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第12.6夜 白雪姫 


「ふふふ……うふふふふ……あははははっ!!
 翌日――魔女はこみ上げてくる笑いを抑えきれずにいました。秘密の部屋に向かう足取りも軽く、鼻歌まで飛び出します。
 なんといっても、白雪姫を二度と出てくることのできない深い森の奥に置き去りにしてやったのです。しかも、おトイレに行きたくなるようにたっぷりとお水を飲ませて。
「いい気味よ。どれだけ頑張っていても、そろそろ限界かしらね。……うふふ」
 魔女が企んだのは、白雪姫におしっこをがまんできなくさせることなのでした。
 狩人に連れて行かせた森の奥で、言いつけどおり白雪姫は水筒の水をたっぷり飲んだということでした。だとすれば今頃、白雪姫はもうとっくに我慢の限界を迎えているにちがいありません。
 けれど、森には当然ながら、おトイレなどありません。白雪姫はオモラシをしたくなければ、どこかの茂みにしゃがみ込んでおしっこをするしかないのでした。
「でも、お外でおしっこなんてお姫様として絶対ありえませんわ。ちゃんとしたおトイレまでおしっこが我慢できない女の子……お姫様失格ですわね。うふふ。そんなものが、世界で一番可愛いおんなのこであるはずがないですもの。うふふふ……」
 意地悪く微笑んで、魔女は上機嫌で部屋のドアを開け、魔法の鏡に呼びかけます。
「さあ、鏡よ鏡、お答えなさい」
『……おはようございます、魔女様』
「うふふ、さあ鏡よ鏡、今日もお答えなさい。この世で一番美しい女の子はだあれ?」
『それは――』
 波打つ鏡の前で、魔女はおおきく腕を組んで胸を張って、鏡の答えを待ちました。『それは魔女様、あなたさまでございます』――鏡がそう答えるのを。
 けれど、
『やはり、なんといっても白雪姫様にございます』
「あらぁーーーーっ!?」
 鏡は昨日と同じことを言い、魔女はどてーんっ、と反り返ったまま真後ろにひっくり返ってしまいました。
 魔女は顔を真っ赤にして立ち上がります。
「ちょ、ちょっと!? そ、それはどういうことですのっ!? 白雪姫はもうとっくにお姫様失格のはずですわよっ!? ちゃんとしたおトイレまでがまんできずに、お外でおしっこをしてしまうようなはしたない女の子なんですのよっ!?」
『そんなことはございません。本日も白雪姫さまはお美しく、お行儀も満点の、本当のお姫様でございます』
「そ、そんな!? ありえませんわよ、だって――」
『……御覧なさいませ』
 鏡に映し出された白雪姫は、魔女の知らない小さな家にいました。
 白雪姫は心のそこからほっとしたような表情でした。じゃぁーっ、と流れる水の音を背後に小さなドアを後ろ手に閉め、小さな白い手をハンカチで丁寧に拭きながら、深々と頭を下げます。
 その前には小人が七人並んで立ち、お礼をいう白雪姫に、いいよいいよと答えていました。
 おトイレに間に合った白雪姫からは、お姫様として十分な気品と礼儀の正しさが窺えます。その可憐さは、微塵も損なわれてはいませんでした。
『白雪姫様は、魔女様のおっしゃるような、はしたない真似はいっさいなさっておりません』
「っ、そんな――!!」
 どうやら、白雪姫はあの小人たちに限界ギリギリのところを助けられて、おトイレを貸してもらい、間に合ったようでした。
 鏡の奥で、がまんにがまんをかさねたものを、ちゃんとおトイレまで堪えきったことの達成感や安堵感に、白雪姫は昨日よりもいっそうかわいらしくすら見えます。
『ですから、今日も、世界で一番可愛い女の子は、白雪姫様にございます』
 魔女はあまりのくやしさに、ぎりぎりと歯を軋らせました。
「そう、そうなのね。わかったわ!! じゃあ待ってなさい!! あの子が貴方の言うような子じゃないって事を証明してあげるわ!! 見てらっしゃい白雪姫。あなたはだらしない、恥ずかしい女の子だって事を見せてあげる!!
 ……誰か、誰かいませんの!! いますぐワタクシの言うものを用意なさい!!」
 魔女はますます目を吊り上げて、甲高い声を響かせるのでした。





「ふうっ、いい天気ですね……」
 小人たちの家にお世話になって一週間。白雪姫はここでの生活にもすっかり慣れていました。今日も洗濯物を抱えて、家の裏手に向かいます。
 訪ねるなりお手洗いを借りるというぶしつけなことをしたのに、行くところがない白雪姫を、七人の小人たちは快く迎え入れてくれました。でも、お世話になってばかりではいけないと、白雪姫は小人たちの家のお手伝いを始めたのです。
 なにしろ、小人とは言え七人分の洗濯物ですから、これはけっこうな量でした。張ったロープにひとつずつシャツとズボンを干していきます。
「…………」
 そして、白雪姫はちょっと顔を赤くしながら、自分の下着をちょこんと隅のほうに干します。
 小人たちはとても白雪姫によくしてくれるのですが、なんと言ってもこれまでは人間と会うことなく小人たちだけで暮らしていましたから、どうしても気が回らないところもあるのでした。
「はぁ……皆さん、いい方ばかりなんですけれど……」
 いまの白雪姫の一番の悩みは、着替える服がないということでした。狩人に連れられて森に来た時に着ていたドレス一枚しかありません。幸いにして、なんとか着られる村娘の服はありましたが、下着はどこをさがしてもみつかりませんでした。
 お世話になっているのにものを強請るというのはあまりに失礼なことですから、白雪姫は一枚しかない下着を洗って使いまわすしかありません。
 ですからこうやってドレスも下着も洗っているときは、白雪姫は下着を穿いていないのです。
 ちょっと短めのスカートの下で、すうすうと落ち着かない足元。おしりが見えたりしてないだろうかとなんども白雪姫が振り返り、スカートの裾を気にしていたときでした。
「もし、そこのお嬢さん」
 そこに現れたのは、煙管を加え、大きな荷物を担いだ旅の姿の女でした。
 白雪姫はきゃあ、と飛び出しかけた悲鳴を飲み込み、あわててお辞儀をして、ご挨拶をします。
「はじめまして。お客様ですね? 小人さんたちはお仕事で森のほうにいらっしゃいますけれど」
「ああ、そうじゃないそうじゃない」
 女は手を振って、背中に担いでいた荷物を下ろし、広げてみせます。大きな鞄には、見たこともないような品物がたくさん詰まっていました。どこか男の人のような口調で、物売りは言います。
「ご覧の通り、あたしはいろんなものを扱っておる者さ。お嬢さんはなにかご入用のものはないかね? いまなら特別にやすくしてあげるがね」
「え、でも……わたし、お金をもっていませんから……」
 断ろうとした白雪姫ですが、物売りの荷物の中に、上等な絹の下着をみつけて、ぴたりと手を止めてしまいました。
「おや、なにか気に入ったものがあったかね?」
「え、ええと……でも」
「ああ、それかい。仕立てもいいし長持ちするよ? 肌着は身体に合ったものを身に付けるのが一番だ」
 そんな事を言われて、白雪姫は赤くなって俯いてしまいます。すかすかと寂しい脚の付け根が、さらに白雪姫の羞恥心を煽っているのでした。
 それをみて、物売りは煙管からふうと大きな白い煙を吐き出して言いました。
「よおし。なら、小人たちにわしのことを宣伝してやってくれ。また近いうちにここに来るから、その時に沢山買ってくれるようにとね。それで、ただにしてあげてもいい」
「ほんとうですか?! ありがとうございます!!」
「いやいや。どれ、ちゃんと身体に合うかね?」
「は、はいっ」
 うながされて、白雪姫は下着を抱えるとそそくさと物陰へ隠れ、そこで服をあげて下着を穿きなおしました。
「……わあ、すてきですっ」
 なんと、まるであつらえたようにぴったりと、身体に合う下着でした。腰に止める紐をきゅっと結んで、白雪姫は物売りのところに戻ります。
「ちょうどぴったりでした! ありがとうございます!」
「いやなに、遠慮はいらないさ。そのかわり小人たちにはちゃんと言っておいておくれよ?」
「はいっ」
 笑顔で頭を下げる白雪姫に、物売りはおや、と眉を上げます。
「お嬢さん、そこがほどけかけているよ?」
「あ、きゃ……っ」
 物売りはひょいと手を伸ばすと、溶けかけていた下着の紐を、きゅうっと強く引っ張って結びます。少しおなかに食い込むくらいの強い力でしたので、白雪姫は思わず声を上げてしまいました。
「これで良しと。じゃあ。つぎの村に行かねばならないからね、そろそろおいとまするとしよう」
「あっ、どうもありがとうございました。ぜひまた来てくださいね」
「ああ」
 なにからなにまでまで親切にしてもらった物売りに深く頭を下げ、白雪姫は小人たちの家を後にする物売りをいつまでも手を振りながら見送ったのでした。



 さて、それからしばらくして。
「んっ……」
 お洗濯を終えたばかりの白雪姫は、ぷるる、と背中を小さく震わせて、白雪姫は早足に小人たちの家に戻ろうとしていました。
 すっかりお洗濯に夢中になってしまっていたため、思い出したときには白雪姫のおなかのなかにはたぷんと音を立てそうなほどにたっぷりおしっこが溜まってしまっていたのでした。
(お手洗い、お手洗い……っ)
 家の中には誰もいないのをいいことに、白雪姫ははしたなくも内股になって、きゅっとスカートの前を押さえ、よちよちとおトイレに向かいます。
 小人たちとの暮らしの中でちょっと困ったことといえば、このおトイレもそうでした。なにしろ騒がしくて賑やかな、七人もの小人たちと一緒の毎日です。朝にはまだ日が昇るかどうかの早くからひとつしかないおトイレの前には小人たちが行列を作り、まだかまだか、もう漏れそうだ早くしてくれなんて叫びながら押し合いへしあいの順番待ちをしているのです。
 お姫様の白雪姫には、そこにならぶことなんて恥ずかしくってとてもできません。
 ですから、白雪姫はそれまでの習慣だった朝一番のおトイレをやめにして、むずがる『おひめさま』をそっと撫で、なだめながら過ごし、小人たちが揃って森に出かけてから、こっそりとおトイレを使うようにしていました。
 今日はたまたま、洗濯物が溜まっていたのでそのままお洗濯に夢中になっていて、そこに物売りがやってきたりしたものですから、気付けば白雪姫は起きてから一度もおトイレを済ませていないのです。
(がまん、がまん……)
 気が急いてさらにきゅうっと高まる尿意を、白雪姫はぐっと飲み込みます。ちゃんとお手洗いに行くのを忘れてすっかりおなかをおしっこでぱんぱんにしてしまったことへの恥ずかしさから、白雪姫の頬は真っ赤になっていました。
「……んぅっ……」
 ぷくりと膨らんだおなかを庇いながら、小さなドアを身をかがめるようにしてくぐり、かちゃりと鍵をかけます。
 なにしろこの家はもともと、女の子の白雪姫から見ても小さな背丈の小人たちが暮らすために建てられたものですから、なにもかもが白雪姫はちょっとばかり小さいのです。それはおトイレも同じことなのでした。
 着替えたばかりの新しい下着に、万が一にも染みなんて作ってしまわないように、白雪姫は慎重にスカートをたくしあげます。
 そうして、白雪姫がゆっくりと下着を下ろそうと、紐の結び目に指をかけたときでした。
「……あ、あら……?」
 どうしたことでしょう、引っ張ればするりとほどけるはずの結び紐が、いくら力を篭めてもまるでビクともしないのです。焦った白雪姫が爪を立ててぎゅうっと引っ張っても、石のように硬い結び目は、下着の上にぎゅうっと食い込んだまま、ぴくりとも動きません。
「ど、どうしたのかしら、これ……?」
 さらに何度か結び目をひっぱる白雪姫ですが、まったく状況は変わりません。
 おトイレをすぐ目の前にして、あとは下着を下ろしてしゃがみこむだけだというのに、肝心の下着が脱げないのではどうしようもありません。
 結び目を弄りながら困惑する白雪姫でしたが、その間にも足元から、ぞぞぞぉっとイケナイ感覚は容赦なく迫ってくるのです。
「ふぁ……っ!?」
 きゅう、と脚の付け根の奥、『おひめさま』に熱い感触が膨らみ、白雪姫は慌てて下着の上からぎゅうっと股間を押さえ込んでしまいます。
 腰が引け、爪先立ちになった膝が震えだします。
 押し寄せるおしっこの波を押さえ込むため、白雪姫ははしたなくも丸出しにした下着の太腿の間に両方の手を突っ込んでしまいます。
「ゃ、あ、っ、だ、だめえっ」
 出そうになるおしっこにもじもじと腰を揺すり、白雪姫は思わず悲鳴まで上げてしまいました。
 確かにここはおトイレの中ですが、まだおしっこの準備はできていないのです。当たり前のことですが、下着をはいたままではおしっこなんかできるわけがありません。
 それなのに、白雪姫の身体は、おトイレに入る直前の気持ちのまま、もうすっかりおしっこを出すつもりで、きつく塞いでいたはずのおしっこの出口を緩めようとしているのでした。
「ま、まだだめ、だめなんですっ……」
 突き出したおしりが左右に振られ、床がぎしっぎしっと音を立てます。
 言うことを聞いてくれないおしっこを、すり合わせた腿と交差する膝でなんとかくいとめながら、白雪姫は何度も何度も何度も下着の紐をひっぱります。でも、すっかり余裕のなくなった状態では結び目がどうなっているのかもわからず、乱暴に引っ張られた紐はますます深く食い込むばかりでした。
「ぁんっ……ぁ、ふぁあっ……!?」
(や、やだっ……な、なんでおさまって、くれないん……ですか……っ!?)
 そう、それは決して気のせいではありません。
 硬く固く結ばれた紐は、じわじわと縮み始めているのでした。ただでさえきつく結ばれた紐は、そのままぎゅうぎゅうと白雪姫の小さなおなかに食い込んで、張り詰めた下腹部を締め上げていきます。
 長い間我慢し続けたおしっこで大きく膨らんで、石のように硬くなったおなかを、ぎゅうぎゅうと締め付けられ続けているのですから、これはもう一度高まった尿意が和らぐはずもないのです。
 きゅう、きゅっ、きゅううっ、リズムをつけるように食い込む紐は、まるでおなかをぐいぐいと誰かに押し込まれているようです。
「あ、あっ、あっ、ぅ」
 ぴったり脚に張り付いたまま、脱げることのない下着――なお激しくぎりりっと締め付ける結び目の紐は、白雪姫のおなかを強烈に締め上げ、一つしかない出口へ向けて溜まりに溜まったおしっこを絞り出そうとします。

 きゅ、きゅっ、きゅうっ、
 びくっ、じんっ、びりりっ。

 きゅん、きゅぅっ、きゅうううぅっ
 ぞわ、ぶるるっ、ぴくぴくぴくんっ。

「っあ、や、だめ、ダメぇ!!」
 結び紐のリズムに合わせて、溢れそうになるおしっこを、白雪姫は必死に食い止めます。きゅ、きゅと締まる紐と一緒に、熱い疼きが足を駆け抜け、白雪姫は小さな喘ぎ声をあげてしまいました。
 ですが、このままおしっこを出してしまうわけには行きません。すぐ目の前におトイレがあるのに、これではオモラシと一緒になってしまいます。おトイレに間に合わなかったなんて、お姫様にはあるまじきことでした。
 両手で塞いだおしっこの出口と、きゅうきゅうと締め付けられる結び紐。行き場を失ったおしっこはさらに激しく、圧力を増し、『おひめさま』の閉ざされた出口へと殺到してゆきました。
(っだめ、お、オモラシしちゃ……っ、が、がまん、がまんしなきゃ……っ)
 ぐいっと持ち上がったおしりを抱え込むように、白雪姫は大きく上半身を倒しこみ、ぎゅぎゅぅぐいぐいぐいぃいっと、ありったけの力でおしっこの出口を押さえ込みます。
 けれど、それも時間の問題。
 下着を脱げなければ、いつかは限界が訪れてしまうでしょう。
(あ、あぁ……ど、どうすればいいんですか……っ)
 白雪姫、絶体絶命のピンチでした。



 (続く)

 (初出:書き下ろし)
[ 2009/08/02 21:21 ] WetMarchen | トラックバック(-) | コメント(-)

第12.3夜 白雪姫 


 その部屋は、お城の中でも一番高い塔にある秘密の場所でした。滅多に人の立ち入ることのないそこに、小さな足音が響いていきます。
「……さあ。……鏡よ、鏡」
 こつ、こつ、こつ、と石畳の床を鳴らして響く、かかとの高い靴の足音。それに答えるように、部屋の片隅にかけられていた大きな鏡に、ぼんやりと何かが浮かび上がります。
 まるで風に揺れる水面のように鏡の表面が、うっすらと光を帯びると、どこからともなく穏やかな声が聞えてくるのでした。
『おはようございます、魔女様』
「ふん、挨拶なんてどうでもいいですわ。それより鏡。今日もあなたに聞きたいことがありますの。お答えなさい」
 礼儀正しい魔法の鏡にそう言うと、魔女は細い腰に手を当て、見上げるように大きな鏡を睨みます。
『なんなりとお申し付けください。魔女様。主さまのため、真実を写すのがわたくしめの役割にございます』
「そう。では教えなさいな。鏡よ鏡、この世で一番、きれいで可愛い女の子は誰ですかしら?」
 魔女は自信たっぷりに、魔法の鏡に呼びかけました。
 魔女がこの質問をするのは今日がはじめてではありません。王様に一目惚れされてお城に招かれて以来、魔女は毎日この質問を鏡に繰り返しています。
 魔女は、つねづね自分の容姿を自慢に思っていました。鴉の濡れ羽のように美しくつややかな黒い髪、ガーネットの瞳、白い肌、どれをとってもそこいらのお姫様にだって負けることはないでしょう。
 ……ちょっとばかり背が小さいことと、胸がぺたんこなのは置いておくとしても、お行儀作法も、挨拶の仕方も、誰にも負けないくらいに立派にこなして見せる自信もありました。
 だから、魔女は毎日、魔法の鏡に訪ねます。
「鏡よ鏡。さあ、お答えなさいな。この世で一番、きれいで可愛い女の子は、いったい誰ですかしら?」
 魔女の呪文によって、波間のように鏡が揺れ、そこからぼんやりと顔が浮かび上がります。
『お答えいたします魔女様。この世で一番美しいのは――』
「…………ふふん。それは?」
 ここで鏡は、毎日『それは、なんといっても魔女様、あなたでございます』と、そう答えるのです。それを聞いて魔女は毎日、上機嫌でお城の生活を送ることにしていました。
 けれど、その日ばかりはちょっと様子が違っていたのです。
 揺れる鏡に映し出されたのは、魔女とは違う、美しい雪のような銀髪をした小さな女の子でした。
『――なんといっても白雪姫さまにございます』
「ってちょっとぉ!? な、なななな、なんですのそれはっ!?」
 昨日までとまったく違う答えが帰ってきたので、魔女はおもわずズッコケかけ、怒りもあらわに魔法の鏡に詰め寄ります。
「ちょっとお待ちなさい!? い、いつもと答えが違うじゃありませんの!! どこに目をつけているのかしら、鏡!? いま、この目の前にいるでしょう、この世で一番可愛い女の子が!? ほら!! よおく見なさいませ!!」
『――いえ、なんと言われましても、白雪姫さまにございます』
「いったいどういうことですのっ!?」
 頑固に答えを変えない鏡に、魔女はかんしゃくを起こして鏡の枠を掴み、がくがくと揺さぶって顔を近づけます。
「ねえ鏡、どういうこと!? 理由をおっしゃい、理由をっ!!」
『なんといいましても美しい髪、可愛らしい瞳、白い肌――』
「そんなのはワタクシも同じでしょうっ!? あなたも昨日まではワタクシが一番世界で可愛い女の子だと言っていたでしょうっ!?」
『確かに、昨日まではそうでございました』
「なら、どうしてですのっ!? どうして今日は、あんなちんちくりんの白雪姫なんかを――!!」
『お答えいたします魔女様。白雪姫様は本日、誕生日をお迎えになり、一人前のレディーとなられました。確かに昨日までは、先ほどのご質問のお答えは魔女様でございましたが、今日からは違います。世界で一番お美しく、お綺麗で、可愛い女の子は――立派にお姫様となられた白雪姫様なのです』
「な、なんですの、その屁理屈は――!?」
『そして恐れながら、魔女さまもとくにお身体の一部、胸のあたりはけっして立派なレディとは申せぬほどに、年下であられる白雪姫様に負けず劣らずのぺったんこかと思われますが……』
「きぃーーっ!? ううう、うるさいですわねッ誰が断崖絶壁ですのっ!? そ、そんなことは余計なお世話、どーだっていいんですのよっ!?」
 ばんばんと足を踏み鳴らして、魔女はかんしゃくを起こしました。
 昨日までただのお子様だった白雪姫なんかに、世界で一番可愛い女の子の座を奪われるなんて、プライドの高い魔女には許しがたいことです。しかし魔法の鏡はいつもどんなときも真実を告げます。鏡がそうだというなら、それは本当のことなのでした。
 魔法を使う魔女だからこそ、鏡の正しさはなによりも良く知っていたのでした。
 ひとしきり暴れてから、魔法の鏡の言葉を噛みしめ、愕然となって俯いていた魔女でしたが――やがて肩を震わせて、大きな声で叫びます。
「……ふふ、そうですわ、じゃあ……白雪姫がお姫様でなければよろしいのね。そうすればまた元通り、ワタクシが世界で一番可愛い女の子ですわ!!」
 そう。なんとも恐ろしいことを思いついた魔女は、鏡の部屋から外に出ると、ベルを鳴らして召使いを呼びつけました。
 あわててやってきた召使いに、魔女はこういいます。
「いいですこと。この国で一番腕のいい狩人を呼びなさい。その狩人に、白雪姫を連れて、森の一番奥深く連れて行かせなさい。よろしいですの? もう白雪姫が、二度と戻ってこられないように、深い深い森の奥にですわ!! わかりましたわね!?」



「狩人さん、まだ行くのですか? とっても歩いたと思うのですけれど」
「……へ、へえ、あとほんのもう少しでございますので、ご辛抱くだせえ、白雪姫様」
「森ははじめてきましたけど、とっても素敵なところですね。動物も小鳥もいっぱいいますし、大きな木もいっぱい。わたし、とっても楽しいです」
「へ、へえ、喜んでいただいてなによりでさぁ」
 ひたいから吹き出る汗をなんども拭きながら、狩人は、あどけなく笑いながらも時々、どきっとするほどに美しさの片鱗をのぞかせる白雪姫を連れて、だれも入ることのできないような深い深い森の奥へと進んでいきます。
 この国のお姫様である白雪姫を森に置き去りにするなんて無体な命令、狩人には恐ろしくてとてもできやしないことでした。
「うぅ……」
 そう思うと、狩人の額を流れる汗は止まりません。苦しげに呻きながら、狩人は重い足取りで先を進んでいきます。
 白雪姫は、まだまだ小さくて素直な女の子でした。狩人の言うことをすっかり信じ込んで、ドレスのスカートを摘んでとことこと後を付いてくるのです。こんなにも純真なお姫様を、二度と帰ってこれないような森の奥でで一生迷わせ続けることの罪悪感に、狩人は暑くもないのにすっかり汗だくになっていました。
 けれど、なんといってもこの命令をした相手は恐ろしい魔女です。逆らうことは許されませんでした。
「……お許しくだせえ、白雪姫様……」
「はい? 何かおっしゃいましたか?」
「い、いえ、なんでもねえです。そ、それより姫様、喉はかわいてねえですかい? よ、よかったらこいつを飲んでくだせえ」
 森のなかの小さな広場、切り株に腰掛けてひとやすみしている白雪姫に、狩人はそっと水筒を差し出します。
「え、よろしいんですの? ありがとうございます! もう、お喉がカラカラだったんです!!」
 ぱあっと顔を輝かせ、それを受け取って、こくこくとつめたい水をおいしそうに飲む白雪姫。すっかり自分を信頼して、疑うことを知らない白雪姫に、狩人は嘘をつき続けるのがだんだん辛くなってきていました。
「……ひ、姫様、ちっとここで待ってていただけますか? その、ええと、少々落とし物をしちまったようなんで」
 まだ、魔女の命令にあった森の一番奥というにはずいぶん足りません。けれど、小さな白雪姫には簡単に戻ってこれない場所なのも確かでした。
 どうせ同じことなら、深くて暗い森の奥よりも、少しでもおひさまの見えるようなこの場所で……それは、魔女に逆らえない狩人ができる、精一杯の妥協なのでした。
「あら、それは大変ですね。わたしもご一緒に探しましょうか?」
「え、いえその、ああ、ええと、だ、大丈夫でさあ、す、すぐもどりますんで!!」
 首を傾げる白雪姫をひとり残し、狩人は一目散にその場を後にします。背中を向けて走り去るその間、なんどもなんども、心の中で白雪姫に謝りながら。
 そうして、何も知らない白雪姫は、とうとうひとり、森の中に取り残されてしまったのでした。



 最初のうちは、おとなしく狩人の帰りを待っていた白雪姫でしたが、やがてお日様が傾き、木々の影が長くなり、空が橙色に染まっても、狩人が戻ってくる気配がないことに、じょじょに不安になり出してきます。
「……狩人さん、おそいですね……なにかあったんでしょうか……?」
 けれど、白雪姫は狩人のことに怒ったり、不平を言ったりはしませんでした。
 それどころか、狩人の身に何か危ないことでもあったのではないかと案じているのです。狩人が魔女の命令で自分を騙していたのだなんていうことには、まるで気付かない白雪姫でした。
 ほんとうに、雪のように美しく真っ白に、ひとを疑うことを知らない――純真無垢なお姫様なのでした。
 けれど――いつまでそうとばかりも言っていられません。白雪姫は、だんだん別の理由でも困ったことになっていました。
「……ほ、ほんとうにどうしましょう……っ」
 んっ、と小さく俯いた表情の下で、ドレスの脚が忙しなく重なってはきゅうっと閉じ、靴の爪先が地面をとんとんと叩きます。
 切り株に腰掛けたおしりがもぞもぞと位置をずらし、両方の手は不安げにドレスのおなかの下のほうをさすります。
「はぁ……っ……」
 ぴくん、とドレスの腰が震えました。そこから背中に伝わるようにぞぞぞっと震えが走り、白雪姫は首筋を縮こまらせます。
「んぅ……ふ……はぁっ……」
 ぴくん、ぴくん、と立て続けに沸き起こる感覚に耐えかね、身体をよじるようにくねらせて、白雪姫は熱い息を繰り返します。
 形の整った眉がそっとハの字に寄せ合わされるたび、閉じられた目がきゅうっと細くなります。暗くなってきたせいであたりはすっかり寒くなり始めているというのに、白雪姫のうなじはしっとりと汗に湿り、頬にはほんのりと赤い色がさしていました。
 薄暗い森の奥で、白雪姫はだんだん不安になっていました。早くお城に帰りたい、普段の白雪姫ならそう思ったことでしょう。
「……お、お手洗い……っ」
 けれど、今の白雪姫には、お城よりも先に行きたい場所があったのです。
 きゅうっとドレスのスカートの前を押さえて、白雪姫はきょろきょろとあたりを見回します。
 すっかり膨らんでしまったドレスのおなかとその下の出口をさすり、暴れ出しそうになるおしっこをなんとかなだめます。
 空になった水筒の中身は、待っている間にぜんぶ白雪姫が飲んでしまっていました。狩人が居なくなってから、お昼も食べずにいたせいで、いけないとは思いながらも我慢できず全部飲みほしてしまったのです。
 それがゆっくり時間をかけて、白雪姫のおなかの中の、『おひめさま』の奥にあるおしっこの容れ物にたっぷりと溜まっているのです。いまや大きく膨らんだ容れ物は、ぶるぶると震え出しそうにぱんぱんにはりつめていました。
 足の付け根は自然に緊張し、大切な『おひめさま』がひくんひくんと収縮します。
 もう、白雪姫はそんなに長くがまんできそうにありませんでした。
「でも……勝手に、ここを離れたりしたら……」
 狩人は、ここで待っていて欲しいと言ったのです。勝手に動いたりしたら、迷子になってしまうかもしれません。そう思うと、ここを離れてお手洗いを探しにいくことはよくないようにも思えます。
 実はもうとっくに、白雪姫は迷子になっているのですが、もちろん白雪姫はそんなことを知らないのでした。
「……で、でも……っ」
 また、きゅうっとおなかの奥でおしっこがぶるりと震えるのを感じ、白雪姫はいてもたってもいられなくなってしまいます。
 震える脚で立ち上がって、白雪姫はぐるぐると広場を歩き始めました。時折がまんできなくなって、ぎゅっと『おひめさま』を押さえてしまいます。
 右回り、左回り、時には立ち止まって、またその場で足踏み。
 そわそわと、狩人が走っていったほうを見ては、もじもじと膝を擦り合わせます。
「や、やっぱり、もう……っ」
 交互にかかとを上げながら、白雪姫はとうとう小さく叫んでしまいます。ちょっと油断するとたちまち内側からふくらみそうになる『おひめさま』の圧力に耐えるため、ドレスの前から両手が離れなくなっていました。
 おしりはちょこんと後ろに突き出して、アヒルのように不恰好な中腰。両脚はいまにもその場にしゃがみ込んでしまいそうにぶるぶると震えています。
「……お……お手洗いっ……。ご、ごめんなさい狩人さんっ、……すぐ、戻りますからっ……」
 長いがまんの末に音を上げて、白雪姫はとうとう待ち合わせの場所を離れて、お手洗いを探す決意をしました。
 すっかり暗くなった森の中に踏み込んで、白雪姫は慎重にあたりを確認しながら進んでゆきます。小さな枝を踏むぱきんという音にも背中をすくませながら、白雪姫はなんどもなんどもあたりを見回します。
「…………っっ」
 けれど、当たり前のことですが、ここは深い森の中です。こんなところに、白雪姫がが用を足せるような、ちゃんとしたお手洗いなんてあるはずもありません。それどころか入り組んだ森の中は道もはっきりしておらず、白雪姫はすぐに迷ってしまいました。
「え、ええと……あれ? ……さ、さっき、こっちに来たはずなのに……」
 慌てて元来た道を引き返した白雪姫ですが、もう手遅れです。ちゃんと元通りに来た道をたどったはずなのに、さっきの切り株のある広場に戻ることができません。
「あ……そ、そんな……」
 不安にきゅうっと白雪姫の小さな胸が締め付けられます。
 そして、それと連動するように、おなかの奥でもきゅうっと、おしっこの溜まった入れ物が縮まろうとします。
「ぅあ……っ!?」
 きゅんきゅんとうずくお腹の圧力に耐えかねて、白雪姫はたまらずに『おひめさま』をスカートの上からぎゅうっと抑え込んでしまいます。
 けれど、そうやってぎゅうっと握った『おひめさま』の奥では、白雪姫の気持なんか無視して、おしっこの出口がふくらみそうになるのです。
「あ、や、いやぁ……」
 白雪姫はふわふわのスカートをバニエの上からきつく握り締め、口をかたく引き結んで、いっしょうけんめいがまんをします。
「あ、あっ、だめ、だめっ……」
 小さく揺れる腰と、上下するおしり。
 けれど一旦ふくらみだした熱い流れは止まることなく、まるで堰を切った鉄砲水のように、一目散に出口へめがけて殺到してゆくのです。
「ぁ、あっ、ぁっ……っ!!」
 白雪姫がとうとう悲痛な声と共に、その場にしゃがみ込んでしまおうとした、そのときでした。
 何の前触れもなくがさっ、とすぐ近くの茂みが揺れて、そこから小さな何かが飛び出してきたのです。
「……ん、なんだい、あんた?」
 白雪姫は、あまりのことにびっくりして、答えることができませんでした。



 (続く)


 (初出:書き下ろし)
[ 2009/08/02 21:18 ] WetMarchen | トラックバック(-) | コメント(-)

第11夜 赤ずきん 


「じゃあママ、行ってくるわね」
 お気に入りの赤いフードつきのコートを羽織り、手には大きなバスケット。とんとんと靴のかかとを叩いて、赤ずきんは元気に言いました。
「ええ、いってらっしゃい。森の中ではオオカミには気をつけるのよ」
「平気よ、オオカミなんかぜんぜん怖くないわ。追っ払ってやるもん」
「本当に気をつけてね、もし何かあったら、すぐに狩人さんを呼ぶのよ」
「わかってるわ、ママ。いってきます!!」
 台所から顔を出したお母さんが心配そうな顔をして見送る中、赤ずきんはそう答えると、家から続く、森の小路を歩き出します。
 うららかな日差しはぽかぽかと暖かく、雲ひとつない青空は見上げているだけでうきうきと心が躍ります。赤ずきんは小さく歌を口ずさみながら、スキップをはじめました。
「ああ、本当にいいお天気! 何か、とっても楽しいことがありそうね」
 抜群のお天気に恵まれて、フードの下でキラキラと目を輝かせ、赤ずきんといったら、もう楽しくて楽しくて仕方がないというようです。
 放っておいたらバスケットを放り出して、どこか別の場所に遊びにいってしまいそうでした。もう、すっかりお使いだということも忘れてしまっているようです。
「……あら? あれは……」
 いろいろ思案をめぐらせながら歩いていた赤ずきんですが、ふと森の道の向こうに見慣れない人影をみつけます。
 きょろきょろと辺りを見回し、忙しなく早足で歩くその姿は、赤ずきんの知っているものでした。赤ずきんはじいっとその背中をみつめ、くすっと口元を緩ませます。
「うふふ、そうね、それもいいわね」
 そう言うと、赤ずきんはこっそりと足音をしのばせ、その子のあとをつけはじめたのでした。





 深い深い森の中、小路の端で、オオカミはすっかり困り果てていました。
「……うぅ、いったいどうしましょう……困りましたわ……」
 オオカミは尖った耳をそわそわと揺らし、可愛らしい唇を突き出して、ぐるぐるとその場を歩き回ります。
 落ち着かない足元と、元気のないしっぽ。笑うと覗く愛くるしい八重歯も、きゅっと結ばれた口元の奥に隠れてしまい、元気に跳ねる左右に括られた薄茶の長い髪も、今日は頼りなげにふらふらと揺れるばかりでした。
 オオカミは決して、村の人たちや動物たちが言うような乱暴者ではありません。ただ、ちょっと力だ強いだけの普通の女の子なのです。しかし、人間や森の動物たちは何故かみなそろってオオカミを怖がるので、オオカミはできるだけみんなを脅かさないように森の中で暮らしているのでした。
 けれど昨日、オオカミのお家に突然、鉄砲をかついだ狩人がやってきたのでした。乱暴者のオオカミを追ってきたという狩人に棲家を追われ、オオカミはそのまま一晩中歩き続け、疲れ果ててここで途方にくれていたのでした。
「……はぁ……」
 ため息と共に深く俯いて、オオカミは重くなった手足をそっとさすります。お家を飛び出してから夜じゅう歩き通しで、体じゅうがすっかりくたびれていました。昨夜はすこしも眠っていません。
 けれど、どこで狩人と出くわすとも限らないので、棲家に戻るわけにもいきませんし、かといって村に行こうにも、狩人を寄越した人間たちが黙っているわけもありません。狩人が歩き回っているせいで森の動物たちもいつも以上にひっそりと棲家に閉じこもり、オオカミに答えてくれないのです。
 このままではオオカミは今夜も寝るところがなく、またお外で夜を明かさねばならないでしょう。
「うぅ……っ、あ、だ、だめ……っ」
 それに、オオカミにはもっともっと困った事態が訪れていました。
 そわそわとあたりを見回し、さりげなく伸びた手のひらがそっと、可愛らしいキュロットの上から脚の付け根に添えられます。内股で小刻みな足取りはおぼつかなく、オオカミの足跡は小路をふらふらと左右に揺れていました。
「はうっ……くうぅ……っ!」
 だめ、と思う間もなくじくん、と身体の奥にイケナイ感覚が響きます。思わず気が緩みそうになり、オオカミはぎゅっと唇を噛んで息を詰めました。ちりちりと脚の付け根を焦がす甘い痺れはますます強くなり、いくら身体をよじってもおさまる様子がありません。
(ど、どうしましょう……ほ、本当に……あっ、う……)
 差し迫った限界は、じりじりと高まり続け、ますますオオカミを焦らせます。
 とうとう耐え切れなくなり、オオカミは両手をきゅうっと股間に押し当ててしまいました。みっともなく中腰になってお尻を突き出し、もじもじとその場で足踏みダンスを始めてしまいます。
(ぉ……おトイレ…っ……)
 切なく疼く下半身の欲求を感じながら、オオカミは縋るようにあたりを見回しました。
 昨夜、お家を追い出されてから、オオカミは一度もトイレに行っていませんでした。昨夜から我慢し続けているオシッコは、そろそろ限界に近く、おなかの中では限界間近に迫った水面がたぷたぷと揺れています。もはや、オオカミのおなかの中のダムはいつ決壊してもおかしくない状況なのでした。
「……は、早くしないと、もう本当に……っ……で、ですけれどっ……」
 もじもじ、くねくね、オオカミの足が重ねあわされ、膝が擦り合わされます。
 森の中をさまよい歩き続け、もうどうしようもなくなってしまったオオカミはさっきからずっと、ひとけのないちょうど良い高さの茂みを前に、そこでおトイレを済ませてしまおうかどうかと思い悩んでいたのでした。
 もちろんオオカミだって普通の、お年頃の女の子です。おトイレ以外の場所でオシッコをするなんてとんでもないことです。だからオオカミは、朝早くからずうっとおトイレを探し続けていました。けれど、森の動物はみんなオオカミを怖がっているので、おトイレを借りるどころかまともに話も聞いてもらえません。
 とうとう森じゅうの動物にそっぽを向かれ、オオカミはほんとうに行くところをなくしてしまっていたのです。
(お、おトイレ……行きたい……っ、も、もぉ、出ちゃいそう……っ……で、でも、こんなトコロで、おトイレなんか……は、はしたない、ですわよ……っ)
 おヘソの裏側で、ちりちりといけない感覚が高まってゆきます。
 目の前の茂みの誘惑と、女の子としてのプライドが、オオカミの心の中で激しく戦っていました。オオカミはみんなが思っているのよりもずっと、恥かしがりやの女の子なのです。
 けれど、誰もおトイレを借してくれないのであれば、いつか決断しなければなりません。いつまでも我慢を続けていられるわけもなく、意地を張ったまま、本当に限界が来たら、――それこそ最悪の事態になってしまうことでしょう。
 もじもじと腰を揺すりながら、いったいどれほど経ったのでしょうか。
「……し、仕方ありませんわ、は、恥かしいですけれど、緊急事態ですもの……っ」
 ぼそぼそと、誰に言うでもなく言い訳をして、顔を真っ赤にしたオオカミは茂みの中に分け入ってゆきます。
 もう周りを見回す余裕もないオオカミが、そのままぎゅっと目を閉じ、キュロットの留め金に手をかけてしゃがみ込もうとした、その時でした。
「あら、オオカミさん? こんなところでどうしたの?」
 まったく唐突に、オオカミの背中から元気な声がかけられます。
 いままさに、誰にも見られないようこっそりとおトイレをはじめようとしていたところにいきなり名前を呼ばれたものですから、オオカミは飛び上がらんばかりに驚きました。
「……っ!?」
 口から飛び出しそうになった悲鳴と、あそこから飛び出しそうになったおしっこをぎゅっと押さえ込んで、慌ててキュロットの留め金を止めなおし、オオカミは茂みから飛び出します。
 そこにいたのは、にこにこと笑顔の赤ずきんでした。いつもの赤いフード付きのコートを着て、大きなバスケットを下げて、不思議そうにこくんと首を傾げています。
「どうかしたの? そんなところに隠れて。ひょっとしてかくれんぼでもしてたのかしら。……わたし、オオカミさんの邪魔をしちゃった?」
「あ、赤ずきんちゃん……。い、いえいえ、な、なんでもありませんのよ、ちょ、ちょっとご用事があっただけですの」
 ご用事。
 まさか、その大事なご用事が、オシッコをしようとしていただなんて答えるわけにはいきません。オオカミは慌てて手を振って、なんでもないですのと答えます。けれど、赤ずきんはますます首を傾げます。
「ええ? そうかしら。なんだかあやしいわ。まさかオオカミさん、なにか悪いことを考えていたんじゃないの? ……たしか、狩人さんがオオカミさんを探しているのよね?」
「ち、違いますわ!! そんなことはありませんわよ!! あ、あれはただの誤解なんですの!! わ、わたくしは別に、だれも食べたりなんかしませんもの!!」
 これはまったくその通りでした。これまでオオカミはいちども、森の動物や人間を食べようとしたことなんてありません。けれど、誰かがいなくなったり、姿が見えなくなると、誰も彼もがオオカミのしわざなのだと噂するのです。オオカミはいつも、涙をこらえて心を痛めていたのでした。
 けれど、オオカミがいくら言っても信じてはもらえません。だって、オオカミはオオカミなのですから。
「そうなの? なんだか怪しいわ。……まさか、オオカミさんたらわたしを油断させて食べようとしてるんじゃんないのかしら? 茂みに隠れていたのも、そのためなの?」
 危ないものを見るように、赤ずきんが後ずさります。不穏な空気を感じ、オオカミは必死に首を左右に振りました。左右の髪がぴょこぴょこと跳ねます。
「し、信じてくださいまし。わたくしは、そんなことは絶対にいたしませんわ!! 神様に誓って、ぜったいに!!」
「そうなのかしら……」
 赤ずきんはなおも疑り深く様子を窺っています。いまにも誰かに助けを求めに走り出しそうに身構える赤ずきんを前に、オオカミは気が気ではありませんでした。
 森の中にはまだ狩人がいるはずで、もし赤ずきんを助けに狩人がやってきたら、鉄砲で撃たれてしまうかもしれないのです。
「……じゃあオオカミさん、いったいなんで隠れてたの?」
「そ、それは……」
 聞かれたくないことを聞かれてしまい、オオカミは言葉に詰まってしまいました。まさか、女の子なのにお外でおトイレをしようとしていたなんて言えるわけありません。
 オオカミは真っ赤になって俯いてしまいます。
 そして――
(んうっ……!?)
 その恥かしさに反応するように、オオカミのお腹のなかで、じんじんとおトイレに行きたい感覚が膨れがあっていきます。あと少しで外に出るはずだったオシッコは、赤ずきんのせいで突然ストップを命じられ、引っ込みが付かなくなったまま、オオカミの下腹部で大暴れをしていました。
(あ、やだ、出ちゃう、でちゃうっ!!)
 押し寄せるオシッコの波が、オオカミの敏感な部分に集まってゆきます。立ったまま、オシッコが始まってしまいそうな緊急事態でした。
 それを押さえ込もうと、オオカミは両手でぎゅっと脚の付け根を押さえ、その場で大きく足踏みをはじめてしまいます。おなかの下のほうに、今にも吹き出しそうなオシッコを抱えながら四苦八苦するオオカミを見て、赤ずきんはくすくすと笑います。
「あは、どうしたのオオカミさんったら。やっぱりなにか様子がヘンよ。なにか悪巧みをしているんじゃないの? ねえ、どうして隠れていたの? さっきのご用事ってなんなのかしら? ねえ、教えて、オオカミさん?」
 真っ赤なオオカミの顔を下から覗きこむように、背中を屈めた赤ずきんは、くったくのない表情でオオカミを見上げます。
「ねえどうしたの、オオカミさん? 顔が真っ赤よ? やっぱり、茂みに隠れたりして、わたしを気付かれないように襲って食べようとしてたのかしら? もしそうなら、狩人さんに知らせなきゃ! オオカミさんが悪いことをしようとしたって!」
「そ、そんなことは……っ、あ、ありませんわ……。で、ですから、狩人さんはよ、呼ばないでくださいまし……」
「ふうん……」
 本当のことが口に出せず、口ごもってしまうオオカミを見て、赤ずきんはますます眉をよじらせていました。
 いよいよ陥った最大のピンチに、オオカミは焦ります。
(……ああ、ど、どうしましょう、もし狩人さんをよ、呼ばれたら、逃げられないかもしれませんわ……こ、こんな状態じゃ……)
 いつもなら、鉄砲が相手でもなんとかなるかもしれませんが、オシッコを我慢したままのおぼつかない足取りで、全力疾走なんでできるわけありません。
 ぐるぐると巡る頭の中で、オオカミはどうしていいか分からなくなってしまいます。赤ずきんに本当のことを話すわけにもいかないですが、黙ったままでは本当に狩人を呼ばれてしまうかもしれません。
(あぅ……だ、だめ、も、もう……が、我慢、できませんわ……っ……)
 そして、もう意地を張っている場合ではないのです。
 よおく考えてみると、これはオオカミにとってチャンスでもありました。これまで怖がって逃げ出すばかりだったほかの動物たちとは違って、赤ずきんはオオカミを怪しんでこそいますが、怖がる様子がありません。
(は、恥かしいですけれど……仕方ありませんわ……っ)
 オオカミは覚悟を決め、恥を忍んで口を開きます。
「っ、あ、あの……その、赤ずきんちゃん……は、はしたない話で、申し訳ありませんですけれど、わたくし、その……ちょっと、お花摘みに参りたいんですの……」
 お花摘み(オシッコ)。
 顔から火が出そうな恥かしさをこらえて、オオカミは我慢し続けたオシッコのことを口にします。そうしている間にも、ざわざわと波間がうねり、大きな尿意の津波が押し寄せてくるのです。
「そ、その、どこかに……できる場所は、ありませんこと? ……ご存知でしたら、教えて欲しいのですけれど……」
「へえ、お花摘み? なあんだ、それなら早く言ってちょうだいよ。疑ったりしてごめんなさい。オオカミさん
 きょとんと瞬きする赤ずきんは、少し驚いた様子で、そうなのかと腕組みをして納得したようでした。
「お花摘みかぁ。オオカミさんも恥かしいんだ、そういうの?」
「え、ええ……」
 オオカミはぎゅっと俯いて、小さく頷きます。
 そして、赤ずきんは笑顔のまま、そんなオオカミの手をぎゅっと握ります。
「オオカミさんも女の子なんだね。いいわよ、連れて行ってあげる」
「え、あ」
 思っていた以上にしっかりと手首を掴まれ、オオカミはうろたえます。
「あ、あの、わざわざ案内していただかなくてもいいですわ、場所さえ教えていただければ――」
「いいからいいから。遠慮しないで、とっときの場所があるのよっ♪ ちょうどわたしも行こうと思っていたところだったの、一緒に行きましょうよ、オオカミさんっ」
 思いも寄らぬ赤ずきんの言葉に、オオカミは困惑してしまいます。
 だって、誰かと一緒にお花摘み(オシッコ)に行くなんて、オオカミはこれまで一度もしたことがありません。まさか、並んでいっしょにおトイレをしようというのでしょうか。
「ちょ、ま、待ってくださいまし、そんな、引っ張らな……ぁうっ!?」
「ふんふーん♪」
 けれど、赤ずきんはオオカミのことを気にする様子もなくそのままずんずんと歩き出してしまいます。
「う、うぁ……くぅぅ…っ」
 手を掴まれ、足元が不安定なままでは踏ん張ってこらえることもできません。おなかをぱんぱんに満たすオシッコを我慢しながら、オオカミは引きずられるようにして付いて行くのが精一杯でした。





「さ、付いたわ。ここよ。すごいでしょ?」
 胸を張って赤ずきんが言います。
 オオカミが連れてこられたのは、森のしばらく奥にある小さな広場でした。なぜか森の木々が枝を避け、ぽっかりと空を明けたそこには、色とりどりの花が一面に咲いています。
 満面の笑顔で、赤ずきんは先を続けます。
「ね? 綺麗でしょ、ここってわたしの秘密の場所なの。ここならいっぱいお花摘みができるわ。わたしのお祖母ちゃんは、お花が大好きなのよ。持っていってあげたらきっととっても喜ぶわ」
「っ……」
 なんということでしょう。赤ずきんが案内してくれたのは、お手洗いの場所ではなく、本当のお花摘みのための場所でした。期待していた場所とはまったく違う光景に、オオカミは途方にくれてしまいます。
「さあ、オオカミさん、手伝ってちょうだいね。わたし、お祖母ちゃんのためにお花の冠を編んであげたいの」
「え、ええっ?!」
(そ、そんなことしてる場合じゃありませんのにっ……)
 オオカミのおなかの中では、いまも出口を求めてオシッコが暴れているのです。こんなところで悠長に花冠なんか編んでいたら、それこそ絶対に間に合わなくなってしまうでしょう。それどころか、お花を摘んでいる間に限界がやってきてしまうかもしれません。
「でも、オオカミさんがお花摘みが恥かしいなんて思わなかったわ。女の子みたいだって思われるのが嫌なの? オオカミさん、そんなに可愛いんだから、遠慮することはないと思うの」
 すっかり勘違いしている様子の赤ずきんに、オオカミは慌てて声を上げます。
「ち、違うんですの、赤ずきんちゃんっ、その、そういう意味ではありませんのっ!!」
「ん? 違うって何が?」
「そ、そういうことじゃ、なくて……そ、その、お花摘みに……、あの、ぉ、お…っ…こ…が……」
「だからお花摘みでしょ? オオカミさんも手伝ってくれるのよね。優しいなぁ。優しいオオカミさんは大好きよ」
 にこにこと、悪意などカケラもないような素敵な笑顔で赤ずきんちゃんが言います。オオカミは難しい言葉遣いをあきらめてなんとか誤解を解こうとするのですが、『オシッコのことなんですの』という言葉は、恥かしさで喉の奥に引っかかるばかりでした。
 いくら促しても手伝ってくれる様子のないオオカミを見て、赤ずきんはまた表情を曇らせます。
「……それとも、やっぱりオオカミさんは悪いオオカミさんなのかしら? わたしを誰もいないところまで連れて行って、食べちゃおうとしているの? そうだとしたら大変、やっぱり狩人さんを呼ばないと――」
「で、ですからそれは誤解ですわ!! お、およしになってくださいましっ!!」
 狩人のことを言われると、オオカミはもう強くは出られません。
 なによりも、赤ずきんの白くて小さな手のひらオオカミの腕をぎゅっと掴んだまま、離しませんでした。もし無理にふりほどこうものなら、赤ずきんはたちまち大声で狩人を呼ぶことでしょう。近くに狩人がいようものなら、駆けつけてくるなりあの鉄砲でずどんとやられてしまいます。
 赤ずきんの有無を言わせない迫力に、オオカミは口から飛び出しかけた『おトイレに行きたいんですの』という言葉を飲み込むしかありませんでした。
「さあ、はじめましょうオオカミさん!」
 赤ずきんはさあ!とばかりにお花畑に腰を下ろすと、鼻歌を再開しながら、近くの花をせっせと集め始めます。オオカミも仕方なしにそれに付き合うしかありませんでした。
 まさか、赤ずきんちゃんの見ている前でオシッコが始められるわけもありませんし、そもそもお花畑のような見晴らしのいい場所の真ん中でなんて、とてもではありませんがおトイレはできません。
(こ、こうなったら、すこしでも早く終わらせて、それからお手洗いに……っ。そ、そうですわ、お手伝いのついでに、赤ずきんちゃんのおうちで、お手洗いを借りてもいいですし……)
 とんでもない回り道ですが、仕方ありません。
 赤ずきんの誤解を解くには、おとなしく花集めを手伝って、赤ずきんを襲うつもりがないことを示すくらいしかないのです。そう決めると、オオカミもそろそろと腰をかがめ、赤ずきんに続いて花を集め始めました。
「んぅっ、く、ふっ……」
 さて。女の子がお外でおトイレに行くことを“お花摘み”というのは、草むらの中でしゃがんでいる様子を誤魔化すためだという話があります。その言葉どおり、一面に咲いた花園から、たくさんの花を集めるには、どうしてもしゃがみ込んでいなければなりません。
 けれど、オシッコを我慢しながらしゃがみ込むのは限界寸前のオオカミにとって地獄のような苦しみでした。なにしろ、しゃがむというこの格好はオシッコをするための格好で、おトイレを我慢するには一番不向きなのです。
「んぅ、ふぁ、ぁうぅっ……」
 いまにも我慢の水風船がぱちんと破裂してしまいそうで、オオカミは立てたかかとにぐりぐりとあそこをおしつけて、腰をよじらせます。
 服を着たままとは言え、おトイレのためのしゃがんだ姿勢では、なにか、他に支えがなければオシッコがじゅわじゅわと漏れ出してしまいそうなのでした。
「ふぅ、はぁ……あぅうっ……」
 ですから、オオカミのお花摘みはまるではかどりません。手も指も震えて、上半身も緊張したまままっすぐぴんと伸びたままです。
 お花摘みどころかはしたなく身をよじるばかりのオオカミを見て、赤ずきんが不満げに顔を上げました。
「ねえ、どうしたのオオカミさん? さっきから全然手が動いてないわ。手伝ってくれるんじゃなかったのかしら?」
「え、ええ、でも、そのっ」
 これはいけないと思い、もじもじと腰を揺すりながら、オオカミは答えます。赤ずきんにこれ以上怪しまれるわけにはいきません。
 けれど、オシッコを我慢するのに身体じゅうを使わなければならず、もうそれだけで精一杯のオオカミは、そのまま動くこともできず、震える手の中から、ほんの少しだけ摘んだお花もぽろぽろとこぼしてしまいます。
 それを見ている赤ずきんの表情は、どんどん険しくなっていきました。
「ねえオオカミさん、オオカミさんはわたしのお祖母ちゃんなんかどうでもいいのかしら? ……やっぱりそうね、オオカミさんはわたしをだまして食べちゃう気なのね? そうだわ、最初はお芝居していたのだけど、もう我慢できなくなったのよ」
「そ、そんな……ご、誤解ですわ……」
 確かに我慢できなくなったのは本当のことですが、我慢できないのはまったく別のものなのです。身体を震わせ、ぎゅうっと唇を閉じたままでは、思うようにオオカミの口は回りません。
 もともとオオカミは恥かしがり屋なので、口下手なのです。ひとりで早合点する赤ずきんを、説得するのは無理なのでした。
「……信じてたのに、オオカミさんはやっぱり悪いオオカミなんだわ。すぐに狩人さんに言いつけて鉄砲で追っ払ってもらわなきゃ!!」
「ち、違いますのっ。そんな、そんなことを仰らないでくださいましっ。わ、わたくしは――」
 うまく言い訳をしようにも、ダムの決壊を塞き止めるための我慢の真っ最中で頭の真っ白なオオカミの口は、はぁはぁと熱い息をこぼし、食いしばる歯の間からよだれがこぼれてしまうばかりです。それはますます、赤ずきんを、食べようとしているのだと誤解させてしまうようでした。
 そうこうしているうちに、とうとう赤ずきんはオオカミのそばをだっと離れ、大きな声で叫びます。
「狩人さーんっ!! オオカミさんが、悪いオオカミさんがここにいますよーっ!!」
「や、やめてくださいましっ!? 赤ずきんちゃんっ!!」
「狩人さぁあーーーんっ!!!」
 それはまるで森中に響くような大声でした。あたりの鳥が驚いて、ばさばさっと木を揺らして一斉に飛び立ちます。
「狩人さーんっ、助けてぇーーー!!」
「っ……!!」
 こうなってはもうどうしようもありません。オオカミはがばっと身をひるがえすと、風のようにお花畑を駆け抜けて、森の奥に飛び込みます。狩人が駆けつける前に、少しでも遠くへ逃げなければなりません。
 ふらふらと頼りない足元に、必死に力を入れながら、オオカミは後ろも振り返らずに走り出します。
 このとき、オオカミがちらりとでも赤ずきんのほうを振り返っていれば、この後起きたことは変わっていたかもしれません。けれど、オオカミにはもうそんな余裕はまったくありませんでした。
 なおも大きな大きな声で狩人を呼び続ける赤ずきんから、一目散にオオカミは逃げ出していきました。
 




 逃げて、逃げて、がむしゃらに走って。いったいどこをどう逃げ回ったことでしょう。
 オオカミは、いつしか森のなかの小さな小路に戻っていました
 さっきまで歩いていた場所とはまた違う道のようで、オオカミの知らない道でした。
「はあ、はあ、はあ……」
 オオカミは荒い息をつきながら、きょろきょろと周りを見回します。
 いまにもそのあたりの森から、鉄砲を担いだ狩人が、忠実な猟犬を連れて出てくるのではないかと、ただでさえ全力疾走で早鐘のような心臓がいまにも口からとびだしてしまいそうです。
 けれど、いくらオオカミもいつまでも走り続けていられるわけもありません。とうとう、歩くこともできなくなり、ふらふらと近くの木に寄りかかってしまいます。
(理不尽ですわ……な、なんでわたくしばかり、こんな目に遭わなくてはなりませんの……?)
 やるせなさに涙をこらえ、目元をぬぐうオオカミ。
 それでも、しばらく耳を済ませて様子を窺ってみても、狩人が追ってくる様子はありませんでした。とりあえずすぐに追いかけられることはないと分かった途端、どっと疲れがやってきます。
(はあ……もう、散々ですわ……)
 がっくりとうなだれ、オオカミは俯きました。
 もう、あさからまるっきり不運続きです。
(でも……まあ、逃げられましたから、とりあえずは……)
 目の前の脅威からはなんとか逃れたのは、それでも数少ない幸運でしょう。はあ、とオオカミが深呼吸と共に、安堵の息を吐いたその時です。
 ぎゅうっとお腹の下にイケナイ感覚が蘇りました。
 我知らず、オオカミの腰がぶるるっと震えます。それはたちまち痺れのように背中へと走り、尻尾の先から耳の先端までを貫きました。
「はううぅっ……っ!?」
 猛烈な感覚が、思わず口を突いて飛び出します。
 狩人の恐ろしさでいっときは忘れていたオシッコが、また大きな波になって出口に押し寄せてきているのでした。いえ、今度の波はそんな生易しいものではありません。まるで陸地を丸ごと飲み込むような津波のようでした。オオカミはたまらず両手でぎゅっと脚の付け根を押さえ込みます。
「うぁ……っ……」
(あ、ああ、だめ、お、お手洗いに、は、はやくっ……)
 猛烈な尿意が、オオカミの一番脆く敏感な場所に集中してゆきます。股間の先端にあるそこはぎゅっと閉ざされてはいますが、本当は小さな孔が開いていて、水を塞き止めておくにはあまりに不向きな場所なのです。
 キュロットの奥でじゅ、じゅわ、といけない水音が響き、じわじわと熱い雫が足の付け根に広がってゆく感覚に、オオカミはぞっと背中を震わせました。
「ぅあ、はぁあ……っ、だ、だめぇ……」
 オモラシの予兆となるおチビリに、オオカミはぱくぱくと唇を動かします。
 まるでオオカミの気持ちなんか無視して、身体のほうが勝手にオシッコを絞り出そうとしているようでした。ほとばしりそうになる水流を懸命に押さえ込みながら、オオカミはからだをくねらせます。
 お花畑からでたらめに逃げ出したため、オオカミはいま自分が森の中のどこにいるのかもわかなくなっていました。赤ずきんのお家の場所も分からず、もう駆け込めるおトイレはどこにもありません。
 森の真ん中で、おトイレにいきたくてたまらなくなってしまったまま、オオカミは一歩も動けなくなってしまいました。
(で、でちゃう……っ)
 このオシッコの波は、もうおトイレまでなんとか我慢しようとか、そんな風に考えられるものではありませんでした。
 ほんの少しでも気を抜けばこのままオシッコが始まってしまいそうです。オオカミは少しでも尿意を和らげようと、重ねた手のひらの下でぎゅうっと両脚を交差させ、膝を重ねてぐりぐりと身をよじります。
 そうやってする我慢は、おトイレまで歩いて行くためのものではなく、おトイレに駆け込んで、ドアに鍵をかけてキュロットと下着を下ろしてオシッコをはじめるまでの間にするような、わずかな時間かせぎのための我慢です。
 もはや、オオカミが恥かしさをかなぐりすてて、近くの茂みに飛び込もうとしたそのときでした。
 ふと見上げた先に、ちいさな煙突が見えます。
 それは、赤い壁に白いドアの、小さなお家でした。
「お、お家ですわ……っ!!」
 天の助け。不運続きの自分を見放していなかった意外な幸運に、思わずオオカミは声を上げてしまいます。まさかこんなところに誰か住んでいるなんて思いもしなかったものですから、まるでオオカミにはそのお家が光り輝いているように見えました。
(あ、あそこなら、お手洗いを借りれますわっ……!!)
 オオカミは大喜びで、よちよち歩きのままそのお家に小走りで駆け寄ります。我慢の延長戦に突入し、もうほとんど余裕のないオオカミは、膝を擦り合わせ、足踏みを繰り返し、がくがくと腰を波打たせて、ドアをノックします。
「も、もしもし、どなたかいらっしゃいませんか!!」
 掠れた声とノックに返る返事はありません。けれど諦めるわけにもいかず、オオカミはもう一度、ドアを叩きます。
「あ、あの、どなたかいらっしゃいませんかっ!?」
 相変わらず返事はありませんでした。
 けれど、さっきよりも力強いノックに、揺れたドアがぎぃ、と軋み、そのまま内側に動きてゆきます。なんと、お家のドアには鍵がかかっていないようでした。
 無用心だなどと思う暇もなく、オオカミはたまらず、ドアを押し開けて玄関に踏み入れてしまいます。明かりのついていない部屋の中は、薄暗く、人の気配もありません。
 オオカミは無人の部屋の中に、また声を上げて呼びかけます。
「も、申し訳ありませんっ、あの、誰もいらっしゃいませんの? ……あ、あの、その、お、お手洗いをお借りしてもよろしいでしょうか……?」
 しんと静まりかえったお家の中からは、やはり返事はありません。
「ご、ごめんなさい……か、勝手にお借りします……!! ……も、もう、わたくし、我慢できないんですのぉっ……!!」
 もはや、オオカミになりふりかまっている余裕はないのです。たとえ後で怒られたとしても、オモラシをしてしまうよりはマシでした。
 玄関から駆け込んだオオカミは、部屋の中をぐるりと見回し、玄関の少し奥に待望のトイレのマークを発見します。
 そこに、まっすぐ突撃しようと、両手をぎゅっと前に重ねたままオオカミが走り出そうとしたときでした。
「おばあちゃんこんにちわ、お見舞いに来たわ! ……あら?」
 背中から響いた聞き覚えのある声に、オオカミは凍りつきました。
 恐る恐る振り返ったオオカミの視線の先、押し開けられたドアの向こうから、ちょこんと赤いフードの女の子が顔を覗かせていました。
 開いたドアをこんこんとノックし、なんとさっき別れたばかりの赤ずきんが目を丸くしてオオカミを見ていたのです!
(な……なんで、どうして、こんなところに赤ずきんちゃんがいらっしゃるんですの……っ!?)
 まさか、ここが赤ずきんのおばあちゃんの家なのだとは、オオカミにはすぐには思い当たりませんでした。
 パニックになって頭が真っ白になってしまったオオカミを前に、赤ずきんはくすりと笑って、後ろ手にドアを閉めます。
(や、嫌……)
 今度こそ、狩人を呼ばれてしまう。オオカミはぶるぶると震え、そのまま床にへたりこんでしまいます。
 けれど、赤ずきんはいつまで経っても助けを呼ぶ声を上げる様子はありませんでした。それどころか、くすくすと、イジワルな笑顔すら浮かべて、オオカミのそばにちょこんと腰を屈めます。
「……あ、あの、赤ずきんちゃん……?」
 何がおきているのか分からず、オオカミは呆然とたずねます。
 赤ずきんはそんなオオカミにすっと手を差し伸べて、こういいました。
「あらお祖母ちゃん、どうしたの? 起きてていいの? 具合が悪いんだから寝ていなくちゃダメよ?」
「え……?」
 一体何のことかわからず、目を白黒させるオオカミ。
「病気だって聞いたから、心配して見に来たの。ほら、お花もたくさん摘んできたのよ。ママからのお土産もあるわ!」
「あ、あの……え、ええと……」
 困惑するオオカミは、わけも分からずに目をぱちくりとさせます。いくらなんでも、赤ずきんにオオカミと赤ずきんのおばあちゃんが見分けも付かないはずがありません。なにしろ、ついさっきまでオオカミは赤ずきんと一緒にいたのです。
 けれど、赤ずきんはそんなオオカミにはいっこうに構わず、オオカミに話しかけるのを止めませんでした。
「え、その、あのっ」
「ほら、ベッドまで連れて行ってあげるわ、お祖母ちゃん」
 くすくす、と笑いながら、赤ずきんはぎゅっとキュロットの足の付け根の上で重なったままのオオカミの手のひらを無理矢理引き剥がし、ひっぱりました。
「うぁあっ……!?」
 ちょうど、両手のひらと足のクロス、両方の力をあわせてようやくオシッコを塞き止めていたところを、いきなり手のひらの力がなくなったものですから、オオカミはたちまち我慢ができなくなってしまいました。
「ダメ、で、出ちゃうぅっ!!!」
 オオカミは声を上げて、がくがくと震える脚をぎゅっと股間におしつけ、オモラシが始まってしまわないように下腹部を床にねじりつけます。しかしそんな努力も空しく、オオカミの股間の先端からはじゅわ、じゅわ、と熱い雫がほとばしり始めてしまいました。
「あ、赤ずきんちゃん、止めてくださいましっ、あ、あの、も、もう我慢できませんのっ!! わ、わたくし、お、オシッコ……おトイレに、行きたいんですのっ……」
 とうとうオオカミははっきりオシッコを我慢していることを叫んでしまいます。
 もはや我慢が持たないと知って、オオカミは必死でした。ここは人のお家の中です。絨毯や床を汚してしまうわけにはいきません。
 けれど、赤ずきんときたらオオカミの声が聞こえているはずなのに、ただくすくす笑うばかりなのです。
「おばあちゃん、苦しそう……よっぽど具合が悪いのね……さあ、早く横にならなくちゃだめよ」
 立ち上がれないオオカミを引きずるようにして、赤ずきんはお家の奥へと連れて行こうとします。そちらはおトイレとまったく反対の方向でした。もうオモラシが始まりかけているのに、オシッコのできる場所から遠ざけられる恐怖に、オオカミはとうとう泣き出してしまいます。
「いやああ!! あ、赤ずきんちゃん、お願い、お願いですの!! わ、わたくしですの!! オオカミですの!! お、お願い、意地悪なさらないでっ……お、おトイレに行かせてくださいましっ!! もう本当に我慢ができなくなってしまいますの!! お、オモラシ……してしまいますからぁ……っ」
 けれど、聞いているのかいないのか、赤ずきんはオオカミに訪ねます。
「ねえ、おばあちゃん、どうしてそんなに顔が青いの?」
 それは当たり前です。もういつオシッコが始まってもおかしくないのですから、我慢に我慢を重ねたオオカミの顔は、すっかり血の気が引いて青ざめていました。
「あ、赤ずきんちゃんっ……お、お願いですの、い、意地悪はやめてくださいましっ、……はやく、ぉ、おトイレにぃ…っ」
 ぐうっと上半身を前に倒し、身体を二つに折ってオオカミは苦しげに叫びます。キュロットに大きな染みができ始めていました。片方だけの手のひらでは受け止めきれないオシッコが、オオカミの指の間からこぼれて、寄せ合わされた膝の間を流れ落ちてゆきます。
 けれど赤ずきんは容赦しません。
「おばあちゃん、どうしてそんなにもじもじしているの?」
「あく、あ、だめ、でちゃう、でちゃうぅ……!!」
「ねえおばあちゃん、答えてちょうだい? どうしてそんなに恥かしい格好で、もじもじしているの?」
「っ、あ、あの、オシッコが、オシッコがでちゃいそうなんですのっ!! も、もう我慢、で、できませんのぉっ……!!」
 自由になる片手と両足を使って塞いだオシッコの出口から、じょわ、じょわあ、とオシッコが噴出します。いまやオオカミのキュロットの股の部分は大きく色を変え、おしりの方にも大きな染みを作ってしまっていました。
「それにおばあちゃん、どうしてそんなところを押さえているの? 女の子なのに、とっても恥ずかしいわよ?」
「あ、あっ、あ、あっ、あ、っ、あ」
 恥かしいなんていわれても、オオカミには離すわけにはいきません。そうしたら最後、ダムは決壊して、行き場をなくしたオシッコが全部出てしまうのです。
 けれど、赤ずきんは容赦しません。楽しくて仕方がないというように微笑むと、小さく声を上げるばかりのオオカミの耳元にそっと唇を寄せます。
「うふふ、オオカミさんがおばあちゃんじゃないなんて、そんなこと分かってるわ。だっておばあちゃんは病気なんかじゃないもの。最初からお留守だって知ってるわ、わたし。
 でも、悪いオオカミさんが勝手におばあちゃんのお家にあがりこんで、こおばあちゃんのふりをしているんですもの。きっと、わたしを油断させて食べちゃうつもりだったのよね。……だから、お仕置きをしてあげるの。くすくす」
「え……っ」
「うふふ。ちゃあんと見てたのよ? 朝からオオカミさんが森の中でずうっとオシッコ、我慢しているの。お花畑でオモラシしちゃうかと思ったけど、オオカミさんたらとってもしぶといんだもの。逃げられちゃったと思って残念だったけど、まさかまた会えるなんて、とっても嬉しいわ」
「な、なっ……」
 赤ずきんの衝撃の告白に、オオカミが一瞬、油断したその時です。
「ねえ、そんなに汚して、みっともないわよ、オモラシオオカミさん?」
 そして、赤ずきんはとても女の子とは思えない強い力で、まるで石を詰め込まれたように硬い、オオカミのおなかをぐいっと押し込みました。
「~~~~……ッ!? あ、いや、ダメぇ!!!」
 それが最後でした。深く上半身を倒し、前傾になったオオカミががくんと腰を跳ねさせると、まるでその脚の間で、水気たっぷりの果物を押し潰したように、激しい水流が弾けます。
「あ、あぁ、あっ」
 ほとんど一瞬で、ダムの崩壊は始まりました。見ている間にも、たちまちオオカミの下半身がずぶぬれになっていきます。
 ぱくぱくと口を動かすオオカミの足元で水流が激しく飛び散り、絨毯と床に大きな水溜りを広げてゆきます。オオカミの視線は今もなお、引きずられ遠ざけられるトイレのドアを凝視していました。
 揃えた脚の間にホースを抱え込んだように、凄まじい勢いのオシッコが迸り、オオカミの下半身を水浸しにして撒き散らされてゆきます。ぶじゅう、じゅじゅじゅじゅうとあたり一面を濡らしてゆくオシッコが、たちまちあたりに濃い匂いを立ち込めさせてゆきました。
「本当にみっともないわ、オオカミさんったら。おばあちゃんがお留守なのをいいことに、あがりこんでオモラシなんて。わたしより大きいのに、オシッコも我慢できなかったの? 止まらないのかしら? ねえ? あはは、やっぱりオオカミさんなんて怖くないわ。だって、そんなにみっともないオモラシっ子なんだもの。くすくす……」
 赤ずきんは、泣きじゃくるオオカミを見下ろしながら、もういちどくすくすと笑うのでした。





 ……めでたし、めでたし。






 このあと、騒ぎを聞きつけてやってきた狩人は、村でも評判のいじめっ子の赤ずきんと、オモラシのショックで泣きじゃくるかわいそうなオオカミを見つけ、全てを理解しました。
 その後、赤ずきんがお母さんと狩人に夜までたっぷりと叱られ、お仕置きされてしまったのは、言うまでもありません。




 ……もう一度、めでたし、めでたし。



 (初出:おもらし特区SS図書館 2009/03/15)
 
[ 2009/04/16 22:56 ] WetMarchen | トラックバック(-) | コメント(-)

第10夜 ピーター・パン 

「よぉーしウェンディ、今日は何をして遊ぼうか。かくれんぼはこのまえやったし、鬼ごっこも飽きたなぁ。またフック船長でもからかってこようか?」
 満天輝く星空の下、今日もピーターはご機嫌でした。今日は一体どんな楽しい遊びをしてやろうかと、いたずら心をわくわくさせながら考えこんでいます。
 ここは子供の国ネバーランド。たとえどんなに夜更かししても、どんなにたくさん悪戯をしてみても、叱る大人はいないのです。いっぱい遊んで、食べたいものだけを食べていればいいのです。
 よく冷えた木苺のジュースをぐいっと飲み干して、ピーターは向かいのウェンディに訪ねます。
「ねえウェンディ、どうしようか? ウェンディ? ……うん? どうしたんだいウェンディ、さっきから全然飲んでないじゃないか。君の大好きな木苺ジュースだよ?」
「え、ええ……」
 うきうきと心を躍らせるピーターは、やけにおとなしいウェンディに首を傾げます。今夜のウェンディはなんだか妙にヘンなのでした。とっても美味しいジュースを前にしても、ほとんど口もつけないままです。
「じゃあ、アイスクリーム食べるかい? これも美味しいよ?」
「い、いらないわ……」
「遠慮なんからしくないよウェンディ。ほら」
「っ……」
 それどころか、ピーターとっておきのチョコレートアイスまで溶かしてしまう始末。
 しきりに様子を気にするピーターですが、ウェンディは俯いて、もごもごと小さくつぶやくばかり。心なしか顔も赤いようでした。何度もパジャマの裾を気にしては、椅子の上で座る位置を直し、小さく溜息を繰り返しています。
「ウェンディ、一体どうしたのさ? ヘンだよ?」
「…………、っ」
「ウェンディが食べないなら、ボクが貰っちゃうよ。あーんっ」
 ぱくぱくとアイスクリームにかぶりつくピーターを前にしても、ウェンディはじっと黙っていました。くちびるを噛んでぐっと膝をくっつけたかと思えば、今度は一転、スリッパの爪先をテーブルの下でせわしなくばたつかせます。左右の手はお行儀悪く、ぎゅうっとパジャマの上から脚の付け根に押し付けられていました。
(だ、だめ……おトイレ……っ、でちゃうぅ……っ)
 それもそのはず。ウェンディは、いまにもオシッコを漏らしてしまいそうだったのです。
(っ……やっぱり、出発する前にちゃんとおトイレに行っておけばよかったよぉ……)
 ウェンディはゆうべ、ご飯の時に何杯もジュースを飲んでいて、お母さんに『そんなにいっぱい飲むとオネショしちゃうわよ』と叱られていたのでした。でも、ちっちゃな弟ならともかく、おねえさんの自分がオネショなんかするわけないと思ったウェンディは、トイレに行かないまま寝てしまったのです。
 もし、ピーターとティンカーベルがやって来ず、あのまま朝まで眠っていたら、ウェンディは間違いなく何年かぶりにシーツにとくべつ大きな世界地図を作ってしまっていたでしょう。
 お母さんに叱られたのでむしゃくしゃしていたウェンディははそのまま窓から空を飛んでネバーランドにやってきましたが――気付けば猛烈にオシッコがしたくなっていたのでした。
「病気かい? でも変だな。ネバーランドで風邪なんかひくわけないし。ねえウェンディ?」
「そ、そうね……」
「まあいいや。そろそろ行こうよ。とりあえず今日は向こうの山まで探検だ!!」
 けれど、ピーターはそんなウェンディのことなんかまったく気にしてくれません。ピーターときたら自分のことしか喋らず、今日の遊びの算段ばかりしているのです。
(もぉ、ピーターってばデリカシーないんだからっ……気付いてくれたっていいじゃないっ)
 ウェンディも年頃の女の子です、できればはっきりトイレに行きたいなんていいたくはありません。でも、我慢しようとしても、もうそう長く持ちそうにありません。もともとベッドの中でも朝まで我慢できそうになかったのですから、このままピクニックに出かけようものなら、間違いなく途中でオモラシをしてしまいます。
(っ……)
「よし、いこうウェンディ!!」
「ピーター、お願い、ちょっと待って!!」
 おやつを食べ終えて飛び上がろうとしたピーターを、とうとう声に出してウェンディは呼び止めました。
「どうかしたのかいウェンディ? ピクニックは嫌?」
「そうじゃないわ、その、えっと……その前に、ね、ちょっと――」
 上手く言うことができず、ウェンディはかぁっと顔を赤くして俯いてしまいます。
 両手はパジャマの前に重ねて当てられたまま、もじもじそわそわと脚をくねらせるのをやめることもできませんでした。
「もう、いったいなんなんだい、ウェンディ。さっきからさ、おっかしいよ、キミってば」
 顔をハテナマークでいっぱいにして、ピーターは首を捻るばかりです。ネバーランドの永遠の子供であるピーターは、そもそも誰かのことを考えたり案じたりというのがとても苦手なのでした。だから、そんな自分の振る舞いがますますウェンディを恥ずかしがらせていることにも気付けません。
「ね、ねえピーター、その……」
 ピーターにじっと見つめられ、ますますウェンディは言葉に詰まってしまいます。ぎゅうっとパジャマの股間を握り締めて、途切れ途切れに言いました。
「あの……お、お手洗いは……どこ?」
「お手洗い? なんだいそれ」
「と、トイレ……おトイレよ!! わ、わたし、おトイレに行きたいのっ」
 きょとんと目を丸くするピーターに、ウェンディはとうとう怒鳴ってしまいました。お手洗いなんて、男の子のピーターには、そんな洒落た言い方は通じないのです。
(も、もぉっ!! ピーターのバカっ……!!)
 こんな風にもじもじと腰を震わせてトイレの場所を聞けば、自分がオシッコを我慢していることなんか一発でバレてしまうでしょう。ハズカシさにウェンディは耳まで赤くなりながら、ピーターの答えを待ちます。
 けれど、あろうことか、ピーターははんっ、と呆れたように鼻を鳴らして笑います。馬鹿なことを言っているのは、ウェンディだと言わんばかりでした。
「何言ってるんだいウェンディ? ここは夢の国ネバーランドだよ? ボクたち子供の、子供たちのための国。怖いことや嫌なことなんてなんにもない場所なんだ。だからトイレなんかもないに決まってるじゃないか! あんな暗くて狭い場所、罰で閉じ込められる牢屋みたいなものだよ!!」
 ネバーランドで暮らすようになる前の、まだ普通の子供だった頃のピーターにとっては、トイレなんてものは大切でもなんでもない場所でした。
 悪いことをしたとき、ピーターはいつも家から離れたトイレに閉じ込められました。薄暗くて狭くて、寒くて、なんにもない場所。牢獄と同じように、外からかんぬきをかけられ、許してもらうまで外に出ることを許されない場所だったのです。
 だからピーターはネバーランドにやってきた時、トイレを無くしてしまったのでした。幸いなことにピーターパンは男の子でしたし、女の子の友達もいなかったので、トイレのことなんてさして気にしていなかったのです。
 けれど、ウェンディには一大事でした。女の子にとって、トイレがないなんて死活問題です。
「牢屋って――そんな、困るじゃないっ!!」
「困らないさ!! あんなの、なくたって全然困らないね!!」
「困るわよ、バカっ!!」
(――おトイレがないなんて、じゃ、じゃあ、わたしはどこでオシッコすればいいのよ!?)
 ウェンディのおトイレの我慢の限界は着々と迫っています。おなかの中のオシッコの入れ物は、さっきから悲痛に叫びをあげていました。
 ちょっとでも気を抜けば、下着にじゅわあっと熱いシズクが染み出してしまいそうです。ぷるぷると必死になって我慢を続け、出口を締め付ける『女の子』も、いつ集中が途切れてしまうかわかりません。
 脚を交差させ、膝を重ねる切羽詰った姿勢で、ウェンディはピーターを問い詰めます。
「じゃあ、ピーターは、……その、……オシッコ、したくなったとき、どうするの?」
「オシッコ? べつにどうもしないよ、その辺で適当に済ませればいいじゃないか」
 なんでもないというように答えるピーター。それはそうです。男の子のピーターには、オシッコするのなんて簡単なことです。その気になればどこでだってオシッコができるのですから。
 けれど、ウェンディはそうはいきません。なにしろ彼女は、女の子なのです。女の子がオシッコをするためにはさまざまな準備が必要でした。なによりも、ピーターのように、女の子はオシッコをするところを見られて平気なわけがないのです。
「ははあん、ウェンディ、さては一人じゃ寂しいんだね? ちょうどいいや、ボクもしたかったんだ。一緒に済ませちゃおうか」
「っ……ば、バカっ!! 何言ってんのよぉっ!!」
「ぶっ!? ウェンディ、い、痛いってば!? なにするのさ!!」
「バカっ、ヘンタイ!! ピーターのバカっ!!!」
 とんでもない提案に、ウェンディは反射的にジュースのグラスを掴んでピーターに投げつけました。まさか、ピーターと並んでいっしょにオシッコができるはずもありません。
「バカ…、そんな、勝手にっ、だ、大体ね……ん、…んんぅ…っ!!」
 けれどそうやって興奮したせいか、ますますウェンディはオシッコに行きたくなってしまいます。
「くぅっ……はぁ、はぁっ……」
 ぎゅっと身体をよじりながら、ウェンディは一生懸命ガマンをしました。オモラシをしてしまわないように、ありったけの力でオシッコの出口を押さえつけます。
 ウェンディの攻撃がやんだのを見て、ピーターはようやく閉じていた目を開け、呆れたように肩をすくめました。
「なにするんだよ、まったく――もういいや、ウェンディ、キミのことなんかしらないからね。今日はボクひとりで遊びにいくから!!」
 ティンカーベルの魔法の粉を浴びて、ピーターはふわりと空に飛び上がりました。
 そのまま空中で逆立ちして、ウェンディにあかんべーをします。
「混ぜてくれって言っても、一緒に遊んでなんかやらないからねっ!!」
 そう言い残して、ピーターはひゅうんと夜空に飛んでいきました。ウェンディが『待って!』という間もありませんでした。
 ひとり取り残されたウェンディは、途方にくれてしまいます。
「……っ、ど、どうしようっ……」
 ぐるりと周りを見回してみますが、テーブルと椅子のほかには何も見当たりません。木苺のジュースとアイスクリームも、もうすっかり空っぽです。
「ああもうっ……と、とにかく――おトイレ、はやく……っ」
 ピーターには腹は立ちましたが、ここでじっとしていてもはじまりません。一刻も早くトイレにいかなければなりませんでした。パジャマのお尻をふりふりともじつかせながら、ウェンディは席を立ってトイレを探すことにしました。
 けれど、ピーターの言葉どおり、どこにもトイレらしき場所は見付かりません。
「もうっ……おトイレがないなんて、そんなむちゃくちゃなことあっていいの!? ……ぁうぅっ……」
 ネバーランドの支配者であるピーターが“ない”というのですから、本当にトイレはないのでしょう。ですが、それではウェンディはいつまで経ってもオシッコができないことになります。
 弟たちならともかくも、まさか、おねえさんであるウェンディが、トイレ以外の場所で――たとえばその辺の物陰や、草むらの茂みでオシッコできるはずもありません。
 考えただけで、頭が煙を吹きそうです。
(んっ……ピーターは男の子だからわかってないんだわ……女の子にとって、おトイレがどれだけ大切な場所なのか……!!)
 ピーターが子供であることにこんなにも苛立ちを覚えたのは、ウェンディにはこれが初めてでした。たしかにワガママでいうことを聞かない男の子ですが、それがこんなにも腹が立つなんて。
 せめて大人の人なら、トイレをなくすなんてバカなことを考えることはないのでしょうが……
「……っ、そ、そうよ、そうだわ!!」
 思わずしゃがみ込みそうになりながら、やってきた激しいオシッコの突撃をなんとか凌いだウェンディは、はっと思いついて顔を上げます。
 そうです。このネバーランドにも、大人の人がいるではありませんか。
 ピーターパンの宿命の敵、海賊フック船長。
 確か前に、ウェンディがフック船長にさらわれた時のことでした。ウェンディを人質にして海賊船で酒盛りをしていた海賊の子分が、お酒を飲みすぎて、我慢できずにトイレに駆け込んでいったのを思い出したのです。
(フック船長に頼るなんて、普段なら考えられないことだけど……オモラシするよりはマシよ!!)
 ウェンディは走り出しました。ティンカーベルがいればひとっ飛びなのでしょうが、あいにく今日はウェンディはひとりでした。
 いつもフック船長とその海賊団が根城にしている西の入り江に、あの海賊船も停泊しているはずです。
「はぅんっ……くぅうっ……」
(がまんよ……ガマンするの。船までの辛抱なんだからっ……!!)
 もじもじと突き出したお尻を揺すり、よちよちとアヒルのように内股になりながら、ウェンディはくじけそうになる心を振るいたたせて、できる限りの全速力で急ぎます。
 このネバーランドで、たったひとつだけのトイレを目指して。





「なぁにぃ? 誰かと思えば小娘、ピーターの仲間じゃねえか」
「う……ウェンディよ」
 ただでさえ恐ろしい髭もじゃ片目の船長にギロリと睨みつけられて、ウェンディはすっかり震え上がってしまいました。眼帯からはみ出した大きな傷跡がうねり、鉤爪の片腕がぎらぎらと輝いてウェンディの顔の前に押し付けられます。
 ここまで走ってくるのだけでふらふらになってしまった脚がすくみ、揺れる船の上ではうまく立っていられなくなって、ただでさえ限界の『女の子』がひっきりなしに悲鳴を上げます。もはや海賊たちの前だというのに隠すこともできず、ぎゅうううーーーっ、とパジャマの上から脚の付け根を握り締め、ウェンディは泣き出しそういなってしまいます。そしてウェンディの『女の子』もいつ泣き出してもおかしくありませんでした。
「ふん、名前なんざどうでもいい。それより小娘、ピーターの小僧はどこだぁ?」
「い、いないわ。わたし一人よ」
「……ほう、ひとりで乗り込んでくるたぁいい度胸じゃねえか。いったい俺様に何のようだ?」
「え、えっと……それは、その、……だから……っ」
 女の子が大人たちの前でトイレを貸して欲しいなんていうことを口に出すだけでも恥ずかしいのに、海賊船にいるのはどいつもこいつも恐ろしい風貌の荒くれ者の海賊たちばかりなのです。子分の海賊たちからじろじろと見られて、ウェンディはますます行き場をなくしてしまいます。
 たとえ正直に言ったとしても、素直にトイレを貸してくれるとは思えませんでした。けれど、もう他に方法がないのです。
「――……れ……て」
「なんだ?! 声がちっちぇぞ!! 聞こえねえ!!」
「……ぃれ、…して……って言ってるのっ。……お、……っこ……、なのっ……!!」
「はあ? 全っ然聞こえねえぞ。小娘!! このフック船長様を呼びつけておいて、まともにしゃべれねえのか?!」
 フック船長に大きな声で怒鳴られ、ウェンディももうやけくそでした。顔を真っ赤にして、叫びます。
「っ、うるさいわねオシッコよ!! オシッコ漏れそうなの!! トイレ貸してよって言ってるのよっ!!」
「と、トイレ? トイレって、あのトイレか?」
 衝撃の告白に、海賊の子分たちがどよめきながら顔を見合わせます。
 それはそうでしょう、そんなことのためにウェンディが単身海賊船に乗り込んでくるなど思ってもいなかったのですから。なんだかんだ言っても、彼ら海賊たちも夢の国ネバーランドの住人です。彼らは生まれた時からずっと大人で、わがままで無鉄砲なピーターパンを困らせるために、理不尽な大人として悪さを続けているのです。大悪党の海賊フック船長以下、海賊の子分たちが律儀にきちんとトイレを使っているのも、子供達のオネショやオモラシをからかい、叱るためなのでした。
 彼らにとって子供というのは、トイレのしつけがなっていなくて当然なのです。
 だから、彼らはいまウェンディが顔を真っ赤にして、トイレでオシッコをしたがっている理由も、その訳も、気持ちも、よくわかっていないのでした。
「ふん、くだらねえ。ピーターと一緒にそこらですりゃあいいじゃねえか」
「で、できるわけないでしょ!? わたし、女の子なんだから!!」
 あろうことか、仮にも大人のはずの海賊たちにピーターと同じことを言われて、ウェンディは驚きました。常日頃、女の子なんだからおしとやかにしなさい、と言われ続けているウェンディには、大人から男の子と同じようにしなさいなんて言われたことはありません。
 けれど、海賊たちネバーランドの大人にとっては、ピーターもウェンディもおなじ子供なのです。だから女の子のウェンディにも男の子のピーターと同じようにすればいいとしか言えないのでした。
「ね、ねえお願いっ、はやくオシッコさせてぇっ!! ん、ぅ、…も、もう漏れちゃうのっ!! おねがい……くぅっ…お、おトイレ、はやくぅ……!!」
 足踏みをしながら必死に訴えるウェンディに、フック船長はふん、と鼻を鳴らします。
「ふん……まあいい。ただし、ここは俺様の船だ。当然、トイレだって俺様のものだ。俺様のものを使うんだから、使用料を払ってもうらうぞ。一回金貨百枚だ」
「な、なによそれ!? そ、そんなにお金なんか持ってないわ、わたし……!! ぁうっ……ね、ねえ、意地悪しないでよっ!! ……ほんのちょっとオシッコするだけじゃないっ!!」
「なあに、払えないんならいいんだぜ?」
 困惑するウェンディを見て、フック船長をはじめ、海賊たちがニヤニヤと笑いました。
 大人というのは、子供にはよくわからない理由で子供を困らせ、怒り、どなりつけ、理不尽な理由をくっつけて叱るものです。ネバーランドの大人であるフック船長が、素直にウェンディの言うことを聞くはずもありませんでした。
「なあに、使っちまったら汚れるからな、掃除代みたいなもんだ」
「そ、そんな……ぁ、あっ……わ、わたしそんなに汚くしたりなんか、し、しないわよっ!! っ、ちゃんと、じょ、上手におトイレ……使えるんだからっ!!」
「いーや、ガキの言うことなんか信用できねえな。ガキはトイレのしつけがなってねえ。ションベンの始末もできねえもんなんだ」
「や、やめてよっ……あたし、ちゃんとオシッコできるもんっ!! ねえ、いいでしょ、お願いっ!! すこしだけ、ちょっとだけでもいいから、お、オシッコさせてよぉっ……」
「はぁん、だめだな。なあ手前ぇら?」
「おう、船長のいうとおりだぜ!!」
「ダメだダメだ!!」
「使わせらんねえな!!」
「そんな……お、おねがいっ、おねがいします……オシッコさせて…ぇ……!! もう、もう本当に出ちゃうのっ、オシッコでちゃうのっ!! ちょっとだけ、トイレ、おトイレ貸してくださいっ。おねがい、は、半分だけでもいいからっ、お、おしっこ、オシッコ……オシッコぉ…っ!!」
「半分? じゃあ金貨50枚にまけてやらぁ」
 がはははは、と海賊たちが一斉に笑いました。とうとう動けなくなってしまったウェンディが、ぺたんとその場にしゃがみ込んでしまいます。 
 その時でした。
「フック船長!! ウェンディをいじめるな!!」
 勇ましい声と共に、颯爽と風を切ってピーター・パンが現れたのです。ピーターは華麗に空中でくるくると回ると、海賊船のマストに飛び乗ります。その手にはすでに剣が握られていました。
「ぬう、現れやがったなピーター・パンの小僧め!! 手前ぇら、なにをぼーっとしてやがる、やっちまえ!!」
 フック船長が叫びました。海賊たちが口々に戦いの声を上げ、一斉にマストに群がります。
 けれど、身軽なピーターはマストを登ってくる海賊たちをふんづけ、けとばし、ひらりひらりと身をかわして、たちまちのうちにフック船長のいる甲板までやってきます。
「ウェンディ、もう大丈夫だよ!! すぐに助けてあげるからね!!」
「あ……や、あの、ち、違うの、ピーター……だめ……」
 いつもなら、ピーターに駆け寄るところです。けれど今のウェンディは、それすらもできません。いいえむしろ、今ピーターに来られてはとても困るのです。
 けれど、ピーターはもちろん聞いていません。
「フック船長め、油断もすきもない!! ウェンディに酷いことをしたな!!」
「ふん、なんだか知らねえがちょうどいい、今日こそ決着をつけてやるぞピーター・パン!! ふんじばって海に投げ込んでやる!!」
 ぎらりと鉤爪を掲げ、剣を抜くフック船長。ピーターも剣を構えて、やぁっとばかりに斬りかかります。
 きん、きぃん、かきぃんっ!!
 ――この二人が戦うのは、もう一体何百回目になるのでしょう。けれど、いかな大海賊フック船長といえども、ネバーランドの永遠の少年、ピーター・パンにかなうはずがないのです。ひょいとフック船長の剣を受け止めたピーターは、そのままひょいと空に飛び上がり、船長の背中を思い切り蹴飛ばしました。
 どうと音を立てて、船長は甲板に突っ伏し、のびてしまいます。
「せ、船長がやられた!!」
「逃げろっ!!」
 旗色が悪いと見るや、海賊の子分たちはいちもくさんに船を逃げ出してゆきます。情けない大人たちの背中をふふんと胸を張って見送り、ピーターはウェンディに駆け寄りました。
「大丈夫だったかいウェンディ、怪我はない?」
「あ……あの、まってピーター、あ、あのね、あのっ」
「戻ってみたらいなくなってたから心配したんだよ。もう平気だ、フック船長はやっつけた。帰ろうウェンディ、ネバーランドに」
「あ、やだ、ま、待ってっ、待ってぇっ」
 ウェンディはピーターの手を振り払おうとしましたが、うまくいきません。好き勝手にオシッコの準備を始めようとする下半身を押さえ込むので精一杯です。きつく締め付けていたはずのオシッコの出口が自然に緩み出し、パンツの中にぷしゅっぷしゅっとオシッコを吹き出します。
 じわじわと脚の間に広がる熱い感触に、ウェンディは背中を震わせました。
「さあ、捕まって、ウェンディ」
 ティンカーベルの魔法の粉で、空を飛べるようになっているピーターに手を掴まれ、ウェンディの身体が甲板の上からふわりと浮かび上がります。同時にぞわぁっとイケナイ感覚がウェンディの背中を這い登りました。
(や、やだっ……っ、トイレ――っ)
 宙に浮かぶウェンディの前から、海賊船が見る見る遠ざかってゆきます。支えを失ったウェンディの脚ががくがくと震えだしました。
 また、あのトイレのない国に帰らなければならない――。
 ウェンディの顔がすうっと青ざめてゆきます。
 すっかり海賊がいなくなったいまこそが、千載一遇のチャンスのはずでした。ネバーランドでたったひとつのトイレは、すぐそこにあるのです。それなのに――
「は、離してっ、ピーターっ、だめ、だめぇえ!!」
「うわぁ!? ウェンディ、暴れら危ないよっ」
 これから帰る先にはトイレはありません。つまり、ウェンディは、お外の物陰や草むらの茂みでオシッコをしなければなりません。
(そ、そんなのイヤぁっ……!!)
「と、トイレっ、ちゃんとしたおトイレでっ、ぉ、オシッコ、オシッコさせてぇええ……っ!!!」
 とうとうウェンディは叫んでしまいました。
 遠ざかるトイレに戻ろうともがくウェンディを、しかしピーターは離しません。それどころか、暴れ出したウェンディが落ちてしまわないようにもっとしっかりと、ぎゅうっと手を握り締めます。
「ウェンディっ!?」
「――、ぁ、……、ぁ、…あっ、あ。あっ、…あ、ああっあ、っ……」
 ウェンディが丸く口をあけて『あっ』と言うたびに、じゅわっ、じゅじゅわっとオシッコが吹き出し、下着に熱い染みが広がってゆきます。ぷくっと膨らんだオシッコの出口が立て続けに音を立て、断続的にほとばしる熱い水流が閉じ合わせた腿の内側を溢れ、パジャマを水浸しにしてゆきました。
 ウェンディは形振り構わずに自由になる片手で、必死に前を押さえますが、もはやオシッコは止まりません。もともと両手を重ね押さえて、ぎりぎりなんとか我慢できていたのですから、片手だけでは吹き出すオシッコを押さえきれないのでした。
 パジャマのズボンを濡らし、足元まで滴るオシッコが、ぽたぽたぱちゃぱちゃと海賊船の甲板に飛び散ります。
 じわぁ、とウェンディの目元にも涙が浮かびました。
「……あ、あの、ウェンディ……?」
「バカっ、見るな、見ないでよぉっ……」
 ひくっとしゃくりあげながら、ウェンディは叫びます。顔は涙でぐしゃぐしゃで、尖った八重歯を見せて大声でピーターを怒鳴りつけました。 
 まるで蛇口が壊れたように、ウェンディのオシッコはじゅじゅじゅじゅうううと激しく勢い良く吹き出し、まったく衰える様子がありません。
 下着にぶつかって跳ね返り、おしりをじわじわと満たしてゆく熱い液体。我慢を続けていたオシッコは、足元へと激しく流れ落ちてゆきます。パジャマに広がる染みは足の間ばかりかお尻のほう、さらにはおなかの下まで広がっていました。
 じょろじょろとはしたない音を響かせ、ますます激しく出続けるウェンディのオシッコに、ピーターは息をするのも忘れて見入っていました。女の子のオモラシがこんなにも素敵なものだなんて、ピーターはまったく考えたこともなかったのです。
 それは、ピーターがはじめて、“女の子”を意識した瞬間でもありました。
「バカァっ……見るなって、言ってるじゃないっ……」
 オシッコが止まってもなお、じいっと濡れたパジャマを見つめつづけるピーターの頭を、泣きじゃくりながら、ウェンディはぽかぽかと殴り続けるのでした。



 ――めでたし、めでたし。



(初出:おもらし特区 SS図書館 2008/12/01)

[ 2008/12/31 01:55 ] WetMarchen | トラックバック(-) | コメント(-)

第9夜 オオカミと七匹の子ヤギ  

 -1-

「じゃあ、おつかいに行ってくるわ。みんな、お留守番お願いするわね」
「はーいっ、いってらっしゃーい!!」
 お出かけするお母さんヤギにそろって手を振りながら、7人のヤギの姉妹たちは頷きます。森の向こうにお母さんの姿が見えなくなるまで、仲良しの姉妹たちは見送るのでした。
「さあ、みんなおうちに入って。鍵かけるわよ」
「うんっ」
 一番上のお姉さんに促されて、下の姉妹たちは無邪気に笑いながら、家の中に走ってゆきます。
「……姉さん、本当に私達だけで平気かな?」
「そうよ、オオカミが出るって、噂じゃないんでしょう? ママだって……」
 いっぽう、上のお姉さんヤギ達は不安げでした。
 じつは、昨日から森には乱暴者のオオカミが現れるというのです。もともとこの森にはそんなオオカミは住んでいませんから、どこかの森を追われてやってきたのでしょうか。
 お母さんの留守中に、もしおなかを空かせたオオカミがやってきたら――あの大きな牙の生えた口で、みんなはたちまちぺろりと食べられてしまうに違いありません。次女と三女のお姉さんヤギ達はその時のことを想像して、ぶるっと身体を震わせます。
 そんな二人を励ますように、一番お姉さんの長女のヤギが言いました。
「大丈夫。母さんなら平気だし、しっかり戸締りしてればオオカミなんか入ってこれやしないわ。私達が弱気だと、妹たちまで心配させちゃうわよ。しっかりしなきゃ」
「……うん、そうよね」
「気にしててもしょうがないか。おやつにしましょう!!」
「わーいっ!!」
 心配を振り払うように、お姉さんヤギたちもおうちの中に入ってゆきました。
 みんな揃ってテーブルに着き、いっせいに『いただきます』をします。七つの席には木苺のジュースと緑苔のプリンがおいてありました。おでかけのまえにお母さんがつくってくれた、とびきりのおやつなのです。
 テーブルについた姉妹は、仲良くおやつを食べ始めました。








 -2-

 それから、しばらく経った頃です。
「……ねえ、なにか聞こえない?」
「え……?」
 みんながとても美味しい木苺のジュースに夢中になって、3杯めのおかわりをしていた時、四女がふいにそんなことを言いました。姉妹のなかでも一番勘のいい四女の声に、思わずみんながお喋りを止めて耳を済ませます。

 ……っ……んっ……ぁ……

 すると、確かに家の外から、草を踏み分ける足音と、小さなうめき声のようなものが聞こえてきました。
「え、えっと……」
「お姉ちゃん? なに? どうしたの?」
 想像したくなかった事態に、お姉さんヤギ達は青ざめました。その様子に気付いて、妹たちも不安を顔に滲ませます。

 ぅ……んっ……ふぅ……

 はあはあという荒い息の隙間から聞こえる、力強い声。
 それは姉妹たちの誰も聞いたことがないうめき声でした。
「ま、まさか……本当にオオカミっ!?」
 がたりと椅子を鳴らして、次女が叫びました。
 得体の知れない足音は、がさがさと乱暴に茂みを掻き分けながら、一直線にこの家を目指しているようでした。

 はぁ……はぁっ……あと、すこし……

 次第にはっきりしてきた物音は、もう姉妹全員の耳に届いています。ドアを破るのも時間の問題でしょう。
 怖い怖いオオカミが、来る。
 次女の叫び声に、ヤギの姉妹たちはパニックにおちいってしまいました。
「きゃぁああ!? やだ、やだぁ!?」
「オオカミ……あたし食べられちゃうの!? やだ、やだぁ!!」
「ママ、ママぁ!!」
「ま、待って!! みんな静かにして!! 早く隠れるのよ!! はやく!!」
 泣き叫ぶ妹たちを叱り、一番上のお姉さんである長女ヤギが叫びます。それをきっかけに、姉妹たちはそれぞれ、クローゼットの中や柱時計のなか、テーブルクロスの下、家のあちこちに隠れました。
「いいわね、静かに、声を出しちゃダメよ!!」
「う、うんっ」
「ね、ねぇ……お姉ちゃん、待って……」
 みんなの隠れ場所を確認するお姉さんヤギに、末の妹――七女が不安そうに訴えます。末妹はぎゅっとスカートの前をおさえて、もじもじと脚をこすり合わせていました。じつは、彼女は今とても切羽詰って困った状態にあったのです。
「お姉ちゃん、あたし……」
「ほら、急いで、早く隠れて!! あなたはここ!!」
 けれど、オオカミがやってくることに気を取られて、姉妹たちは誰も妹の異変に気付けませんでした。有無を言わさず妹を柱時計の下に押しこんで、よっつ上のお姉さんである三女ヤギはそっと言いつけます。
「いい、何があっても動いちゃダメ、わたしがいいって言うまで出てきちゃダメよ!! さもないとオオカミに食べられちゃうんだから!!」
「え、えっと、でもっ……」
「いいわね、約束よっ」
「あ、待って、待ってよ!! お姉ちゃんっ!!」
 最後にドアに硬く鍵をかけ、窓にはカーテンを引いて、次女、三女、長女のお姉さんヤギたちも物陰に隠れました。
 しんと静まり返る家の中で、姉妹達はじっと息を潜めて、表の様子を窺いました。








 -3-

「つ……着いたっ、……間に合ったぁ……っ」
 レンガの家の前に辿り着いて、オオカミは安堵の息をこぼしました。
 森の中を長い間さまよい、じっとりと汗をかきながら茂みを掻き分けて歩き続け、やっと見つけた目的地です。
(ふぁ……っ!?)
 目的地を目の前にして、ほっと緩んだ瞬間、ぞわりとオオカミの背筋をイケナイ感覚が這いあがってゆきます。オオカミは慌てて腰をぐいっとよじり、せわしなくその場で脚踏みをはじめてしまいました。
(っ、だめ、まだダメっ……あとちょっと、ちょっとなんだからぁ……っ!!)
 じりじりと焦る気持ちをぐっとおさえつけ、悲鳴を飲み込んで。オオカミは小さく深呼吸をすると手を丸めてドアにノックをします。
「ご、ごめんなさい、誰かいる!?」
 梢を振るわせるほど大きな声が出てしまうのは、オオカミに全然余裕がないからでした。ありあまる元気をうまく制御できず、オオカミのノックはドアをぎしぎしと歪ませます。
(う……く……)
 はあはあと息をつき、オオカミはぐっと前かがみになって耐えます。一旦は大きな波を堪えることができましたが、キュロットから伸びた健康的な脚は内股になったままぴったりと閉じ合わされて、かかとは小刻みに地面を叩いています。
 いつもはぴんと尖っている耳も、ぺたりと左右に伏せられて、すっかり情けない格好でした。
 タンクトップの裾をぐいっと引っ張り、もう一方の手で脚の間を押さえながら、オオカミはもう一度ドアを、さっきよりも強く叩きました。
「……ねえ、いないの!? ねえってば!! 留守なの!? ねえっ!!」
 焦るあまり力加減がうまくいかず、ドアががたがたと揺れてぎぃぎぃと軋みます。ですが、オオカミはそれどころではありません。
 ちょこんと口元から覗いた八重歯が、きゅうぅっと可愛い唇を噛み締めます。
(ああうぅ……マズい、マズいってばぁ……)
 オオカミがこの森にやってきたのは昨日のことです。
 もともと、このオオカミは隣の森に住んでいました。人付き合いがあまり上手ではなく、何を聞かれてもついついむすっとした態度ばかりしてしまうオオカミは、いつも回りのみんなから恐れられ、悪者だと誤解されていたのでした。
 そしてとうとう、乱暴者のオオカミを退治してやろうと、狩人がやってきたのです。
 オオカミは住処を追われて、仕方なく家を捨てることにしました。
 確かに森のみんなに比べればちょっと力が強いオオカミですが、別に乱暴者でもなく、噂されるように誰かを食べたりもしません。狩人と出会わないように家を出たのも、オオカミがケンカを嫌ったからでした。
 オオカミだってちゃんとした年頃の女の子なのです。痛いことも、怖いことも嫌いでした。
 だから、オオカミはいま、とても困っていました。とってもとっても、困っていました。
 この森に住むみんなも、オオカミのことを怖がって、誰も家に入れてくれないのです。
「あああっ、もう、開いて、開けてよぉ!! だ、誰かいないのっ!?」
 だから――オオカミは、昨日から1回も、トイレに行けていませんでした。
 オオカミのおなかの中は、夕べから我慢し続けたおしっこでたぷんたぷんになっていました。膀胱はぱんぱんに張り詰めて、もう立って歩くのも辛いほどです。いつもの元気もどこかへいってしまうくらいでした。
 でも、オオカミだって女の子です。まさか、お外でオシッコをするなんて、できるはずもありません。
 だから、オオカミはずっとずっと我慢を続け、一日近くも森をさまよって、ようやく辿り着いたのが、このヤギの姉妹とお母さんの住む家なのです。
「ねえ……お願い、もうダメなの、もう我慢できないのっ!! 誰かいるんでしょう!? ねえっ、開けてよ、中に入れてちょうだいっ!!」
 そんなわけで、オオカミは今にも漏れそうなオシッコを我慢するので精一杯なのでした。
 くねくねと腰を揺り動かし、おしりをちょこんと後ろに突き出して、尻尾も小さく震えながらくるんと丸まって、必死になって縮こまっています。
 女の子のダムを満水にして、ちょっと油断すればあっという間に下着に染み出してしまいそうなオシッコは、オオカミの懸命の努力でなんとか塞き止められている状況でした。ここでトイレを借りなければ、たちまちオモラシしてしまうに違いありません。
「ちょっと、本当に誰もいないの!? ねえ、お願い、開けてよぉ!!」
 激しくドアを叩きながら、オオカミは込み上げてくる尿意を堪えるためドアノブにしがみ付きます。ガチャガチャと揺れるドアノブは、オオカミの強い力で今にも壊れてしまいそうでした。
(だ、だめ、出ちゃう、オシッコでちゃうっ……!! も、もう小さい子じゃないのに、お、オモラシなんて……っ!!)
 くじけそうになる心をなんとか奮い立たせて、なんとかここまで辿り着いたのです。もう、別の場所までトイレを我慢し続ける事はできそうにありません。それなのに、この家が留守では、もはや、オオカミに残された道はオモラシしかないのでした。
(っ、そんなの、できるわけないじゃないっ……!! で、でも、っ……!!)
 そんな事はお構いなしにオシッコは限界を訴えます。しくしくと疼き始める下腹部は、ずんと重くなってオオカミを苦しめます。
 焦るオオカミはちらり、と家の裏手の方に視線を向けました。
 ちょうど、ヤギの姉妹達の住む家の裏には、鬱蒼とした森になっていて、背の高い草が生え揃った物陰ができています。誰にも見られないようにするには格好の場所でした。
(い、いっそ……あのへんで、こっそりしちゃう、とか……?)
 辛い尿意にせかされ、思わず心に浮かんだイケナイ考えに、オオカミは真っ赤になってぶんぶんと首を振ります。
 いったいこれまで何度、我慢できなくなりかけて、いっそ茂みの中でオシッコをしてしまおうと思ったことでしょう。
(って、だ、ダメに決まってるじゃない……ひとの家のすぐ近くなのに、勝手にそんなこと……!!)
 でも、もし誰かに見られたら――そう思うと恥ずかしくて恥ずかしくて、オオカミは死んでしまいそうになるのでした。
 このままではそう遠くないうちに本当にオシッコが漏れてしまうことでしょう。
 オオカミの視線があちこちをふらふらとさまよっては、『オシッコのできる場所』を探します。けれどどこも、とてもではありませんが女の子がオシッコを済ませることが許されるような場所ではありませんでした。
 そんなことをしているうちにも、オオカミのダムは刻一刻と崩壊のカウントダウンを進めてゆきます。
「ちょっと、ねえっ……!!」
 オオカミが涙を浮かべながらぶん、と振り上げた拳が、ひときわ強くドアを叩きます。
 すると、とうとう家のドアはばきりと音を立てて壊れてしまいました。
 開いたドアの奥に、一瞬呆然となるオオカミでしたが、すぐに我慢しているオシッコの事を思いだして家の中に飛び込んでしまいます。
「ご、ごめんなさいっ!! 壊すつもりなんかなかったんだけど……!! 本当よ!? ずっと探してて、それで……も、もう本当に……うぅっ、……く、ぅぅ……あ、ダメ、ダメ……っ、ごめんなさい、は、入るわね!!」








 -4-

 ……ぎしり。ぎし、ぎし。

 大きな足音を立てて、家の中に踏み入ってきたオオカミたちに、ヤギの姉妹たちは震えあがりました。
『本当にオオカミだっ!!』
『ドア、壊れちゃった……どうしよう!!』
『もう我慢できないって……!!』
『みつかったら食べられちゃう!!』
 悲鳴を上げそうになるのを必死に押さえこみながら、ヤギの姉妹達は震えるのをなんとか我慢しようとします。
「ご、ごめんね、あとでちゃんと、謝るから……!!」
 オオカミが叫びました。
 もし家の人がいれば、トイレを借りるための許可を得ることもできたのですが、鍵もかかっていましたし、なにより明かりも消えてカーテンも閉まっていて、どう見ても家の中は留守なのです。
 オオカミは、あとでお詫びをすることにして、先にトイレを済ませるため、家の中を探すことにしたのです。
「も、もう本当に、我慢できなかったの。だ、だから……!! しょうがないのよっ…」
 言い訳をしながら、オオカミはぎしぎしと足を踏み鳴らして家の中を歩き回ります。
 じろじろとあたりを見回すオオカミに、自分の隠れているすぐ側を見つめられるたび、ヤギの姉妹たちは心臓が口から飛びだしそうになりました。
『謝られたって、食べられちゃったら……どうしようもないわよ!!』
『おねえちゃんっ……あ、あたし……』

 ――ぎしいっ!!


 突然、家じゅうに響いた大きな音に、一緒に隠れていた2番目の妹、六女の口を塞いで、四女のヤギは息を潜めます。
『しっ、静かに!!』
『…………っ!?』
「はうぅっ……」
 一方のオオカミはいきなりやってきたオシッコの大波と戦うのに必死でした。
 ぴくんと背中を伸ばして、テーブルに寄りかかって爪先立ちになります。尻尾がきゅるんと丸まって、ぐいっと膝がクロスし、内股になって腿がぎゅうぎゅうと寄せあわされていました。
(っ、やだ、出ちゃう、出ちゃううっ!!!)
 はあはあと息を荒げ、脚の間をぎゅううううっと押さえて、オオカミは必死にオシッコを我慢します。留守中の家の中にあがりこんでオモラシしてしまうなんて、どうやっても言い訳ができません。
 きつく目を閉じて息を飲み込み、なんどもなんども脚を押さえ、オオカミはどうにか大きな波を乗り越えることに成功しました。
「はぁ……はぁ……」
(ま、マズいわ……つ、次に、いまみたいなのが来ちゃったら、もう……が、我慢できないかもっ……)
 どうにか押さえこみはしたものの、オオカミのおなかの中の入れ物では、いまもオシッコが激しく揺れ動き、水面をざわめかせています。固く石のように張り詰めた膀胱は、外から見ても分かるくらいにはっきりと膨らんでいました。
 ほんの少しだけできた猶予の中で、オオカミはどうにかしてオシッコを済ませてしまわなければなりませんでした。せわしなく脚踏みをしながら、オオカミはなりふり構っていられなくなり、手当たり次第に家の中を物色しはじめます。
「っ……ぅぅ!!」
(ど、どこ? と、トイレ、トイレ、どこなのっ!? ……は、はやく、早く見つけなきゃ!!)
 手が震え、脚がわななき、ぶつかった洋服掛けが倒れます。テーブルが揺れて床に落ちたお皿が、がちゃんと音を立てて割れました。
『きゃぁあっ!?』
『オオカミが暴れだしたわ……!!』
『みんな、声を出しちゃだめ……!!』
 見つかったら食べられてしまうに違いない――そう信じているヤギの姉妹達は、まるで生きた心地がしません。ぎゅっと目を閉じ、身体を小さくして、込み上げてくる恐怖の衝動に耐えるのでした。








 -5-

 いっぽうのオオカミだって必死でした。黙って上がりこんだ人の家で、万が一にもオモラシなんてしようものなら、それこそ生きて行けないのですから。
「っ、どこ、どこよぉ!!」
 片っ端から家の中を歩き回り、探しまわり、そしてとうとう、オオカミは階段の下に目当ての場所をみつけました。
 そう、トイレです。待望のお手洗いです。『空いてます』とかかれた裏側に『使ってます』と記されている小さな木のプレートは、長女の手作りのものでした。
(あ、あったっ……)
 顔を輝かせて、ふらつく足取りでトイレに駆け寄るオオカミ。
 けれど、待ち焦がれていたトイレへと続くはずのドアは、固く閉ざされたまま、びくりとも動きません。
「な、なんで!? どうして開かないのっ!?」
 ドアノブにしがみ付いたまま、オオカミは力任せにドアを引っ張りました。がちがちと激しい音を立てながら、ドアが軋みます。
 それでも、ドアは開きません。
 それもそのはずです。トイレの中には、ヤギの姉妹の五女が隠れていたのでした。
 激しくがたがたとドアを揺すって開けようとするオオカミに、五女は必死になって身体ごとドアノブを掴み、抵抗します。
『や、やだ、こっち来ないで、来ないでよぉ!!』
「っ、ここなのにっ、この奥なのにぃっ……なんで開かないのよぉ!! あ、空いてるって書いてあるじゃないっ!!」
 オオカミは我を忘れてドアを引っ張っていました。この一枚向こうに、心の底から待ち焦がれたトイレが、オシッコのできる場所があるのです。あと数歩というところにトイレを見つけて、オオカミのお腹の中ではふたたび猛烈な尿意が渦巻き始めていたのでした。
『お姉ちゃん、あそこに隠れてるの気付かれちゃった!?』
『だめ、負けちゃダメよ!! 頑張って!!』
 他の場所に隠れていた姉妹達は声に出せないまま、トイレに隠れ続けている五女を応援しました。あのドアさえ開かなければ、オオカミにも見つからず、食べられずに済むのです。
「ちょっと、鍵……かかってないでしょ!? どうして開かないの!? どうして邪魔するのよっ!? あああぅぅ……っ!!」
 とうとう脚踏みだけでは堪えられなくなり、オオカミは、ドアノブを掴んでいた手を片方離して、キュロットの前をぐいいっと握り締めてしまいました。
 太腿の付け根をじぃんと痺れさせ、ぞわぞわと絞り上げるような尿意は、どんどんと激しさを増してゆきます。
 オシッコの重みに耐えかね、腰が引けた姿勢になって、オオカミはがちゃがちゃとドアノブを揺すりながら情けない声を上げ続けました。
「くぅ……や、開きなさいってば……と、トイレ……っ」
『っ、お願い、開けないで……!! た、食べられたくないぃっ…!!』
 さしもの力自慢のオオカミでも、腰が引けたままの姿勢では思うように力を篭められるわけがありません。ヤギの五女だって必死です。全身を使ってドアノブにしがみつき、オオカミに負けまいと身体全体でドアを押さえ込んでいるのです。
 オオカミは、ドアをこじ開けるのを諦めざるを得ませんでした。
 青ざめてドアノブを離し、おぼつかない足取りでよろよろと後ずさります。
「あ、開かない……そんなぁ……っ なんでよっ!!」
 八当たりに蹴飛ばした壁が、ぼこんとへこみました。
 オオカミはもう我慢の限界なのです。すぐ目の前にトイレがあるのに、そこにたどり着くことができないなんて、こんな辛いことがあるでしょうか。
 せっかくここまで必死になって我慢したのに、それを裏切られ、女の子の意地で必死に守りとおそうとしていたものが、とうとう負けそうになりつつありました。
(あ、あ、あっ、やばい、ダメっ)
 トイレに入ることができないと分かり、しゃがみこんでしまいそうになったオオカミの脚がぶるぶると震えだします。不自然くらいの内股で前かがみになって、少しでもオシッコの重みを軽くします。
「ど、どうしよう…っ」
 オオカミは、自分がほとんど動けなくなってしまっていることに気付きました。トイレまで辿り着きながら、『おあずけ』を強制された身体は、言うことを聞かずに勝手にオシッコを出そうとしています。
 けれど、オオカミがトイレの前から離れていっても、五女はドアノブを離すことはできませんでした。ドアの向こうを窺い知ることができないヤギの少女は、いまにもまたドアノブが恐ろしい力で引っ張られるのではないかと、強張った指でドアを握り締めます。
(っ……)
 涙の滲む可愛らしい目元が、ぷるぷると震えていました。
 恐怖と、ショックと、なんとか逃げ延びたという安堵感。みっつが入り混じった感覚に、小さな身体が小刻みに震え、限界を訴えます。
「ぁ……っ」
 じわぁっ……とヤギの五女の脚の間に、熱い滲みが拡がってゆきます。
 五女がトイレに隠れたのは、実はおやつが始まる前からトイレに行きたかったからなのでした。けれど、オオカミがいつドアを開けるかまったくわからないので、すぐ目の前にトイレがあるのに、ドアにしがみ付いたまま離れられなくなってしまっていたのです。
『やだ、やだ、ぁ……』
 どうすることもできませんでした。
 ほんのすぐ後ろにトイレがあるのに、怖くてたまらない五女はドアノブを離せません。それどころか、手を自由にしてスカートの前を押さえることすらできないのでした。
 ぱたぱたと震える脚が内股になり、ぎゅうっと寄せあわされ、それでもじゅんっ、じゅわわあぁ、とオシッコがパンツに滲み出していきます。
 しょろっ、しょろろっ、しゅわああ、と水音をこぼしながら、五女の白い脚を伝って、我慢しきれなかったオシッコがトイレの床にこぼれていきます。オモラシの証はあっというまに拡がり、水たまりを作ってトイレの床を満たしてゆきます。
 溢れ出すオシッコは、とどまる勢いを知りません。
『やだぁ……お、お手洗いの前なのにっ……お、オモラシなんか……ぁ』
 けれど、それでもやっぱり五女には、ドアの前から離れることはできませんでした。
 中腰になって震え続ける五女の足元で、オシッコは薄黄色の大きな湖をつくってゆきました。








 -6-

 悲劇が襲ったのは、五女だけではありませんでした。
 おやつに食べたプリンや木苺のジュースは、ヤギの姉妹達に、ひとしくおなじ苦痛を与えていたのです。
 いえ、トイレに篭っていた五女はまだ幸せでした。間に合わなかったとしても、オシッコのできる場所がすぐそばにあるだけ、五女は救われていたのです。
『お、おねえちゃぁんっ……』
 六女のヤギが、まだ舌足らずな声をあげ、ぐいぐいと4番目の姉の服の裾をひっぱります。六女もまた、木苺のジュースの飲みすぎで、さっきから途方もない尿意をじっと我慢していたのでした。
『あ、あたし、おトイレ……オシッコ…』
『だ、だめっ、我慢してっ……』
『だめ……でちゃう、でちゃうぅ……』
 これまでも何度も、姉である四女の言葉にしたがって、必死に我慢を続けてきた六女ですが、そろそろ限界が訪れていました。いくら足をぎゅっとくっつけて我慢していても、もうオシッコの方が勝手に出始めてしまうのです。
『も、もぉ、ダメぇ……』
『や、やだ……我慢して、お願い……っ、じゃ、じゃないと、あ、あたしまで……、一緒にっ……』
『おね、おねえちゃ、ぁ、ぁあぁ……~~っ』
 限界を訴える妹に、お姉さんの四女も慌ててしまいます。四女だって、妹に負けないくらいオシッコがしたくてたまらなかったのでした。
 でも、もうそれもオシマイです。俯いた六女の小さな身体がぷるぷると震えたかと思うと、その足元がじゅわじゅわと熱い雫に濡れていきます。
『だ、ダメよ……オシッコしちゃだめ、お願い……だからぁっ』
 四女のその言葉は、半分は自分へと向けられていたものだったのです。
 戸棚の中に拡がってゆく暖かい感触。目の前で始まってしまった妹のオモラシが呼び水になって、これまでなんとか姉の威厳を保とうとしていた四女まで、きゅんと疼く尿意を押さえ込めなくなってしまいました。
『ぁ、あ……ぅッ……』
『やだぁ……オモラシ……気持ち悪いよぉ……』
『あ、だめ、う、動かない、でぇ……ッ!!』
 おしりをびっちゃりと汚すオモラシの不快感から逃れようと、六女がむずがるように暴れます。それよって、おなかをぐいっと押されてしまったのが引き金になりました。
『ぁああ、あっ……で、でちゃ……ぅ……』
 二つの水音が、狭い戸棚の中に重なります。
 小さな妹だけでなく、お姉さんの四女まで、一緒になってオモラシをはじめてしまったのです。妹の前で我慢しきれずオシッコを出してしまう羞恥に、おませな四女は目の前が真っ暗になってゆくのを感じました。
 しゅわしゅわと入り混じって、戸棚の中に、二人分のオシッコのにおいが篭ってゆきます。狭い戸棚の中でぎゅっと身体を寄せあいながら、二人はとうとう泣き崩れてしまいました。








 -7-

 それは、他の姉妹達も一緒でした。
 柱時計とクローゼットの中。食器棚、暖炉の奥。
 オオカミから隠れたヤギの姉妹たちは、緊張と恐怖で、耐えがたいほどの激しい尿意を感じていました。一番上のお姉さんである長女すら、いつ漏らしてしまってもおかしくないほどでした。
 ですから、それよりも年下の姉妹たちが、いつまでも我慢を続けていられるはずもありません。ヤギの姉妹達はぞれぞれ繊細で敏感な小さな膀胱をパンパンにして、必死にオシッコを我慢し続けていました。
 全員、すっかり我慢の限界で、オシッコがしたくてしたくてたまりません。
 けれど――
『っ、お願い、早く出ていって……』
『も、もう、誰もいないんだから……』
『は、はやく……』
 けれど、そうやって隠れたままではオシッコをする事はおろか、身じろぎひとつうまくできません。体をゆすることも、腰をくねらせることも自由にならないのでは、ちゃんとオシッコを我慢することすら難しいのでした。
 でも、もしオシッコを漏らしてしまえば、その音と匂いですぐにオオカミに気付かれてしまうかもしれません。だから、ヤギの姉妹達は必死になって、オシッコの出口を閉めつけて、オモラシをしてしまわないように我慢していました。
 物音を立てないようにじっと息を潜めて、足の間に力を篭めて、手のひらや小さなでっぱりにぎゅっぎゅっとあそこを押しつけて、必死に必死に我慢します。
 なかでも、特にお姉さんである長女、次女、三女の我慢は強烈でした。
 オオカミに見つかってしまうかも知れないということがはっきり分かっている上に、妹たちの手前、お姉さんである自分たちが先にオシッコをもらしてしまう訳にはいかないと思っていたからです。








 -8-

 クローゼットの中に隠れた三女は、みんなの服を濡らしてしまわないように、足の間に手を挟んで、オシッコの出口を指で直接押さえこんでいました。
 まるで、指でオシッコの出口に栓をしているかのようです。
『か、替えのパンツならいくらでもあるけど……お、オモラシなんか……っ』
 なんとも運の悪いことに、つい最近、一番下の妹がオムツを卒業したため、クローゼットの中にはみんなの着替えしかありません。
 もし、まだここにオムツが残っていれば、何がしかの言い訳ができたかもしれないのですが――。
『って、ち、ちがうってば……!! そ、そうじゃなくて……、な、なに考えてるのよ、そ、そんなんじゃ、ま、まるであたしが、オムツ、使いたいみたいじゃ――!!』
 オムツというのはつまり、トイレと同じようなものです。トイレのしつけが終わっていない小さな子が、トイレの変わりにオシッコをしてしまう場所なのです。だから、もしオムツがあれば、三女はそこにオシッコを――
『だ、だからそうじゃないでしょ!? も、もうちゃんとお姉さんなんだから、我慢しなきゃ――!!』
 必死に頭を振ってイケナイ妄想を振り払おうとする三女でしたが、ひくつく股間はおさまりません。
 ましてここはクローゼットの中、着替えならいっぱいあるのです。
 そう、たとえば――
 たとえば、一番下の妹が、二番目の妹が、何かの拍子に我慢ができなくて、オモラシをしてしまい……その汚れたパンツや服を、こっそりここに隠していたとか――そんな言い訳がありうるかもしれません。
 つまり、妹達の誰かのパンツを使って、三女が我慢しきれずに溢れてしまったオシッコを吸いこませてしまえば――
『ば、馬鹿!! な、なにしようとしてるの、あたし……!? い、妹のパンツに、オシッコ、ひっかけちゃうなんて――!!』
 言葉では否定しても、三女の指は自然、妹達のパンツを掴んで握り締め、ぎゅっと爪を立てて離しません。
 たぶん、ひとり分じゃとても間に合わないでしょう、このおなかをたぷたぷにしているオシッコ全部を始末するには、同時に何枚も使わなければいけません。
 でも、自分より小さな妹達なのですから、たとえば本当に我慢できなくて、そんなことだってあるのかも――
『ぁ、あああっ……だ、だから、違うくって……っ!!』
 三女は、はしたない誘惑を振りきろうと、片手で自分のパンツを、もう片手で妹たちのパンツを握り締めて、終わらない苦悩を繰り返すのでした。








 -9-

 暖炉の奥にぎゅっと身を潜めた次女は、脚のかかとにぐりぐりとあそこをねじるように押しつけて、いまにも噴き出してしまいそうな熱い奔流を押さえ込んでいます。
 火の消えた暖炉の中には灰が敷き詰められていて、ちょっと動いただけでもすぐにそれが舞い上がってしまいそうなので、次女はほとんど身動きできないままでした。脚を動かすことも、お尻の位置を変えることもできません。
 荒くなりそうな息もぐっとおさえこみ、小さく小さくか細い呼吸を繰り返します。
『ぁ、あくっっ、う……』
 なにしろ、ちょうど暖炉のなかの、灰の上なのです。誰も見たりはしません。少しくらい漏らしてしまっても、証拠が残るわけもなく、我慢するのだって相当辛いものでした。
 でも、こんなところで万が一にでも、オシッコをしてしまえば――その勢いでたちまち灰がもうもうと舞いあがり、あっという間にオオカミに見つかってしまうはずでした。
『う、ぁ、あっ。……あ、あと、ひゃく、きゅうじゅうきゅうっ……きゅうじゅうはちっ……』
 微動だにせぬままでオシッコを我慢するのは途方もない苦行です。
 次女は、折れそうな心を支えるために声に出さずに数を数え続けていました。
 ――あと百数えたら、オシッコをしてもいい。
 そう自分に言い聞かせて、百を数えるあいだだけ必死に我慢をするのです。終わりのない我慢では心が負けてしまいそうでも、おしまいがある我慢なら、なんとか耐えきれそうな気がするのでした。
 ちょうど、かくれんぼで鬼になって数を数えるように。その間だけはじっと我慢をして、それが終われば、自由になれるのです。
『はちじゅうさん、はちじゅう、にぃ……っ、は、はちじゅう…い、いちっ……』
 でも、次女があと百数えるだけと自分に言い聞かせるのは、これで4度目なのです。
 いったいあと何回、『あと百数えるだけ我慢』を繰り返せば、オシッコを出していいのでしょうか。
『ろ、ろくじゅう、ご、っ……ろ、ろくじゅう、ろくっ……』
 だんだん頭がぼうっとしてきて、なにも分からなくなりながら、ときどき増えてしまう数字を繰り返し、次女は指を噛み締めて百を数え続けました。








 -10-

 長女は、食器棚の中で必死に誘惑と戦っていました。
 たくさんの食器がしまわれた食器棚で、長女が隠れている目の前にはちょうど、みんながごはんに使っているミルク入れがあります。姉妹全員とお母さんの分、あわせて8人分のミルクをいれておく壷から、長女は目を離せずにいました。
 長女のそばでは、オシッコ我慢の悪魔がイケナイことを囁き続けます。
『だめよ、だめだったら……そ、そんなの、できるわけないじゃないのっ……』
 オモラシなんて許されない、一番上のお姉さん。
 どうしても我慢できないのですから、せめて、下着を濡らさずに、こっそりとでも、どこかにオシッコを済ますことができれば――そんな風に考えてしまったのがいけなかったのです。
 家族みんなが飲み干しても、まだ余るほど、たっぷりとミルクを注いでおける、大きな壷が――目の前にありました。
『だ、だから、だめだってば……っ!!』
 この、大きな入れ物になら、いまもなお膀胱をはちきれんばかりに膨らませている、おなかの中のオシッコを、全部、すっきり、ありったけ、出してしまえるのではないでしょうか? 長女は、その考えを振り切ることができませんでした。
『み、みんなの使う、だいじな食器なんだから……で、できるわけ、ないじゃないっ……』
 女の子として当たり前の羞恥心と、お姉さんとしてのプライド。それをもってしても、暴れ続けるオオカミの恐怖と、もう限界を超えつつある尿意は耐えがたいものです。
 ぞわぞわぁっ、とお尻から腰を伝って背中に昇るイケナイ刺激に、長女は情けなく声を上げてしまいそうになります。
『あ、ぁああっ』
 我慢、我慢、我慢。
 イケナイこと、しちゃダメなこと。自分にそう言い聞かせようとする長女でしたが、必死に奮い立たせようとする勇気も、尿意の大津波にさらされてへにゃんと萎えてしまいます。
『うぅ……く、ぅ……っ』
 このまま。
 このまま、オモラシしてしまうくらいなら、せめて――、いっそ。
 こんな所で、下着や床を、汚してしまうくらいなら。せめて――汚すのはあのミルク入れ、ひとつだけにしたほうが、まだマシなのでは――
『っ…………み、みんな……』
 ほとんど無意識に、“ごめんなさい”と口にした長女の手が、勝手にミルク入れを掴み引き寄せます。
 大きな壷の口を脚の付け根の間に沿えて、ぐいっと下着の股布を横に引っ張り、ひくひくと震えているオシッコの出口を――
 そこで、長女ははっと我に帰りました。
『あ、あは、……なんてね、で、できるわけ、ないじゃないの、ねえ……。な、なにしようとしてるのかしら、私……だ、ダメに決まってるじゃない。……こんな、こんなの……っ、わ、わたしが、いちばん、お姉さんなんだから……こ、こんな、ところで……しちゃうなんて……っ』
 あと一歩。あとほんの、ひと押し。
 最後の最後の一線で我に帰り、理性を取り戻し、長女は自分のしようとしていたコトをごまかそうとしました。
 込み上げてきた後悔に、胸が押し潰されそうになります。
 長女はぎゅっと目を閉じて俯きました。一番お姉さんなのに、一番我慢できなきゃいけないというのに、こんなにもあっさりくじけてしまいそうになるなんて。
 これでは、まだオムツも取れたばっかりの妹に、おトイレのしつけをすることも許されないでしょう。
 けれど。
 なまじ、被害を出すことなく、もう限界のオシッコを受け止める事ができる入れ物がある、という分だけ、ほんとうは一番我慢ができなければならないはずの長女は、オシッコを堪えつづけるための意志を揺るがされていました。







 -11-

 そして――
 限界ギリギリの我慢が、そうそういつまでも続くはずもありません。

『あぁああ、あっ』
『だ、だめ!!』
『んんぅぅっ!!』

 じゅわ、じゅじゅ、じゅぅぅう!!

 3人の姉たちは、仲良く、ほとんど同時に、隠れていた場所の中であそこから恥ずかしい熱湯を噴き出させてしまいました。
 おさえようとする声が、くちびるから小さく漏れてしまいます。
 耐えに耐えて辛抱し続け、それでもとうとう我慢できなくなったオシッコを漏らしてしまう解放感に、3人の姉は抗いきれませんでした。
 おチビりはあっというまにオモラシになり、妹達よりもいくらか育ったお姉さんヤギたちの下半身を水浸しに変えてゆきました。
 我慢の果てに訪れた強制的な尿意からの解放に、姉としてのプライドを微塵に砕かれながら、長女、次女、三女の3人は、それぞれの場所で本格的にオモラシをはじめてしまうのでした。








 -12-

 柱時計のすぐ側を、激しい足音が行き来します。
 暴れるオオカミの息遣いすら、はっきりと聞こえてくるほどでした。
「やだ、やぁ、……あ、開けないでぇ……っ」
 オオカミの気配にすっかり怯えきり、もう声を潜めていることもできず、七女……一番年下の妹ヤギは、恐怖と孤独に戦いながら、全身を使ってオシッコを我慢していました。
 我知らず、ガクガクと膝が震えます。恐怖が理由なのか、オシッコがしたいのかはもう自分でもわかりませんでした。
「やだ、やだ、やだぁ!!!」
 泣きじゃくりながら、末の妹がしゃがみ込んだ柱時計の中は、どんどんと色濃く変わってゆきます。
 じつは、姉妹たちのなかで一番オシッコを我慢していたのは末妹の七女なのでした。
 隠れる前にも、何度も姉にオシッコがしたいと、トイレに行きたいと訴え続けていたのに、オオカミから逃げることに夢中になっていた姉達には聞きいれてもらえなかったのです。
 だから、これまで七女がオシッコを我慢し続けていられたのは、ほとんど奇跡のようなものでした。
 夜、寝る時のオネショ防止用のオムツが取れたばかりの七女は、押しこまれた柱時計の中で、お姉ちゃん達の言い付けを守って、ただじっと声を殺し、オシッコを我慢していました。姉妹でも一番小さな身体で、一番たくさんオシッコを我慢し続けていました。
 でももうダメです、もう限界です。まるで弾けた水風船のように、倒れたガラスのコップのように、高く高く吹き上がる噴水のように、オシッコはあとからあとから溢れ出してきます。
「あああ、やだ、やだよぉ…!!」
 じゅわぁあとパンツの股布にぶつかる熱い雫が、一番年下の妹の、小さな身体を伝って太股から足元へと滴り落ちてゆきます。座り込んだお尻の下で、パンツと服をびちゃびちゃに汚し、じゅわじゅわと拡がり、オモラシの決定的な証拠を増やしてゆくのです。
 自分の身体なのにどうすることもできず、七女はただ、もうこれ以上オシッコが出ないように、お願いを続けるしかありませんでした。
 けれど滝のように溢れるオシッコは止まりません。オシッコの出口が壊れてしまったかのようでした。これまで末の妹がしてしまった、どんな限界ギリギリのオモラシよりも、オネショよりもさらにさらに激しく、オシッコは出続けます。
「あう、あ……ぁ、あぁ……~~っ……」
 その勢いと量といったらすさまじく、いったい末妹が、こんな小さな身体で、どれくらい我慢をしていたのか、呆れてしまいたくなるほどなのでした。


 





 -13-

 そして――

 だんっ、だん、だんっ!!

「ぁあう、あっ、あ、ま、あぁあ!!」
 オオカミもまた、とうとう居間の真ん中で、一歩も前に進めなくなっていました。ガクガクと震える膝が、その場でばたばたと床を踏み鳴らします。まるでふくらはぎが丸太のように突っ張って、自分のものではないかのようです。
 オオカミは歩くかわりに、吹き出しそうになるオシッコの出口を塞ぐための脚踏みを繰り返していました。握り締めた椅子の背中がぎしぎしと軋み、我慢の末にぱくりと開いたくちびるからは、荒く切羽詰まった息がこぼれます。
「あ、……は、うっ、あ、くぅ……」
 そんな有様ですから、ヤギの姉妹たちもすっかりおびえてしまって、誰一人として出て来れないのでした。何度もおチビりを繰り返した末、すっかりびちゃびちゃになってしまった下着が、ぐっしょりと脚の間にへばりつきます。
(も、もうダメ、オモラシ……出ちゃう、オシッコ……っ)
 じゅじゅ、じゅぶ、じゅうぅ、と現在進行系でどんどんと色を変えるキュロットの前を押さえ、きつく握り、オオカミは涙をこらえてすがるように――あたりを見回しました。
 このオモラシが、もはや避け得ない運命なら、せめて、誰も見ていない事を確認しようとしたのです。
 その時でした。
(え……っ)
 オオカミの目の前で、ぎしぎしと、壊れていた玄関のドアが軋みます。
「あら、玄関が壊れちゃってるわ。……みんな、なにかあったの?」
 そう。ヤギのお母さんが帰ってきたのでした。








 -14-

「あら……?」
 傾いて軋んだドアを開けた先の、家の中の惨状に、お母さんヤギは思わず眉を潜めてしまいました。洋服掛けは倒れ、食器は床に落ち、壁はへこみ、絨毯はくしゃくしゃに寄っています。
「あらあら、みんな、お留守番はどうしたの――」
 不審げに家の中に踏み入れたお母さんヤギ。
 それと同時に、

「「「「「「「うわぁあぁーーーんっ!!」」」」」」」

 家の中のあちこちで、一斉に泣き声が上がりました。
 食器棚、クローゼット、暖炉の奥、戸棚の下、トイレ、そして柱時計の中。
 隠れていた姉妹たちが、お母さんの声に我慢しきれず泣き出してしまったのです。
 それぞれオモラシをしてしまった七人のヤギの姉妹たちは、次々と濡れた脚を引きずって、隠れていた場所を飛びだし、居間のお母さんに抱きつきます。
「ごめんなさい、お母さんっ……」
「お、オモラシ……」
「と、トイレ、が、我慢できなかったのっ」
「わたしなんか、一番お姉ちゃんなのに……」
「オシッコ、でちゃった……」
「ごめんなさいぃ……」
「ママっ……うわぁーーんっ!!」
「……ちょ、ちょっと、いったいなにがあったの……!? あなたたち…?」
 オシッコまみれの下半身のまま、お母さんにしがみつき、べそをかいて泣きじゃくる七人の姉妹に、お母さんヤギはさらに呆気にとられてしまいました。
 それだけではありません。
 居間には、もうひとり大変なことになっている女の子がいたのです。
「あ……ぁ」
 床にぺしゃんと座りこんで、閉じた脚の間に両手を押し込んで、オシッコ我慢の限界にぐいぐいと腰をくねらせねじりつけ。
 両膝をまるめ、尻尾を垂れさせ、耳をくたりと倒し、必死にオモラシを堪えているオオカミの少女を見て、お母さんヤギは目を丸くしました。
「あなた……?」
「お、お願い……み、見ない、で……ぇ」
 目をうるませながら、か細い声で悲鳴を上げるオオカミ。
 オオカミの身体は、勝手にオシッコを絞り出そうとしていました。オモラシのカウントダウンに入り、パンパンに膨らんだ膀胱の膨らみが、脚の付け根に向かって降り、キュロットのおなかをまあるく膨らませています。
 なにしろ、オオカミは昨日からオシッコができていないのです。そのおなかはまるで赤ちゃんがいるみたいにまるーく膨らんでいて、その激しさといったら、まるで姉妹7人分のオシッコを全部一人で我慢しているかのようでした。
 オシッコの出口のすぐそこまで、ずっと我慢し続けだった大量のオシッコがやってきているのでした。オオカミはもう、動けません。
 見知らぬ少女の大変な有様に、お母さんヤギはぽかんと口をあけるばかりです。
「ひっく、こ、この、オオカミのお姉ちゃんが……っ」
「あ、あたしたちね、食べられちゃうの……」
「怖かったのぉ、ママ……ママぁ……っ」
 口々に訴える姉妹たちは、オオカミの少女を指差しました。
「そ、そんな、違ぁ……やだ、ぁ……ち、違うのぉ……っ!!」
 けれど、オオカミにはそんなつもりはないのです。
 ただただ、トイレに行きたい――オシッコがしたいだけなのでした。耳まで真っ赤になりながら、掠れるような悲鳴をあげるオオカミは、どこにでもいる、ごく普通の女の子でした。
 そんな女の子の足元で、じゅじゅぅ、じゅわああ、と篭った水音が響きはじめます。
「やだぁ、……と、トイレ……オシッコ、ぜ、ぜんぶ……でちゃう……、出ちゃうよぉ!!」

 じゅじゅじゅしゅわ、じょわあああぁっ、
 じょば、じょじょじょっ、じょぼぼぼぼぼぼぼぉ……

 ヤギの姉妹とお母さんの見ている前で、オオカミの少女は、とうとうオシッコをはじめてしまったのでした。
 オオカミの膨らんだ風船のようなおなかから、まるで滝のようにものすごい勢いでオシッコが噴き出し、床の上に撒き散らされてゆきます。
 丸一日我慢し続けていたため、オオカミのオモラシはヤギの姉妹たちのどんなオモラシよりも激しいものでした。あんまりすごい勢いなので、姉妹のうち、下の妹たちの中にはそれにつられて、まだおなかに残っているオシッコを絞り出し始めてしまう子まで出てしまいます。
「ひっく……ぁう……っ……」
 オオカミは真っ赤になった目をこすります。
 オシッコの湖に拡がる波紋は、ぬぐいきれなかった涙の雫でした。ヤギの姉妹たちも、同じように内腿の間にオシッコの筋を伝わせながら、ぽろぽろと涙をこぼし続けていました。
「ええと……どうしましょう……?」
 七人の姉妹と、オオカミの少女――8人のオモラシによってそこらじゅうオシッコまみれになってしまった家の中で、お母さんヤギはすっかり事態についていけずに、ひょっとしてわたしもオモラシしなければいけないのかしら……なんていうようなコトを考えているのでした。





 ……めでたし、めでたし。




(初出:おもらし特区 2008/07/27 2008/09/27改訂)
[ 2008/11/10 19:10 ] WetMarchen | トラックバック(-) | コメント(-)
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