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倉庫とビニール袋の話・3 

 
 とうとう、倉庫の真ん中で我慢しきれずにおしっこをしてしまい、美智佳はその事実にすっかり打ちのめされてしまった。
 女の子としてありえない行いに、美智佳は情けなさと恥かしさでばらばらになりそうで、唇をぎゅっと噛み締めて涙をこらえる。
 と、不意に。沈みきっていた美智佳は、閉ざされたままのドアの向こうに気配を感じた。
『おい、誰かいるのか?』
 壁一枚向こうで低い声がする。同時にがちゃがちゃと、ドアノブと鍵を弄る音。
 それははっきりと、ドアを隔てた美智佳に投げかけられたものだった。
 どんどん、と美智佳のしていたよりも数倍力強くドアが叩かれる。その音の大きさに驚きと恐ろしさを覚え、美智佳は思わず口を押さえ、後ずさりドアから距離をとった。
『おーいっ!! 聞こえるか? 誰かいるなら返事しろよっ』
 聞こえてきたのはやや低い少年の声だった。
 一瞬、アキが誰かを呼んできてくれたのかと思うが、ならば中に誰がいるのかも分かっているはずだと考え直す。それに、アキの声も聞こえる様子がない。
「っ……」
 スカートの下の剥き出しの下半身が、恐ろしいほどの不安をかきたてた。何も穿いていないのを見られてしまうかもしれない。声の主が男の子だと気付いて、脈絡もない考えに美智佳の頭が凍りつく。
 たった一枚のパンツがなくなっただけなのに、美智佳はまるで足元が底のない穴になったかのような恐怖を感じていた。
 知らない相手を前に、答えるべきかどうか一瞬ためらう美智佳だが、先刻の一生出られないかもしれないという想像がぞくりを背中を粟立たせる。
『誰もいないのかー? おーい……』
(どうしよう……でも、中にいるって気付いてもらわないと、出られないし……)
 このまま黙っているのは簡単だが、いまだにアキが戻ってくる気配もない今、意地を張っている場合ではないのは確かだ。
「あ……あの、はいっ、います、中にいますっ」
 覚悟を決め、恐怖心を押さえ込んで、美智佳は恐る恐る返事をする。ドアの向こうにいる誰かはすぐにそれに応えてくれた。
『なんだよ、やっぱりか……鍵かかってるから変だと思ったんだよな……。なにやってんだ? 閉じ込められたのか?』
「え、っと……その、アキちゃんたちと一緒に、かくれんぼしてて……」
『なんだよ、こんなトコ勝手に入るんじゃねえよ。ボロ倉庫なんだから』
 舌打ちとともに少年が言う。やや苛立ちを含んだ低い声に思わず萎縮してしまう美智佳だが、どうも相手はあまり怒っている様子はないらしかったことがすぐに分かった。
 がちゃがちゃと鍵を弄り、ドアを叩く気配が続く。しばらくの後、少年は諦めたようにため息を付いた。
『だめか、開かねえ。やっぱ鍵かかっちまってるみたいだな……なあ、お前、平気か?』
「えっと……」
 ビニール袋の中の大洪水の状況が、美智香の応答を澱ませる。美智香の大切な水着も、お気に入りだったパンツも、オシッコで悲惨なまでに水浸しだ。とても大丈夫といえる状況ではなかったが、素直に口にできるわけもない。美智佳は口ごもりながらそう答える。
『熱いとか頭痛いとかないか? そういやお前、名前は?』
「み、美智佳……」
 自分のおしっこの匂いの中で、美智香はつっかえながら自己紹介をする。
『美知佳か。返事できりゃ大丈夫か? いつから閉じ込められてんだ?』
「わ、わかんない……けっこう前から」
 思わず倉庫の中を見回し、時計なんかないのだということを思い出して、美智佳はうなだれた。少年はまたなんだよ、と小さくつぶやく。
「ね、ねえ、ドア、開かないの?」
『ああ』
 もう一度試すようにがちゃがちゃとドアノブを弄り、少年は美智佳に聞こえるようにか、幾分声を大きくする。
『……あのな、落ち着いて聞けよ? ここの倉庫の管理、俺の爺さんがやってんだけど。知ってんだろ、町内会の爺さん』
「ごめん、知らない……」
『そっか。まあいいや、そんで、俺もその手伝いしてんだけど』
「じゃ、じゃあ鍵もってるの!?」
 降って湧いた天の助けに、美智佳は顔を輝かせる。だが、少年はすまなそうに声を落とし、
『それがな、爺さんいまちょうど留守にしてんだよ。俺もどこに鍵あんのかわかんねえからな……。ったくボロいから早く直せって言ってんのに、横着するから』
「そんな……」
 期待を裏切られ、がっくりと肩を落とし、美智佳はその場にしゃがみ込んでしまう。声の主の少年に悪いところがないとわかっていても、思わず文句を言いたくなった。
『美智佳、ちょっと待ってろよ?』
 そう言うと同時、足音が倉庫を離れてゆく。まさかまた見捨てられてしまったのだろうか、一瞬不安になった美智佳だが、足音はすぐに戻ってきて、
『これ、やる』
 ぶっきらぼうな声と共に天井近くの窓の格子から、真新しいペットボトルが放り込まれた。地面でぼこんと跳ねたそれは、まだ買ったばかりのように冷たく冷えた未開封の清涼飲料だ。
『お前、喉乾いてるだろ。なんか飲んどけ、熱射病になっちまうから。で、とりあえず、一旦家帰って鍵探してきてやるから』
「あ……」
『いいな、待ってろよ? 美智佳』
「う、うんっ」
 予想外の優しさに触れて、美智佳は顔を輝かせた。
 アキもどこかにいってしまって、本当にこのまま出られないまま見捨てられてしまうのかもしれない。そう思っていた心細さが、少年の声によっていつの間にかゆっくりとほどけてゆくのだった。
『じゃあ、待ってろよ』
「うんっ」
 もう一度言って、少年の足音が遠ざかってゆく。
 地面に落ちたペットボトルを手に、美智佳はゆっくりと安堵の息を吐いた。





「よかった……」
 これで、もうすぐ出られる。
 わずかな、けれど確実な希望。美智佳の緊張に強張っていた全身から力が失われてゆく。ふらふらと倒れ掛かった小さな身体は、近くの土嚢にぽすんと腰掛けた。
「はぁッ……」
 疲れきったため息が、少女の唇からこぼれる。
 閉じ込められてからどのくらい経ったのだろう。
 二度の排泄は美智佳の身体から水分を絞り上げ、いつの間にか喉がカラカラになっていた。緊張のピークを過ぎ、落ち着きを取り戻した身体は素直に排泄した分の水分の補給を訴えている。
 ただでさえ30度近い気温の密室に長時間閉じ込められているのだ。その上、最初のおチビリもあわせてこの短時間に2回もトイレをしてしまっている。身体が水分を求めるのも仕方のないことである。
(のど、乾いた……)
 まるで熱した塩のかたまりを飲み込んだよう。胃と食道が新鮮な水分を求めて身悶えしている。砂漠で遭難したような気分で、美智香はぼんやりと、さっき手渡されたペットボトルを見る。
 壁の隅に追いやられたビニールはできるだけ視界に入れないようにして、美智佳はふらふらとペットボトルの飲み口に手を添える。
 いけない、と思う気持ちはなくもなかった。
 しかしぼうっとする頭は熱に浮かされ、ほとんど余計なことを考えられなくなっていた。二度も壮絶な我慢と排泄を強いられたせいで、少女の神経は磨耗し、思考はぼんやりと霞んでいる。
 よく冷えた清涼飲料のペットボトルは、手が震えるほどに冷たい。服の裾で両手を念入りにぬぐってから、美智香は飲み口の封を切り、口をつける。 そもそもオシッコをした場所で飲み物を口にすること自体にも抵抗がなかったわけではない。しかしひり付くような喉の渇きはもはや限界に近く、きんきんに冷えた冷たい水分の誘惑から逃れることは不可能だった。美智香は迷わず、よく冷えた半透明の液体を飲み下してゆく。
 こくりと飲み干したとたん、きゅうっと喉がすぼまり、甘美な冷たさがおなかの奥へと滑り落ちてゆく。
「はぁ……」
 頭の芯まで染み入るような冷えた清涼飲料の一口ごとに、融解していた理性が形を取り戻してゆく。喉を潤した水分は瞬く間に全身に広がって、頭から爪先まで隅々へと行き渡っていった。
 ペットボトルをほとんど水平まで傾け、ごく、ごくと喉が音を立てる。
 ちゃぽん、とう音に我に帰って見れば、すでにペットボトルの中身の半分近くがなくなっていた。さすがにそこで、だいぶ冷静さを取り戻した理性が警鐘を鳴らす。喉が乾いたのは仕方ないが、またこんなものを飲んでしまえばすぐにトイレに行きたくなってしまうのではないかという予感だった。
 だが、渇いた身体はまださらなる水分の補給を訴えており、その欲求には逆らえない。
(……だ、だいじょうぶだよ……、もう、2回もしちゃったんだもん……)
 美智香は誰にともなく言い訳をして、そのままペットボトルの中身を喉の奥に流し込む。
 渇ききった身体にとって、よく冷えた水分はあまりに心地よい。密閉されてかなりの高温となった倉庫内の気温に比べれば、実に20度以上差のある清涼飲料のもたらす美味しさに抗うことはできなかった。
 さらに通常の生水とは違い、疲弊した身体が必要とする成分各種を含み、水分補給に最適化した液体は、かなりの量でありながら少女の喉をあっという間にすべりおちてゆく。
 ひとくちふたくちと夢中になって飲み続けるうち、その大半はあっさりと喉を通りすぎ、少女の胃の中へと落ちてゆく。
「ぷは……っ」
 とうとう500mlペットボトルの底まで完全に空にして、美智佳はほぼ全部を飲み干してしまった。
 ようやく行き渡った水分に、朦朧としていた頭に余裕が戻ってくる。数時間ぶりの水分摂取によって、全身が生き返ったようなすがすがしささえ覚えていた。文字通りの人心地ついて、美智佳は倉庫の壁に寄りかかる。
「……全部、飲んじゃった……」
 後悔がなかったわけではない。いつ出られるのか動かもわからない密室の中で、後先を考えずにペットボトルを空にしてしまったことへの不安はもちろんあった。
 確かに、喉は乾いていた。
 けれど、さっきの少年――そういえば名前も聞かなかったけど――がいつ戻ってきてくれるのかは、冷静になってみればわからない。少なくとも、確実なことは言っていなかったようにも思う。
 それなのに水を、少なくともあんなにたくさん飲んでしまったのは間違いだったかもしれない。
「……っ」
 落ち着きを取り戻せば、倉庫の隅に押しやられたバッグが嫌でも目に入った。バッグの傍に押し込められているビニール袋は、中身を残らずおしっこで水浸しにせんばかりに、なみなみと黄色い液体を注がれている。
 美智佳のタオルや水着や、パンツまでもを台無しにした、美智佳の“オモラシ”の証。
 まさか、とは思うけれど。
 もう一度、あんなことに――
「大丈夫、大丈夫だってば……」
 脳裏によぎった最悪の想像を、ぶるぶると首を振り追い払って、美智佳は空のペットボトルを放り投げる。
 けれど、もしそうだとしても。
 見るのも嫌なビニール袋は、倉庫のドアが直って外に出られたときには、どうやっても、持っていかなかればならないものだ。まさか捨てて置けるわけもない。
「……どうしよう……」
 硬くぎゅっと縛られた袋の口を、恐る恐る美智佳は再確認する。
 このままそっとバッグに入れて持ち運べば、なんとか中身に気付かれずに済むだろうか。オシッコをなみなみと蓄えた袋を、そのままバッグに入れるのには激しい抵抗もあったが、まさかこのままぶら下げて持ち歩くわけにもいかない。
 美智佳の思い出すのは、まだ低学年だったころ、学校でトイレにいけなくて“失敗”してしまった子たちが、保健室で着替えて持ち帰った“おみやげ袋”だった。汚したパンツやズボンやスカートを、洗って小さく包んだあの袋は、まさしくオモラシの証拠として、見つかればしつこくからかわれたものだった。
 まして、薄黄色の中身を透けさせる半透明のビニール袋は、その“おみやげ袋”よりもさらに酷いもので、美智佳がこれをトイレ代わりに使ったことを何よりも明白に示している。
 改めて事実を思い返していると、またオモラシのショックが蘇ってきて、美智佳の目元に熱い雫が滲む。
 倉庫に閉じ込められ、あげくおしっこまで。どうしてこんな不運な目に遭わなければならないのかと、美智香は俯いてしまう。
「ぐすっ……」
 早くココから出たい。そう切望すると同時に、美智佳はどうかこの硬く閉じたドアが開きませんように、とお願いしている矛盾した自分に気付き、ちいさくしゃくりあげるばかりだった。
 だが――
 乾きに任せ一気に飲み干した水筒の中身がもたらす当然の結果が、やがてそんな悠長なことを言ってられなくさせてしまうことに、まだ美智佳は気付いていなかった。
 少女を襲う悲劇は、まだまだこんなものではなかったのだ。





「おねーちゃん、ねー、どうしよう。誰もいなかったー」
「っ……!?」
 不意に響いた高い声に、美智香ははっと振り仰ぐ。さっきの男の子が鍵をもってきてくれたのだろうか、顔を輝かせかけた美智佳だが、ドアの向こうのつまらなそうな声音は、もっと幼い。
「あ、アキちゃん?」
「おとなのひと、誰もいなかったよ? ねー?」
「うんー」
「そうだよー」
 ざわざわと、アキに続く小さな声が口々に言葉を継ぐ。
「ねえ、おねえちゃんこの中にいるの?」
「じゃあおねえちゃんが鬼ー? おねーちゃん、見つけたよー? ねえ、つぎはおねーちゃんだよ?」
「ばか、おねえちゃん閉じ込められてるんだぞ!!」
「え、おねえちゃん出られないのー?」
 騒々しいほどの騒ぎが、ドア一枚向こうで起きていた。
 倉庫の壁に集まってきた小さな子達の気配は、少なくとも数名、下手をしたら十人近いかもしれない。思いも寄らぬ事態に美智佳は身体を強張らせる。
「ちょ、ちょっと待って、アキちゃん、みんな連れてきちゃったの?」
「うん。みんな連れてきたよっ」
 えへん、とアキが胸を張っているのだろう。その様子がなぜか、美知佳には手によるように分かった。
 思いも寄らぬ大事だった。美智佳としては、ちょっと話の分かる大人に声をかけて、鍵をあけてもらえばそれで済むと思っていたのである。けれどアキが引き連れてきたのはみんなアキと同じか、それよりも小さな子達ばかりなのだ。
「おねえちゃん出られないんだ。どうしよう?」
「先生に言ったほうがいいと思いまーすっ」
「俺知ってる、おまわりさんとか呼ぶんだよ!」
「えー。ちがうよ。こういうときはレスキューって呼ぶの!」
 倉庫を取り巻く小さな子たちの台詞が、どんどん剣呑なものになってゆく。一方、ドアの鍵をがちゃがちゃと乱暴に弄る音も始まっていた。
「ねえ、僕にもやらせて!!」
「まってよ、あたしが今やってるんだからっ」
「あーずるい、順番だぞー」
 どうやら、何人かは健気にも倉庫の鍵を開けようとしてくれているらしい。だが――
「これでほら、こうやって――」
「ばか、砂なんか入れたら壊れちゃうぞ!!」
「俺知ってる。前にテレビでこういうので開けてたぜ!」
「押すなって、折れちゃうだろ!!」
「そんな枝なんかで開くわけないでしょ、貸してよ!!」
 立て続けに響く、不穏な台詞に何かをつっこんだり、押し当てたり、揺さぶったりする、どう考えても危うい音が響いてくる。本人たちは真剣なようだが、いつしかそれは、『ここの鍵を開けて美智佳を一番に助けだした人の優勝』という雰囲気に熱を帯び始めていた。
「俺が先だってば!!」
「順番守れよー!! 横はいりすんな!!」
「じゃあじゃあ、10秒で交代ね! いーち、にーぃ、さーんっ……」
「勝手に決めないでよ、集中できないじゃないの!!」
 なぜだかぞっとしたものを覚え、美智佳はたまらず声を上げてしまった。
「待って、いいってば!! ねえ、アキちゃんっ、いいから!! もういいから!!」
「えー、なんで? おねえちゃん出られないんでしょ?」
 せっかくみんなで頑張ってるのに、どうして邪魔するのといわんばかりの不満な声。とたんに不機嫌になったアキがぷうと頬を膨らませるのが、見えないのにはっきりわかる。
「だ、だいじょうぶ!! さっき鍵をもってる人に来てもらうことになったの!!」
 本当は、鍵が開くかどうかはまだはっきりしていない。 
 けれど今はそう言うしかなかった。
「えー、ほんとう?」
「う、嘘ついたってしょうがないじゃない!!」
 アキにしてみれば、好意を踏み躙られたようなものなのかもしれない。ざわざわと周りのささやきが濃くなる。
「あ、俺知ってる。ダイゴでしょ?」
「ダイ兄ちゃん?」
 誰かがその名前を呼んだ。どうやら、子供たちの中にもさっきの少年のことを知っている者がいたらしい。
「なあ、俺、ダイゴん家知ってるぜ」
「じゃあ、迎えに行こ。おねえちゃん出してあげようよ!!」
「そうだね」
 なにやらいつの間にか、話がまとまり出していた。美智佳が気を揉んでいる間に、アキを中心に意見が交わされる。
 どうやら、警察だのレスキューだのという大事からは話がずれ始めているようだった。なによりも、大人に頼らず囚われの美智佳を自分たちの手で救い出す、というところに、小さな子たちの興味は集約したらしい。
「じゃあ、そうしよ。おねえちゃん。行ってくるね!!」
「う、うん……」
「よぉし、しゅっぱつー」
 安心していいのだろうか。どう答えたものか困惑する美智佳が曖昧な返事をすると、アキはみんなの先頭にたって号令をし、そのままどこかへと走って行く。
(え、えっと……っ)
 取り残された美智佳は、安堵と共に、一抹の不安を覚えずにはいられなかった。


 (初出:書き下ろし)
 
[ 2009/03/25 21:15 ] 小説 | トラックバック(-) | コメント(-)
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