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テストのお話・4 


 無常にも時計の針は、それまでと変わらない速度で進み、淡々と時刻を刻む。
 2時間目の試験終了を告げるチャイムが鳴り響き、監督の教師が重々しく宣言すると、クラスの何人かから大きな溜息や悲鳴が上がった。
 予想よりも問題は難しく、最後まできちんと問題を解けた生徒は少ないらしい。回答用紙が前に集められる中、そのことにある種の僥倖を感じつつも、サツキは号令が終わるや否や、そそくさと席を立とうと椅子を引いた。
 が――
「あ、ねえ、サツキ、お願いっ!! ちょっとこれ教えて!! 一生のお願いっ!!」
「あ、あたしも、あたしもっ!! 英訳で解らないところあってさ、ここのとこのね……」
「ご、ごめん、あたしちょっとそれどころじゃ――」
 本日最後の試験であり、次の試験科目となる英語はサツキの得意分野である。それ故に、普段からこうして頼られることもよくあった。
 けれど今は下腹部のダムの緊急放水という、何よりも逼迫した緊急事態がある。単語帳をめくってひとつでも英単語を頭に入れることなどよりも、トイレのほうがずっと優先順位が高い。
 あまり開いたこともなさそうな新しい教科書を手に集まってくる友人たちを適当に振りきって、サツキは立ち上がろうとする。
「すぐ戻るから、待ってて欲しいんだけど――ッ!?」
 が、その手をしっかりと掴まれて、サツキはその場でがくんっとつんのめりそうになった。突然の衝撃に、下腹部の『おんなのこ』のダムがじんじんと震える。
「なにそれ。ちょっと待ちなよ? あたしたちの事なんかどうでもいいってこと? そういう言い方ってないんじゃない?」
 とたんに不機嫌な様子をあらわにして、チエリがサツキの手を掴んでいた。場の気配は瞬く間に変わり、漂い始めた険悪そうな雰囲気に、サツキの脳裏に緊急警報が鳴り響く。
「わたしだって一生懸命なのにさ、そうやって友達のこと放ってくわけ?……サツキ、自分だけテストの結果良ければいいんだ? ふーん? 優等生はいいよね、余裕たっぷりでさ」
「ち、違……そんなんじゃなくて……」
「そんなんってなによ、やっぱりどうでもいんだ? サツキってば」
 詰め寄るチエリの気配に押され、サツキは思わず腰を下ろしてしまった。机の上に圧し掛かり、顔を近づけてくるチエリ。いつの間にか、周囲にも数名のクラスメイトが集まってきている。
 このままでは本当に勢いに押し切られてしまいかねない。サツキは覚悟を決めて、素直に告白する。
「だ、だから違うの! ちょ、ちょっとトイレに……」
「トイレ?!」
 チエリがやけに大きな声で怒鳴る。教室の半分くらいに響いた音量に、周囲の視線が集まり出した。熱くなる頬を感じ、サツキは続く言葉を飲み込んでしまう。
「トイレって、それくらい我慢しなよ。ちょっと聞くだけでしょ? すぐ終わるんだから。……サツキ勉強できるんだからさ。みんな困ってるじゃん。見捨てるの?」
 意を決して訴えようとした尿意まであっさりと斬り捨てられ、サツキは言葉を失った。言い換えそうにも周りの注目を集めてしまったせいで、堂々とトイレだとは言い辛い気配まである。
「今の言い方って、ないと思うんだけど。ねえ?」
 チエリに頷く少女達。クラスメイトたちの機嫌はかなり悪く、苛立ちもちらほらと覗いている。どうもさっきの数学のテストが、かなり酷いことになっているらしいとサツキは感じる。
「え、で、でもっ」
「――それとも何? もう漏れちゃうの?」
 動揺したサツキに、チエリは間髪入れずに聞いてきた。
「っ、そ、その……っ、ご、5分くらいだから……す、すぐに戻るってば。ずっと、オシッコ……我慢して……っ」
(――や、ば、馬鹿!! 何言ってんの私……!!)
 ふとトイレの気配をうかがわせる質問に、ぴく、と反応した『おんなのこ』に衝き動かされ、サツキは思わず秘めておくべき尿意の度合いまで口走ってしまった。
 それを聞いたチエリが、小さくくすり、と唇の端を歪める。
 しかし、咄嗟の油断に完全に我を失い、歯噛みしていたサツキは気もそぞろで、クラスメイトたちの不穏な気配すら見逃してしまっていた。仮にそうでなかったとしても、我慢に夢中で気もそぞろ、余裕のないサツキはそれに気付くことはできなかっただろう。
「じゃあ、これだけ教えて? ね? ここだけ!」
 チエリがサツキの目の前に問題集を広げ、ページを示す。そこはかなり長い和訳の文章題がページいっぱいに並んでいた。
 ちょっとだけ、という割には多すぎる問題に対し、口ごもるサツキ。そんな彼女を、チエリはさらに急かす。
「……ねえ、ほら早くしてよ? 時間なくなっちゃうよ」
「ど、どのへん?」
「えっとね……」
 チエリに押し切られ、とうとう応じてしまうサツキ。
 そんな彼女を見て、周りのクラスメイトたちがサツキに見えないところでチエリと同じ種類の笑みを浮かべていたことに、やはりサツキは気付けずにいた。





「えー? どうしてそうなるわけ? だって前のトコと違うじゃん」
「だ、だから、こっちは人称代名詞じゃなくて……別の……」
「そのなんとかって良く解んないんだってば。もっと解りやすく教えてよ。サツキ頭いいんだからさ」
「っ、そ、そんな……」
 チエリはサツキが何度繰り返して説明しても、良く解らないと口を尖らせ、執拗に同じ場所を質問してきた。しかも、分からないならと後回しにして次の文を説明しようとしても、『はぐらかさないでよ』と食い下がるのでテンポ良く進めてゆく事もできない。
 そんなことが続き、流石に3回目のあたりで、サツキもチエリがわざとやっているんじゃないかと疑念を抱き始めていた。
(ああもう、休み時間半分過ぎちゃったじゃないっ……)
 2時間目と3時間目の間にはやや長めの休憩時間が取ってあるとは言え、予鈴も考えるとほとんど時間がない。このままトイレにダッシュして、順番待ちが誰もいなかったとしても、試験開始前にギリギリ戻ってくるので精一杯だろう。
 得意分野の英語とは言え、せめて開始前にざっと復習をしておかなければいけないというのに、もはやそれは絶望的だ。数学の失態を取り戻すためにも、せめて英語はぜったいに取りこぼすわけにいかなというのに……
「も、もういいでしょ!? トイレ行かないと、ホントに時間なくなっちゃう……!!」
 とうとう痺れを切らし、サツキは声を荒げてしまう。
 これまでの解説の間も、サツキは何度かトイレに行かせて欲しいとと訴えていたが、チエリは文句を繰り返し、執拗にサツキを解放してくれなかったのだ。
「しょうがないけど、このまままた次も我慢なんてしてたら、テストどころじゃなくなっちゃうから――!!」
「……あのさ、もういいってどういうこと?」
 冷え切った、低い声にサツキの言葉はぶつりと断ち切られた。
 今度こそはっきりと、怒りを露わにして、チエリはサツキの胸を強く掴み、ぐいと押す。
「わたしなんかにいくら教えても無駄ってこと? 馬鹿だから言ってもわかんないから、もうどうでもいいってこと? なにそれ。信じらんない」
「え……っ」
 ぐうっと顔を近づけ、詰め寄りながらきつく襟元を握るチエリの手に、サツキの背中がぞくりと寒気を覚える。くちびるがパクパクと動くが、言葉にならず意味もなく震えるばかりだ。
「教えてちょうだいってお願いしてんのにさ、サツキってそういう態度とるわけ? わたしさ、ちゃんとお願いしたよね? なのになに勝手に諦めてんの? あんた何様? ……普通さ、もういいって言っていいの、わたしのほうじゃない? ねえ、違う?」
「そ、そんな意味じゃ――」
「なに、言い訳すんの? やっぱ優等生は違うね。馬鹿なクラスメイトなんか簡単に言いくるめられるってこと?」
 突如豹変した友人から向けられる悪意に、サツキは言葉を失っていた。鋭い視線に射抜かれたように、指が強張り身体が硬直する。
 押された胸が苦しく、咳き込むサツキ。
 振りほどこうにも、きつく食い込んだチエリの手はまるで離れず、すっかり混乱に頭を真っ白にしてしまったサツキは、小さく唇を動かすばかり。
「いまの、ちょっと酷いよね……」
「そうだよ、ほんの少しだけじゃない」
「村瀬さん、あんまりよくないよ、そういうの」
「そ、そんな――」
 口々に非難がぶつけられ、サツキの頭は真っ白になってしまう。なにがなんだかわからなかった。ごくごく当たり前の行為であるはずの、トイレに行きたいと口にすることが、なぜか卑劣なことだと非難される。
(な、なんで……!? そんな、わ、私、べつになんにも悪いことなんか……と、トイレ行きたいって、言ってるだけなのに……!!)
 こんなのはおかしいと理性は訴えるが、ぐるぐると渦を巻く思考ではうまく考えがまとまらない。下腹部の欲求に従う身体を理不尽に責められて、サツキは鼻の奥に熱いものを感じた。
 じわ、と歪む視界に、嫌な汗が浮かぶ手のひら。
「ひ……ぅ……」
 逃げ道のない袋小路に追い詰められ、動けなくなったサツキは、小さく顎を震わせて、涙の気配を押し殺す。
 と――
「なんてね?」
 くす、と唇の端を持ち上げて、チエリは唐突に素敵な笑顔を浮かべ、サツキの傍から離れる。
 解放されたサツキが、わけもわからないまま軽く咳き込んだその瞬間、教室に休み時間の終了と、次のテストの準備の予鈴を告げるチャイムが鳴り響く。
「あーあ、もう始まっちゃった。ふふ、ゴメンねサツキ。トイレ、行けなかったね♪」
「え……」
「ちゃんと我慢しなよ? オモラシなんかしないでよねー?」
 事態の推移にまったく付いていけないサツキを後に残し、悪意を滲ませた笑みのまま、チエリはそのまま自分の席へと戻ってゆく。同じようにそれに従うクラスメイトたち。
 そしてようやく、サツキは自分が何をされたのかに気付いた時。がらりとドアが開き、次の試験の監督の教師が教室に入ってくる。
 気難しいことで有名な古典担当の教諭は、鋭い声で生徒達に席につくように怒鳴った。
「あ、……そんな……」
 ごぽり、と下腹部に溜め込まれた液体が音を立てたような気がした。
 猛烈な勢いで収縮をはじめ、オシッコを訴える下半身が、サツキの背筋を粟立たせる。
(お、オシッコ……した、かった…のに……)

 ――それなのに、トイレに、行けなかった。

 緊張状態に一時忘れていた尿意が、先ほどに倍する勢いで膨れ上がる。股間の先端を火で炙られたような、痺れとわずかな痛みを伴う排泄欲求が、サツキの『おんなのこ』を内側から激しく膨らませた。
(と、トイレ――行かなきゃ!! 間に合わなくなっちゃう……!!)
 諦め切れず、焦ったように腰を浮かせかけるサツキだが、既にクラスの大半は着席し、教室は静寂の中おとなしく試験問題の配布を待っていた。
 そんな中で少女が椅子を引いた音は、クラス中の視線を一斉に集めてしまう。
「え……あ……っ」
「ほらそこ、早く席につけ!!」
 すでに試験に備えているクラスメイトの中で、そんなことをしようとしたサツキに、監督教師の鋭い注意の声が飛ぶ。
 既に下半身だけはさきにトイレを目指して進もうとしていた。意識だけが放り出されて、ドアを押し開け廊下をつっきり、トイレまでを疾走しようとする。
 しかし、サツキの身体は依然として教室の机の上にあった。
「よし、答案用紙は回ったな。問題用紙は時間まで伏せておくように」
「っ……」
 思わず喉まで出かけた、「先生、トイレ」という言葉。
 もはや、サツキがそれを叫べる状況ではなかった。すでに試験準備は完了し、誰も口を挟める気配はない。
 なにがなんだか分からないうちに、試験前の貴重な貴重な数分は、瞬く間に失われてゆく。古めかしいレコーダーを教卓に出した教師は、声をかけることすら憚られるほどの難しい表情で、傍の椅子に腰掛けて書類の束をめくりはじめる。
(トイレ、行かなきゃ……いかなきゃ……っ!! ま、また我慢なんか……嫌……っ、もう、ぜったいに無理っ……)
 またも始まろうとしている、絶対不可侵の試験時間50分。どうにか乗り越えてきた1時間目、2時間目を凌ぐ尿意が、サツキの脚の付け根に膨れ上がる。
 喉を滑り出そうになる呻きを辛うじて飲み込み、サツキは椅子の上にぎゅっと身をちぢこまらせた。
 そして――
「よし、始め。……10分後にリスニングの放送があるからな」
 チャイムと同時に、教師が時間を確認。
 地獄の50分間が幕を開けた。



 (初出:書き下ろし)
[ 2009/05/07 18:10 ] 小説 | トラックバック(-) | コメント(-)
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