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テストのお話・1 

 
 時計の針は8時14分。いつもと変わらぬクラスメイトが集う教室は、まもなく始まる朝のホームルームを前に、いつにないざわめきをみせていた。
 いつも時間ぎりぎりまで練習をしているソフトボール部も、遅刻常習犯の最前列の生徒たちも。普段なら見ない顔ぶれが教室のそこここに着席し、あるいは近くの友達の机に集まって、ぺらぺらと教科書に参考書をめくっている。
 まもなく始まる期末試験の3日目を前に、言葉にしづらい緊張と、奇妙な熱意が教室を取り巻いていた。
「ねえ、今日どんな感じ? あたしもう全然自信ないよぉー」
「あたしも全然。昨日も途中で遊んじゃってさ」
 そんな教室の片隅で、参考書をぺらぺらとめくりながら姦しくお喋りに興じている一団がある。
「わたしなんか徹夜だよ? もーどーにでもしてーって感じで」
「選択問題多いといいけど……」
「一時間目、現国でしょ? それ絶対ないってば」
 無慈悲に進む時計の針を前に、最後の復習をしている――わけではない。形こそ教科書にノートを広げているものの、彼女たちの話題は、諦めと愚痴に満ちていた。
 試験を前に、ポジティブにいられる人間はそういない。どちらかと言えば下から数えたほうが早い成績となれば、なおさらだ。そんな意味でゃ友人たちのぼやきも、許容できないわけではないけれど。
(そんなこと言ってる暇あるなら、ちょっとでも何か覚えればいいのに……)
 村瀬サツキには、口々に勉強していない、分からない、もうだめと繰り返す友人たちの心境が理解できなかった。入試とは違って試験範囲がはっきり分かっている学校の試験など、最後の最後まで全力を尽くして試験範囲に眼を通しておけば、それだけで何点か変わってくる。
 無理に勉強しろとは言わないけど、初めからそれを放棄してしまうのはもったいない、と思うのだった。
「あーあーあー、もう時間ないよー。こんども終わりだーっ!!」
「うぅ、どうしよう、こんどこそ赤点かも……」
 そんな事を言いながら、まだホームルーム前だというのにさっさと教科書をしまってしまう。結局、彼女たちも本当の意味で困っていないのだろう。溜息とともに、サツキはノートを広げ、もう一度最初から目を通してゆく。
「あー、もうダメ。諦めよ、ね?」
「うんー」
「一緒に補習うけよーよ、ね? ねえ、サツキもそうでしょ?」
 不意に話を振ってきたのは、先ほどからお喋りの中心にいた宮藤チエリ。サボりと遅刻の常習で、先生からもあまり快くは思われていない。アキやユミと一緒に成り行き上、一緒に遊んだりする友達ではあるけれど、どちらかと言えば正直、サツキには苦手なタイプだあった。
「サツキも諦めなよ、もうそんな無駄なことしたってダメだってばー? ねー?」
 よほど自信がないか、少しでも仲間がほしかったのだろう。チエリはサツキの机の上を見てそんな事を言う。
「でもほら、まだ時間あるし……」
「いいじゃんそんなの。いまさら遅いってばー」
 チエリに応ずるようにそうだよ、そーだよ、と声が繋がる。
「わたし全然勉強してなくてさー。全然ダメなの、ほんと自信ないんだってば。サツキー」
 口ではそう言いながら、実のところチエリの成績はそう悪くはない。どちらかといえばこれはポーズのひとつで、『全然勉強してないのに、けっこう頭のいい自分』を演出するためのものだ。彼女のそういうところが、サツキは好きになれなかった。
(一人でやるのはいいけど、周りまで巻き込まなくてもいいじゃない……)
「ねえほら、サツキ、悪あがきやめよーよー」
「ちょっと、やめてよ」
 チエリはサツキの机に近づいて、ぐいぐいと教科書を奪おうとする。一応、じゃれ付いた雰囲気を出してはいたが、流石にサツキも無視しかねた。軽く口を尖らせ、チエリの手を払いのけて抗議する。
「別にいいじゃない、復習するくらい……勝手でしょ、私の」
「……ちょっとぉ」
 しかし、そうされてチエリの声が不意に深く沈んだのは、サツキの予想の外だった。
「なんか感じ悪くない? サツキってば」
「べ。別にいいじゃない。成績悪いよりは」
 サツキがそれなりに懸命なのは、理由もある。家庭の事情で祖父母と暮らしているサツキは、奨学金のお世話になっていた。その貸与の条件にはさほど厳しくはないが成績の基準もあり、それをクリアしておかないといろいろと不都合があるのである。
 もっとも、そんなことで余計な同情を買いたくもなかったので、そのことは誰にも話していない。
 だが――チエリにはそんなサツキの成績に拘っている姿勢が、酷く腹に据えかねたらしかった。
「ねえ、サツキって昨日もしかして勉強してたの?」
「え……なにそれ」
 質問の意味が分からず、サツキは思わず聞き返した。1週間も前から部活も休みになり、試験期間に入っているのだ。いくら適当な生徒でも、この期間くらいは普通、それなりに勉強はするものだ。
「そりゃ、したけど……。てゆうか普通するでしょ、試験前なんだし」
 だからサツキは、普通にそう答えてしまっていた。だが、次の瞬間の不穏な空気を、サツキは肌で感じ取ってしまう。
「えぇー!? なにそれっ。サツキぃ、ちょっと空気読んでよ~」
「ホント。やな感じ。自分だけ優等生ぶっちゃって」
「……な、なによ、悪い?」
 いきなり爆発した批判にわけが分からず、反射的に言い返すサツキ。それはサツキにはごくごく普通の回答だったのだが、チエリたちの感情を逆撫でするには十分なもので、場の雰囲気はさらに険悪なものとなる。
「……ふーん、そーゆう態度取るんだ。なんかさ、村瀬ってちょっとさ、……ねえ?」
「言えてる。もう少し回りの事考えなって言うかさ」
「あたし達のことなんかどうでもいいってこと?」
 酷く乱暴な理論――のように、サツキには思えた。しかし、そう思っているのはどうも、周囲でサツキだけらしい。いつしか付近にはチエリの友人たちVSサツキ、という構図ができつつある。
「て、テストなんだから勉強するくらい普通じゃない。違う? わ、私だって別に普段からそんな真面目じゃないし――」
「へぇー、それってさ、自分は勉強しなくてもあたしたちより頭いいって言いたいの?」
「ち、違っ……そんなこと言ってないじゃないっ!!」
 チエリがますます視線の温度を下げて行く。どうして彼女の機嫌を取らねばならないのかという理不尽も覚えながら、サツキは言葉を継いで説明を追加した。
「そういう事じゃなくて……別に、いい子ぶりたくて勉強してるんじゃないし、その、あんまりひどい点だと……困るからっ」
 しかし結局、奨学金のことは言い出せず、曖昧な抗弁になってしまう。そんなサツキの言葉尻を捕まえるように、チエリは言い返す。
「なによそれ……それさ、あたし達が頭悪いっていってんの?」
「そ、そんな――」
 とうとうサツキが立ち上がろうとした時だ。
 がらぁ、とドアが開き、担任の教諭が入ってくる。少し遅れてホームルームの鐘が鳴り響く。
「よし、席に着けー。おら、時間だぞー」
 なし崩し的に、サツキの周囲の友人たちも各々の席に戻る。
 とりあえず妙な話題が中断されたことに、サツキは小さく安堵を覚えていたが――チエリたちの間に燻り始めた火種は、けっして消えているわけではなく、それどころかどんどんと火を起こし、火花を立てて燃えだしていた。
(なんかさ、アレだよね、サツキって)
(かもね。今の、ちょっとどうかなって思う)
(いちおう、言ってることわかるけどさぁ……)
 多くの学び舎で繰り返されてきた、愚かな行い。けれど尽きることないその種火は、徐々に煙を上げ音を立て、大きくなってゆく。
 声を潜めてメモ用紙のメッセージを回しあいながら、気付いていないサツキの背中を見て、少女達が囁きあう。
(いいよ、なんかサツキ、自信あるみたいだから。ちょっとハンデつけてもらおうよ)
(どうするの?)
(んーと、ねぇ)
 今日の連絡事項を告げてゆく担任の声などどこ吹く風。顎に手を当てながら、サツキの背中と――カバンから覗いた、お茶のペットボトルを眺め、やがてなにか見つけたようにきらりと目を光らせる。
(ふぅん。……そっか)
 少女の胸のうちで頭をもたげた悪意は、静かに哀れな犠牲者の足元へと這い寄り、気付かれぬようにしっかりと、サツキの脚に深く絡み付いていたのだった。





「よし、じゃあホームルームは以上。各自今のうちにトイレは行っておけよー」
 挨拶を最後に。担任の教諭が教室を出てゆく。
 1時間目の現国までは5分ほど。サツキが一旦は机に出したノートをぱたん閉じて、席を立とうとする。
「ねえ、サツキ?」
「な、なに?」
 その先を塞ぐように、チエリはすっとサツキの傍に歩み寄った。チエリはまだ困惑しているらしいサツキの前で、軽く眼を伏せ、弱々しげな声を作る。
「ごめんね、なんかさっき、ちょっとヘンなこと言ったかも……」
「え……ああ」
 きゅうに変わった友人の態度に、軽く面食らいながらも、サツキは事態を理解したのか、やがてほっと胸を撫で下ろす。
「ちょっと、イライラしてたかも。なんかヘンな事言っちゃって、ごめんね……」
「そんな……私こそ、なんか、かっとなっちゃって……」
 そう、結局――大本から嫌な子、というわけじゃないのだ。ちょっと、たまに噛み合わないだけで――
(……なんて、思ってんでしょうね、この子)
 深く沈んだ思考で、ちらりとサツキを睨み、チエリはさりげなくサツキに近寄って、手を合わせてぺこっと頭を下げる。
「ホントごめん。わたしが遊んでんのが悪いのにさ、サツキもそうなんだって勝手に思っちゃって……」
「そ、そんな……」
 戸惑うサツキを横目で見ながら、チエリは視線を動かして、教卓の上の時計を見た。たったこれだけのやりとりで思っていたよりも分針が進んでいることを確認しつつ。さらに謝罪の言葉を口にする。
「でもさ、やっぱわたし――」





 ――それから、およそ1分半。
 ようやく離れたチエリを後に、サツキはやや早足で教室を出て行く。その後姿を見送るチエリに、アキが聞いてくる。
「ねえちょっと、チエリ、あんなんでいいの? なんか拍子抜けっていうか」
「ふふ。大丈夫。あれだけ時間稼げば、十分でしょ」
 チエリは振り返ってアキを見、ユミと、他に数名の少女達が、きちんと席を離れていることを確認して、くすりと笑った。
「チャイムまであと2分くらいしかないし。ユミたちもいるもん」
 今頃、サツキはさぞ困惑しているだろう。こみ上げてくる笑みを隠すこともなく、にこにこと上機嫌にチエリは席につく。
「サツキって、結構近いじゃない、おトイレ。なんかあれさ、前に聞いたんだけど、家でそう言うお茶飲まされてるんだって。お通じにいいってアレ」
「へえ……そうなの?」
 休み時間に連れ立ってトイレに行くのは女子の風習みたいなものだが、トイレに行ったからと言って誰も彼も必ず個室に入るわけではない。お喋りや身だしなみのチェックだけで戻る子も多いのだ。
 そんな中、サツキは必ず、いつもトイレで個室を利用しているのだった。
 だから――たぶん、今はきっと困っていることだろう。
 授業前には必ず済ませているトイレの前に、ずらりと並んだ順番待ち。ユミ達のおかげでいつもの倍以上の利用者がいるトイレでは、とても一時間目開始前に間に合うはずがないのだから。
 チエリはふとその光景を思い描き、それからアキに言った。
「ねえ、たぶんサツキ、困って帰ってくると思うからさ。自販機でさ、コーヒーと紅茶買って来てよ? せっかくだからたっくさん喉を潤してもらおうよ。テストでいい点が取れるようにさ」
「了解~」
 暗い感情を覗かせながら、少女たちはくすくすと囁きあう。
 まもなく、チャイムの鳴るほぼ直前に、ユミたちに連れ立って微妙に晴れない表情のまま戻ってきたサツキを見て――チエリはますますその笑みを深くした。



 (初出:書き下ろし)
 
[ 2009/04/04 22:22 ] 小説 | トラックバック(-) | コメント(-)
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