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モンスター・ペアレント 


 高野女史の抗議は、3時間にもわたって続いていた。
 時計を見ればすでに7時。応接室に詰めた職員達の顔色にも疲労と困惑が濃い。それは私も同じことで、パイプ椅子に張り付いた腰骨がめきめきと嫌な音を立てる。まだやらなければいけない仕事は残っているのだが、いったいいつになればこの牢獄から解放されるのだろう。気付かれないようにそっと溜息をつく。

「ねえ、一体どういうことかと聞いてるんですよ!? それをさっきからあなた達は、わけのわからないことばかり言って……こんな人たちが先生だなんて、世も末ね!! きちんと説明をしてください、説明を!!」
「ええ、ですから、ことの経緯は――」
「ああほらご覧なさい!! そうやって誤魔化そうする!! まったくもうっ!!」

 とは言え、ただの関係者としてこの席に同席している私など、今もこうして矢面に立たされている学年主任と担任のに比べれば天国のようなものだろう。
 感情をたかぶらせてエキサイトを続ける高野女史は、まるで他人の意見に耳を貸す様子がない。意見どころかほとんど口封じのような勢いで、女史の批判は事件当時の担任の対応、学校の態度から始まり現在の学校制度、若者への抗議、は政府への不満に幅広く及んでいた。
 受験を来年に控え、そろそろ幅広く視点を持つ必要がある時期だとは言え、この場で現在の政府の弱腰外交と利権をむさぼる政治家を批判する演説をぶちあげられても、こちらとしては頭を下げるばかりである。

「ちょっと!! 何とか言ったらどうなの!! だいたいそれが教師の態度ですか!? 生徒すべてに、平等にチャンスを与えるのが当たり前でしょう!?」
「ええ、はい、それはごもっともですが……」
「だったらどうして言うことがきけないの!! 子供でも悪いことがあったら謝りますよ!! このウソつき!! 税金どろぼう!!」
「はあ……」

 私学に税金はあまり関係ない気もする。
 マシンガンのような抗議の盾になってくれている担任と学年主任の背中に感謝をしつつ、良くまあ耐えているなあ、と他人事のように思う。実際、高野女史の言っていることはあまりに滅裂で、真面目に受け取ってしまうと本気で怒鳴り返してしまいそうだった。
 ……実際のところ、私は問題になった試験当時も別の場所におり、事件についても完全に後になってから知った身であるからなおさらである。

「秋穂ちゃんがどれだけ苦しい思いをしたのか、わからないの!? ええきっと分からないわ!! 人の心なんかわかりもしないのよ!! 冷血動物のあなた達は!!」

 どちらかといえば、絵にかいたような三角眼鏡の高野女史のほうが失礼ながら爬虫類のようにも見えたりしたが―――さておき。
 そもそもの事件――(というほどのことなのか、私にはやや判断しかねる)は、3日前の6時間目の授業で起きた。
 その時間、3-Aでは担任教諭による国語のテスト(担当教科だ)が行われており、高野秋穂を含むクラス28人全員がそれに取り組んでいた。
 しかし、試験開始から15分ほどで秋穂の様子がやけに落ち着きなくなっているのに気付いて担任が声をかける。
 秋穂は大丈夫と答えたものの、数分後にはまたそわそわと身体を揺らし始め、再度担任が具合を聞いた。このやりとりは数回行われ、ついに秋穂が尿意を催していることに担任が気付いてしまう。
 異性の、それもまだ若い男性教諭ということで言い出しづらかったのだろう。ようやくそれに気付いた教諭は、秋穂にトイレに行ってくるように勧めるが、秋穂はこれを拒否。理由は回答時間が足りなくなるからというものだった。
 それを説得する際にやや押し問答となるも、結果的に秋穂は試験を中座し、教室をあとにトイレに向かう。これが試験開始からおよそ20分とすこし。
 その後、10分ほどして戻ってきた秋穂は、そのまま試験終了まで回答を続けた。
 ことの経緯は以上である。
 この対応が何かの問題になるなどとは、担任含め私も学年主任も、まるで思っていなかったのだが――試験の結果発表後、この経緯を知った秋穂の母親である高野女史が、秋穂が不当な扱いを受けたと猛抗議をし、こうして学校にまでやってきて相談会を開くという事態となったのである。

「いいですか!? ちゃんとお聞きなさい!! あなた達はね、自分勝手な都合と押しつけがましい偏狭な価値観で、前途ある子どもの将来を傷つけたんですよ!? 本当にこれがどれほど重大な過失であるのか理解しているの!?」
「ええ、はあ、はい……」
「ウソつき!! そんなうわべだけ謝ってれば済むって思ってるんでしょう!! 本当に嘘ばかり!! ……すでに教育委員会ともお話はさせていただいています。この不当な扱いが、秋穂ちゃんの心をどれだけ傷つけたのかわからないの!? このろくでなしの人でなし!!」
「ああ、いえいえ、そんなことは決して……なにとぞ、穏便にですね……」

 汗だくの学年主任は、もはやなにを言っても無駄と、女史の怒りを鎮めるのに精いっぱい。担任も何か言いたそうな顔はしているものの、女史の前で大人げない対応を取ることはなかった。狭量な私にはとてもできそうにない忍耐で、見習わなければならない。
 しかし、実際のところ二人とも内心、気が気ではないに違いあるまい。
 そう、女史の隣で、うつむきソファに腰掛ける――ボブカットの少女。件の高見秋穂である。
 くせのない黒髪、整った顔立ち、化粧っ気もないおとなしめの外見は、昨今の流行とはかけ離れた、清楚で落ち着いた雰囲気で、同性の私から見ても好感が持てる。優等生然と知性を感じさせる切れ長のまなじりは、しかし今は困惑と苦悩に溢れて、落ち着きなく絨毯を行き来していた。
 いやはや、それに比べて隣でヒートアップを続ける高野女史ときたら、ビヤダルを二つ三つ重ねた上に布団をかぶせたような、実に恰幅の良い格好で。編み目タイツの胸元や脚はまるでお中元のボンレスハム。よくもまあ似なくて良かったものだと、当の高野女史以外はそう思うだろう。
 実際、秋穂は礼儀正しく、実に真面目で優秀だった。
 何事にも興味を持ち、積極的に取り組み、気配りもする。内申にも非の付けどころがなく、と言って部活や同級生との交流を避けるでもない。実に絵に描いたような優等生なのである。
 それだけに今回のような問題が起こるとは、誰も思っていなかったのだ。

「ねえ、聞いてるのあなた達!! 返事をなさい!!」

 女史の主張はこうだ。
 試験において、秋穂はもともと中座するつもりなどなく、試験時間終了まで回答を続ける意思があった。それを、担任がむりやり廊下に連れ出して、10分以上も回答時間を浪費させたのだという。それによって秋穂は試験を完投できなかった。これは教師によってわが子の成績が不当に貶められた行為である――云々。
 事によると秋穂に対して特別視――言葉を飾らなければ、秋穂に対して邪な思いを抱いて、弱みを握ろうとした変態の卑劣漢でではないか。言えきっとそうに決まってる!! そんな誹謗中傷まで、女史の口からは飛びだした。
 誤解のないよう言っておけば、試験での秋穂の点数は86点。クラスの平均点である62点から見てもかなり上であり、空欄だった回答欄も二か所だけ。これでいったいどう不当に貶められているのかと疑問に思うが、高野女史いわく、秋穂なら満点が取れて当たり前なのだという。
 つまり担任が秋穂を中座させ、10分以上、試験時間を削られ、さらには精神的苦痛を与えられたことで、満足な実力を発揮できなかった――それが女史の言い分であるらしい。
 実にむちゃくちゃな主張であるが、女史の荒唐無稽な論舌はこれだけにとどまらないのである。

「差別よ、これは差別です!! だいたい教師が、子どもの意志を尊重しないなんてことがありますか!? 自分勝手な正論を押しつける教育なんて、前時代的もいいところよ!! 子どもの成長は自由にさせるのが一番でしょう!! それを――あんな破廉恥な!!
 秋穂ちゃんは、試験を最後まで受けるつもりだったんです!! ――いいですか、もう一回言いますけどね!! 女の子が、お手洗いなんて行くはずがないでしょう!?」

 そう。
 ――女の子はトイレなんか行かない。
 冗談も誇張も抜きに、高野女史は、そう主張しているのである。

「はあ、ですが、その――」
「ええ、よそ様の子はどうか知りませんけどね。失礼ながら先生方もたくさんの生徒さんを見てらっしゃいますから、中には躾のなっていない――こんな、誰が使ったかもわからないような不衛生なお手洗いを、平気で使うような子もいるのでしょうけどねぇ。……ああいやだ。
 ですけど、普通、女の子が人前でお手洗いに立つなんて、そんな非常識なことがありますか!?」

 いやはや、最初にそれを聞いた時は正直、正気を疑った。馬鹿かとアホかと。そのまま『は? あんた何言ってんだ』と、本気で口に出しかけてしまった。
 それは担任も学年主任も同じ気分であるらしい。先程から話題がこの件になるたび、学年主任のほうを困ったように見ている。主任もそれは分かっているようで、困惑は見せながらも、しかし女史の圧倒的安剣幕に圧されて反論はできずにいた。
 だがもっとかわいそうなのは、当の秋穂だ。
 当事者としてこの席に同室している彼女は、エキサイトを続ける母親の隣で、今もなおしきりに腰を揺すって、息も荒く顔も赤く、表情を強張らせている。
 すでに両手は人目もはばからずスカートの間に差し込まれ、下腹部をきつく握りしめている。
 ただでさえ人一倍他人の視線を気にする年頃だ。その羞恥はいかばかりだろう。時折身体を強張らせ、『んっ……』と短く息を詰めるたび、閉じ合わされた膝の間でスカートがぎゅうぎゅうと握り締められる。
 秋穂は切羽詰まった表情で額に薄く汗を浮かべ、しきりに母親のほうを気にしているのだが――高野女史はそれを知ってか知らずか、まるで秋穂のことを顧みようとはしなかった。
 もじもじと小さく揺すられた腰が、ソファの上で揺れ、爪先が絨毯をぐりぐりと擦る。
 速く浅い吐息は、少しでも油断した瞬間に、少女の崩壊が訪れることをはっきりと知らせていた。

「まあ、じゃああなた達は秋穂ちゃんが悪いっていうの!?」
「い、いえっ、決してそのような事は――」
「嘘つき!! いま言ったじゃないの!! だからあなた達は信用ならないのよ!! そうやって適当にたらい回しにすればいいって思ってるんでしょう!! いい歳した大人が自分のことも自分でできないで他人を頼るなんて!!」

 実の母親のくだらない見栄で、トイレにもいかないお嬢様に仕立て上げられてしまった少女は、足の付け根に懸命に指を食い込ませ、激しく腰をよじって、腿を擦り合わせている。
 しかも、部屋の半分は成人男性だ。その心中はいかばかりか。
 私とて、流石に見過ごせない。途中何度か、休憩を申し出てみようとした。しかしそのたびに女史の『結構です!!』『逃げるつもりなの!!』『私が諦めて帰るまで適当に相手してればいいと思ってるのね!!』と散々な言われよう。
 秋穂の様子がおかしいことを、遠まわしに指摘して、少し休憩をと言ってみても、『んまあ呆れた!! あなたまで秋穂ちゃんを馬鹿にするのね!? もう一体どうなってるの、この学校は!?』と今にも噛みつかれそうな勢いで迫られたため、あえなく断念せざるを得なかった。
 今まさに迫る、少女の危機をまるで無視して叫び続けるモンスター・ペアレントの罵声は、なお途切れることはなかった。



 (書き下ろし)

[ 2011/02/12 21:26 ] 我慢 | トラックバック(-) | コメント(-)

佐都子妄想系 


 佐都子はイジメに遭っている。それもクラス全員が結託した大がかりなものだ。
 相談できる相手はいない。先生や両親をはじめ、大人には信じてもらえないし、同年代の友達は全員、いじめっ子の味方をしているからだ。
 どんなふうに説明しても、皆は佐都子の話を信じてはくれず、すっとぼけてこういうのだ。

「あはは。そんな事ないってば。気のせいだよ」

 ――と。
 佐都子へのいじめは、クラスの女子が中心だった。理由はたぶんささいな事で、誰かの挨拶に答えなかったとか、一人だけいい成績をとったとか、そんなものだった。何がきっかけだったのかは佐都子もはっきりわからない。
 いくら道徳の授業をしても、教育評論家が批判しても、政治家が立派な演説をしても。佐都子の年代には、多かれ少なかれあることなのだ。学校という社会は最たるもので、特定の誰かを攻撃の矛先にすることで心の安定を保ち、それ以外の全員の結束を高める。
 そのターゲットに選ばれたのが自分なのだと、佐都子は考えている。
 クラスの女子たちのイジメは、ノートを破ったり、持物を隠したり傷つけたり――そういった被害の出るような手段にはならなかった。そんなものよりももっと陰湿に、佐都子の心を傷つけることを何よりも好んだのだ。
 そうして一番良く使われる手段が、学校のトイレの使用を禁じるものだった。
 けれど。たぶんそれをHRで佐都子が先生に主張しても、誰もその言葉を信じてはくれないだろう。特に男子は絶対にそうだ。

「だって、お前いつも、女子と一緒に便所、行ってんじゃん」

 知らずに――あるいは知ってるけど知らないふりをして、そんな間抜けな事を言うにきまってる。だから先生も、佐都子の言うことなんて聞いてくれないのだ。
 しかし先生は、そして一部の純粋な男子達は、知らないのだ。佐都子が休み時間に、クラスメイトたちと女子トイレに立っても、そこで一滴もおしっこをさせてもらっていないことを。
 トイレに行っても、オシッコができない――それがどれだけ辛いことか分かるだろうか。
 考えてみて欲しい。人一倍、人の目を気にする年代の少女にとって、クラス全員の注目を浴びながら、いまにも出てしまいそうなおしっこを堪えて腰を揺すり脚をもじつかせることが、どれだけの羞恥なのか。
 授業の時間だけじゃない。朝礼の時も、給食の時も、体育の時間も、遠足も、社会見学の時だって。佐都子はいつも、いつでも、おしっこをずっと我慢しながら、参加しなければならない。
 それこそ、死んだ方がマシ――そう思えるくらいだった。




『ねえ、我儘言うのやめようよ。それくらい我慢できるでしょ?』
『もう子供じゃないんだからさぁ』
『ちょっと、なんてカッコしてるのよ……ちゃんとして!!』

 クラスの女子たちは次々と、佐都子の羞恥を刺激するような言葉をぶつけてくる。さも佐都子がトイレに行きたがることが、みっともないのだといわんばかりに。
 それが彼女達のイジメのすべてだった。
 ……というよりは、トイレを使わせない、その一点を除けばびっくりするぐらいクラスメイトたちの態度は変わっていなかった。距離を置くでもなく、無視するでもなく、クラスの仕事を押し付けるでもなく、普通に話してくれるし相手だってしてくれる。
 お小遣いを取られるようなこともなかったし、身体に傷をつけるような暴力もない。
 ただただ、ごく普通に――佐都子がトイレに行くことだけをかたくなに禁止するのだ。想像以上の、しつこさと、巧みさすら備えて。

『今日から、佐都子ちゃんはトイレ禁止ね!』

 ……確かそんな宣言から、佐都子のオシッコ我慢は日常になった。
 はじめのうちは、ただトイレを使わせないだけだった。
 それでも、どちらかといえばトイレの近い方の佐都子には地獄のような苦しみだった。できれば休み時間ごとにトイレに立ち、たとえそれが無理だとしても2時間続けて授業を受けるのが精々の佐都子に、登校してから放課後までおよそ8時間以上、一回もトイレに行かないでいるなんてことは不可能だ。
 もっとも、この頃はクラスメイトたちの意地悪もまだエスカレートしておらず、なんとか時間を見つけてトイレに逃げ込む余裕があった。ぎりぎりのところでチビりそうになったりもしたが、幸いなことにオモラシにまで至ってしまったことはない。
 イジメが本格的なことになっているのに気づいた佐都子はただちにこれに対抗するため、朝、できるだけ水分を取らないように心掛け、出かける前にはトイレで一滴残らず膀胱の中身を絞り出してから家を出るようにせざるを得なくなった。
 それでも、8時間以上の我慢はあまりにも無謀だ。
 佐都子は少しずつ我慢のコツを身に着けていったが、同時にクラスメイトのイジメも加熱していった。何度もおしっこを漏らしかけ、そのたびに死ぬほど屈辱的な目に遭わされた。
 ぎりぎりの所でオシッコを許され、どんどんチビりながらトイレに駆け込むも、パンツをびしゃびしゃにしてしまうくらいは序の口。
 どうしてもトイレに入れずに、ひとけのない校舎裏や、帰り道の草むら、そして挙句は男子トイレでオシッコをさせられたこともあった。




 けれど、一週間が過ぎ二週間が過ぎ、一月が過ぎ二月が過ぎて、できるだけ水分を控えるようにした佐都子がなんとか8時間を平常運転で乗り越えられるようになってくると、彼女たちはまた新しいイジメを考え出した。
 出すものがないなら、補給すればいい。
 彼女たちは朝のHRの前に、お茶を飲ませるように迫ってきたのだ。最初は350mlのペットボトル。それはすぐに500mlに増量し、やがてそれも2本、3本と増えた。
 しかも誰が持ってくる訳でもない。佐都子の机の上に、無言のままにどんと置いてあるのである。

『飲まなかったら、ただじゃおかないからね?』

 まだコンビニのシールが張ったままのペットボトルは、毎日毎日、無言の圧力と共に佐都子の机の上に置かれている。この状況でどうして飲まずにいられるだろうか。
 もともとお茶には利尿作用があるが、彼女達の持ってくるお茶はそれに輪をかけて効果の優れたもの。身体の中の悪い成分を追い出してしまうという触れ込みの美容健康茶だ。
 その謳い文句に偽りはなく、お茶の効き目は素晴らいものだった。
 もともと敏感な佐都子の身体は、てきめんにその効果を受け、ひとくちふたくち飲むと、ほんの1時間くらいであっという間に膀胱がたぷたぷと音を立てるほどに、おしっこでいっぱいになってしまう。
 それを500mlペットボトルに2本も3本も飲むわけだからたまったものじゃない。……いや、おしっこは恐ろしい勢いで下腹部に『溜まって』ゆく。
 まるでザルみたいに身体を通り抜けて、飲んだお茶がそっくりそのまま同じだけ、佐都子の膀胱を占領してゆくのだ。
 そのときの感覚はそら恐ろしく、おなかの中に直接、ホースを繋いで蛇口をひねられているような錯覚さえあった。あ、と思った瞬間には、ひゅごぉお、と音を立ててそのままおしっこが膀胱いっぱいに注ぎこまれてゆくのだ。
 朝、登校するや否や机の上に並べられて待ち受けているペットボトルの重さが、そのまま全部ずしんと佐都子の足の付け根に圧し掛かる。
 そして佐都子は、一番底に穴のあいた、おなかの中の入れ物に、なみなみとおしっこを注がれて、いまにも溢れそうにたぷたぷ揺れる恥ずかしい液体を、佐都子は毎日、延々と放課後まで我慢させられるのだった。






「さとちゃん、トイレいこー?」

 その一方で、友人たちは休み時間になると、そんな風に佐都子をトイレへと連れ出す。これは仲良しを装いながらも実に巧妙で、佐都子がクラスの女子の目を盗んで、他のトイレにいけないように休み時間中ずっと拘束しておくためだ。
 彼女達は佐都子のトイレが近い事を逆手に取り、毎時間そうやって、佐都子を女子トイレに連れ込んでゆく。
 しかしトイレに連れだされた佐都子は、そこで個室を目の前にしながら、決して中に入れてはもらえなかったり、ひどい時は個室の中に見張りをつけられて、内側からカギをかけられてトイレをすっかり塞がれ、オシッコができないようにさせられたりもした。
 クラスの女子たちはまるで皆が揃って、尿意に嬲られる佐都子の下半身を視姦しているかのようだった。
 実際、そうやって佐都子の苦しむさまをみて、悦んでいる変態なクラスメイトもいるのかもしれない。佐都子におしっこを我慢させることは、いつしか彼女達にとっても娯楽となっているらしかった。
 だからその監視も並大抵のものではない。もし佐都子が少しでもそんなそぶりを見せようものなら、即座に携帯で写真を撮られてばら撒かれると脅されもした。
 それが本気かどうかはわからないけれど、試してみる気にはなれなかった。
 他にも、授業中に無理矢理「具合が悪い」と手を上げさせられたり、保健室に行く名目で連れ出されたりした。そんな時ももちろん「トイレに行きたいです」とは言わせてもらえず、オシッコを我慢させられたまま次の時間まで保健室に閉じ込められたりするのだ。
 まだイジメがいまほど本格化していなかった頃は、なんとかそうやって、こっそりトイレに駆け込む事も出来たけれど、いまはすっかりこの裏技も知られていて、万が一にでもトイレに入ることは許されない。
 授業中ならクラス全員が邪魔できるはずもないからこその、絶好のチャンスなのに――それすらも封じられて、佐都子の我慢はますます激化した。
 例の健康茶の作用で、まるで貯水池みたいにおしっこを限界まで我慢し、ぱんぱんにおなかを膨らませながら、トイレを素通りして保健室に行かなければならないときの辛さといったら、筆舌に尽くし難い。
 しかもあろうことか保健の先生まで彼女達の味方をしていて、佐都子をトイレには行かせてくれないのだ。
 そうしておきながら、先生は

「あら。トイレ? 行ってきたら?」

 などと意地悪なことを言うのである。もし本気で佐都子がそうしようとしたら、絶対に阻止するくせに。保険の先生は、佐都子がオシッコをするのを見るのが大好きな変態らしく、変えのパンツや制服まで用意して佐都子を待ちかまえている。
 ……最近ではついに、シビンなんかを用意するようになって、佐都子にそこにおしっこをさせるように迫って来ていたりした。もう最悪だ。




 クラスの女子たちだって負けていない。暗黙の了解だった、放課後はオシッコタイムの規定すら破って、最近では帰りの時間まで我慢の延長戦を強いるようになってきた。
 彼女達は帰り道に、言葉巧みに佐都子を誘い、逃げられないようにしてからさも仲の良い友達のふりをしてはあちこちを連れ回す。
 酷い時はカラオケやファミレスなどに寄り道して何時間も居座り、そこでさらにドリンクバーなどを頼んで佐都子に呑ませるのだ。
 もちろん、その間もトイレには行かせてくれない。その間にも彼女達はこれ見よがしに

「飲み過ぎちゃったよぅー」

 などと言いながらトイレに立つ。目の前で、佐都子が必死にオシッコを我慢しているのを知っていながら、だ。そうやって見せつけることで、佐都子の限界を誘っているのだ。
 もちろんこの時、佐都子派テーブル席の一番奥に押し込められて、外に出られないようになっている。そうして楽しくおしゃべりしている風を装いながら、佐都子の方をちらちらと見ては、

「佐都子ちゃん、トイレ平気?」

 なんて白々しく聞いてくるのである。
 それでも佐都子は負けるつもりはない。こんな卑怯な手段には決して屈することなく、正々堂々、イジメに向かい合うつもりだった。トイレ禁止なんて姑息な真似をするんだったら、最後まで徹底抗戦しかない。たとえどれだけ恥ずかしい目に遭っても、いつか向こうが音をあげるまで我慢し続けてやる、と心に決めていた。


 ……けれどついに今日、このイジメに、姉と両親まで参加してきたのだ。
 帰り道の寄り道に2時間もつき合わされ、ジュースとアイスまで食べさせられ、寒空の下で冷える身体をさんざんに引き回されて。
 しかも帰り道の公園の公衆トイレでは、あろうことかその目の前は低学年の子たちボール遊びのふりをして待ち構えており、佐都子がトイレに入れないようにしていた。途中のコンビニでも、スーパーも同じ。挙句トイレ自体を使わせないなんてことまでしてきた。もちろんその辺の茂みには犬や猫を散歩させて邪魔することを忘れない。
 たった一つのよりどころ、安息の地家のトイレを心の支えに、ふらふらになりながらやっと辿り着いた佐都子を待ちうけていたのは、母親の笑顔。

「今日は、お夕飯は外で食べましょう。すぐに出るから支度してらっしゃいね」

 ついに佐都子は、家でのトイレすら禁止されて、おしっこを我慢したままファミレスに連れて行かれることになった。
 けれど佐都子はくじけない。たとえ家のトイレすら入ることができなくなっても、このいじめには絶対に屈しない。



 (書き下ろし)

[ 2011/02/12 21:22 ] 我慢 | トラックバック(-) | コメント(-)

小さな従姉妹との話。 

 うららかな秋の陽射しの中、群れ生えるススキが静かに穂を揺らす。
 川面の響かせる水音に街中の喧騒は押し流されて、高い青空はどこまでも晴れ渡っていた。

「たまには揃って買い物もいいなぁ」
「そうねえ。こうやって一緒にのんびり歩くなんて、子供の時以来じゃないかしら? そう言う意味じゃ、父さんに感謝かもね」
「……なあ、覚えてるか? 姉さん、昔兄貴と一緒にそこの川で泳ごうとして溺れかけて、大騒ぎになったよな?」
「ちょっと、嫌なこと思い出させないでってば」
「あー、あれは大変だったよなぁ」

 まだ残暑の残る9月の週末、真奈美は両親に連れられ、電車に乗って祖父の家までやってきていた。お彼岸を前に、親族揃ってのひと足早いお墓参りだ。
 午前中に用事を済ませ、レストランでのお昼を挟んでののんびりとしたお散歩。
 川縁の堤防の上続く砂利道は、ずっと昔、おじさんやおばさん達が子供だった頃、父親と一緒に遊び場にしていた場所らしい。
 遠く、高速道路の下をくぐって流れてゆく川を見ながら、皆がゆっくりとした足取りで思い出話に華を咲かせている。
 そんな中、真奈美だけは少し離れた道の先を、じれったそうに進んでいた。

「ねえ芳乃さん、いいこと教えてあげようか? その頃からこの子ったら臆病でね? 小学校で肝試ししようってことになってさ」
「ちょ、待て、姉貴、その話は――」

 真奈美は靴の先でがりがりと砂利を跳ねさせ、片方の手をぎゅっとスカートの上、内股になった脚の付け根に押し当てていた。突き出されたお尻が小さく震えると、靴のかかとが小刻みに地面に擦りつけられる。
 その表情は青く、血の気も引いて白い。小さく開かれた唇は、はあ、はあ、と荒い息を繰り返していた。
 しかし、童心に帰ってふざけ合う両親たちは、そんな真奈美の異様な様子に気付くこともない。

「――そうなんですか。大志さんにそんな頃がねぇ……」
「おいおい、昔の話だって。そんな事言ったら姉貴だってよ、運動会の時だかに体育倉庫に閉じ込められて――」
「あぁああっ!? いや、その話は駄目。やめて!?」
「あらあら……真奈美、そんなに先行かないの。迷子になるわよ」
「う、うん……」

 母親に呼び止められ、真奈美はじれったくその場に立ち止まる。
 ぎゅっと手を握って両親たちが追いつくのを待つが、いくら真奈美が心の中で早く、早くと念じても、お喋りに夢中な皆の歩みはあまりにも遅い。
 すぐにじっとしていることが出来なくなり、真奈美はその場で行進の練習のようにじたばたと足踏みを始めてしまった。

(っ……もぉっ、はやく、はやくしてよぉ……!!)

 気ばかりが急くが、そんなテレパシーはもちろん通じるはずもなかった。
 余裕なくぐりぐりと太腿が擦り合わされ、スカートを掴む指に力がこもる。

(おトイレ……っ!!)

 心の中の憤りを形にするように、ぎゅっと口をつぐむ。
 真奈美は、もうずっと前からオシッコを我慢していた。
 そもそも、お墓参りに行った時からトイレに行きたいなとは感じていたのだ。けれどお寺のトイレは薄暗くて、汚れていて、さらには蜘蛛の巣まで張っていたため、とても中に入る気にはなれなかった。
 だからとりあえず我慢することにしたのだが――まさか、バスに乗って移動した先のレストランでもトイレに行けないなんて思いもしなかった。レストランのある郊外の大型商業施設では屋外のイベントが開かれていて、婦人用トイレはまさに長蛇の列だったのだ。
 我慢できない小さな子たちは大人に連れられて男の人の方のトイレに入って行ったのだが、まさかとっくに幼稚園を卒業した真奈美がそれを真似するわけにもいかない。

(はやく帰ろうねっていったのに……っ!!)

 レストランでもおしっこを済ませることができず、真奈美はもう今すぐにでも家に帰りたい気分だった。
 けれどその時は、それからバスに乗ってすぐに帰るのだと思っていたので、それまでの30分くらいなら我慢できるだろうと考えてしまったのだった。
 しかし、両親たちは折角だから歩いて帰ろうと言い出し、祖父の家までの道のりをのんびりと散歩することになってしまったのである。
 30分なんて時間はとっくに過ぎ、いまや真奈美の我慢は最高潮だった。
 一刻も早く祖父の家まで戻って、トイレに駆け込みたい一心なのに。

「そんなこと言うなら兄貴だって、先生に悪戯してばっかりだったじゃないか」
「ばか、そんなのは4年の時に卒業したぞ? それからは心を入れ替えてだな――」
「あら? 生徒会であんな悪ふざけしてて良く言うわねぇ」

 さっきから何度も、真奈美は両親の袖を引いて、トイレを訴えようとしていた。しかしお喋りに夢中な両親は、はいはいと生返事を返すばかりで、まるでとりあってくれない。母親の方は、歩き疲れた妹を抱えるので精いっぱいだ。
 だから、せめて早く――少しでも早く、祖父の家まで戻りたいのに。

(んんっ……はあっ……)

 いっそのこと、自分だけ先に帰ってしまおうかとも思った真奈美だが、しかし祖父の家に来るのがほとんど始めての真奈美には、このあたりの道は全く分からない。
 さっきから何度も走り出そうとして、けれど迷子になってしまうかもしれないという不安が、まるで見えない縄のように真奈美の身体を縛り付けていた。
 肝心の大人たちは思い出話に夢中で、じれったくなるくらいののろのろ歩きだ。しかも、交差点や川、駐車場やマンションになった元空地を見るたびに足を止めてはそう言えばこんなことがあった、あんなことがあった、と話を始めるので、まったく先に進まないのだ。

「……おトイレ……っ」

 あとどれくらい我慢すればいいんだろう。真奈美の胸をひり付くような不安がよぎる。
 いまだに見覚えのある祖父の家は見つからず、先の見えない道のりの中、終わりのない我慢を続けていられる自信は、徐々になくなりつつあった。

(はうぅ……っ)

 ぎゅっ、とスカートの上からあそこを押さえ、真奈美は小さな身体を懸命に震わせる。もうお姉さんなんだから、こんな恥ずかしい格好なんてしちゃいけないのに――そう思うも、もうそうやって押さえていないと、我慢が出来ないのだ。

「あっはっは。ダメだなあお前ら。恥かいてばっかりじゃないか」
「そりゃそうだけどよ、兄貴……」
「あら。そうでもないわよ? 大志は知らないかもしれないけど、兄さんだってね、卒業式の時に……」
「ん? おい待て恵、その話どこで――」
「幸恵さんに教えてもらったのよ。ねえ、芳乃さんも聞きたいでしょう?」
「ふふふ、聞いちゃってもいいの?」

 いくら焦っても、大人たちの脚が早まる様子はない。
 じわっと膨らむ尿意に悶えながら、真奈美はきつく口を引き結ぶ。

(あ……っ、だ、だめ……っ)

 ぞわあ、と下腹部にかかる水圧が増し、まるで締め上げられたように恥骨の上あたりが鈍く痛む。ぱんぱんに膨らんだ水風船が、身体の外側にせり出し始めているようだ。真奈美は懸命に脚を閉じ合わせ、それを押さえこもうとする。
 焦った真奈美は、とうとう意を決して母親のところまで駆け戻った。下腹部に余計な震動が響かないよう、慎重に脚を進めて――

「ええ!? それ本当なの?」
「初耳だぞ、兄貴~?」
「い、いやあ、だからな? その時はほかにどうしようもなくてだな……」

 話を弾ませている伯父さん達には気付かれないよう、そっと妹を抱いている母親の袖を引っ張った。小声でそっと、声をかける。

「ね、ねえ、お母さん……」
「へえ。そうなの? 見かけによらないのね……ん。どうしたの、真奈美」
「…………あの、あのね。……ぉ、おトイレ……」

 羞恥をこらえ、そっと小声で告げた尿意に、母親はしばしの間の後、眉をしかめた。

「……トイレ? 我慢できないの?」
「……う、うん……」
「どっち? 大きい方?」
「……、お、おしっこ……」

 身を屈めるようにした母親に、やや語気荒く問われ、真奈美はわずかにたじろぎながらも首を横に振って、答える。
 おしっこ、と聞いた母親は、いくらか安堵したようだった。
 しかし、話を弾ませている父親たちの方を見、小さくため息をつく。

「……そう。なら、おじいちゃんの家まで我慢できるわよね?」
「え……っっ」
「大丈夫でしょ? もうお姉さんなんだから。平気よね?」

 予想外のセリフに、真奈美は顔を曇らせる。
 我慢できないから訴えたのに、それでは意味がない。再度訴えようとした真奈美をぴしゃりと遮るように、母親は声を強める。

「お、お母さん……わたし、おしっこ……でちゃう……」
「真奈美。あなたもうお姉ちゃんでしょ? わがまま言わないの。近くにトイレもないし……」

 母の対応は、親戚の前で、娘がトイレを訴え――困らせることを危惧したものだった。きちんとトイレのしつけも出来ていない、と言われてしまえば、立場がない。そのための予防線だったのだ。
 近くに川の流れる田園の畔道には、公衆トイレどころか民家もまばらで、コンビニも見当たらない。母親の判断は間違っているわけではなかった。なおも食い下がろうとした真奈美に盛り上がる父親の様子を示し、母親は言い聞かせる。

「で、でも」
「ほら。お父さんたちもお話してるんだから。静かにしてなさい。……あはは。ごめんなさいお義姉さん。ちょっと聞き逃しちゃって……それでそれで?」

 それでおしまい、とばかりに。真奈美の訴えを取り下げて。
 母親たちは再度話しはじめてしまった。

(そんなぁ……っ)

 取り残されたように、真奈美の心にギュッと不安が押しよ押せる。ますます尿意が強くなり、よちよち歩きのようになりながら、真奈美は荒く息を繰り返す。

(ふーっ、ふぅーっ、ふうぅーーっ……)
(あ、あっあ、。っ……おしっこ、おしっこしたい……おしっこでちゃう……。おトイレ行きたいよぉ……)

 もはや真奈美には言いつけられたことに逆らうだけの余裕はない。
 恥を忍んで訴えたトイレの要望に対し、まさかの我慢を強いられながら。真奈美はふらふらと、砂利道を歩き続けるのだった。






 しばらく歩いた時だった。
 母からの理不尽極まりない要求に対しても抗うことなく、じっとおしっこ我慢を続けながら歩いていた真奈美の後ろで、いつの間にか遅れがちになっていた伯母が、まだ小さな従姉妹のそばに近づいてその顔を覗き込む。

「あら、どうしたの、裕菜」
「……っ……」

 まだ幼稚園にあがったばかりの従姉妹は、すっかり顔を赤くしていた。伯母の問いかけにも上手く答えられないのか、ぷるぷると首を振って、左右に括った髪の毛を振り、泣きそうになってくしゃりと表情を歪める。

「どうかしたのか?」
「……うん、ちょっと、裕菜がね」
「おう、……そうか」

 困ったわ、とでも言うように、伯母が眉を寄せる。
 大人たちは何かを察したのか、ああ仕方ないなあ、という表情を浮かべていたが、真奈美はそれどころではない。
 “おあずけ”されているトイレのためにも、大急ぎで、おじいちゃんの家まで帰らなければいけないのだ。焦れたようにその場に足踏みをして、クネクネと腰を揺する。

(も、もうっ、はやく、はやくしてよぉ……!! 漏れちゃう、漏れちゃうよぉ……!!)

 しかし、その場に足を止めてしまった大人たちを置いていく訳にもいかず、真奈美は交互にスカートの前を引っ張って、じたばたと砂利道の上を歩きまわるしかなかった。

(ふーっ、ふうぅーっ、ふうーっ……)

 荒い息を繰り返しながら、小さなおなかを膨らませている苦しみの元を、ぎゅうぎゅうと握り締めるようにさする。トイレ、早くトイレ、と何度も訴える下腹部は、もういまにもはち切れてしまいそうにパンパンだ。
 そんな時。

「おしっこぉ……!」
(えっ……!?)

 切なる訴えが、真奈美をはっとさせる。
 叫んだのはもちろん、真奈美ではない。お姉さんの真奈美がそんな事を人前で叫んだりするわけがない。声の主は、顔を赤くして、丸い目に涙をにじませた裕菜のほうだった。
 どうやら、裕菜も真奈美と同じように、ずっとおしっこを我慢していたらしい。
 それはそうだ。裕菜と同じようにレストランでご飯を食べて、それから延々、大人たちと一緒に河原を散歩しているのだから。真奈美が我慢できなくなるくらいだから、裕菜だってもちろんもうトイレの限界だろう。
 たしか、裕菜もレストランを出かける前にトイレに入ろうとしなかったことも思い出し、裕菜はふと気付く。

(そ、そうだ、チャンスかも!!)

 本音を言えば、本当に祖父の家まで我慢できるかどうか怪しいものだった。周りの景色はさっきとほとんど変わらず、いったい後どれだけ歩けば帰れるのかよくわからない。
 けれど、小さい裕菜までトイレに行きたいと言い出せば、流石に大人たちだって無視はしていられないだろう。
 これでトイレに行けるかもしれない。真奈美の心は浮足立った。

「あらあら……困ったわねぇ」
「便所なあ。この辺あったか?」
「兄貴の方が詳しいだろ」

 しかし、大人たちも近くのトイレの心当たりはないらしい。
 そして会話の流れからして、やはり祖父の家まではまだかなり時間がかかるようだった。そのことは真奈美を大きく落胆させた。

(そんな……で、でも…っ)

 ちらりと、真奈美は立ちつくしてしまっている裕菜の方を見る。年下の従姉妹は小さな膝をぷるぷると震わせて、懸命に口を横に結んで、精一杯耐えているようだった。きっとずっと一人で我慢していたのだろう。仲間がいたことに、少しだけ真奈美はほっとする。
 けれど、どう見ても、裕菜にはもう余裕はなく、祖父の家までガマンできそうには見えなかった。一縷の期待と共に、真奈美は息をのんで大人たちの会話の行方を見守る。

「しょうがないわ……ちょっとその辺でさせてきちゃうわね」
「ああ、わかった」
「ねえ、おかぁさんっ……」
「はいはい。……裕菜、もう少し我慢してね」

 伯母さんが、済まなそうに頭を下げ、裕菜の手を引いて川岸の茂みへと歩きだしてゆく。するとそれを真奈美の母が追い掛けようとた。

「お手伝い、いる?」
「そうね、でも大丈夫よ。すぐ済ませるから」
「そう? ふふ。でもしょうがないわよね、まだ裕菜ちゃんも小さいんですもの」
「あら。でもそうねえ。真奈美ちゃんはいいわよねえ。手が掛からなくて」

 もう限界だった。伯母さんの向かう茂みに、真奈美の視線はがっちりと固定されてしまう。あそこだ。あの、少し背の高い茂みの陰で、裕菜はおしっこをするのだ。

(じゃ、じゃあ……わたしもっ)

 もはや我慢は限界に近い。まして、裕菜の我慢を目の前で魅せられ、さらにはその裕菜があそこでおしっこをしようとしているのだ。その上で真奈美だけが我慢をしようなんて、あり得ない。
 もじもじと擦り合わされる脚は一時もおさまらず、おなかの中のむずむずは、出口のすぐそこまで降りてきている。おしっこは何もしなくて勝手に出口を押し開け出てきてしまいそうなくらいだった。
 真奈美はいてもたってもいられずに、裕菜と伯母さんのあとを追おうとした。

「あら、真奈美。どうしたの?」
「わ、わたしも……トイレ……」

 もう限界だと訴える真奈美に、しかし母親は再度表情を険しくする。

「もう、みっともないわね……そんなことしなくても我慢できるでしょ?」
「え……っ」

 走り出そうとした手をぐっと掴まれ、真奈美はたまらず『あぁっ』と声を上げる。
 なんでそんなに意地悪な事を言うのだろう。母親の態度が理解できず、真奈美は困惑の中、ぎゅっとスカートの前を掴んでしまう。

「なんてとこ触ってるのよ、恥ずかしいわね……、ほら、よしなさい」
「や、やぁ……っ」

 押さえていないとおしっこが出てしまいそうなのに。たまらずクネクネと腰を揺する真奈美に、母親は眉を吊り上げる。

「さっきは我慢できるっていったじゃないの……」
「そんなの言ってないよぉ……」

 いつもは優しい母親が、なぜかとてつもなく意地悪だった。まだ幼い真奈美には、父とその兄弟たちの些細な確執や、お互いに張り合っている見栄のことなど知る由もない。
 裕菜よりも年上の真奈美が、同じようにおしっこの限界であることや、きちんと躾のできているはずの我が子がこんなところでお手洗いを済ませてしまおうなんてしていることが、我慢ならないのだということも、理解できようはずもない。
 困惑のなか、真奈美は必死に尿意を訴える。

「そ、それに、ユウちゃんだって、おしっこしてるのに……」
「真奈美。あなたいくつになったの? 女の子なんだから、こんなところでお手洗いなんかダメじゃない。ほら、ちゃんと立って、我慢なさい」
「お、おかあさんっ……」

 声を上げた真奈美に気付いて、父と伯父さんが揃って顔を向けてくる。

「ん? どうかしたのか?」
「いいえ。何でもないわ」

 真奈美の口を塞ぐようにして、母親はそう答えた。

(そ、そんなの、そんなのって、ないよぉ……で、でちゃうのに、もうガマンできないのにっ……ちゃ、ちゃんと、おトイレって、行ったのに……っ)

 真奈美の脳裏を、いつだったかの思い出がよぎる。
 勇気を出して手を挙げたのに、意地悪な先生のせいで、授業中のあいだトイレに行かせてもらえず、とうとうクラスのみんなの前でオモラシしてしまった友達のことだ。
 その惨めな姿に自分が重なって見え、真奈美はじわ、と目元に浮かぶ涙をこらえる。
 すると。茂みの向こうから伯母さんに手を引かれ、すっかりさわやかな様子の裕菜がやってくる。

「あら、ユウちゃんもう終わったの?」
「ええ。……この子ったらすっごく我慢してたみたいで……池みたいになっちゃったわ」
(やだ、やめてよぉ、……我慢してるのに……)

 現在進行形で、トイレの限界である真奈美にはあまりにも刺激の強いお話だった。耳を塞いでしまいたいほどだが、片方の手が母と繋がれているため、それもできない。

「困るわよねぇ、お手洗いのしつけも」
「そんなことないわよ、お義姉さん。ユウちゃんくらいならしょうがないじゃない。失敗しないんだから」
「うふふ。そうねえ。はやく真奈美ちゃんくらいになってくれれば手もかからなくていいんだけど」

 そう言って、ちらりと向けられる伯母さんの意味深な視線にも、もちろん真奈美は気付かない。仮に理解できたとしても、いまの真奈美には漏れてしまいそうなおしっこのことで精一杯だ。
 真奈美は恥をしのんで、母親の手を引いた。
 泣きそうになりながら、ここでおしっこしちゃいたいと訴える。

「お母さん…っ」
「ほら、行くわよ。……早く帰れるように行ってあげるから、ちゃんと我慢してね? わかった?」

 しかし帰ってきたのは無常なる言葉。
 そうして真奈美は、引きずられるようにしてあとどれくらいあるのかすら定かではない、祖父の家までの長い道のりを歩かされるのだった。



 (初出:書き下ろし)
[ 2011/01/08 19:38 ] 我慢 | トラックバック(-) | コメント(-)

世界を救う勇者一行 

「……ねえ、勇者様まだ戻ってこないの?」
「うん……まだみたい」
 ここはアマルカンドの西、黄金のカギの洞窟の地下3階。
 魔王を倒し世界を救うべく旅を続ける勇者一行――その一員である戦士、僧侶、魔法使いの3人は、顔を寄せ合って勇者の様子をじっと窺っていた。
 パーティの先頭を歩いていた勇者が、洞窟の攻略中にいきなり動かなくなってしまってはや1時間。
 勇者の頭上には、神の天啓(コマンド)を受け取るためのメニューウィンドウが開きっぱなしになり、いまも『しらべる』の真横で白いカーソルが点滅を繰り返している。
「……ね、ねえ、戦士ちゃん……ぁの、ボク…もう……っ」
 3人の中で一番背の低い、年下の魔法使いがそわそわと杖を握りしめ、釣り目気味の目元を不安げに揺らして唇を震わせる。いつもは元気に口元から覗くチャームポイントの八重歯も、いまは引き結ばれた唇に隠れていた。
「そんな顔しないでよっ、あ、あたしだってさあ……」
 魔法使いにすがりつくような視線を送られ、戦士も落ち付きなく、鋲を打った革靴の爪先を地面にこすりつけてしまう。
 スタイルの良い身体を包む、露出の多い鎧の下、もぞもぞとスパッツの太腿を擦り合わせて、戦士もまた小刻みに足踏みを繰り返していた。
「…………」
「………………」
 魔法使いと視線を合わせ、戦士はしばしの逡巡ののち、あーっ、と声を荒げて頭を掻き毟った。
「なあ、あたしたち、やっぱちょっと――」
「だめですよっ! もし勇者様が戻ってきたらどうするんですか!?」
 機嫌を伺うような申し出をバッサリと切り捨てて、僧侶は眉を逆立て、二人の前に立ちふさがった。
 そんな彼女も、いまや法衣の前を大胆にぎゅっと握り締めていた。穏やかな笑顔で人々に神の慈愛を説く唇も、小さく噛みしめられている。しかし、彼女は神への祈りを小さくつぶやいて気を取り直し、
「ここに4人揃ってなかったらどうなるか……判ってるでしょう…?!」
「で、でもさ……」
「そうだよ、お姉ちゃん……ボクも、もう、げんかい……っ」
「やめてください……そんな目で見られても困りますっ。わ、私だって……」
 そうやって二人からまっすぐに、強い欲求を込められて言われてしまえば、僧侶だってたじろがざるを得なかった。
「…………」
「…………」
「…………」
 3人は再び、視線を揃えて勇者の背中を見つめた。
 勇者は相変わらず、洞窟の通路の真ん中に直立不動で突っ立ったまま、まるで動く気配がない。いつも通りの意思を感じさせない表情も、『ガンガンいこうぜ』『めいれいさせろ』と作戦を下す時以外には『はい』『いいえ』しか喋らない寡黙な口元も、中途半端に開いたまま、まるで時間が停止したみたいに止まっている。
 途絶えることなく勇者へと下され続ける神様の天啓(コマンド)は一体どうなっているのだろうか。どこかへ行ってしまった勇者の帰りを待ち、これまで3人はじっと辛抱強く待機を続けてきた。
 しかし、そんな彼女たちの我慢もいよいよ限界を迎えようとしていたのだ。
 何もすることのない時間はただでさえ長く感じられる上に、彼女達は今、それぞれに切迫した理由を抱えている。フィールドマップでなら何十日にも匹敵する1時間は、辛抱強い少女達の我慢を失わせるのには十分すぎるほどだった。
「もうっ……勇者様ってば、人の気も知らないで……っ」
「そうよっ、レアアイテム出るまで粘るのもいいけど、もう……本当にヤバいんだから…、早く戻ってきなさいよぉ……」
 珍しく語気を荒げる僧侶に、戦士も思わず文句を重ねる。
 もし予定通り探索を続けていれば、今頃はそろそろHPもMPも心許なくなって、洞窟を脱出、町に向かっていたはずなのだ。
 それなら、どれほど良かったことか。
「……っ……」
 すっかり予定を狂わされてしまった3人は、ひんやりとした空気の満ちる洞窟の壁際に寄り添うようにして集まり、仲良く揃って前かがみ。
 太腿をこすり合わせ、足踏みを繰り返し、しきりに腰を揺すっている。
「っ……」
「んぅ……ぁ……」
「っは……くぅ……」
 もぞもぞと、洞窟の岩壁に手を当て、揃って下腹部をかばうような前傾姿勢は、はっきりと彼女達の切実な欲求を知らせていた。

「「「…おトイレ……っ!!」」」」

 暗い洞窟の、休む場もない地下三階で。
 3人の身体の内に膨らむ尿意はますます高まるばかりだった。




「い、いつまでかかるのかな、勇者様……? ……ボク、もうっ、が、我慢っ、できないよぉ……!! は、はやく、おトイレ……ぇっ!!」
 魔法使いが、舌足らずな声で熱っぽい喘ぎをこぼす。一番年下である彼女はまだ、ぎりぎり、人前でそれを口にすることをためらわない年代だった。もっとも、その顔は羞恥に赤く染まっている。
 いくら言うことができても、はっきりとトイレの欲求を露わにすることが、乙女として苦痛でないわけがない。
 戦士も僧侶も、はっきり口に出してはいないが思うことはまったく同じだった。3人とも、世界を救う勇者の一行とはいえ、その前に年頃の女の子なのだ。いくらオシッコがしたくても、こんな地下の底、天然洞窟のダンジョンの中ではどうにもならない。
「ね、ねえ、やっぱりちょっと行って来ちゃわない? …ね? ほら、勇者の奴がもどって来るまで、たぶんまだかかるわよ。それまでにトイレ済ませちゃって、また戻ってくればわからないからさあ――」
「だ、だから!! それで間に合わなかったらどうするんですか? いきなり勇者様だけになってるのに気付かれたら、いったいどうなるか判りませんよ!?
 それに、今は4人いるから魔物も襲ってきませんけど、その、……お手洗いの時に、ひとりだけになったら……」
 神様からの展開を受け取るためのメニューウィンドウが開いている間は、魔物が不意を打って勇者一行を襲ってくることはないという協定がある。
 しかし、画面の外でコントローラーを持つ神様が動きを見せず、勇者がパーティに不在状態となっているいま、彼女達がモニタから見える範囲を外れてしまったとき、果たして本当にそれが守られるのか、戦士たちには知る由もない。
 いつもは戦闘画面に収まる適当な数に分かれて、順番に襲ってくることになっている魔物たちが、もし波打って襲いかかってきたら――その光景を想像し、戦士は思わず息をのむ。
 今にも漏らしてしまいそうなオシッコを我慢しながらのよちよち歩きでは、満足に武器も振るえないし、震える唇では呪文だって唱えられない。そんな状態で魔物の群れを切り開いて進んでゆくなんて、絶対に不可能だった。
「でも、勇者様が戻ってきたらさ、きっと……まだまだずっとこの洞窟の中、調べようって……言うとおもうよ?」
「それは……っ」
 魔法使いが泣きそうになりながらそう言えば、僧侶も口籠ってしまうしかなかった。彼女も、自分たちの我慢が、そう続かないことは悟っているのだ。
 3人とも女の子のステータスウインドウはまっ黄色に異常を示し、乙女のプライドの残りHPはこうしている間にもどんどんと減り続けている。前押さえや膝を擦り合わせるだけでは時間稼ぎにもならないだろう。
 いまや、本物のステータスにまで状態異常となって表示され、影響を及ぼしかねない有様なのだ。
「……も、もぉやだよぉ……ちゃ、ちゃんとしたおトイレ……行きたいよぉ……っ…んぁん……っ」
 魔法使いはとうとう杖を跨ぐようにして、脚の付け根に押し付けて、ぐりぐりと腰を動かし始めてしまう。
 まるで登り棒に捕まるように、杖をスカートの上からぐいぐいとあそこに押し当てるはしたない格好に尿意を呼び覚まされ、思わず戦士と僧侶も腰の揺れを大きくしてしまう。
 まだあどけなさを残す魔法使いだからこそ許さるしぐさであったが、戦士も僧侶も、同じようにぎゅうぎゅうと脚の付け根を押さえつけたいのは変わらなかった。
「んぁ……っ」
 この世を支配せんとたくらむ魔王の四天王をうち2人までを倒し、いまや世界有数の強さまでレベルアップした勇者一行だが、ちからやすばやさがいくら高くなっても、乙女のオシッコ我慢のパラメータはLv1のままなのだ。
 ……いや、冒険に出てからいくぶん、レベルが上がったことは否定できない。しかし、いくら我慢強くなったところで何日も何日も、宿屋にも泊まらずに洞窟に潜り、フィールドを歩き、トイレタイムすらなしに冒険を続けるなんてことは、非常識でしかない。
「で、でも……じゃあ、まさか、ここで……?」
「やめてよ、そんな、無理に決まってるじゃないっ……」
 たとえ、ともに旅をする仲間であっても。みんなの見ている前で、モニタに映っている最中に、トイレを済ませるなんてできるわけがない。
 そもそもモニタの外では、コントローラーを通じて勇者に繋がっている神様以外にも、誰が彼女達を見張っていたっておかしくないのだ。
 しゃがみ込んだ足元から、洞窟の床一面に大きく広がるほかほか湯気の水たまり――そんなものを見られたら。恐ろしい想像に、3人は身を震わせた。
 魔法使いがたまらずに悲鳴を上げる。
「そんなの、恥ずかしくて死んじゃうよぉっ!!」
 そして残酷なことに、たとえそれを恥じて命を投げ出したとしても、勇者一行であるかぎり、教会ですぐに蘇生させられてしまうのだった。
「そ、そもそもさ。勇者ってば、自分だけ男のくせに女の子3人のパーティなんか組ませてるのがおかしいのよね……」
「下心、丸見えですよね……申し訳ないですけど」
「……うん。勇者様、いつもボクのこと、えっちな目で見てるんだよ……この前なんか、一緒にお風呂入ろうって……ボク、そんなに子供じゃないのに……」
 涙ぐむ魔法使いの気持は手に取るようによく分かる。戦士も僧侶も、悲痛な面持ちで溜息をついた。着替えやお風呂を覗かれたことは一度や二度ではない。
 年齢問わず、女の子とみれば欲望丸出しのスケベ勇者には、3人ともほとほと手を焼いていたのだった。
「それでいて、妙なところでヘタレで紳士ぶってるんだから……っ」
 本当にタチの悪い犯罪者なら、勇者失格だと叩きのめしてしまう事も、王様に言いつけて勇者をクビにしてもらうことも出来るのだが、半端に勇者としての使命や正義感も持ち合わせているのが、なおさら厄介なのだった。
 そして今、世界の危機よりも切実な事態が、彼女達の下腹部に押し寄せてくる
「ぁっ……ぁあんっ……」
 いつも物腰柔らかでおしとやかな僧侶が、頬を染め、甘く声を掠れさせて法衣の前を握りしめる。
「んぅ……っ」
 同性・異性を問わず頼りにされる、力強く勇敢な戦士も、いまはすっかり女の子の顔で何度も足を交差させる。
「だ、だめぇ……」
 幼くして天賦の才を持ち、いくつもの呪文を巧みに操る魔法使いのくちびるは、青ざめて小さく震えるばかり。
 必死に身をよじり、腰をクネらせながら耐え続ける3人は、棒立ちになったままの勇者の背中をじっと、穴があくほどに睨んでいた。
「それに、そもそも今日だってさ、勇者のやつが悪いんじゃないっ。あいついっつも宿代けちって回復の泉にしか行かないんだから……だから、こんな、我慢する羽目になっちゃうのよ…!!」
「う……うぅ……っ」
 彼女達はもうここ何日も、まともな宿屋に近づいてすらいなかった。
 セーブのためにお城に行くか、武器やと道具屋、預り所に立ち寄るくらいだ。宿屋の前はゴールドの節約のためと通り過ぎるばかり。
 だから、戦士も僧侶も魔法使いも、ちゃんとした宿屋のお手洗いを使うことすら、もう一ヶ月近くも許されていなかった。
 回復の泉では確かにHP、MPは全快になるものの、まさか多くの旅人が利用するそこで、女の子の恥ずかしい水が溜まった下腹部を空っぽにすることができるはずもない。
「っ、ねえ、もし、もし、だよ? もしこの前みたいに、洞窟の中で、セーブされちゃったら…ボクたち、また、ここで……っ」
「や、やめてよ、そんなこと言うの……!!」
 お城に戻ってセーブされれば、ゲームが再開されるまでの間にこっそり酒場に帰って一息つくことだってできる。お風呂に入ったり、遊んだり、トイレに行くのだって簡単だ。
 しかし、もし万が一、洞窟の中でセーブされてしまっては、いよいよ彼女達は覚悟を決めるしかない。
 洞窟の一角、奥まった行き止まりにしゃがみ込んで。
 我慢に我慢を重ねた結果、はちきれんばかりにおなかをたぷたぷと満たした女の子の水流が、噴水のように恥ずかしい飛沫をあげて足元に飛び散る恥辱に耐えなければならないのだ。
 もし、力及ばずそんな結果になってしまったら……
 魔物すら寄せ付けぬであろう乙女の“聖水”が、たっぷり我慢に我慢し続けた3人分、洞窟の地面いっぱいにびちゃびちゃと捲き散らされてゆく光景を思い描き、3人はそろって顔を真っ赤にしてしまう。
「もう、嫌です、あんなの……っ」
 一番気丈なはずの僧侶が、とうとう悲鳴を上げて顔を覆う。
 彼女達がそうした緊急避難を強いられたことは、これまでにも何度かあった。神に仕える彼女は、自分の身体から迸らせた恥ずかしい水流で、往来を汚してしまうことに何よりも傷ついていたのだ。
「ボクだって、やだよぅ……っ」
「……っ、ホントに、はやくしてよね……ばか勇者っ……」
 しかし、いくら急いたところで、彼女達に出来るのは、きつく腰をよじり、足の付け根を握り締めて、ただ勇者の帰りを待つことだけだった。
 何を言おうと、こうしてゲームが動いている最中は、イベントでもない以上勝手にどこかに行くことは許されない。
「んぁ……んっ……」
「うぅ…っ、はぁあ……っ」
「ぁ、あっ、あ……ぁっ……」
 だから3人はただ、いつ勇者が戻ってくるか分からないまま、必死に心を奮い立たせて、時間が過ぎてゆくのを待たなくてはいけなかった。

 いつまでも、いつまでも。



 ▼

 ゲームを続けますか?

   はい
 ニア いいえ



 (初出:ある趣味@JBBS 永久我慢の円舞曲2 2010/07/13 190-202 改訂 2010/10/27)

[ 2010/10/29 20:26 ] 我慢 | トラックバック(-) | コメント(-)
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