溢れさせる羽目になるなんて死んでも嫌だ。
 そして勿論、バケツが一杯になったあと、もうオシッコができない状態のままずっと我慢していることも間違いなく不可能だ。
 だから由衣たちの目論見は、タイミングを見計らって、一番最後にオシッコのできた女の子になることだった。一番最後にすっきりできていれば、そのあとバスが動かないまま長い長い時間がかかっても、一番最後まで我慢できることになる。少なくとも明日の朝まで我慢し続けることができるだろう。
 他の子が漏らしたりしちゃったところで知ったことじゃないし、6年生にもなってオモラシなんでもちろん軽蔑するけどそれは心の中だけにして、大丈夫だよ、仕方ないよ、我慢できなかったんだよね、と優しく声をかけてあげれば、その子は一生自分に頭があがらなくなるはずだ。
「あたしたち、親友だよね……」
 互いが抜け駆けしないよう、ぎゅっと手を繋ぎあったまま、虚飾の笑顔が並ぶ。
 この意地っ張りな我慢がますます自分たちの下腹部を占領する水風船の容積を大きくしていることを知りながら、由衣たちのチキンレースは続いている。





「も、もぅだめェ……っ」
 がたんと補助席を跳ね飛ばして立ち上がるなり、氷室佐奈は床を蹴立てて後部座席へと奔った。すでにその両手はしっかりと下腹部をホールドし、一部の隙もなく固定している。辛抱のきかない両の手のひらは、そうあるのが正しいのだと言わんばかりに隙間なく股間に重ね当てられていた。
「で、出ちゃうッ、オシッコ漏れちゃうゥッ……」
 繊細な少女にはやすやすと口にできない言葉をはっきり声にして、唇を震わせ訴える佐奈。もはや隠すこともできないほどに限界なのははっきりと解った。
 しかし、後部座席に続く列には5人を越える順番待ちができている。佐奈は今にも駆け込みたいカーテンの向こうまでの距離は絶望的なまでに遠かった。
「か、変わってェ、変わってよォ、ねえ、先、入れてェ……お願いぃ、早くゥッ!!」
「ひぅッ……!? ば、バカやめてっ、引っ張らないでっ」
 列の一番後ろにいた藤堂歩は、いきなり背後から袖を引っ張られて悲鳴を上げる。背中を回してお尻のほうから大事なところに押し当てていた両手が引き剥がされそうになったのだ。満杯のダムは辛うじて両の手のひらに支えられて形を保っており、それを失えばたちまち崩壊してしまうのは想像に難くない。
 たたらを踏んだ脚で必死にバランスを保ち、ぎゅうっとお尻を押さえながら、歩はきっ、と無法を働いた佐奈を睨む。
「な、なにするの、やめてよっ」
「っ、お、お願いだからァ、先に、トイレさせてェ……っ」
「む、無理よ、わたしだってしたいんだからっ!! み、みんな我慢してるのよっ」
「そんな、意地悪しないでェ……あ、あァっ……」
 無碍に手を振り払われ、佐奈はがくがくと腰を震わせながら通路の隅に座り込んでしまった。どうやら立っていることもできないようだ。
 気遣わしげに佐奈を窺うクラスメイトも何人かいたが、彼女がそのまま身動きせずじっとしているのを見て、それ以上なにかを言うのをやめる。
「っ……ゥ、ァ……あァ……っ」
 小刻みに震える肩は、佐奈が『立ったら、出ちゃう』状態にあることを知らせていた。
 しかし、そんな危機的状況にある彼女を助けようとする者は誰もいなかった。
 順番を譲れという佐奈のわがままは通るわけがなかったのだ。誰もが佐奈と同じことを訴えたいのを、必至になって押さえ込んでいるのに、それを崩すことはもはや現状に対する反逆と変わらない。きちんと順番を待てばトイレに入れるということだけが、辛うじてこの熱狂に浮かされた雪の中の密室の秩序を保っているのである。
 最後の一線を守り通そう、形振り構わずにもがき、惨めに俯いてしゃがみ込んでしまう佐奈の姿は、同情を誘うと同時に、ああはなるまいという反骨を呼び、少女たちを奮い立たせるのだった。





「や、八重ちゃん、へいき?」
「ん……い、いいよ、いいから行ってきて」
 そう答える五十嵐八重の表情は硬い。椅子から半分落ちかけているほどに浅く腰掛け、青ざめて前傾になって。どうみても自分のほうが余裕のないはずの八重は、友達のトイレを見送る。
(がまんするんだとにかく絶対にしないのおしっこしないガマンガマン絶対ダメおしっこ我慢がまんガマンっ!!)
 バスの後部座席につくられた臨時仮設トイレの、限られたおしっこの回数は、いよいよ残りわずかとなっていた。バスの中のクラスメイトの半分以上が今すぐにも使いたいのに、ポリバケツの中はこれまでのおしっこで一杯になりつつあって、みんなが順番に使うなんてとてもありえない。
 そんな中、八重はただ懸命に、自分の我慢を保っていた。
(我慢、我慢、我慢がまんっ……!!)
 八重はバスが止まってあの『トイレ』ができた直後にオシッコをして以来、一度もトイレに立っていない。
 あれからすでに8時間。八重はじっと尿意をおなかの奥に飲み込んでいた。いつもなら形振り構わずトイレに突撃しているであろう”限界”の尿意にすらも、もう2時間前に達している。
 腹部を焦がしている激しい欲求は、もはや鈍い痛みに近かった。
 八重がここまでして耐え続けているのは、大切な親友の美佐や由紀のため。
 4年生まで、八重はイジメられっ子だった。そんな彼女に手を差し伸べて、助けてくれたのが美佐と由紀なのである。
(大丈夫、これくらい平気っ……イジメられてた時にも、何度もやられたもんっ……)
 クラスの女子の半数以上によって続いた執拗なイジメはまる半年近くも続いた。中でもとりわけ辛かったのがトイレに行かせてくれないこと。だからこそ八重は、限界を超えたガマンを身につけた。
 いまはその恩返しの時なのだ。親友の二人のため、八重は自分の分だけではなく、ふたりの分まで一緒にガマンしているのだ。美佐と由紀が安心してトイレができるように、八重はできるかぎりの平静を装ってふたりにその『権利』を譲っている。
 美佐と由紀が、八重を案じながらも限界になってカーテンの向こうに消えるたび、八重の尿意はびくんと激しくなる。ふたりがトイレを済ませた分だけ、八重のおなかの中にはどんどんとオシッコが追加されてゆくのだ。小柄な下腹部にはおさまりきらないオシッコで、張り裂けそうな膀胱をぱんぱんに膨らませ、八重はぐるぐると渦を巻いて泡立つ黄色い濁流を、必死におなかの中に閉じ込めていた。
(へいき、へいき、我慢、ガマン、がまんっ……)
 ぞくぞくぞくっ、とイケナイ感覚が背中を這いあがる。
 股間に響く甘い痺れのとてつもない誘惑を振りきって、八重はぎゅうぎゅうと下着を掴んで引っ張りあげる。
「はぁ、はぁっ、はぁーっ」
 息を荒げ、身をよじって、おしっこをひたすらにガマンする。そうやってもたらされる苦痛が、美佐と由紀への恩返しなのだ。ふたりぶんのオシッコを一身に受け止め、八重は歯を食いしばってあそこを閉ざし続けた。
 




 いつしか、バスの中ではじまった奇妙なチキンレースは、大きな熱を持って少女たちを支配していた。目の前にトイレがあるのに、それを使うことが許容されない。……それはなんと奇矯なことであるのだろう。
 カーテンで仕切られたその向こうにある車内の臨時仮説トイレで、みんなの膀胱の代わりにオシッコを我慢してくれているポリバケツは、誰かがそこに入るたびに中身を増やし、いつしかいっぱいにになってしまう。その時がタイムリミットだ。
 バケツの容量の8割がたが黄色く濁った液体に満たされつつある今、その限界が近いことを悟り、いまや車内の皆が少しでもバケツに負担をかけまいと、必死になっておなかの中にオシッコを溜め込んでいた。
 誰も彼もがトイレに行きたくて仕方ないのに、それを素直に口にすることができないのである。
 なにしろ、バケツを占領した総量18リットルにもおよぶオシッコは、この一晩で6-C全員が一致協力して作りだした恥ずかしい液体であり、クラス全員がきちんと我慢できなかった証なのだ。
 誰も、最後の一人にだけはなりたくなかった。自分のオシッコでバケツを溢れさせてしまうのだけは、なんとしても避けねばならなかった。
 もしそうなってしまえばその瞬間――自分がクラスで一番我慢のできなかった子として、バケツを満たす1クラス30人分のオシッコ全部を、自分の責任として押し付けられてしまうという不思議な空気が、雪に埋もれたバスの中に出来上がっていた。

 だから、と少女たちは妄想する。トイレに行くなら最後から2番目だと。

 ほんの少しでもいい。ちょっとだけでも出せればそれだけ楽になるはずだと思ってバケツを跨いだ河原絵麻は、3回ちょろろっ、ちょろろっ、とオシッコをこぼし、とうとうガマンしきれずに残り全部をバケツの中に注いでしまった。
 しばらく我慢していれば蒸発するだろうから、ちょっとだけ出してしまおうと思って下着にわざとおチビリした天野未央は、そのままじょわじょわとスカートとタイツまで汚してしまい、泣きながらカーテンの後ろに駆け込み、激しい水音を響かせることになった。
 まるでバケツを自分の膀胱のように心配し、少しでも自分が我慢することでみんながオシッコできるようにと思っていた坂崎志保里は、そうやってじっと我慢している間、どんどんバケツの水位が上がり、それといっしょにおなかの中の膀胱が膨らんでいく想像に耐え切れなくなり、自分の我慢をバケツの中に押し付けてしまった。
 我慢の限界と共にカーテンの奥に入った飯塚里美は、バケツの縁ギリギリまで迫っている黄色い濁流の水位を目の当たりにして愕然とした。平均と比べて明らかにトイレの『多い』自分が用を足せば、おそらくバケツが溢れてしまうことに気付いたからだ。驚異的な精神力でオシッコを『途中で止め』て、一旦は脱ぎかけた下着を、腰をもじつかせながら穿き直して、席に戻った里美は我慢の延長戦に突入する。

 そして、無常にも、カウントダウンは進む。
 最後の順番になったのは、クラス全員の非難を浴びながら4度目のトイレに立った沢村詩穂だった。
 そのとき詩穂の目の前にあったバケツは、もはやどこにも新しいオシッコを受け止める余裕などなく、汚れた水が表面張力で溢れ出さんばかりになっている有様だった。
 一体この一晩で何人の子が、何回ここにオシッコをしたのだろう。少女たちが股間から迸らせる液体に度重なる陵辱を繰り返され、バケツはもはやその中身の重みに耐えかね、限界のように軋んでいる。
 後部座席のトイレは、いつ崩壊してもおかしくなかった。
「ねえ、まだッ!?」
「か、変わって、はやくっ」
「詩穂、ねえ、いつまでしてるのよぉっ……!!」
 次々に詩穂をせかす声が響く。その声音はもはや罵声に近い。
 無言のままの詩穂に、クラスメイトたちの声が激しさを増す。一刻も早く次を待っている少女たちがいるというのに、トイレに閉じこもり、占領し続けようとする詩穂に次々と怒声が飛ぶ。
「ね、ねえ、沢村っ!? 怒るわよっ、はやく、はやくっ……してよぉ!!!」
 しかし――
(し、したいけどっ、したいけどっ……できないの、もうオシッコできないのっ……!! あ、溢れちゃうっ、もう、これ以上、無理なのっ……)
 目の前のバケツは、もはや詩穂同様、どこにもオシッコを受け入れる余裕などなかった。
 もし、今すぐに目の前に公衆トイレが出現したら、恐らくクラスの8割以上が先を争って列に並ぶだろう。順番を巡って掴み合いのけんかすら始まるかもしれない。……それができる余裕がありさえすればだが。
 いや、もう公衆トイレなんて上等なものでなくてもいい。もうひとつ、空っぽのバケツでもあれば、6-Cの皆は全員、心ゆくまでオシッコを済ませ、すっきりして楽になることができるのだ。
 だが、それは叶わない。車内にこれひとつしかトイレはない。これたったひとつしか、オシッコのできる場所がない。
 ――だからこそ、少女たちの我慢は終わらない。
「…………~~っっ……!!」
 沢村詩穂は動けなかった。
 もはやここではオシッコはできない。それでも、車内にはまだたくさんの子がオシッコを我慢している。もしこのトイレが限界なのを詩穂が黙っていて、このままオシッコを我慢したまま次の子に順番を譲ったとする。けれど、それでなにが変わるわけでもないのだ。
 詩穂に変わってトイレに入った次の子が、またもバケツがいっぱいになっていることを知るだろう。その子もそれを黙っていたとしても、いずれは順番に中に入ったクラスメイトたちが順にそれを知ることになる。
 いま、この瞬間だけが――詩穂がここにいて、トイレを占領している間だけが、バスの中の6-C全員にとって、『トイレ』が残された最後の一瞬なのだ。
 激しく次を急かす声を聞きながら、詩穂はいつまでも、我慢を続けるしかなかった。



 (初出:書き下ろし 2008/12/12)

[ 2008/12/12 23:38 ] 小説 | トラックバック(-) | コメント(-)